第4話◇無職と店主、ひったくりを退治する



 勇者パーティーというのは誰もが憧れるモノだ。

 イケメンだけのパーティーに熱を上げる女性もいれば、美少女だけのパーティーを推す男性もいる。様々な需要に応えるパーティーが存在するが、やはり世界ランク上位者となるとビジュアルのみでは上がれない。


 子供が好きになるのは、なんといっても強くて格好いいパーティーだ。

 僕もフェニクスもそんな姿に憧れた。


 フェニクスは中でも特別な【勇者】となった。

 僕は【黒魔導士】。


 ガッカリしなかったと言えば嘘になる。当時は十歳。それはもうめちゃくちゃ悔しかった。

 それまで僕は自分が【勇者】になれると疑っていなかったから。


 だが僕はすぐに立ち直った。そんなことで夢を諦められなかったから。

 まぁ、すぐというのは盛ったかもしれない。数日……数週間……一月経つ頃には復活していた。

 せめて最高の【黒魔導士】になろうと、幼い僕は決意し――。


 それから十年近く経った今、頑張って登った世界四位から排除された。

 でも僕は自分が他の【役職ジョブ】に劣っているとは思わない。

 そう思えるだけの努力は続けてきた。


 周囲にバレないように魔力を練る。

 魔法というのは人を傷つけることも出来るわけで、それを取り締まる法もある。

 生活に必要な分をちょろっと使うくらいで逮捕されたりはしないがあまり大っぴらに使っていいものじゃなかったりするので、店主に主役になってもらおうと思った。


 ひったくりがナイフを振り回しながら通行人をどける。押しのけられて倒れる人達もいるがお構いなしだ。

 ――捕捉完了。


「……っ!?」


 ひったくりが顔を顰める。

 そして走る速度が歩行時よりも遅くなり、首を振り回し、手で喉を押さえ始める。


「なんだ!? 重っ、急に暗くッ!? グゾッ、ぐるじっ」


 一般的な黒魔法の効果は、正直他人には実感し辛い。

 能力減衰ならば数パーセント、固定ダメージは体調不良程度、認識阻害は成功確率が低い上に持続時間が不安定だ。

 たとえば、こういうことになる。


 敵の【黒魔導士】が【勇者】フェニクスに全力で黒魔法を掛ける。

 攻撃力を三パーセント、防御力を三パーセント下げ、速度を心なし遅くし、思考に一瞬もやをかけ、総HP数万に対し毒で秒間数十ダメージが数秒から長くて数分、闇魔法で目に汗が入った程度に視界を阻害、混乱は利かない。

 とまぁ、こんな具合だ。


 ただ普通の【黒魔導士】は複数の黒魔法を同時に使えないし、出来ても二つ三つまで。

 人数制限のない魔物側ならばいて困る存在ではないが、たった五人の枠を埋める程の価値を見いだせないのも仕方がない。


 じゃあ【黒魔導士】は魔物になればいいじゃんと思われる方もいるだろうが、そう上手くいかない。

 魔物はかつて魔族と呼ばれた種族が務める。

 やはり敵というのは恐ろしい方が画面も締まるので、人の【黒魔導士】はお呼びではないのだ。魔物にも【黒魔導士】は多いし、わざわざ普通の人間を雇いはしない。


 まぁ可能性がゼロとは言い切れないが……そもそも僕は冒険者でいたいのだ。

 なんて考えている内に、果物屋の店主がひったくりに踊りかかった。


「アチョーッ! ハッァアアアッ! ドリャアアッッッ!」


 謎の叫びを上げつつ、まず手刀で相手の手首を叩いてナイフを落とし、丸太のように太い腕で腹に拳を叩き込み、くの字に折れたところで顔面にアッパーを決めた。


 こう書くと迅速な動きに思えるが、実際は結構のろかった。戦闘系の【役職ジョブ】持ちではないから仕方のないことなのだが。それでも大柄で筋肉質なので、決まるとダメージはすごい。


