第148話第三層・吸血鬼と眷属の領域3

 



 第三層フロアボス・【吸血鬼の女王】カーミラ。

 彼女は貴族風の衣装に身を包んだ四人の配下を、背後に連れていた。


 もちろん、彼らも【吸血鬼】。

 ハーゲンティさんほどではないが、極めて優秀な戦闘能力を有する者達だ。


「強さ、ですか。ふふふ、【魔剣の勇者】ヘルヴォール、貴女の言う強さとは、具体的に何を指すのでしょう?」


「あ? ……あぁ、お前さんもあれか。あたしをステゴロしか認めない頭の固いやつだと思ってるクチかい?」


「まさか、貴女の仲間を見れば分かります。武器や道具に頼ることを、貴女は否定しない。だからこそ定義がブレるというものでしょう。どこまでを強さに含めていいのかの線引きが、ハッキリしない」


 ヘルさんはカーミラの言葉に、首を捻る。


「確かに、あたしはまどろっこしいのが嫌いだ。だがそれは気質っつぅか、性格に過ぎない。面白い面白くないで言やぁ、面白くないって話だ」


「主観を排した強さの基準を、お持ちということですね」


「あぁ、これは簡単だぜ。ガキでも分かる。一度勝負が成立したなら、勝った方が強者だ」


 冒険者オタクの僕は、過去のインタビュー記事で同様の発言を確認しているので驚かなかった。

 だがカーミラの唇は、少し驚いたように開けられた。すぐに、笑みの形に戻る。


「その前提は面白いですね。なるほど確かにそれならば、よく議論に上がる『強者を毒殺した者がいた時、その者の方が強いことになるのか』という問題にも答えが出せます。勝負の成立を待たずにして相手に押し付ける敗北は、強さの証明にはなりはしない」


「あぁ、だからお前らが仕掛けてくるものは全部受け入れてるだろ? こっちは攻略する、そっちは防衛する。勝負は成立してるわけだ。あとは、どっちが勝つか。別に何をしてくれたって構わないぜ? 全部ぶっ壊して、魔王を殴りに行く」


安心しました、、、、、、


「は?」


「始めましょうか。私の配下を狩った罪は、その命で贖っていただくとしましょう」


 役に入ったカーミラのセリフに、ヘルさんはハッと獰猛に笑う。

 気にはなったようだが、わざわざ問うまでではないらしい。


「やってみろよ」


「では、遠慮なく」


 瞬間、教会は地獄と化した。


「え?」


 という声が、冒険者達から上がる。複数人が似たような声を出したので、誰が言ったかはよく分からない。


 教会は広い。入ってすぐ正面には石壇まで続く通路があり、赤い絨毯が敷かれている。

 通路の左右にこれまた石製の長椅子がずらりと並んでいた。


 そんな絨毯と、椅子の影から。

 一瞬にして無数の血の茨、、、、、、が伸び、冒険者達に襲いかかったのだ。


「いやいや……なにこの量」


 常に冷静でいるレイスくんさえ、目許をひくつかせている。

 彼は咄嗟にフランさんを引き寄せ、風魔法を壁のように展開することで茨を防いでいた。


 だが全員が全員、これに対応出来たわけではない。

 そして驚きはそこで終わらない。


「これ……どういう」


 【轟撃の砲手】エムリーヌさんの声だ。

 彼女は大男ほどの砲を抱えて戦う【砲手】。


 咄嗟に茨の発生源と思われる椅子に砲弾を発射しようとした彼女だが、砲を支える方の腕が……ぼとりと落ちてしまった。


 取り外し可能なパーツのように、砲ごと床に落ちる。

 カーミラが、口元に手を当てて心配そうに言う。本気で思い遣っているかと錯覚するほど、優しい声色。


「大丈夫ですか? 身体が脆くなっているのでは? 健康的な食事に気をつけ……いえ、魔力の管理に気を遣われた方がよろしいでしょう。次からは、、、、


「エム……ッ!」


「ごめんあねご、なにかミスったみたい……」


 エムリーヌさんの身体はそのまま茨に包まれ、ほどなくして隙間から魔力粒子が輝いた。

 砲も消える。


「クソッ! なんだこれ、なんなんだよこれ……!」


 【拳闘士】のアメーリアさんは茨を回避し、弾き、掴んでは引っ張るなどしていたが、ある瞬間に体勢を崩す。その足の膝から下がボロボロに崩れていた。


「意味がっ――」


 分からない。そんなことを言おうとしたのだろう。

 彼女は抱きとめるように広がった茨に包まれ――退場した。


「アメ様っ。……ヘル姉様、私達は重大な何かを見落とし……て」


 カーミラの配下の一人が、正面から【召喚士】マルグレットさんの胸部を貫き手で貫いている。


 彼女の現在の装備は厄介。衣装は不意打ちを防ぐし、十字架は吸血鬼の特性を抑制する。

 だから正面から、堂々と倒す必要があった。


 彼女の相棒、熊の亜獣ニックさんは助けに入れない。

 他の誰よりも先に、身体が崩れて茨に飲まれていた。

 別の誰かや何かを召喚させる時間は与えない。


「ちぃッ……! マル……!」


魔力体アバターの構造が脆くっ、おそらく吸け――」


 マルグレットさんも退場。

 これでヘルヴォールパーティーは、リーダーを残すのみ。


「……何をしやがった、とは訊かないでおくぜ」


 ヘルヴォールさんはまだ笑っているが、そこに楽しげな色はない。

 戦いが好きでも、仲間がやられて喜ぶ者はいない。


「あら、説明しても構いませんよ? そもそも貴方がたは最初から――」


 轟音。


 教会の床がめくれあがり、ヘルさんの姿が消える。

 気づけばカーミラに向かって拳を振り抜いていた。


 カーミラも室内の膨大な血液を防壁として展開し対処したが、それらは一瞬で蒸発するように掻き消えた。殴打の衝撃で、血が飛散する。


「どうでもいい」


「……そうですか」


「あぁ、あとこれ返すぜ」


 ヘルさんが床に放り投げたのは――マルグレットさんを退場させた【吸血鬼】の頭部だった。


「……!」


 カーミラを殴る途中でもぎ取ったのか。

 直進にしたって速すぎるくらいなのに、寄り道で【吸血鬼】を一人狩るとは。 


 首から下を見れば、魔力器官も潰されているようだ。

 ヘルさんは見もせずに頭部を踏み潰す。

 これでは再生しようがない。魔力粒子が舞う。退場。


「この量を操れるのはボスのお前くらいだろ? つまり、お前さんを狩ればそれで済む話だ」


「そう簡単に狩られる者が、フロアボスに任命されるとでも?」


「だから、どうでもいいんだよ。勝負なら、あたしが勝つ」


「そう気を荒げないでくださいな。確かにいつもの侵入者にするよりも、もてなしはあっさり気味ですけれど」


「……あっはっは。ふざけた女だ」


 茨がヘルさんに絡みついた。身体に棘が刺さり、茨が肌に食い込む。

 だが、彼女は一歩踏み出す。止まらない。一歩また一歩カーミラに近づく。


「……貴女、本当に人間なのでしょうか?」


「さぁな」


 カーミラは警戒を強めながら、自身の手首に爪を立てる。

 裂かれた手首から流れ出る血液は、すぐに主の為に剣へと形を変えた。


「ごめんなさい、私は殴り合いが得意ではなくて」


「好きにしな」


 戦いは続く。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る