第50話◇難攻不落の魔王城へようこそ

 



 さて、あれから何があったかというと。

 まず僕。


 九年コツコツ溜めた魔力貯金が底を突いてしまった。

 ただ、これは年数から感じる程に絶望的なものではない。


 だってそうだろう。九年というのは角の一部を体内に取り込んだ、十一歳の頃からを含めてだ。

 当時は生み出せる魔力も今よりずっと少なかったし、角を完全に受け継ぐのにそこから更に一年掛かっている。


 黒魔法の訓練は続けるとして、生成する魔力の内、角に回す分を増やそうと僕は決めた。

 同じ量を溜めるのに九年掛かる、ということは無い。


 ちなみに、師匠のことを知る魔王様と四天王には、戦いについても正確なところを伝えた。

 魔王様は僕の魔力体アバターが一本角だったことで予想していたのか、角の継承については驚かなかった。


『本来はお父様が継ぐものだが、あの男はお祖父様と折り合いが悪くてな。気にせんだろう』


 とのこと。

 だが魔王様ことルーシーさんは角が欲しかったらしく、


『余は気にしていないぞレメゲトン。よくぞ勝利を持ち帰った。貴様は魔王軍の誇りだ……ところで継いだ角は一本なのだろう? ふふふ、いや、訊いただけだ』


 と微笑んでいた。


 ……師匠、残る一本をお孫さんが狙ってますよ。


 もちろん冗談だろうけど、少しヒヤッとした。

 そういえば、魔王様のお父さんは何をしているのだろう。ルーシーさんの話しぶりからして、触れてはならないタブーというわけではなさそうだが、ダンジョン運営には関わっていないとのことだし。

 今度タイミングを見計らって訊いてみよう。


 後はミラさんからの尊敬の眼差しというか、そういうのが少し強まったくらい。

 カシュや他のみんなも戦いの顛末について知りたがっていたが、今はまだ伏せておくことにした。


 師匠の孫であり雇い主でもあるルーシーさんや、僕が魔王の弟子だと知っている四天王の面々――シトリーさんはまだ知らない――はともかく、僕の口から師匠の存在を口にする、というのは躊躇われたのだ。


 次、フェニクスパーティー。

 まだ放送は先だが、大きな反響を呼ぶのは確実。

 アルバあたりは即座に再攻略しようと騒ぐかもしれないが、却下されるだろう。いや、される。

 彼も含め、今回の攻略で三人は己の実力が魔王城攻略レベルに達していないと悟った。


 途中参加だったから突き進んだだけで、ベーラさんならそこを議題に挙げるに違いない。

 あの人は僕の黒魔法がパーティーに役立つレベルだと考えていたようだし、第十層ではフェニクスが黒魔法を受けた時の大笑・アルバやラークの動きを完全に読んだ上での打倒・黒魔法使い・おまけで名前が『レメ』ゲトン、なんてところから僕だと気づいていた節がある。


 他にも理由があるかもしれないし、勘付いただけで確証を得たわけではないかもしれない。

 なんというか、視点が他の冒険者とは違うんだよな。いや、冒険者特有のフィルターを通さずものを見れる、と言うべきか。


 ベーラさんなら、すぐに再攻略を申し込んでも今回以上に視聴者を沸かせる攻略は無理だと判断できる。リリーやラークもそれに同意する筈だ。冷静になれば、アルバも分かってくれるだろう。


 難攻不落の魔王城を、第四位パーティーがどんどん解明し攻略していく。

 今回はそういった興奮があった。

 でも、負けた直後に再挑戦しては、それは得られない。


 またフェニクス以外の仲間がドンドン退場していく攻略を見せるのか?

 自分達が世界に明かした第十層までの道のりをなぞるのか? この前も観たのに?

 それを観た者達は、つい先日見たのと同じ層の再攻略で沸けるのか? 満足出来るのか?


