第147話◇第三層・吸血鬼と眷属の領域2

 



「うん、大体分かったかな」


 【湖の勇者】レイスくんがニコッと笑う。

 空気の壁のようなものを展開しているらしく、蝙蝠達は彼に噛み付けないでいた。


「血の操作は自分から離れるほどに影響力……操作感度が悪くなるみたいだね。それにやっぱ自分の血だし、身体から切り離して使うにも限度がある」


 投擲された血のナイフは空中で軌道を変えることも出来る。

 フランさんを襲うそれを、土魔法による防壁で防ぐレイスくん。


 攻撃した本人は、即座に距離を詰めたフランさんの右拳によって吹き飛んだ。

 本人が離れすぎたためか、ナイフの形を保てなくなった血の武器は、液体に戻る。


「身体変化の応用で魔力器官の位置をズラすのも面白いけど、隠し場所の選択肢が少なすぎる」


 無理やり臓器の位置をずらすだけでも驚異だが、他の臓器との兼ね合いがある。

 強引な移動はどうにかなっても、位置の交換となると手間だ。

 つまり、咄嗟の回避で間に合う空間は限定される。


 また、下半身には隠し場所がない。無理に移動させても、すぐにそうと分かる。

 最終的に、吸血鬼を一度に殺し切るには上半身ごと吹き飛ばせばいいという結論に至るのだ。


「再生させずに倒すなら、こうすればいい」


 レイスくんと【紅蓮の魔法使い】ミシェルさんの爆破魔法が、ほぼ同時に炸裂。それぞれ【吸血鬼】を退場させる。


「あと霧化もさ、なってる間はものを考えようがないよね? 事前にどこで実体化するか決めてから霧になってるなら……うん、ここかな?」


 フランさんに握りつぶされる寸前で霧化した敵が、少し離れた場所で実体化した。

 だが、その【吸血鬼】は胸を押さえたかと思うと、次の瞬間――全身が弾け飛んで退場。


 退場システムのおかげで飛び散るのは魔力粒子だけだが、なんとも恐ろしい技だ。

 ……多分だけど、予想される実体化位置に圧縮された空気の箱なり球なりを配置していたのではないか。

 【吸血鬼】はそれに気づかず実体化。体内に爆弾を抱えたようなもの。


「しっかし頑丈だね。狙いをつけるのは難しいし、一度で倒そうとすると魔力も喰う。【吸血鬼】、厄介な魔物だ」


 と、敵を高く評価するレイスくん。

 彼自身はだが、無傷のまま。


 今回のレイド戦が初の実戦とは思えぬほどの、安定感と強さ。

 【吸血鬼】の集団は冒険者達に着実にダメージを与えつつも、壊滅した。


 そして、【魔剣の勇者】と【串刺し令嬢】の戦いにも、決着の時が訪れる。

 進行方向上に無数に突き出る血の円錐を、ヘルさんは砕き、弾き、踏みつけ、時に無視し、ハーゲンティさんとの距離を強引に詰める。


「来いハーゲンティ! 最後だ!」


「上等……!」


 ハーゲンティさんは戻せる全ての血を戻し、右拳に纏わせる。

 もはや勇者ヘルヴォールの拳からは逃げられぬとの判断か。


 彼我の距離が消し飛び、その拳が正面からぶつかり合う。

 空間が震え、木々がざわめいた。森が鳴くような音が響き、周囲の冒険者達の髪が衝撃波によって、風になびくように揺れる。


「……ちっ、何が上等だハーゲンティのやつ……」


 ヘルさんは複雑な表情で笑っている。

 勝敗で言えば、ヘルさんの勝利。


 だがそれは、彼女の望む単純で純粋な正面激突によって得られたものではなかった。


「姐さん!」


 自分もまた傷だらけだというのに、そんなことは気にならないとばかりに駆け寄る【破岩の拳闘士】アメーリアさん。


「大丈夫だっての。ただ、さすがにこれ、、は生えてこないがな」


 そう笑うヘルさんは、右腕を付け根から失っていた。


 ハーゲンティさんはヘルさんの流儀に合わせて闘志を剥き出しにした――のではないのだ。

 激突の刹那、彼女の拳を包んでいた血の装甲は形を変え、獣の牙と化した。

 そのままヘルさんの右腕に深く牙を突き立てることに成功。


 そのまま拳を振り抜いたヘルさんによって大樹を何本も薙ぎ倒すほどに吹き飛ばされたハーゲンティさんは、退場。

 だがそれによって、ヘルさんの右腕も千切れ飛んだ。


「大した忠誠心じゃないか。この奥にいるやつなら、あたしを倒せると、ハーゲンティはそう思ったわけだ。わずかでもその助けになればと、こんなことをした」


 ヘルさんの治癒能力を直接目の当たりにしたハーゲンティさんは、右腕一本の喪失で彼女が退場しないことは分かった筈。部下が全滅した中、勝つことではなく右腕を持っていくことを優先した。

