第二章◇レメゲトンとして恐れられ、レメとして認められ始める話? と、○○な勇者

第51話◇魔王軍参謀の優雅(?)な朝

 



 フェニクスパーティー撃退から二週間ほど経った。

 僕は第十層のフロアボスであると同時に、役職的には参謀でもあるので作戦の立案とかも職務の範疇。作戦の実行をたすけるところまでお仕事だ。


 毎日充実した生活を送っている、と言える。

 働き者の犬耳秘書カシュは可愛いし、添い寝フレンドな吸血鬼の美女ミラさんとも仲良くやっている。


 フェニクスパーティーの撃退を観たことで、僕の能力に懐疑的だったり態度を保留としていた人達とも、交流を深める機会を得られるようになった。


 第一層から第四層の魔物達は僕の黒魔法を身を以て知っているが、第五層以下の人達は知らなかったのだ。いきなり参謀に抜擢された人間をすぐに受け入れろという方が無理。

 最近では層を問わず、色んな人と話している。


 さて、正式に魔王軍参謀に認められた僕は、職員寮に入れてもらえることになった。

 種族ごとに違う建物が用意されていて、僕が入ったのは魔人用のもの。


 魔人は身体的には角くらいしか人と違いがないので、建物も人のそれと同じ造りだ。

 これが人魚とか鳥人とかだと変わってくるのだが。


 冒険者という仕事柄、決まった住まいというものを持てなかったこともあり、こういう『自分の部屋』というものがあると不思議な感じだ。


 冒険者の中には豪邸を建てる者もいるが、冒険者をやっている限りはほぼ別荘のようなもの。

 各地を転々としながらダンジョンに潜る仕事なのだから、一所に居を構えるのは難しい。


 一つの場所に落ち着くということの安心感というか、安定感というか。僕はそれを堪能していた。

 僕の一日は当然、起床から始まる。


 ◇


 意識が現実に繋がる。半分寝ているような、ぼんやりとした状態。

 それでも僕は自身に掛けた黒魔法を解除・調整していく。

 マットレスはフカフカで、シーツはすべらか。布団はフワフワ軽くて、包まるとじんわり温かくて気持ちがいい。


「んっ……」


 僕は何かに抱きついていた。

 枕か、半ば丸めた布団か。

 柔らかくて温かくて、気持ちいい。

 ふにょんとしていて、手触りも最高。


「っ……ぅ……んっ」


 何かを堪えるような声がする。

 さらさらとした何かが顔にあたってくすぐったい。

 でもなんだか良い匂いがする。

 僕が額をこすり付けるように頭を動かすと、ぴくっと震えた。


「れ、れめっ、さっ、ん……っ」


 ………………………………。


 枕でも布団でもいいけど、寝具って喋るんだっけ?

 あと、体温や鼓動が感じられたりするんだっけ?

 髪の毛生えてたり、二つの膨らみがついてたりするんだっけ?

 ついてたとして、揉んでいいんだっけ?


 僕は急速に冷める眠気に待ってくれまだ寝ぼけさせてくれと願いながら、完全に覚醒した意識で状況を確認する。

 ここ、僕の部屋の寝室。ベッドの上。


 寝てるのは僕と、金髪紅眼の美しき吸血鬼。

 僕は服を……着てる。よし。相手も全裸ではない。

 さて、僕は何をしている?


 ミラさんを抱きまくらにしていた。


 よ――くない。まったくよろしくない。

 僕は彼女から飛び退いた。


「ご、ごごご、ごめんミラさん!」


 慌てて身体を起こし、即謝罪。

 ミラさんは……何故か僕のローブを羽織っていた。

 裸に【黒魔導士】ローブという斬新極まりない格好だった。

 僕がさせたわけではない。


「おはようございます、レメさん。朝から、激しかったですね」


 ミラさんはクスりと微笑し、片手でローブの前を隠し、もう片方の手で髪の毛を耳に掛けた。

 その扇情的な仕草にグラりとくるも、今はそんな場合ではないと自分を律する。


「本当にごめん……」


「寝ぼけていたんですよね? いいんですよ、ちょっとした事故のようなものです」


 聖母のような笑顔。慈悲深きミラさん。


「最近はよく眠れているようですね、嬉しいです」


 僕が初めてミラさんに吸血された日。

 僕らは添い寝フレンドになった。


 普通の友人よりも距離感が近く、ただし恋人ではないという不思議な関係だ。

 僕らの出逢いは二年前だけれど、実際に関わるのは当時数日目。関係を進めるのは早計というもの。


 僕が寮に入ってからというもの、ミラさんと一緒にいる時間がとても増えた。

 というのも、こう、来るのだ。僕の部屋に。


 最初は暮らすのに必要なものの買い出しに付き合ってくれた。で、彼女が料理を振る舞ってくれることになり、その日はお酒に酔ったので帰れないと言われ泊めることに。

 僕は床で寝ようとしたが、添い寝フレンドなのだから問題ないと押し切られた。


 そこからほぼ毎日、ミラさんは部屋に来ている。

 正直僕は生活力などないし、ミラさんの手伝いは非常に助かっている。彼女といるのは楽しいし、ちょっと心臓に悪いことはあるが、最近は以前より自然体で話せるようにもなった。


 日に日に彼女の私物が部屋に増えていることとか、僕の前ではやたらと隙を見せてくるところとか、何故か僕の服を勝手に着ることが多いこととか、気になることもあるけれど。


 着実に仲は深まっている、筈だ。

 とはいえ、である。

 フレンドとあるように、僕らは恋人ではないわけだ。


「気をつけるよ。なんだか最近、眠りが深くて……。寝心地が良すぎる所為かな」 


「ですから、気にしていませんよ。それに――」


 彼女が片手をベッドにつく。

 ゆっくりと、マットレスが沈んでいく。

 彼女の顔が僕に近づいてきた。さらりと金色の髪が垂れ落ちる。


「触れられるのが嫌なら、一緒に寝たりしません」


 吐息混じりの声と、妖艶な笑み。


「レメさんさえその気なら……とも思いますし」


「それは……」


 僕が何か言う前に、その唇が彼女の白魚の指で止められる。


「はい。その為には、欲ではなく愛でレメさんが私を襲うように、籠絡しなければなりませんね」


 そう言って彼女が離れていく。


「朝食にしましょう。胃袋を掴む作戦は、今日も継続中なんです」


 今度は可憐な少女のように笑う。

 彼女は実に色んな顔を使い分ける女性で、そのどれもが魅力的だから困る。

 戦いには絶対に負けないのが勇者だけど、なんだか彼女には負けっぱなしな気がした。


 何はともあれ、これが魔王軍参謀としての朝の始まり。 

 ちょっとしたハプニングがあったが、新しい日常は大体こんな風に、ミラさんと共に起きるところから始まる。




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