第49話◇あの日思い描いた勇者に

 



 僕は角から引き出した魔力を黒魔法――いや黒魔術にも使っていた。

 数十秒で死に至る病を発症させるもの、永遠に光を奪うもの、思考の牢獄に閉じ込めるもの、外界の何も認識出来なくなるもの、石のように身体が動かなくなるもの。

 使えると知れただけで、世界から危険視される黒魔術の真髄。


 だが、フェニクスはその全てを桁違いの魔力で抵抗レジスト

 予測してはいたが、それでもやはり尋常ではない魔力だ。

 それを抵抗レジストに使わせるのが目的。


 本命は物理魔法両方の、攻防力低下。

 フェニクスは、これを無視。


 ――へぇ、強気だな。


 複数の黒魔法を掛けられること自体が稀だが、掛けるのが難しいものは解くのも難しい。

 いくらフェニクスでも、膨大な魔力が込められた複数の黒魔術をどうにかしながら戦いに集中するのは困難。


 そこで、幾つか『諦める』必要が出てくる。

 戦闘に集中出来る範囲で、ある程度のデバフを受け入れる決意をするわけだ。

 そこで彼は致命的なものや精神に影響を及ぼすもののみを全力で抵抗レジスト

 攻撃力は保持したがると思ったが、防御力と共に低下を受け入れた。

 防御はまだ分かる。相手の攻撃を受けるよりも先に倒せばいい。

 だが肝心の攻撃力低下を受け入れるとは。


 ――いや。 


 僕との距離が縮まるごとに、魔法攻撃力低下への抵抗を増している。

 神々の焔さえあればいいと、そういうわけだ。


 ジュッと、熱した鉄板の上に水滴でも溢したような音がする。

 焔の『熱』を防ぐ為に展開した魔力の層が、一瞬で破壊される音だ。膜という形を保てなくなり、魔力が掻き消える。

 近づくだけで燃え尽きるような炎熱。


 これを越える為には、熱を遮る何かが必要。そこで僕は魔力を幾重にも重ね、正面に展開。

 彼に接近するまでの時を稼ごうとした。

 それは成功しているが、凄まじい勢いで破壊されてもいる。

 一歩近づく為に、数百の層が壊れていく。


 ――ふざけるなよ、ほんと。


 人がコツコツ溜めた魔力をなんだと思っている。

 まったく、楽しいじゃないか。


 フェニクスが一歩近づく度に、床が、柱が、天井が――ダンジョンそのものが焔によって形を失い、消えていく。

 ダンジョンは魔力で構成された空間で、内装なんてものは変更の利くこだわりでしかないわけだが、だからといって跡形もなく消し飛ばすんじゃないよ。


 彼の通り過ぎた後に残るものは無い。

 無だ。

 先を見通すことの出来ない暗闇。それが剥き出しの魔力空間というもの。

 白い焔が、世界を壊しながら僕に迫る。


「素晴らしい魔力だレメ!」


「お前もな……!」


「私が勝つ! 君に勝って、君の正しさを証明する!」


「そうかよ勇者様。なら僕は、勇者が負けることもあるって教えてやる!」


「私の知る勇者は負けない! 最後は必ず勝つんだ!」


「あぁ、今日もそれは同じだよフェニクス!」


 フェニクスはどう考えているのか。

 勇者同士が戦えば、どちらかは負ける。

 でも彼の勇者は、きっと過去の僕で。

 僕に憧れた彼は、負けることを己に許せない。

 たとえ、『いつも最後に必ず勝つ親友』を、負かしててでも。

 僕を倒してでも、【炎の勇者】としての勝利を掴もうとする。

 それによって、友に敗北をもたらすことになっても。

 己が憧れ、目指すと定めた夢を諦めない為に。


 ――それでいいんだよ、フェニクス。


「君が示した勇者の形が、私を世界一へと昇らせるんだ!」


 翼、か。

 眩しくてよく見えないが、紅蓮の翼に見えた。

 フェニクスの背中に、炎の翼が生えている。


