第149話◇第三層・吸血鬼と眷属の領域4

 



 ヘルさんは尋ねなかったが、視聴者は気になる筈だ。

 謎は大きく二つか。


 血の出処と、魔力体アバター崩壊の理由。

 実は、これはどちらもある一つのものによって成立したもの。


 まず、整理しておこう。

 四天王とは、単なる冠ではない。


 参謀と呼ばれる僕が、作戦の提案とは別に黒魔術や魔王の角といった『特別な何か』を持っているように。

 四天王の面々も同様に、特別なのだ。


 【夢魔】の姿を好み、対象に触れずして吸収ドレイン可能。だがそれも一面に過ぎず、本人が望むのであればどのような種族にも化け、また姿によってはその特性さえ再現してみせる。

 変幻自在、翼を持つ黒き豹の亜獣――【恋情の悪魔】シトリー。


 巨大な像を思わせる鎧に搭乗し、伸縮自在の槍を操ってみせる武人。その中身は人間の少女にしか見えないが、疾風を置き去りにする速度、巨岩を砕くパワー、心臓を潰されてなお死なぬ耐久力を誇る。

 一騎当千、その身からは想像出来ぬ膂力を有する【鬼】――【刈除騎士】フルカス。


 魔王と同じ種族であり、優れた二本の角を持つ。王への忠誠心に篤く、魔力生成量、魔法威力、身体能力全てにおいて突出している。時を飛ばすが如き転移の魔法で敵を翻弄する魔法使い。

 迅速果敢、彼の動きには迷いも遅延も無い。彼の【魔人】は――【時の悪魔】アガレス。


 冒険者共が最初に遭遇する四天王。残忍な性格は人々を時に恐怖させ、時にどうしようもなく引きつける。彼女の操る血が引き起こすは、むごたらしくも美しき殺戮。

 鮮血淋漓りんり、敵の血を奪いその血で虐げる【吸血鬼】――【吸血鬼の女王】カーミラ。


 

 血の操作に長ける【操血師】という【役職ジョブ】を、彼女は磨きに磨いた。

 通常、吸血亜獣に吸わせた血を、主である【吸血鬼】が操ることは――出来ない。

 彼ら彼女らが干渉出来るのは、あくまで己の血のみだからだ。


 だが、例外があることにカーミラは気づいた。

 直接他者から吸った血は、己のものと出来る。どういう仕組みなのだろう?