「成敗ッ!」


 店主は自分の顔に手を当て、フッと微笑んだ。

 テンションが上がるとこうなるのかぁ……と思いながら、僕は拍手する。


「すごい! 刃物を持った男をあんなにあっさりと!」


 人混みに紛れつつ、店主を称賛。

 退治される直前にひったくりを襲った異変に目を向けさせない為でもあった。


 目論見は成功。

 カバンの持ち主である御婦人が現れ感謝を述べたことでドッと周囲が湧く。


「ハッハッハ、いやぁ、人として当然のことをしたまでですよ」


 実際、中々出来ることじゃない。僕がサポートすると言う前に飛び出していたし、パーティーをクビになった【黒魔導士】の魔法をあてにしてくれた。

 根が良い人間なのだろう。


 僕はカシュに近づき、耳打ちする。カシュは「きゃうっ」と身体を震わせたが、すぐにこくこくと頷いた。


「て、てんちょーっ、かっこいいです!」


 童女のそんな言葉に、注目が集まる。当然その頃には僕は距離をとっている。

 周囲の人々がカシュに気づき、店長という言葉に反応。

 カシュの隣には果物の屋台。

 今まさに武器を持った男を退治し、御婦人の荷物を取り戻した英雄の店が目前に。


 御婦人を含め周囲の者達が屋台の前に殺到し、次々と果物を買っていく。

 なんとなく、街路に立つ手品師の帽子に小銭を投げ込む感覚と似ているのかもしれない。

 いい体験をさせてもらうと、その相手に何かを返したくなるものだ。


 僕の行いが、犯人の打倒を任せてしまったことへの礼になっているといいのだが。

 店主を見ると、視線が合った。

 歯茎が見える程の笑顔と、立てられた親指が向けられる。


 僕は店主に微笑みを返し、すぐにやってきた衛兵がひったくりを捕らえるのを確認してから、その場を後にした。

 さて、僕は当然のように【黒魔導士】だ。


 だが十歳で【役職ジョブ】が判明してからのおよそ十年間、師に言われた訓練を欠かさず続けている。

 魔法も筋力や戦闘技術のように、鍛えれば伸びるものだ。

 少々特殊な訓練の甲斐あって、僕の魔法は『普通』の枠から外れている。


 たとえばさっきの例えで言うなら、攻撃力や防御力に加え速度を最大で五十パーセント低下させられるし、思考に断続的に空白を生じさせることが可能で、毒の固定ダメージは相手の総HP依存で増減する上に長時間維持可能で、闇魔法で視界を真っ黒に塗り潰せる。混乱なら同士討ちさせることだって不可能ではない。


 ただ、さすがにフェニクスほどになると幾つかは弾かれた上に、そのまま戦い続けるだろう。

 何故普通の【黒魔導士】ではないと仲間に言えないのか。これは師との約束でもあるのだが、理由もちゃんとある。

 あまりに規格外だからだ。


 【黒魔導士】が「不遇【役職ジョブ】じゃん(笑)」なんて言われるのは、前述の通り効果が実感し辛いから。

 おまけに火や水と違い、黒魔法は実生活で何の役に立たないことも大きく評価を下げているだろう。

 ただ、師や僕レベルまで効果を高めてしまうとちょっと問題が生じる。


 今の黒魔法はかつて黒魔術と呼ばれた術式を劣化させたものだと言われている。

 魔王が人類の敵だった時、街の人間全員を『毒状態』にして殺戮したこともあった。

 師匠が使っていたのは、多分黒魔術だ。

 今でも世界に危険視される力。


 それを、【黒魔導士】になったくせに冒険者を諦められないガキがしつこく頼み込むものだから、仕方なく訓練をつけてくれた。

 師は世俗に興味がなく村のはずれに一人で住む老人だ。静かな老後はだが、僕経由で情報が漏れれば崩れてしまうかもしれない。


 確かに、僕が出来ることを公表すればあのパーティーに残れたかもしれない。

 倒された魔物は言い訳をしない。だからこれまでは上手くやれていた。

 だが仲間……特にアルバは騒ぎ立てるだろう。隠すなんて出来ないししない。


 唯一無二の【黒魔導士】となれば話題性は充分。

 最強の【勇者】と規格外の【黒魔導士】。しかも二人は幼馴染で親友同士。


 アルバは上へ行く為にビジュアル、強さ、【役職ジョブ】人気、話題性など必要なものを総合的に求めているわけで、僕がそれを満たせるなら手のひらを返すことだって考えられる。


