第146話◇第三層・吸血鬼と眷属の領域

 



 時は第三層戦開始前に遡る。

 場所はリンクルーム。


 【吸血鬼の女王】カーミラ以下、配下の者達が集まっていた。

 つまり、私と豚達、、である。


「今宵我々の領域に踏み入る不届き者共は、並の冒険者ではありません。その実力は【勇者】以外であっても、単騎で吸血鬼われわれを打倒し得るもの、と言えば伝わるでしょう」


 さすがは吸血鬼、その言葉を受けて怯える者はいない。


「心して掛りなさい……と、言ったところでそう簡単に気は引き締まらないものです。ですからこの私が、鼻先に餌をぶら下げてあげましょう」


 ぴくぴくっ、とハーゲンティが反応した。明らかにわくわくそわそわしている。


「活躍に応じて褒美を与えます」


「ひゃっほーうっ!」


 子供のように飛び跳ねるハーゲンティ。

 他の者達も、冷静に努めようとしてはいるが動揺を抑えきれていない様子。


「万が一にも【勇者】を退場に追い込む者がいたら……そうですね、上司と部下という関係性を逸脱しない範囲で、どのような要望にも応えてあげましょう」


 リンクルームがざわつく。

 タン、と私が靴の先で音を鳴らすとすぐに静まった。


「お、お姉さ……いえ、カーミラ様っ。た、たとえばそれは……共吸いでもよろしいのですか?」


 再び場が揺れた。


 共吸い。

 これはそのまま、吸血鬼が互いに血を吸い合う行為を指す。


 かつて、吸血鬼は味が好みだから人を襲ったわけではない。

 最も多く、また個々の力が弱く、それでいて他の動物より魔力に富むという条件から、別の意味で『美味しい』獲物だったというだけ。


 吸えるものなら、魔人や勇者から吸ったことだろう。格別の魔力が味わえただろうから。

 そして、それでいえば同族でも構わない。人を超越した種と言われるだけあり、魔力に富む吸血鬼。


 だが同族狩りは人と比べて難易度がとても高い、または同種ゆえの忌避感、血族によっては秩序を保つ為に禁止された、などなどの理由で滅多に行われなかった。

 だが、美味いことは美味いのだ。美味には違いないのだ。


 で、どこぞの誰かがどういう経緯か、試した。同時に吸う、ということを。

 吸血鬼は被吸血者に至上の快楽を与える。

 吸われたら気持ちよくなるのだ。


 そして美味しいものを食べた者も、また幸福感を得るものだ。

 吸血鬼が互いに吸い合うと、それらを互いが同時に得る。


 めちゃくちゃな幸福感と満足感が脳髄を支配するわけだ。

 ハーゲンティは、それをしてくれるのかと問うている。


「私の牙が、勇者ごときと釣り合うと?」


「! た、確かに……! し、失礼しましたカーミラ様!」


 【勇者】を倒したならそれくらいのご褒美はあげても構わないと思うのだけれど、レメさん以外の血を口に入れたくなかった。

 とはいえ、褒美を与えるといった手前、部下の求めるものを否定するだけではよくないだろう。


「けれどそうね、欲するというのであれば、血は与えましょう」


 ハーゲンティが膝をついた。ヨダレを拭ってから続ける。


「くっ……すごすぎる……と、ところで直接は……もちろんだめですよね。ではそのおみ足に垂らした血を、わたくしめに舐めさせていただくというのは……」


 この子、本当に大丈夫かしら? 

 と少し不安に思うものの、実のところドン引きというほどではない。


 私も吸血衝動がすごいことになって、レメさんに恥ずかしいことを言ってしまうことはある。

 吸血鬼にとって、好ましい相手への血の欲求というのは、凄まじいものなのだ。


 この子の場合、そこに自分の性的嗜好を反映させ、相手にぶつけることに躊躇いがないという部分が若干アレではあるけれど。

 当人の優秀さを考慮し、許容範囲というところでしょう。えぇ。


「【勇者】を倒したその時は、考えましょう」


「~~~~っ!!」


 ハーゲンティの身体が期待に震える。


「ふ、ふふふ、ふーっはっはっは! 感謝しますカーミラ様! あたしもこの者達も、吸血鬼の矜持に懸けて勝利を掴んできましょう!」


 呼応するように、他の豚達も願望を垂れ流し始める。


「【勇者】で血をいただけるのか……他の冒険者だとどんな褒美がいただけるのだろう」「俺は……椅子にしていただくんだ」「ならば俺は足置きだ」「……! お前、それはッ!?」「肉体的接触を求める内は二流……私は仮面の下の瞳に……睨んでいただく」「! その手が――ッ!」