 彼女はこう結論づけた。


 自分の血と混ざったことで、操作を受け付けるようになるのではないか。

 彼女はそれを実証する為に――己の蝙蝠に血を与えることを繰り返した。


 そして、ある時。

 蝙蝠を意のままに操れるようになった。


 僕と彼女が初めて逢った日。

 ミラさんを襲った暴漢達の暴走する性欲の出処は、彼女の呼び出した蝙蝠によって二度と正しく機能しなくなった。

 吸血蝙蝠に吸わせた冒険者の血を、自身の武器へと変えるカーミラの技は、彼女が弛まぬ努力と試行錯誤によって生み出したものなのだ。



「……エアリアル、気づいているか」


 【サムライ】マサムネさんが真剣な表情で言う。

 迫り来る血の茨は、彼を中心に円を描く範囲内には一本も踏み込めていない。


 その圏内に入ると、粉微塵に切り裂かれて散るのだ。

 彼のカタナの技量はそれだけ凄まじい。


「拙者もこれ、、だ」


 マサムネさんもまた、左膝から下がボロボロと崩れて空気に溶けてしまっている。

 彼は片足立ちで、茨を断ち切り続けているのだ。


「あぁ、魔力の少ない者から身体が崩れているようだね」


「原因はまだ分からんが、それが事実ならば儂らのパーティーの現状とも合う。マサムネ以外は目立った型崩れ、、、を起こしておらんからな」


 【錬金術師】のリューイさんは石製の椅子を瞬く間に盾に加工し、茨を防いでいる。


 エアリアルさんの推測は間違いではない。

 だがより正確には、魔力体アバター生成にかけられた魔力が少ない者から、身体が崩れている。


 魔力体アバターは生き物を魔力で再現したもの。

 再現にかかるコストは当然、その生き物ごとに変動する。

 情報が多く構造が複雑であるほど、沢山の魔力が必要になるわけだ。


 では何故今回、生成にかけられた魔力が少ない者達の身体が崩れることになったのか。


「蝙蝠だけだと計算が合わないよ。他にもいたんじゃないの?」


 レイスくんは、やはり鋭い。

 森で遭遇した蝙蝠達はほとんどが冒険者に狩られたが、いくら彼らでも全ては追いきれない。

 たとえば僅かに吸って、後は逃げた蝙蝠がいたとして、それを全て把握するのは無理。


 しかし、そんな個体が何十体いたとしても、カーミラがこの量の血を操れる理由にはならない。

 どこかに保存していた自分の血……という可能性はあるが、もしそうなら使い所はいくらでもあった筈。たとえばフェニクスパーティー戦では使われていない。


「吸っても気づかれない……蚊?」


 フランさんが、こてんと首を傾げながら言う。


「あはは、いいねフラン。でもこの量集めるほどの蚊なら俺達も気づくよ。それに羽音はしなかったろ?」


 幼馴染コンビはこの状況でも普段のペースを崩さない。


「…………蛭か」


 スカハさんが呟く。

 彼らも正解に辿り着いたようだ。

 そう。


 どの層も、レイド戦に向けて新たな策を用意している。

 カーミラが取り組んだのは、蝙蝠以外の亜獣を支配下に置くこと。


 そして、冒険者達に気づかれぬまま、彼らの魔力体アバターから魔力を吸い取ること。

 森という環境、木々のさざめきと夜風。湿った空気と土。夜と霧による視界の悪さ。

 そして、それら全てが魔力で構築されているダンジョンというフィールド。


 更には、そこに【吸血鬼】との戦闘が加わるのだ。頼りになる仲間たちには魔力に優れた者も多い。


 ここまで条件が揃うと、音もなく人に張り付き血を吸う、蛭という弱い生き物に気づけなくとも無理はない。

 魔力器官から生み出された魔力ならともかく、盗まれているのは血――身体を構築する魔力――なのだ。


 冒険者が森に入ってから、蛭の亜獣は張りついては血を吸い、充分に吸ったらぼとりと落ちるを繰り返した。

 あとは冒険者達が通り過ぎてから、他の者がそれを回収。カーミラに届ける。


 普通ならば、流れ出る血で気づいてもおかしくない。後からでも。

 だが、これはダンジョン攻略。漏出した血液は……魔力粒子となる。


 小さな傷口から僅かずつ漏れる魔力粒子を、深い霧と戦闘の中で見つけるのは難しい。

 そして時間が経てば、流失も収まる。


 部下が冒険者を倒せれば、もちろんそれが最上。

 だがそうはいかず、森の配下が全て打倒されても、負けではない。


「これだけの魔力を回収する為に、どれだけの蛭が必要か。方法は分からないけど、カーミラはそれを自分で操ってる。自分のものにしてる、ってことだ。一体なにをすれば、そんなこと出来るのかな」


