第279話◇全天祭典競技最終段階『血戦領域魔王城』(始)/選手入場
カシュと別れたあと、僕は果物屋を営む友人、ブリッツさんのところに顔を出した。
僕の顔を見ると、最終段階出場を我が事のように喜んでくれた。
今日も店があるとのことだが、試合の時間は最近雇ったバイトの人に店番を任せるとのこと。
「差し入れだ!」と沢山果物まで貰ってしまった。
僕がパーティーを脱退した時も、新しい就職先を見つけたあとも、世界一位のエアリアルさんにパーティーに誘われたあとも、こうして全天祭典競技の最終段階に進むことになっても。
ブリッツさんは喜んだり驚いたりはしても、接し方を変えることはなかった。
冒険者というものは、本当に活躍や勝敗でファンの反応が一気に変わったりするもので、それを受け入れた上で業界に足を踏み入れたが。
変わらぬ距離感でいてくれる友人というのは、とてもありがたいし、支えになる。
大量の果物を抱えて仲間と合流。
【勇者】のレイスくん、【破壊者】のフランさん、【鉱夫】のメラニアさんに、【白魔導士】のヨスくん。
そして【黒魔導士】のレメ。
僕ら五人は、中々にイレギュラーな構成の勇者パーティーだ。
このことが、急に冒険者業界の常識を覆したりはしないだろう。
だが、実例にはなる。
王道の構成でなくとも勝利は重ねられるし、人間だけのパーティーでなくとも人々は熱狂する。
とても険しい道かもしれないけれど、決して『無理』ではないのだ、と。
僕らは会場である魔王城へと向かった。
映像を撮られたり、軽くインタビューを受けたり、入場時にファンからの声援を受けたりする。
パーティー自体への応援が多いが、僕の名を呼ぶ人もいるようだ。
少しずつ、何かが変わっている。
開会式のようなものを行うのかとも思ったが、しないようだ。
まぁ、師匠関連で断念したのだろう。
全天祭典競技を開催するとなった時、師匠が出てきてとんでもなく驚いたくらいだ。
一度やったからまたよろしく、なんて息子や弟子が頼んだところで聞いてくれるわけもない。
正直、僕は師匠が控室とかにちゃんと到着しているかどうかも不安だった。
僕は師匠を尊敬しているが、あの人が世界に縛られるような人物でないこともよくわかっている。
あの人自体が、強固な一つの世界なのだ。
たかだか一大会の進行に気を遣ってくれるわけがない。
だから、みんなと足並みを揃えないのは、構わない。
――でも、来てくれないのは困るよ、師匠。
全ては入場してから分かること。
師匠にとって戦うに値する相手がいれば、あの人はちゃんと来る。
僕が、僕らがそうであったと、これまでの戦いで証明できたと信じるしかない。
そして、その時は訪れた。
『全天祭典競技最終段階ッ……! ついに! 最終段階となりました! 泣いても笑っても! この試合を以って終結となります! 会場は超満員! 世界中が、この戦いに注目しています! さぁこれより決めましょう! 誰が――一番強いのかを!』
大地が揺れている。
人々の声で。期待で、興奮で。
選手用の入場口で待機している僕らのところまで、会場の熱気が伝わってくる。
『まずは第三段階までの激戦をくぐり抜けてきた、挑戦者たちから参りましょう!』
『赤組優勝者――世界ランク第四位フェニクスパーティー……ッッッ!!!』
これ以上ないと思っていた歓声が、更に爆発する。
『難攻不落の魔王城』四天王【刈除騎士】フルカスパーティー、『東の魔王城』君主【
『さぁご登場いただきましょう……ッ!』
『伸縮自在の魔剣使い――【戦士】アルバ選手!』
くすんだ銀の短髪に、細身ながら鍛え抜かれた肉体、やや乱暴者っぽい雰囲気の青年。
『世界に三人しかいない「神速」極めし射手――【狩人】リリー選手!』
小柄で表情に乏しい、金髪翠眼のクールなエルフ。
『高位の水の分霊と氷魔法に愛された魔法戦士――【氷の勇者】ベーラ選手!』
こちらもまた小柄で大人しそうな印象の少女だ。リリーが花の妖精だとすれば、ベーラさんは氷の妖精だろうか。白の長髪と瞳は、氷を連想させる。
『中後衛の自由を支えるのは攻守極めたこの盾役――【聖騎士】ラーク選手!』
彼は体格だけでなく、容姿にも恵まれている。紺色の波打つ髪が、眠たげな眼に少し掛かっていた。
『そして人類最強に最も近いとされる勇者の一人――【炎の勇者】フェニクス選手!!!!!』
我が友、我が幼馴染、我がライバルである、赤髪の美青年。
彼が入ってきた瞬間、鼓膜が破れそうなほどの歓声が轟いた。
参加人数が多いからか、ここまで散々紹介し尽くしたからか、今までで一番簡潔な紹介だ。
それでも充分。
今この会場に来ている人たちは、出場者の強さなど知っているのだから。
『続いて青組優勝者――「難攻不落の魔王城」君主率いるルシファーパーティー……ッッッ!!!』
世界ランク第九位【大地の勇者】ヴェーレパーティー、世界ランク第三位【魔剣の勇者】ヘルヴォールパーティー、騎士団長【永遠の乙女】ペルセフォネパーティーら最終四組を制したのは、我らが王。
そう、魔王様も最終戦にコマを進めていた。
『その足音は大地を揺るがし! その言葉は大地を分割する! 「難攻不落の魔王城」最終層最後の門番を務める二人の大巨人! 【大気の如き悪魔】イポス選手&【透明の如き悪魔】バラム選手!』
イポスさんは自分の肉体を空気のように変質させることが出来、バラムさんは自分の肉体を透明にできる。