 ただ、昔から人類の味方である勇者の力が大きいのと、大昔とはいえ人類を恐怖のどん底に落とした黒魔術とでは、国側の警戒度が段違いだろう。

 まず間違いなく師のことが露見し、迷惑を掛けてしまう。


 恩を仇で返すことだけは出来ない。

 仲間に真の力がバレないようにしつつ、仲間達の勝利に貢献すべく一切手は抜かない。

 それが、師匠が僕に課した弟子になる条件。


 結果的に見下されまくり追い出されることになってしまったのだが、並より上程度の力を見せたところでアルバは納得しない。

 【黒魔導士】の不人気が追放の理由なのだから。

 不人気を覆す程の力となると黒魔術だが、それは出来ない。


 そういうわけで僕は【勇者】フェニクスの金魚のフン扱いで、ついにフンがとれたとみんな喜んでいるわけだ。

 悲しいなぁ……。


「見ていましたよ」


「え」


 驚いた。

 【黒魔導士】とはいえ、僕は【勇者】に憧れたこともあって戦闘訓練も積んでいる。

 まぁ本職に比べれば児戯にも等しいだろうが、一般人に後れをとることはない。


 なのに、目の前に立たれ、声を掛けられるまで気づかなかった。

 声を掛ける時に初めて、相手に自分を意識することを許すような。


 魔法のように僕の視界に入ってきたのは、一人の女性。


 金色の長髪に、紅の双眼、豊満な胸にくびれた腰。抜群のプロポーションを誇る美女だ。

 視線は魂を吸い取られてしまいそうなくらいに怪しく、弧を描く唇の隙間から牙のような白い歯が覗く。


 黒ぶちのメガネを掛け、つばの広い帽子を被った清楚な装いの美女には、コウモリの羽のような触角? が生えていた。


 ――吸血鬼。


「魔物はお嫌いですか?」


 女性が悲しそうに目を伏せたことで、ようやく自分が話しかけられたのに無言だったことに気づく。


「い、いえっ。ただ少し……驚いて」


「ふふふ、世界四位の冒険者さんを驚かせてしまいました。自慢になりますね」


 曲げた人指し指を唇にあて、こぼれるように笑う美女。

 僕をレメだと知って声を掛けてきたようだ。


「えぇと、何の用でしょう」


「貴方のファンなんです」


 ――何かの冗談……って感じではないよな。


 【黒魔導士】を好きになってくれる人もいるが、まぁ一般的ではない。あのパーティーで人気投票をしたら僕が最下位なのは前提で、四位とどれだけ票差が開くかが話題になるだろう。 


 そんなわけで、声を掛けられることはあっても純粋なプラスの感情を向けられることは少なかったりする。


「どうかされましたか?」


「なんでもないです、あはは……。それで、なんでしたか」


 確か、見ていましたよとかなんとか。


「先程の魔法、見事でした。近くにいた冒険者さえ気づかなかったでしょう。完璧な魔力制御です。加えて、複数の黒魔法をそれぞれ敵に合わせて最適化しつつ展開する手腕。わたし、見惚れちゃいました。それで、追いかけるのが遅くなってしまったんです」


 照れるように広げた両手で頬を押さえる美女。 


 ――何者なんだろう。


 褒められて嬉しい気持ちと、隠したものを見抜かれた不気味さが混じり合う。


「レメさん。貴方の黒魔法は本当に素晴らしいです。貴方を追い出したフェニクスのパーティーは愚かだったと言わざるを得ません」


 ぐいっと美女が顔を近づけてきた。

 こんな往来だと目立ちはしないだろうか、とそんなどうでもいいことを考える。


 そうでもしないと、綺麗過ぎる顔が目の前にあることとか良い匂いがすることとか僅かに視線を下げたところにふよんっふよんっと揺れる胸があることとかでテンパってしまう。


 手を握られてしまった。

 すべすべしていた。


「私の話を聞いてはいただけませんか? 貴方は相応しい立場と尊敬を得るべき方です。私にはそれを用意する準備があります。気持ち悪いと思われるかもしれませんが、パーティー脱退の報を聞いてからずっと貴方を探していたのです」


 え、えぇと? つまり仕事の紹介、ということかな?

 僕が戸惑っているのを見ると、女性は申し訳なさそうにバッと離れた。


「ご、ごめんなさい……私なんかがレメさんのような方に。ずっとお会いしたかったものですから、興奮してしまって。うぅ、はしたない私をどうか軽蔑なさらないで」


 彼女の瞳が潤み出したので僕は慌ててしまう。


「い、いやっ。嫌だったとかそういうのは全然なくて! ただ急なお話ですし……その、お名前も聞いていないので」


「お優しいんですね」


 首を傾けて、花のような笑顔を浮かべる美吸血鬼さん。

 指ですくうように涙を払ってから、女性は続けた。


「私、ミラと申します。あの、もしよろしかったら……その、無礼のお詫びにお茶をご馳走させては頂けませんか」


 その後で、絞り出すように「だめ……でしょうか」と小声で追加される。

 ぐっ、こんなの断れる人間がいるのか? いいや、言い訳はよそう。


「だめじゃないです」


 僕は断れなかった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る