 個人の勝敗ではなく、チームの勝負へと繋げたのだ。


「ははは! 今から楽しみでならないね、【吸血鬼の女王】に早く逢いたいもんだ!」


 そう話している間に傷口は塞がったらしく、魔力流出が止まる。

 拳で戦う【勇者】ということを考えると、強力な武器を奪ったハーゲンティさんの功績は大きい。


 一行はその後、警戒を解かずに森を抜け、ついに館の前まで辿り着いた。

 館の玄関ホールに入ると、執事服の男性【吸血鬼】一人と、大勢のメイドさんが冒険者達を迎える。


 その場で戦闘……ではなく、レイド戦仕様のルール説明が始まる。

 魔王軍四天王にして、第三層のフロアボスを務める【吸血鬼の女王】カーミラ。

 彼女は館のどこかに設けられた教会の、石壇上に置かれた棺で眠りについている。


 森の吸血鬼は彼女を守る配下であり、彼らに負けるようでは話にならない。

 仮に森を抜けられるような実力を持った者達が自分のもとに辿り着いた時、カーミラは目を覚ます。

 そして、自身の下に隠された第四層への扉を守護せんと、冒険者達に血の刃を振るうのだ。


 そう、彼女は片時も第四層への扉から離れぬよう、自らその上で眠りにつき、扉の守護にあたっているのである。

 というのが、設定だ。


 館の外観は常に同じだが、内装……というか各部屋の構造は毎回別。

 他の冒険者の攻略から、教会の位置を特定することは出来ない。


 また、カーミラの元へ辿り着くには『錆びた燭台』『死人の蝋燭』『黒い炎』の三つが必要。

 それらを揃え、火を灯した蝋燭を燭台に差した状態で教会の扉前に設置すると、扉が開くという仕組み。


 いつもはパーティー全員で館の各部屋を捜索し――時に罠や伏兵などの脅威に対処しつつ――三つの必須アイテムの他、鍵の掛かった部屋を開ける為の鍵や、地図などを手に入れてカーミラに近づく。


 しかし今回は人数が多いので、部屋の捜索はパーティー単位という条件が設けられた。

 エアリアルパーティー、ヘルヴォールパーティー、スカハパーティー、レイス&フランの四パーティーがそれぞれ一部屋ずつ捜索していくわけだ。


 テレビ的には、大変ありがたい提案だろう。

 大人数が一度に戦うというのがレイド戦の盛り上がりどころではあるが、それはそれとして各パーティーファンは自分達の推しに活躍してほしいと思うもの。


 集団がバラバラになって戦うことになる……というのも、ある種の王道展開だし。


「ふーん、別に構いやしねぇけどね、質問が二つある」


「なんでしょう」


 ヘルさんの言葉に、執事が答える。


「ご親切にベラベラ説明垂れた理由は?」


「貴方がたの横暴を抑止する為です。こちらが最後の説明になりますが、屋敷や部屋の破壊による攻略が確認され次第、カーミラ様はそのお命を以って、魔王様へ続く道を封印なされます。礼儀なき侵入者を、魔王様のもとへ行かせるわけにはまいりませんから」