 燃え盛る焔が鱗粉のように散ったかと思えば、爆音と共に――フェニクスの身体が加速した。

 マルコシアスさんとの戦いで見せた、火による高速移動だ。

 僕の展開した膜の消滅ペースが急激に上がる。


「言ったろ! お前を追い越すって! 今日! 此処で! 勝つのは僕なんだよ!」


 僕にも翼は生えている。翼の骨だけど。実際は変形した角だけど。

 角だから、そこには魔力が溜められている。

 洗練された、高密度高純度の魔力だ。


 これがあるから真の黒魔術を使えるのだし、これがあるからフェニクスの炎熱を防ぐ膜を張れたのだし、これがあるから――僕だって速く駆けることが出来るんだ。

 普通の魔力では量だけあっても、魔法にしない限り奇跡は起こせない。

 だが角で圧縮、凝縮された魔力ならば可能だ。


 魔力を噴出することで、身体を後押しする。

 身体に衝撃、頬肉がぶるんっと揺れた。ビリビリと全身が震えているようだ。

 視界が急速に流れていく。

 膜が剥がされていく。燃やされていく。一瞬で消えていく。


 フェニクスに多くの魔力を使わせた。防御力は最大まで下がっている。

 彼にあるのは、炎の強さ。

 神々の焔は規格外の魔法だが、それに相応しい魔力を消費する。

 それでいて、発動までに僅かな間がある。

 だからフェニクスは僕を斬る直前ではなく、激突の直前に発動したのだ。

 これだけの魔法、長くは保たないだろう。

 長期戦は無し。これ以上の駆け引きは無意味。


「レメ……ッ!!」


 彼が。


「フェニクス……ッ!!」


 目の前に。


「精霊よ……!」


 フェニクスが振り下ろす聖剣、僕を斬るのと逆側の刃が、爆ぜた。

 ここにきて、斬撃を更に加速させたのだ。


 ――考えることは同じか。


 僕の肘から突き出た角からも、魔力が噴出されていた。

 拳が、剣を迎え撃つ。


これを、使うからには……ッ!!」


 ――師匠にもらった角を使って、負けるわけにはいかない……! 


 激突。


 世界が揺れた。

 そして、がらりと色を変える。

 僕の背後も、全て焼き尽くされて消える。

 セーフルームに繋がる扉もだ。

 あるのは、僕ら二人が立つ地面。

 僕の展開した魔力と、術者は害さない精霊の焔によって、辛うじて残された足場。

 焔だけが世界の輝きであり、僕はそれを消そうとしている。


「う、おぉ、おおお……ッ!」


 激突と同時に、角が、僕の身体が、悲鳴を上げるのが分かる。

 消し飛ばされないのは、九年溜めた魔力を纏っているおかげ。

 それだって後何秒保つか。

 フェニクスの振り下ろしを、僕は殴りつけて受け止めた。

 拳が灼けていく。

 押されているのが分かる。

 でも、僕は更に力を込めた。


 ――勇者になりたかったんだ。


 幼い頃は力が足りなくて、色々と考えて乱暴者やフェニクスを虐める者達を追い払った。


 十歳になった後は【勇者】になれなくて、【黒魔導士】としての自分を鍛えた。仲間を勝たせるという戦いで、みんなに認められる勇者になりたかった。


 二十歳。パーティーを抜けることになった。ミラさんや魔王城のみんなに逢って、魔物を勝たせる勇者という形を見つけた。


 苦しいこともあったけど、僕は自分を不幸だと思ったことはない。不遇ではあったかもしれないけど、不幸ではない。


 【黒魔導士】である子供を見捨てなかった両親、一緒に冒険者になろうと言ってくれた親友、僕に大切な角を継がせてくれた師匠、僕の力を認めてくれたミラさんや魔物のみんな、僕を慕ってくれるカシュに、友人になってくれたブリッツさん、僕をパーティーに誘ってくれたエアリアルさん。