 基本的に、全滅したらそのダンジョンへの再攻略には間をおく。

 人々は『成長物語』が好きだ。そのダンジョンに屈した勇者パーティーが鍛え直し、また挑むという形ならば応援も集まる。

 という、お仕事的な理由を除いても、彼らがすぐにやって来ない理由がある。


 フェニクスだ。

 戦闘中も思ったが、仮にあそこであいつが勝っていても、すぐには最深部へ進めなかっただろう。

 精霊との契約で得られるのは『精霊の魔法』と『精霊の魔力』、それぞれを行使する権利だ。

 契約というからには対価も求められるが、今回はそこは重要ではない。


 精霊は自分で魔力を作れない代わりに、世界に満ちる魔力を自分の中に取り込むことが出来る。

 言ってしまえば、世界から魔力を吸収出来る角のようなものだ。

 めちゃくちゃ便利に思えるが、吸収能力が高いわけではないようだ。

 そして、魔力が完全に失われると精霊は消えてしまう。


 火の精霊が次の契約者を選ぶのに百三十年掛かったのは、気に入った人間が現れなかったというのも本当だろうが、前回契約者に使われた魔力の回復に努めていたというのもあると思う。


 神々の焔は、フェニクスの魔力だけでは賄えない。

 あの桁違いの魔法をポンポン放てる程、火精霊も超越した存在ではないだろう。可能不可能なら可能だろうが、それは己の存在を削る行為。契約者に推奨などしない。


 他にも、フェニクスは万全の僕と戦いたがっていたからすぐには来ないだろうとか、そもそも第十層はどうしようもないほど破壊されているから再建するまで冒険者は入れられないだろうとか、彼らが来ない・来れない理由はある。