 レイスくんは、カーミラのやったことの凄まじさを理解しているようだ。

 蛭に吸わせた血に干渉するには、そもそも事前に蛭へ自分の血を継続して与えていなければならない。

 何十、何百、何千匹? 時期から見て、レイド戦告知よりずっと前から準備していなければ間に合わない。


 多分……僕と再会してから、だろうか。

 彼女は僕が参謀になった時既に、この前話してくれた、並び立ちたいという想いで動き出していたのではないか。


 自分の担当する層の環境に合った、勝つ為の策。

 自分の能力を最大限活かす為の、工夫と努力。


「弱っていることも気づかせずに、獲物を自分の巣へと誘う。こういう戦い方もあるのか」


 感心した様子のレイスくん。

 だが状況は逼迫している。

 エアリアルパーティーとレイス&フランペアはともかく、スカハパーティーがまずい。


 スカハさん一人ならともかく、他の三人は屋内で四方を血の茨に囲まれるという状況に適していない。

 今は死なないことを優先し、【奇術師】セオさんが糸で繭を作り、そこに【狩人】のスーリさんと避難していた。


 それをスカハさんと【戦士】のハミルさんの魔法剣で守っている状態。

 手数的にも画的にも長くはもたない感じだ。


「ふむ……ここはヘルヴォールに任せよう」


 エアリアルさんは僅かに考え、そう決断を下した。

 実際、ヘルさんとの戦いが始まってから茨の勢いは落ちていた。

 彼女との戦いに意識を大きく割かれているのだ。


「どうした女王サマッ! イジめてみてくれよ、そいつは得意だろッ!」


 茨が途中から引きちぎれ、ヘルさんを止めるものが無くなる。

 ミラさんは殴られる瞬間霧化し、後方にて実体化。


「……殴ってくれという者を殴って何が楽しいというのでしょう。私が好きなのは、嫌がる顔だというのに」


「あはは! そいつは相性が悪そうだな! あたしは強ぇ奴との戦いが大好きだからよ!」


「そのようで」


 カーミラは捕縛を諦め、代わりに床に血をぶちまけた。

 その血は、すぐに針の絨毯と化す。


「こんなもんであたしが止まると思うか?」


 ヘルさんは足に穴が開くのを厭わずカーミラに近づく。


「私が、貴女を止めたいのだとお思いですか?」


 カーミラの周囲に血の剣が浮遊している。一振りや二振りではない。


「死なない生き物はいません」


「あぁ、吸血鬼も不死じゃねぇんだもんな」


「屠龍も同じでしょう?」


「死ぬからって、殺せるとは限らねぇだろ?」


「その通りです」


「……調子狂うな、お前さん」


 血の剣が次々とヘルさんを襲う。

 彼女は構わず進む。

 カーミラを殴ることをなによりも優先するようだ。


 【吸血鬼の女王】は――逃げない。

 自分の血で作り出した剣を優雅に構え――突きを繰り出した。


「そういうのでいいんだよ」


 ヘルさんは唇を舐めながら、左手を開いた、、、

 カーミラの剣が手のひらを貫通。

 腕を動かすことで強引に軌道を変える。顔を狙った突きは、既に反れていた。


 そのまま突き進む。ついにはヘルさんの手のひらが刃を全て迎え入れ、カーミラの手を掴んだ。


「――っ!」


「捕まえたぞ」


 霧化の時間は与えない。ヘルさんはカーミラの腹に膝を叩き込んだ。


「――――」


 更には自分を襲った血の剣を首の動きだけで回避し、なんと――柄を口で咥え、剣を振った。

 それがカーミラの喉を裂き、そこから魔力粒子が噴き出す。


「色々ごちゃごちゃ考えてたようだが、これで終いだ。まぁまぁ面白かったぜ、カーミラ」


 カーミラの身体が砕け散り、魔力粒子が舞う。


「この勝負、あたしの――」



「えぇ、貴女のなんです?」



「あ?」


 ヘルさんが呆けた声を出す。

 聞こえたのが、いましがた倒した筈のカーミラの声だったからだ。


 次の瞬間、【魔剣の勇者】の背後に出現したカーミラが、その牙を敵の首へと突き立てる。

 敵から直接血を吸わないという、吸血鬼の頂点としての矜持を捨てた一撃。


「霧化、か……!?」


 そう。

 身体変化だ。【吸血鬼】は人々のイメージに沿って霧化しているが、別にそれに限定されるわけではない。

 手間をかければ、魔力粒子と化して退場を偽装することも不可能ではない。


 【魔剣の勇者】を前に、そんな手間を掛けることが出来る胆力と実力があれば、だが。

 たとえば、腕を掴まれて次の瞬間には殺されるかもしれないタイミングでも、霧化しないような。


「は、ははははは! 最高だよカーミラ! お前さんは最高だ! 強いじゃねぇか! なんだよ、面白いぞお前!」


 ヘルさんは急速に体内の魔力を奪われながら、実に楽しげに笑っている。


抜くに値する、、、、、、ってもんだ」


 そう言ってヘルさんはボロボロの左手を、魔剣の柄に掛けた。

 魔王や古龍との戦いレベルでなければ、決して抜かない彼女の武器。

 魔剣ティルヴィングが、抜き放たれる。


 だがしかし、位置からして背後のカーミラは斬れない――いや。

 彼女は自分の腹に刃を向け、それを迷わず突き刺した。

 自分ごと、背後のカーミラを貫く。


「龍を殺した剣だ、効くだろ?」


 熱した油のような音が、二人の身体から聞こえる。

 灼き融け、、、、ているのだ。

 ヘルさんはそこから更に、刃をミラさんの牙が突き立つ方の肩へ向かって切り上げる。

 ずずず、と自身とカーミラの身体を灼き斬るヘルさんだったが。


「……?」


 不意に表情を歪めた。


 自分の身体だけが、床へ吸い寄せられるように落下しているからだ。

 見れば、両足がぽろぽろと魔力粒子と散らし、崩れているところだった。


「……そういや、止めたいわけじゃねぇって言ってたか……」


 血の絨毯は、それ以前の彼女に巻き付いた茨も、止めるのが目的ではなかったのだ。

 血の武器そのものから、吸血、、していたのだ。


 まさに神業。

 魔物側で言うなら、魔王掛かってると称賛すべきか。


 勝負はカーミラの逆転勝利に思えた。


 が、【魔剣の勇者】は決して勝負を投げない。

 彼女は残った膝が床につくと同時に、身体を半回転させ、自分に刺さったままの魔剣を抜きざまカーミラの胴を薙いだ。


「――。……それはもう、人間の動きではありませんね」


「だったら……?」


 落下するカーミラの首に魔剣を突き出す勇者。

 吸血鬼を統べる者はそれを避けない。

 代わりに血の刃を操作し、残る全てで敵を貫く。


 右腕と両足を失い、全身を串刺しにされた者。

 下半身を失い、魔力器官から肩までを熱剣で裂かれ、首に魔剣を刺された者。


「…………あたしの負けだな、カーミラ」


 不死者にも思えたヘルさ――【魔剣の勇者】ヘルヴォールの身体が、今度こそ砕け散った。

 淡い光が教会に散る――退場だ。


「いいえ、貴女が相手でなければ、もっと冒険者を落とせたでしょう。つまり、引き分けです」


 ふふ、という微笑みを最後に、カーミラも終わる。

 勇者に続き、女王の身体も砕けて、空気に溶けた。


 既に他のパーティーによって、残る配下の吸血鬼も打倒されていた。

 第三層・吸血鬼と『眷属』の領域。


 脱落者四名。

 数を十人へと減らした冒険者達は、過去最大の喪失を受けながら、第四層への進出を決定。

 カーミラは、四天王としての実力を見せつけたのだった。



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