 こういう探索系だと特に多いのだが、気の短い冒険者だと切れる人が結構いたりする。

 話を単純にしようとして、例えば目的地が地下なら床ぶち抜こうぜ、みたいなことを言う人も。

 そもそも禁止されてはいるのだが、そういったことが起きないように釘を刺しておくわけだ。


 命をかけて云々というのは、そういう設定だよというだけのこと。

 実際にそういう能力はカーミラにはないし、普通に冒険者達が失格処分になるだけだ。

 故意に『屋敷を破壊して攻略時間を短縮する』行為でなければ、もちろん失格にはならない。


「ふーん。ルールは守れって話か。いいぜ、こっちは確かに侵入者側だ。無視して魔王と戦えなくなるのは困るからな。で、二つ目だが――お前らは戦わないのかってことだ」


 ヘルさんの様子だと気づいているのかいないのか判断がつかないが、普段の第三層は執事とメイドのお出迎えは無い。

 代わりに暗い玄関ホールにはテーブルがぽつんとおいてあり、その上に紙で最小限のルールが記されている。


 今回はレイド戦という大舞台ということもあり、華やかさを演出した……というのが理由の一つ。

 理由のもう一つは当然――。


「我々もカーミラ様の配下、侵入者を排除する術は心得ております」


「そりゃあいい、好みの展開だ……これで屋敷がぶっ壊れても失格とか言わねぇよな?」


「我々の打倒は、正当な攻略と認められましょう」


「話の分かる奴らじゃないか!」


 と、早速戦いに発展。

 森をくぐり抜けてきた猛者達を前に、ほどなくして執事とメイドさん方は退場。


 各パーティーごとの探索が始まった。

 たとえば、ヘルヴォールパーティー。


「明らかにヒントですって紙が置いてあるぞ。なになに……『闇より暗き輝きは、地上より死に近い場所に……』なんて読むんだこれ」


 ヘルさんはある部屋のテーブルで見つけた紙を、【召喚士】のマルグレットに渡す。


「『幽閉されていることだろう』……です、ヘル姉様。確かに、難しい表現かもしれません」


「いや、意味は分かる。読めなかっただけだ、助かったよ」


「お役に立てたようでなによりです……と言いたいところですが、私達は仲間ではないですか。補い合うのは当然のことですよ」


「……あっぶねぇ。『あねごってば育成機関スクールで何してたんですか?』って言うところだったぜい。マルっちみたいにフォローするのが正解だったか~」


 わざとらしく汗を拭く仕草をする【砲手】のエムリーヌさんを、【拳闘士】のアメーリアさんがポンッと叩く。


「全部言ってんじゃねぇかおい」


「いてっ。暴力反対! アメちゃんの女房気取りっ」


「はぁ!?」


 そんな二人の仲のいい会話を他所に、ヘルさんとマルグレットさんの会話は続く。


「つまり『黒い炎』は地下のどっかにあるってことか? 幽閉っつーと、金庫か何かの中かもな」


「えぇ、そのように思います」


「まずは確かめるか? 鍵を探すのもいいが、考えすぎってこともあるかもしれんしなぁ」


 ヘルさんは残った左手で、ぼりぼりと頭を掻く。


「ひとまず、確認に向かってみてはどうでしょう」


「……んー、そうだな。頭を使うのはマル、お前に任せる。頼むぜ」


 マルグレットさんは嬉しそうに微笑んだ。


「はい」


 エアリアルパーティーはリーダーが万能なので、謎解きもエアリアルさんが担当。後は【錬金術師】のリューイさんも賢いので、二人で取り組んでいた。


 スカハパーティーも同様で、リーダーの他には【狩人】のスーリさんが頭脳派のようだ。

 【戦士】のハミルさんが書斎の本を動かしたら罠が起動し、あわや全員落とし穴に落ちるところ、なんてシーンもあったが、【奇術師】セオさんの糸のおかげで落ちずに済んでいた。

 そのまま落ちていたら、底の鋭利な槍に貫かれていたことだろう。


 レイスくんとフランさんは若者ならではの頭の柔らかさを発揮し、二人で謎を解いていた。

 どうやらフランさんは、レイスくん相手だと口数が増えるらしい。

 レイスくんの笑顔も、彼女相手だと自然で柔らかい気がする。


 どれくらいの時が経ったか。

 冒険者達はある扉の前に立っていた。


 ヘルヴォールパーティーが、透明の箱の中で燃え続ける『黒い炎』を。


 エアリアルパーティーが、表面に髑髏模様が浮き出いている上にそれが絶えず動いている『死人の蝋燭』を。


 スカハパーティーが、何故か苦しそうな声が発せられる『錆びた燭台』を発見。


 また、レイスくんとフランさんは『見取り図』を発見し、他のアイテムを入手する為に必要な『鍵』などもゲット。


 それぞれが力を合わせて、教会の前まで到着。

 細長い石の台の上に、三つのアイテムを合体したものを置くと――ごごご、と石の扉が開いていく。


 通路の先、石壇の上には棺があった。

 しかしそれは、既に少し蓋が開いていた。


「よくぞここまで辿り着いたものです。優れた人間のようですね」


 黒を基調とした、ところどころに赤のあしらわれたドレス。

 その衣装は、豪奢でありながら扇情的。

 赤い裏地のヴェールが頭部を覆い、その瞳は黒の仮面が遮る。美しい黄金の毛髪は長く、笑みを浮かべる口の奥には牙が見てとれた。


 露出度は、胸部は下着姿同然、その腹部と背もほとんどが空気に晒され、太ももまでが見る者の目に触れる。

 衣装の一部が帯状となっており、それらの線と線を繋ぐ形で身体を覆っているのだ。

 とはいえ、布面積自体は広い。晒されているのは背を除けば身体の前部のみだからだ。


 そして、背中からは大きな蝙蝠の翼が生えている。頭の触角も健在。

 全体的に、妖しくも美しい女性魔物といった感じだ。


「お前さんがカーミラだよな? クソ面倒な手間掛けただけの強さだと期待するぜ? あとはそうだな、ハーゲンティが繋いだだけの強さがあると、なおいい」


 ふふ、とカーミラが微笑む。

 第三層フロアボス戦、開始。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る