 魔王城防衛から数日後。

 僕は街の外へ繋がる門の前にいた。

 空は仄明るく、早朝の時間帯。

 しばらくして、待ち人が現れる。待ち人達、かな。五人だ。

 フェニクス、アルバ、ラーク、リリー、ベーラさん。


「やぁ」


 と、僕は片手を挙げながら声を掛けた。

 僕もだが、みんな周囲にバレぬよう頭部や顔を隠していた。


「あ?」


 こちらを睨みつけてきたアルバだが、僕だと気付くと微妙な顔をした。


「レメ……。何の用だよ」


 なんとなくバツが悪そうだ。


「他の街に行くって聞いたからさ、見送りでも行こうかって」


「はぁ? 誰が……って、フェニクスか」


「あぁ、私が話した」


 攻略後、ちゃんと約束通り僕の方から出向き、仕事について話した。

 あと、流れでカシュとミラさんを紹介することになった。

 まぁ、それはいいとして。


「みんなに言っておかなきゃいけないことがあって」


 アルバが進み出てくる。


「お前、なんで力隠してた」


 随分とストレートな質問だ。

 フェニクスからベーラさん関連の話を聞いていなかったら、面食らっていたかもしれない。


「言ったら、僕のことを残そうと思った?」


「……いや、それはねぇな。お前は【黒魔導士】だ」


「だろう?」


 冒険者としての人気じゃあ、僕がベーラさんに勝てることはないだろう。

 人気が必要だとアルバは思っていて、その点では【黒魔導士】それ自体が問題だったのだ。


「……だけどさ、気になるよね。だって僕らに披露するだけでも、パーティーの居心地は変わっただろうし。アルバに言われっぱなしでも黙ってたのは、なんでなのかな」


 ラークだ。


「『君たちは僕のおかげで最高のパフォーマンスを発揮出来るんだよ』って? それって何か意味あるのかな」


 一番いいのは、心置きなく、気持ちよく戦ってもらうことだ。

 『【黒魔導士】のおかげ』よりも『自分達の力』と考えていた方が、自信もつくし動きも活発になる。

 僕はとにかく最短距離でランクを駆け上がりたかった。


「貴方の力に気付けなかった己の愚かさは棚に上げて言いますが、貴方のやり方は……その……」


 リリーは言い淀む。


「分かるよ。それを謝りに来たんだ。パーティーを勝たせ続けることを優先するあまり、君達から成長の機会を奪ってしまったんだから」


 本来ならば結果で未熟さを悟り、その都度改善しようと努力できた。

 だが僕は事を上手く運ぶことに注力していたので、彼らは挫折と無縁の冒険者生活を送ることになった。

 それが、今回三人を苦しめた。


「レメさんだけが悪いとは言い切れませんけどね。普段から熱心に鍛錬を続けていれば、多少は違和感を持てた筈です。そこから話し合いに持っていく道もあったでしょう。無意識下で【黒魔導士】を見下していたから、誰も疑問に思わなかった。自分の差別意識まで、レメさんの所為にするべきではないかと」


 意外と言うべきなのかどうか、ベーラさんからフォローが入る。


「それで、レメ。謝罪の為に待っていてくれたのかい?」


 三人が押し黙る中で、フェニクスが問うた。


「あー、実はまだある。その……うん、よし。アルバは魔法剣を伸ばしがちだよね。派手で良いんだけど、戻るまでの時間もあるし、長く伸ばすほど軌道設定に時間掛かるし、大技は控えめにしてもっとコンパクトに繰り出すといいと思う」


 次。


「ラークは最小限の動きで最適な行動をとろうとするよね。そのスマートさがウケてるんだけど、正確過ぎると読みやすい。魔物だって配信は見られるんだから、君の最適な行動を逆手にとる敵が現れるかもしれない。適度に『外す』こともした方がいいかな」


 次。


「リリーは速さに囚われない方がいいと思う。普通に射るだけでも様になっているし、命中重視の方が実力を示せるよ。『神速』は凄い技だから、敵が密集してる時に放つとか使い所を選ぶと盛り上がるんじゃないかな」


 これまで、僕の発言権は無いに等しかった。

 ただ、ベーラさんの提案のおかげで、ある程度みんな認めてくれているのだという。


 ならばと、思っていたことを口にした。

 彼らはもっと強くなれる。

 えぇと、これは言うべきか否か。


「ベーラさんは凄い優秀な【勇者】だね。よく周りを見ているし、判断も早い。魔法も綺麗だし応用も豊富だ」


「どうも、ありがとうございます」


「でも、近接が苦手なんじゃない?」


「……その通りです。精進します」


 ぺこり、と頭を傾けるベーラさん。

 僕はフェニクスを見る。


「お前は……いっか」


「何か言いたいことがあるなら、言ってくれ」


「ないよ。精霊抜きでの立ち回りが強化されたら、もっと厄介になるなぁって思ったくらいだ」


「ふっ。そうだな、常に精霊に頼るのも、よくないかもしれない」


「精霊に選ばれたのはお前だから、お前の力でもあると思うけど」


「それはそれとして、という話だろう?」


 僕らは笑い合う。

 フェニクスが手を差し出した。


 彼と握手などほとんどしたことはないが、まぁ別れの挨拶ならおかしくもないか。

 応じると、何故かフェニクスから魔力が発せられた。

 僕は咄嗟に身体に魔力を纏わせ――あ。


「【炎の勇者】フェニクスは、いかなる時でも友の助けとなる。何かあれば、いつでも私を呼んでくれ」


 ――こ、こいつ……!


 互いが指輪に触れ、互いが魔力を流し、契約者がその意思を口にすると――指輪で召喚出来るようになる。

 僕は今日、指輪を嵌めて此処に来ていた。


 ――【炎の勇者】と、契約しちゃったじゃないか!


 僕が召喚魔法を使えないのは知ってるから、何かしらの魔法具だとあたりをつけたのか。

 だからって契約出来るか試すか普通? 