 彼ら彼女らがいたから、僕は自分の幸運を信じられる。


 だけどさ、本当は、本当は。

 僕が子供の頃に、憧れたのは。

 純粋に、格好いいと思ったのは。


 真正面から敵を倒して、仲間を勝利に導く――そういう勇者だったんだ。


 僕は【黒魔導士】。冒険者である限り、そこから外れる動きは出来ない。

 でも、今は誰も見ていない。

 これは誰の目にも残らない。

 だから、他の誰の為でもなく、画面に夢中になって、将来を夢想した、あの頃の僕の為に。


「勇者になるんだ……ッ!」


 拳を、振り抜く。

 拮抗はどれだけだったのだろう。

 数分にも数秒にも、一瞬にも思えた。多分、ほとんど一瞬だったんだろうな。

 でも僕らは、それを一生忘れないだろう。

 こんなにも濃密な刹那は、記憶から消えてくれない。

 聖剣も拳も壊れず。


 互いにズレた、、、


 フェニクスの聖剣が僕の左肩に食い込み。

 僕の拳が奴の胸に突き刺さる。

 先程までが嘘のような、静寂が訪れた。


 僕の身体は――燃えていない。


 聖剣は、既に魔法を纏っていなかった。

 僕の拳が、フェニクスの背中まで突き抜けている。


「……四大精霊でも、君を灼くには足りないのか」


 フェニクスが、溢れるように笑う。悔しそうに、なのに満足げに。

 彼は剣から手を離し、僕のローブに手を伸ばす。

 そして、取り出した仮面を僕の顔に着けた。


「……どーも」


 角は、もう消えていた。身体の中に戻っている。

 魔力はもうすっからかんだ。


「また、来るよ」


「迷惑な客だ、見ろ何もなくなっちまったじゃないか」


 フェニクスは僕の文句を無視。


「最後に勝つのが、勇者だから。私はまた、君に挑戦するよ」


「……あぁ、次も僕が勝つけどな」


「万全の君と戦いたい。私以外に角は使うな」


「角が必要な敵がそうポンポン現れて堪るか」


「ふっ……レメ」


「あぁ」


「昔みたいに、格好いい勇者だったよ」


「……そうかよ」


 その時、小さな悲鳴が聞こえた。

 どうやら転移用の記録石が無事だったようで、カメラを持った誰かが転移してきたようだ。

 しかし地面も台座も失って宙を漂う記録石の許に転移した誰かさんは、魔力空間内をふよふよと浮いている。それでもなんとかカメラを向けているようだ。


「え、えとっ! あ! いました! 【炎の勇者】フェニクスと【隻角の闇魔導士】レメゲトンです! ど、どうなってるのでしょうか! フェニクスの聖剣がレメゲトンの肩に……えっ、レメゲトンのう、腕が、フェニクスの胸を貫いています! こ、これは……!」


 魔力体アバターを構成する魔力は、漏出すると淡い光を放つ。演出だ。

 互いに大怪我を負った僕らは、互いの傷口から漏れる魔力粒子によって、仄かな光に照らされたように見えるだろう。

 フェニクスは、もう一度笑った。

 今度は称えるようなもの。

 【炎の勇者】フェニクスとしての微笑みだった。


「……素晴らしい戦いでした、レメゲトン殿」


「……貴様もな、【炎の勇者】フェニクス」


 そして――フェニクスの身体が魔力粒子となって、散った。


「え、え、え……? フェニクスの……たいじょう? っ! 退場です! フェニクスパーティー全滅! 【炎の勇者】フェニクスは、魔王軍参謀に敗北しました!」


「一部に誤りがあるぞ」


 局の者らしき女性に、僕は声を掛ける。


「ひゃわっ。な、な、なんでしょうか……?」


「奴の退場も、奴らの全滅も正しい。だが、敗北は正しくない。何故なら――」


 彼の聖剣が消えたことで、傷口を押し留めていたものが失われ、魔力体アバターから魔力が漏出。

 僕の身体が消え、その意識がリンクルームにある本体へと戻った。

 精神が本体に戻ったことを確認した繭が、ゆっくりと開いていく。


「引き分けじゃないかな。まぁ、よくて僕の、辛勝」


 でもそうか、それは視聴者が判断すればいいか。

 僕は、待っていてくれた魔物のみんなに笑いかけながら、繭を出た。

 第十層・渾然魔族領域にて、フェニクスパーティーを撃退。

 魔王城の防衛は、成功した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る