巨人というだけでも圧倒的な破壊力を持っているのに、更に魔法まで使える人たちなのだ。
『人とケンタウロス二つの姿、そして植物系の【調教師】という異色の才能を持つ――【一角詩人】アムドゥシアス選手!』
額から螺旋状の一本角が生えた、ユニコーンの血を引く女性だ。おっとりした性格で、薄紫掛かったふわふわの長髪を伸ばしている。
彼女は魔王軍参謀レメゲトン直属の配下でもある。
『「難攻不落の魔王城」第九層フロアボス! 空間移動という固有魔法を持つ優れた魔人――【時の悪魔】アガレス選手!』
銀の髪を後ろに撫で付けた魔人の男性だ。普段から燕尾服姿で、魔王様に絶対の忠誠を誓っている。それと、カシュのような子供にとても優しい。
『彼女が「難攻不落の魔王城」君主であることに誰も文句は言うまい! フェニクス選手が最強の人類候補ならば、彼女は最強の魔王候補だ! ――【魔王】ルシファー選手!!!!』
黒い衣装に身を包んだ、一人の魔王。彼女の背丈よりも長い深紅の髪、静かに燃える炎の如き両眼、一対の黒き角。
見た目が童女だろうと関係ない。彼女は、『難攻不落の魔王城』の職員全員が王と仰ぐ者だ。
本来、【魔王】が出てくるというのは、それまでの層が全て攻略されてしまったということ。
ラスボスの登場は盛り上がるが、魔物からすればラストまで攻略されてしまって主に申し訳ない気持ちでいっぱいだろう。
しかし、この大会では何の問題もない。
我らが王はただ一選手として出場し、仲間と共に勝ち進んだだけだ。
そして、次なる出場者たちの紹介が始まる。
『続いては白組優勝者――世界ランク第一位エアリアルパーティー……ッッッ!!!』
【正義の天秤】アストレアパーティー、【
『神速の「バットウジュツ」の使い手――【サムライ】マサムネ選手!』
マサムネさんは和装の剣客で、カタナという特殊な剣を使う。その腕前は世界五指に数えられるほど。魔法さえ斬ってしまうという彼の斬撃は、非常に驚異的で、格好いい。
『本大会で魔法の真髄である天底級に至った火属性使い――【紅蓮の魔法使い】ミシェル選手!』
普段のミシェルさんはほんわかした雰囲気の女性なのだが、ダンジョンに入ると言動が一変する。
世界ランク第二位のエクスパーティーとの戦いでは、同パーティーの魔法使いマーリンさんとの戦いで、更なる魔法の高みに手を伸ばした。世界で数人しか到達していない天底級魔法の使い手になったのだ。
『こちらも本大会で幻のスキル「魔法錬金」を披露した――【剣の錬金術師】リューイ選手!』
リューイさんは寡黙で小柄な男性だ。攻略動画ではそのダンジョンにあるものを錬成して武器を創るので、観ていて非常に楽しい。
彼がエクスパーティー戦で見せた魔法錬金は、『その場にあるもの』ではなく『仲間の魔法』から武器を錬成するというもの。しかも魔法の特性は武器に受け継がれるというのだから驚きだ。
『弱冠十三歳にして世界ランク一位パーティーで活躍するのは――【疾風の勇者】ユアン選手!』
ユアンくんは、【氷の勇者】ベーラさんと
非常に礼儀正しい少年で、真面目かつ努力家。第一位パーティーの新メンバーとして世間に受け入れられており、実力も備わっている。その上、成長途中だというのだから末恐ろしい。
『この時代の「四大精霊契約者」はこの人から始まった――【嵐の勇者】エアリアル選手!!!!!』
風を思わせる翠の瞳と毛髪。四十を越えているというのに、今が全盛期とばかりに鍛え上げられた肉体。幾つもの若き才能が毎年毎年現れる冒険者業界において、不動の一位を維持するパーティーのリーダー。
おそらく今の時代、人類最強は誰かと訊かれれば、彼を連想する人が最も多いだろう。
冒険者ファンで彼を知らない者はいない。冒険者で彼を意識しない者はいない。
それが、一位に君臨するということだ。
「よし、この歓声、全部いただこう」
入場に向け歩き出した、僕らレイスパーティー。
その道中、リーダーのレイスくんがそんなことを言った。
世界中が注目する、最強決定戦。
その熱だけで氷山をも溶かしそうな観客たちの期待や興奮。
それらを独占するということは、つまり――世界最強になるということだ。
僕らは急造パーティーで、年齢も種族もバラバラで、正直パーティーの総合力でいえば四組の中で最下位だろう。
その自覚はあるし、そこを否定しても仕方がない。
伝説を創った者達に挑戦するという今回の構図、挑戦者側が勝利するとしても、だ。
最後に立っているのがレイスパーティーのメンバーである、と予想している者がどれだけいることだろう。
僕らだって優勝者。けれど、此処に集まった者達は積み上げた実績が違う。
そういう意味で、結成間もない僕らは
だから、レイスくんの言っていることは、大言壮語の類だと思われても仕方ない。
「そうだね、そうしようか」
未熟も未完成も百も承知。
それでも、チャンスは待ってくれない。完璧になるまで鍛え上げる猶予をくれるとは限らない。
その機会が訪れたら迷わず飛び込み、必死に掴み取るしかないのだ。
ここまで、僕らは勝ち上がることが出来た。
このあとも、同じこと。
それくらいの気概がなければ、これより始まる戦いに赴く資格はあるまい。
僕の返事に、レイスくんはニヤリと笑った。
僕は笑みを返し、言う。
「行こう」
この時代で最も強き者達が集う場所に、足を踏み出す。
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