第295話◇全天祭典競技最終段階『血戦領域魔王城』17/魔王




 【魔王】ルキフェル。

 先々代『難攻不落の魔王城』君主。


 魔王城はこれまでも、当代、先代、先々代と三つの代においても、『最深部到達パーティーゼロ』の記録を守り続けている。


 僕の知る三人の【魔王】の内、世間に『難攻不落の魔王城』君主として知られているのは、師匠と魔王様の二人。


 魔王様は、レイドで僕に召喚されるという形で表舞台に登場。

 そんなことでもしなければ、最深部に座す【魔王】が世間に知られる機会はない。


 だからフェローさんは知られていない。


 だが師匠は魔物業界だけでなく、冒険者業界にも広く知られている。

 召喚どうこうではなく、当時のレイドで勝手に低層に出現し、挑戦者たちを全滅させたからだ。


 その戦いには、若かりし頃の【嵐の勇者】エアリアルさんも参加していた。


 だからかつて、エアリアルさんは僕に眠る師匠の角の力の片鱗を感じ取ることが出来たのか。

 他の誰もが気づかなかったことなので、四大精霊契約者だからこその感覚なのかもしれないが。


「ようやく立ちおったな、ジジイ」


 魔王様が不機嫌そうに言う。


 師匠はぐるりと僕らを見回した。


「揃いも揃って、何を呆けておる。このような老躯ろうくをまじまじと眺めるが為、わざわざここまでやってきたというのか? ご苦労なことだな」


 実に師匠らしいが、要するに――『掛かってこい』と言っているのだ。


 師匠はまだ、角の力を解放していない。鎧角を展開していない、ということではない。

 角の魔力さえ、放出していないのだ。


 ただ体内の魔力器官を稼働させているだけ。

 そこから生み出される膨大な魔力だけで、大気が鳴き、大地が震え上がる。


「レメゲトン様! ここは私が!」


 そう叫んで動き出したのは、【吸血鬼の女王】カーミラだ。


 彼女は残る血液の全てを出したのだろう、形成されたのは――天を衝かんばかりの、竜であった。


 竜と言えど、その形状は彼女が生み出す多頭の竜――ヒュドラの頭を一つにしたようなもの。

 ドラゴンというより、異国の『龍』に近いだろうか。


 天を泳ぐ蛇の如き大龍が、師匠を呑み込まんと迫る。


 僕は彼女の攻撃をアシストすべく、師匠に黒魔術を放った。


 旧魔王軍にさえ通じたのは、単に虚を突くことが出来たから、だけではない。

 今この瞬間の僕の魔力総量とその純度は、ただ一人の例外を除けば世界に類を見ない。


 つまり、今日この時ばかりは。

 僕の本気の黒魔術を防ぐことの出来る生命体は、存在しないということになる。

 『ただ一人の例外』さえ、いなければ。


 だが、そう。


 その例外が、ここにいる。

 例外的存在こそが、最後の敵として立ちはだかっている。


 虫でも払うように師匠が手を振るのに合わせて、僕の放った不可視の黒魔術の全てが弾かれる。


 全身から魔力を放出する抵抗レジストでも、未完成の魔法を循環させる抵抗領域フルジレストでもない。


 その瞬間ごとに必要な魔力を必要な箇所に纏わせることで、無駄なく僕の黒魔術を払ったのだ。


 まるで、全て見えているかのように。

 もしかすると、彼の魔力探知技術は魔力を目視するに等しい精度なのかもしれない。


 驚きはしない。


 この人は、世界最強の生き物。


 そして、才能のない【黒魔導士】の子供を、【魔王】の角を継ぐ黒魔術師にまで育て上げた魔人。


 これまで、どんなに強い人達でも、僕はその人達の想定を上回る策を用意してきた。

 実力差があろうと、それを埋める努力をすることが出来た。


 だがこの人だけは、僕のやることに驚かない。


 僕という【黒魔導士】を形作ったのは、この人の教えだからだ。


 そして、血の大龍もまた、彼を傷つけることは叶わない。


「生物の体内を巡る液体程度、海ほどに集めようとも魔王は殺せぬ」


 その一言と共に、大龍が蒸発するようにして消し飛んだ。


 それを読んでいたかのように、消えた大龍の膨大な魔力粒子の中から、カーミラが飛び出す。


「そうか……気づかぬか」


 あと数歩のところで、突如としてカーミラの肉体が弾け飛んだ。


「貴様の命は、龍と共についえていたというのに」


 火属性……に属する『熱』によって大龍とカーミラの血液を一瞬で沸騰、蒸発させたのか。


 かつてはフェニクスの炎熱にも短時間とはいえ耐えていたカーミラの再生能力が、発揮される余地もないほどの死。


「ミラっち!」