 全員どうしようもないが、これは吸血鬼がみんなこうなのではない。

 過去の職場での出来事やレメさんに救われた一件で、彼以外への男性に対して拭えない嫌悪感を抱いた私は、少々厳し目に部下の育成に取り組んだ。


 結果、気づけばこんな具合になってしまったのだ。

 ハーゲンティは別だが、他の女性吸血鬼は普通……だと思う。


 熱い視線やらうっとりした瞳やらを向けられている気がするが、普通でしょう。

 士気も高いし統率に問題もないので、気にしないことにしていた。


「さぁ、往きなさい」


 部下を送り出し、私もまた自らが敵を待ち構える夜の館へと向かう。

 

 ◇


 【吸血鬼】の皆さんの動きが、なんだか普段よりも良いように感じるのは錯覚か。

 こう、やる気に漲っているというか。


 とはいえ、冒険者達も一筋縄ではいかない猛者ばかり。

 たとえばスカハパーティー。


 【糸繰り奇術師】のセオさんが十指に嵌る指輪タイプの魔法具から放つ糸で敵を絡め取り、そのまま細切れにするところだった。

 が、その【吸血鬼】はすんでのところで自らの身体を霧に変え、糸から脱していた。


 【無貌の射手】スーリさんの『神速』が複数の急所を貫き、【遠刃の剣士】ハミルの剣型魔法具による『飛ぶ斬撃』が敵を真っ二つにするも、即座に再生し動き出す。


 【迅雷の勇者】スカハさんは宙を舞う蝙蝠の群れを雷撃で焼き尽くしつつ、迫りくる【吸血鬼】の胸に雷の聖剣を突き刺し、感電した相手の魔力器官がある部分を切り裂いた。


 それをやられた敵は再生することなく、魔力粒子と化して退場する。


「吸血鬼の再生は言ってしまえば強力な『治癒』に過ぎない! 頭と魔力器官を同時に潰せばそれで済む!」


 頭を残せば、魔力器官から体内に流れる魔力や、既に魔法として組み上げた魔力で生存を許してしまうかもしれない。

 頭を潰しても、事前に組んだ魔法はそのまま発動して、再生が始まるかもしれない。


 だが同時にどちらも潰されると、さすがにそれ以上は手がない。

 スカハさんの言っていることは正しいが、吸血鬼の身体能力があっては実現は困難を極める。


 吸血鬼特有の【役職ジョブ】は三つ。

 【操血そうけつ師】――血を操る能力に特化した者。カーミラとハーゲンティがこれだ。

 【変生へんじょう者】――肉体を変化させる能力に特化した者。

 【半不死】――再生能力に特化した者。


 スカハさんの言った倒し方も、今の一回は上手くいったが毎度こうはいかない。

 肉体変化の能力を用いて、魔力器官の位置をズラす者もいるのだ。


 百発百中のスーリさんさえいまだ敵を落とせていないことからも、厄介さが分かるというもの。

 スカハさんの声を聞いた仲間の反応は二種類。


 一つは実践しようと動く者。

 もう一つは……自分のやり方を貫く者。


「はっはぁッ!」


 【破岩の拳闘士】アメーリアさんの拳を霧化で避けた【吸血鬼】。

 その背後にあった巨木はなんと――へし折れた。


 ごごご、という音を立てながら大樹が倒れていく。


「逃げんなよ吸血鬼!」


 とても楽しそうに敵を追い回している。たまに迫る蝙蝠は握りつぶしてポイッ。多少噛まれてもプチ、ポイッ、プチ、ポイッという感じで気にした様子がない。豪快だ。


 彼女は特別パンチ力が突出している……のではない。

 間違いではないが、秘密はその右手を包む黒い手袋にある。


 こちらも魔法具で、能力は『衝撃の吸収と解放』。


 ただし、吸収出来るのは自分が与える筈だったダメージのみ。

 自分の拳に返ってくる衝撃は吸収出来ない。


 なので、字面から受ける印象と比べると便利な能力ではない。