「……ふざけんな馬鹿。どのタイミングでお前を召喚するんだよ」


 僕は小声で親友を責める。


「魔物用の魔力体アバターでも用意しておこう」


 彼は軽い調子で言う。冗談とも本気ともつかない。

 いや、それは……ん? どうなんだ。


 一応、兼業は禁止されていない。売れない冒険者達は専業では食っていけないので、禁止すると冒険者がごっそり減る。

 僕の冒険者登録も抹消されていない。


「親友を助けたいという思いが、そんなにも奇妙かい?」


「あー……もういいよ。その時が来たらこき使ってやるからな」


 具体的な問題については、後で考えよう。


「承知した、参謀殿」


「やめてくれ、鳥肌が立つ」


 また笑って、僕らは離れる。


「それじゃあ皆、頑張って」


 僕の晴れやかな笑顔に対し、三人の表情は優れない。


「結局、自分の力については話さず終いか?」


 アルバが言う。


「だね」


「……そーかよ。つーかお前、仕事は何してんだよ」


「興味あるの?」


「あ? あるわけねぇだろ。訊いてみただけだ」


「あはは、そうだね。じゃあ誰にも言わないって約束してくれるなら教えるよ」


「そもそも誰もお前に興味ねぇよ」


「じゃあ誰にも言わないでくれるね」


「言わねぇっつってんだろ」


 アルバの言葉に、正直助けられた。

 どのタイミングで実行に移すか悩んでいたのだ。

 それは、僕がフェニクス達の見送りに行くと、ミラさんに漏らしてしまった時のこと。


 ――『素晴らしいアイディアがあります』


 と、ミラさんが言った。

 僕はあまりよろしくない予感がしていたが、気付けばそのアイディアは実行完了なところまで形になっていた。

 皆も協力してくれたし、その気持ちはとても嬉しかったので、後には引けない。


 僕はローブから仮面を取り出し、装着した。

 正体を知っている二人はその行動に、三人は有り得ない出来事に、それぞれ驚きの表情を浮かべる。

 そして、驚愕はそこで終わらない。


来い、、


 現れた。


 【地獄の番犬】ナベリウスが、【不可視の殺戮者】グラシャラボラスが、【死霊統べし勇将】キマリスが、【闇疵の狩人】レラージェが、【吸血鬼の女王】カーミラが、【人狼の首領】マルコシアスが、【刈除騎士】フルカスが。


 第十層防衛に協力してくれた魔物のみんなが、召喚に応じて現れる。

 ミラさん仕込みの演出で、全員が片膝をついて僕に頭を垂れている。

 僕は周囲の人間に意識されないよう、魔法を展開している。


「この前は楽しかったね。またいつでもどうぞ。丁重に――全滅させるよ」


 その時の三人の顔、特にアルバの驚きようといったらすごかった。

 ミラさんが満足げに笑っている。


 さすがにアルバ達も黙っていてくれるだろう。

 仮に言い触らされても誰も信じないだろうし、信じたところで僕が優秀説よりも大勢の黒魔法使いをグラさんが不可視化させた説に落ち着くだろうし、そもそも追い出した仲間が率いる魔物に全滅させられたなんてことをアルバが言うわけない。


「それじゃあ、お互い頑張ろう――帰るぞ」


 最後だけ、ちょっと参謀っぽく言ってみる。

 みんなが「ハッ」と声を合わせて応じるものだから、かなりそれっぽくなっただろう。

 フェニクスパーティーは、まだ鍛錬が必要として別のダンジョンへと向かった。


 ◇


 僕は映像室で、第一層に入ってきた百五十六位パーティーを見ている。

 もう正式に参謀なので直接他の層に参加は出来ないが、映像を見ながらアドバイスすることは出来る。

 イヤホンとセットになったマイクで、適宜指示を出すのだ。

 冒険者達を見ながら、僕は誰に言うでもなく呟いた。


「――難攻不落の魔王城へようこそ」



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