 魔法使いの特性を再現した【恋情の悪魔】シトリーさんが遠距離から攻めるが、それらはどれ一つとして師匠に届かない。


 彼女もそれは理解しているだろう。

 だが、次なる変化へんげは始まらない。


「その理解は正しい。儂を殺し得るものがこの世に存在しない以上、有用な変化の選択肢はない」


 シトリーさんの膨大な選択肢のどれ一つとして、打つ手なしとの自答が出たのか。

 だからシトリーさんは、異なる何かへと、それ以上変わることが出来なかった。


 それでもあと一瞬あれば、彼女は次なる行動に移っただろう。正解がなくとも、仲間の為に何か使える姿はないかと。

 だがその一瞬は訪れなかった。


 黒き炎がシトリーさんを焼き尽くしたからだ。

 命を糧に燃える、死ぬまで消えぬ魔界の炎――『黒炎』だ。


「『森槍しんそう』」


 『伸縮する槍』の解釈を広げ、その穂先をまるで大樹のように枝分かれさせるスキル。


 レイドで見せ、オリジナルダンジョンでも活躍したその技は、その後の鍛錬で更に研ぎ澄まされた。

 【刈除騎士】フルカスの一撃だ。


「ちゃんと捕まえとけよ、ふぅ!」


 彼女の『森槍』で師匠の動きを止め、そこに攻撃を当てる作戦か。

 空高く跳ね上がったのは勇ましき龍人、【竜の王】ヴォラク。


 彼女は足を極限まで上げ、頭部を上空へ向ける。

 そして、彼女の口から豪炎が吹き出し。

 莫大な推進力を得た彼女は、師匠の頭部に向かって踵落としを見舞わんと迫る。


 巨人さえ転倒させた彼女のスキル――『逆噴火』だ。


 まず、フルカスさんの槍が枯れた、、、


 黒魔法は無機物には掛けられない。

 だが黒魔術には、命を否定する力がある。


 あの魔法具の元となったのが何かしらの樹木であるならば、その生命力を否定することで武器を殺すことが出来るのか。


 『森槍』によって師匠を拘束することは出来なかった。

 だが急速に落下する『逆噴火』は止められない。


 師匠は彼女の踵落としを、その足首を掴むことで受け止めると、軽く空へと放った。

 そしてヴォラクさんの肉体は、そのまま降りてくることはなかった。


 このフィールドは『難攻不落の魔王城』内に形成された魔力空間。

 広がる青空も偽物だが、それでも選手である巨人のイポスさんとバラムさんが動き回れるだけの広さと高さがある。


 のちに解説のフェローさんが言ったことだが、ヴォラクさんは天井に激突し、その衝撃に魔力体アバターが耐えられず退場したようだ。


 『逆噴火』の衝撃は、師匠の足場が僅かに沈んでいることからも窺い知れる。

 その身が沈むほどの破壊力を、ヴォラクさんのスキルは有していたというのに。


 師匠本人には傷一つつかず。

 師匠が軽く放っただけで、頑強な彼女が退場するほどの衝撃を生んだというのか。


 師匠はそのまま萎れた『森槍』を軽く引っ張る。

 槍を手放すのが一瞬遅れたフルカスさんの体が宙に浮き、師匠に引き寄せられるように移動。


 師匠の貫き手が、黒き鎧を貫通し破壊する。

 だがその寸前、フルカスさん本人が鎧から脱出。


 彼女は中空で体を回しながら、師匠に蹴りを叩き込まんとするが――。


「やつも貴様も、武の極地にはいまだ遠い」


 師匠は手の甲でその蹴りを弾き、ぐるりと回転。

 お返しとばかりに回し蹴りを放った。


 爆発するような音と共に、フルカスさんの体が消える。

 どこかに吹き飛ばされたわけでもない。


 インパクトの瞬間、魔力体アバターが魔力粒子と変わったのだ。


 タッグトーナメントで、心臓を貫かれてなおしばらく動き続けていたほど、フルカスさんは生命力に優れているというのに。

 それを凌駕し一撃で殺し切る破壊力。


 彼女を一蹴りで退場させた師匠の背後に、【時の悪魔】アガレスさんが出現。

 『空間転移』の固有魔法を持つ彼は、魔王様の隣から師匠の背後への即座に転移したのであった。


 だが転移完了と同時、師匠の手刀によってアガレスさんの肉体が上下に分かたれる。


「――――」


「貴様が空間を越えるよりも、儂の方が速いとは考えなかったのか?」


 アガレスさんが転移先を選び、転移を終え、そこから動き出すよりも。

 転移先を読み、先んじてそこへ攻撃を奔らせる師匠の方が、速かった。


「みんな――避けて!」


 【紅蓮の魔女】ミシェルさんが叫んだ。

 既に魔力も厳しいだろうに、この局面で、彼女はもう一度、己の限界を超えた。


 二度目の天底級魔法、発動。


 日輪が、大地に墜ちる。