 拳を壊さない範囲で日々コツコツと衝撃を溜め、それを攻略で解放するという使い方。

 ある意味、僕の角と同じかもしれない。魔力貯金を、戦闘で使うみたいな。


 パンチの衝撃貯金だ。

 大木を圧し折るとなると相当量を消費した筈だが、アメーリアさんに気にした様子はない。

 そんなアメーリアさんの『大放出』を素で出せるのがヘルさんだった。


 背骨を折られるかと思えたハーゲンティさんは、すんでのところで霧と化して脱出。

 【役職ジョブ】として発現していない能力も、使用は可能。

 ただ大きく距離をとることは出来なかったらしく、すぐ側で実体化していた。


「おぉ、器用だな」


「『屠龍とりゅうの末裔』……」


 吐き捨てるように言うハーゲンティさんと、肩を竦めるヘルさん。

 『屠龍の末裔』は数ある異名の中でも、その実績ではなく能力から付けられたもの。


 彼女が魔王殺しの末裔なのは誰もが知るところだが、具体的にどの魔王かを知っている者となると数が減る。

 その魔王は、ドラゴンと魔人のハーフだったそうだ。


 討伐時に返り血を浴びたヘルさんのご先祖様は、不死に近い能力を手に入れたのだという。

 伝説としてはありがちだが、嘘というにはヘルさんの身体は凄すぎるのだ。


 耐久力もそうだが、その自然治癒力は『再生』の域に達している。

 失われた血が戻るわけではないが、傷は既に塞がっていた。


「なんだい、まさかズルとか言わないだろうね? それとも、再生は吸血鬼だけのものとでも?」


「いいえ、吸うのに難儀しそうだな、と」


「威勢が良いのは好きだぜ」


 すぅ、とハーゲンティさんは深く息を吸い込み、静かに吐き出した。

 その頃には彼女の右腕に血が纏わりついており、彼女の周囲には円錐状の血の槍が幾つも展開されていた。


「貫き、殴ります」


「いいじゃないか」


 二人の戦いはまだ終わりそうにない。


「はぁ……速い強い美形……吸血鬼ってやりにくいなぁ」


 そうぼやく【轟撃の砲手】エムリーヌさんは、巨大な砲を難なく抱えて移動している。

 その背後に迫る【吸血鬼】の影。


「夜闇と霧に乗じて襲撃って……いかにも過ぎない?」


 エムリーヌさんは振り向きもせず迎撃。

 大砲を肩に背負うことで砲口を即座に後方へ向け、逆向きになったので引き金を押す、、


 轟音。


 腰から上が吹き飛んだ男性は再生することなく退場。

 魔力弾はその後も進み続け、森の奥へと消えた。


「大した威力だな」


 彼女を襲う別の【吸血鬼】の声。


「はぁ、どうもです」


 気づけば囲まれているエムリーヌさん。


「しかし、砲は一つ。一度に全方位は撃てまい」


「せいかーい。そこに気づくとは、天才?」


「……」


 一斉に躍りかかる彼らはしかし、そのほとんどが彼女に触れることも出来なかった。


「ほーいっと」


 ガシャン、と音がしたかと思うと、砲の中心部分から――柄が生えた、、、、、

 言ってしまえば、大砲が一瞬で――大槌になったのだ。


 ぐるりと回転しながら大槌を振り回すエムリーヌさん。

 【吸血鬼】達が吹き飛ぶ。


「あれ、避けた子もいるんだ」


 冒険者達の最低限の情報は、魔王軍の魔物達に共有していた。

 実際に対応出来るかは別だが、対応出来た者もいるようだ。


 潜り抜けるなり霧化するなりで回避した者達が彼女へと迫る。


「じゃあ、どっかーん」


 大槌状態で、引き金を引く。

 魔力弾が発射され二人の【吸血鬼】が千切れ飛び、その反動を生かした大槌の一撃で最後の一人も弾け飛ぶ。


 あとには反動にくるくると回転し、疲れた様子で大槌を地面につけるエムリーヌさんだけが残る。

 その頬には爪で裂かれたのか、一筋の傷が出来ていた。

 一度目の砲撃で微動だにしなかったことからも分かる通り、【砲手】である彼女は衝撃を殺すことにも長けている。

 のだが、たまに衝撃に流されてみせるのだった。


「うーん、働いた働いた。すごく頑張った」


 満足げな顔で頷く。


「……な、なーんちゃって。もっと狂騒に身を投じたいぜ~」


 【千変召喚士】マルグレットさんの視線を感じたのだろう、エムリーヌさんが背筋をピンと伸ばした。


 そんなマルグレットさんはというと――。

 最初とは衣装が変わっていた。


 今の彼女はこう……修道服のようなものを身に纏っている。

 かなりレアな魔法具で、黒魔法への耐性を持ち、不意の一撃を弾く効果がある。

 もう一つ、金色の十字架。


「美しき女性の血を好んで啜るなど、許されることではありませんよ」


 これも魔法具で、魔を祓う効果があるとされる。

 実際は魔力の流れを乱すもので、吸血鬼で言えば血の操作、身体変化、再生能力全てに支障をきたす相性最悪のアイテムだ。


 彼女は商才があるらしく、最初こそ実家の商会の力を借りたものの、すぐに利子をつけて返すほどまでに成功を収めた。

 そうやって得たお金で彼女がしたことは、魔法具の蒐集。


 ヘルヴォールパーティーのメンバーが持つ魔法具は、ヘルさんの魔剣を除けば全てマルグレットさんが入手したものだ。

 財力だって一つの武器。視聴者からすれば、面白ければそれでいい。


 もう一つ彼女の特殊なところは【召喚士】としての能力にある。


 元々は僕の指輪のように、何者かと契約し、これを召喚する術に秀でるのが【召喚士】。

 だが彼女はどういうわけか、意志なき物とも契約出来るというのだ。


 彼女は攻略ごとに、その瞬間必要なものを自分の手元に呼び寄せる。

 ちなみに衣装の場合は重ね着になってしまうので、彼女は一度全裸になる。


 もちろん攻略動画ではギリギリ大事なところは見えないように上手くやっているが、ダンジョン側は見られるわけで。あと編集する人も。

 そこらへん、彼女は気にしていないようで堂々したものだった。


 一応言っておくと、僕はよく見ていないし、そもそも霧で隠れていた。うん。


「では、お願いしますね? ニックさん?」


 ニックさんというのは、彼女が契約している熊の亜獣の名前だ。

 そう、生き物は生き物で召喚出来るのだ。


 普段は森の主をやっているというニックさんが、二足歩行で爪を【吸血鬼】へと振り下ろす。

 十字架の所為で能力を大きく低下させられた【吸血鬼】は、そのまま退場。


 こう書くとまるで冒険者達が圧倒しているようだし、実際まだ退場者は出ていないのだが、冒険者サイドも確実にダメージを負っている。


 ヘルさんやアメーリアさんはダメージを無視して戦い続けているだけだし、【吸血鬼】を上手く捌いているエムリーヌさんとマルグレットさんも、蝙蝠の亜獣には対処し切れておらず何度も吸血されていた。


 無傷と言えるのはヘルさん以外の【勇者】達と、【サムライ】マサムネさん、あとは【無貌の射手】スーリさんくらいのものだった。


 凄まじい勢いで退場者が出ているものの、『削り』は効いている。


「あははっ、ちょいとつついたくらいで弾けて消える魔物と違って、魔王城の【吸血鬼】ともなると殴り甲斐があるじゃないか! 気に入ったよ!」


 ……効いている、筈。


 それに、『仕込み』はとうに済んでいるし、その策は今も進行中。

 新生第三層・吸血鬼と『眷属』の領域の脅威を、冒険者達はまだ知らない。




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