 眩い光と世界を焦がす熱風がフィールドを蹂躙せんと荒れ狂う。


 今回もエアリアルさんが風の精霊術で守ってくれたが、それがなければそれぞれが回避に力を注ぐ必要があっただろう。


 太陽が消えた時。

 無残に荒れたフィールドの中に――無傷の師匠が立っていた。


「精霊の領域に足を踏み入れた魔法、か。だが、忘れたわけではあるまいな?」


「うっ……」


 ミシェルさんが呻いたかと思うと、彼女が崩れ落ち、そのまま退場。


「大戦の折、四大精霊の加護を受けた【勇者】でさえ、【魔王】との戦いで幾人も命を散らしたことを」


 彼女の体が散る寸前、その身が白骨化していたように見えたのは、生命の否定か。

 魔力体アバターが死を認識して崩壊するよりも、師匠の黒魔術の方が一瞬早かった為に、その肉体が白骨化するまで死が進行してしまったのだろう。


 まだ魔物と人類が敵対関係にあった頃。

 【勇者】と【魔王】が殺し合う宿敵同士だった頃。

 圧倒的な力を持つ【魔王】は、四大精霊契約者を何人も屠ってきた。


 そしておそらく、そんな歴史上の恐ろしい【魔王】の誰よりも。

 師匠の方が、ずっと強い。


「儂を傷つけたくば、精霊と並ぶなどと言わず、精霊を超えてみせろ」


 三人の四大精霊契約者が攻撃に加われなかったのには、理由がある。

 第十層戦終盤のフェニクスと同じだ。


 まだ仲間がいる状態での全力は、仲間ごと傷つけかねない。

 勇者にそのような振る舞いは許されず、また、仲間に配慮した出力では師匠に歯が立たない。


 そのことを理解しているからこそ、三人は機を待った。


 僕の方はカーミラ以降も、仲間をサポートすべく黒魔術を放ち続けていた。


 師匠はその全てを当然のように弾き、僕の方へ黒魔術を放つ余裕さえ見せた。


 それはなんとか防ぐことが出来たが、一つ一つが相殺に膨大な魔力を消費し、平時であればどれだけ防げたものか分からない。


「少しは数が減ったか」


 師匠はまだ、角の力を使っていない。


「『神々の焔』」


 『この世のものなら何であろうと灼き尽くせる』火の深奥。


「『嵐纏一極』」


 嵐を身に纏う精霊術と、深奥の一つである『同化』を織り交ぜた技だ。

 レイドで僕の黒魔法に『嵐纏』の操作を乱された経験から学び、この祭典にてエアリアルさんが新たに用意した力。


 その初披露は、【漆黒の勇者】エクスさんとの戦いであった。

 魔法に黒魔法は掛けられない点に着目し、術者自身を風とすることで、レメゲトンの黒魔法を突破して嵐の如き攻撃を叩き込む為のものだという。


 確かに、同じく黒魔法を操る師匠にも有用な組み合わせと言える。


「『悲嘆のひょう』」


 レイスくんの持つショートソード型の聖剣の刀身が僅かに青みを帯び、その表面が川の流れのように揺らめいている。


 僕にも知らされていない、新たな精霊術のようだ。





「レメゲトンよ、我らも征くぞ」


 魔王様は理解している。


 もちろん魔王様の配下たちは、僕の仲間たちは、勝つ為にここにいるけれど。

 個人で最強の魔王を倒せると傲るほど愚かではない。


 僅かでも最強の魔王の力を引き出し、動きを引き出し、魔力を消費させることで。

 僅かでも、後に残った者達が勝利に近づけるようにと、力を尽くしてくれたのだと。


 それを理解しながらも、大事な仲間が軽々と退場させられたことに、何も思わないでいるのは難しい。


 魔王様の表情は険しく、その瞳には戦意が燃えている。

 僕は頷きを返答とし、自らも動き出すべく魔力を準備。


「参謀殿」


 レメゲトンの配下である【黒き探索者】フォラスは、支援役の【黒魔導士】であることもあってか、師匠に挑みかかることをしていなかった。


「己の役目を果たす機を逃さぬよう、努めます」


「あぁ。フォラスよ、これを預ける」


 僕は自分の杖をフォラスに手渡した。


 そして、五人が同時に大地を蹴った。


 遠距離から黒魔術を飛ばすだけが、今の僕の戦い方ではない。


「今日、この戦いで、我々が貴様を打ち倒す」


 僕の言葉に、師匠は、笑った、のか。

 そのように感じたが、やはり彼の表情は険しい。


「やってみろ、小僧」


 二対四枚の翼がはためき、魔王の角によって圧縮・純化された魔力が噴出する。


 景色を飛ばすほどの急加速は、瞬きよりも早く僕の体を師匠の目前へ運んでくれた。


 そして、僕の拳が――。


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