第78話◇僕らどうすれば映えるだろうか
ふわっふわの生地だ。円形で、厚みがある。色は中心が濃い麦色で、輪郭部分はやや白っぽい。それが五枚、重なっている。さながら塔だ。塔の頂点には、生地の熱によって緩やかに溶け出す氷菓が載せられている。また生地自体にも濃縮された琥珀色の樹液が美しい模様を描きながらたっぷり掛けられていた。
「ふわぁっ」
ナイフとフォークを持つカシュの瞳は、煌めく星々のよう。
パタパタと動く彼女の耳。そしてカシュは、僕と――ニコラさんを見る。
「ほ、ほんとにっ、たべていいのでしょうか?」
僕らは同時に頷いた。
「もちろん」
「君に食べて欲しくてこの店に来たのだからね。どうぞ召し上がれ」
カシュと話す時のニコラさんは、若干王子っぽい。
「で、ではっ……」
一切れサイズに切ったパンケーキを、カシュが小さな口へ運んでいく。
ぱくっ。もぐもぐ。ぱぁっ。
口に入れて、噛んで、笑顔になる。全ての仕草が可愛い。
同じことを思っていたのか、ニコラさんも表情を緩めていた。
「ふふ、幸せそうに食べるのだね。見ているこちらも嬉しくなるよ」
「ふぁいっ、おいひいれす」
さて。
僕らが来ているのは、ニコラさんオススメのカフェ。
テラス席に通された僕らは太陽の下、甘味を楽しんでいた。
ニコラさんはパフェ。僕はチーズケーキ。
先程から通行人がニコラさんを見ては立ち止まり、その美しさに見惚れ、何人かはそのまま店内に入っていった。
こんな綺麗な人が美味しそうに食べているのだから……と興味を持ったのだろう。
美人は集客効果もあるのか……すごい。
「それで、ニコラさん」
「うっ、うん」
アイスクリームを口にしたニコラさんが、唇をそっと指で拭った。
「食べながらでいいから、聞いてもらえるかな」
「よ、よろしくお願いします」
二人のコンビネーションなどもそうだが、まず確認しなければならないことがある。
自分達で弄るとのことだが、ニコラさんの
あとは僕とニコラさんの出来ること、やりたいことで、どう観客の気を引くか。
「ニコラさんは土の分霊と契約してるんだよね? あの白銀を操るのが精霊術で合っているかな」
「うん。『大地の掌握』の欠片だね。あの白銀に限って、ボクは生み出し、形を変え、自在に動かすことが出来るんだ」
昔の映像を観せてもらったが、今のニコラさんが中衛だとすると、かつての彼女は前衛だった。
しかも超至近距離での、殴り合いを好んだようだ。白銀を肉体に纏わせるのである。
腕に集中させることで巨人の拳のようにしたり、敵の攻撃に合わせて地面から突き出し巨大な盾としたり。
今からは想像も出来ないような、豪快な使い方だった。
「これは差別と取らないで欲しいんだけど、基本的に今の視聴者は女の子が『痛そう』な目に遭うのを好まないんだよね。一撃で退場するようなダメージならともかく、元々の戦い方だと乱打戦になりがちだろう?」
男女関係なく『痛そう』なのを見ていられない人もいるが、男の殴り合いに興奮する人でも、女性が傷つくのはちょっと……という人は案外多い。
「う、うん……」
しょぼーん、とニコラさんが肩を落とす。
「でも、ヘルヴォールさんみたいな例もあるにはある」
パッとニコラさんの顔が輝く。
「そうなんだ! レメさんはヘルヴォールさん好き!? ボクは彼女を見て勇者になろうって決めたんだよ! 小さい頃さ、女の子だからって色々言われるんだけど、彼女の戦いを見て『あぁ、性別なんて些細なことなんだ』って思えたんだ!」
ヘルヴォール。【魔剣の勇者】にして、世界ランク第三位パーティーを率いる女傑だ。
大昔にどこかの魔王を殺した勇者の末裔で、先祖代々伝わる『持ち主に不幸を齎す』と言われる魔剣ティルヴィングを振るう。いや、滅多に振るわない。
彼女は基本的に素手で戦う。しかもそれで、オークや人狼の首さえ千切ってみせるのだ。
『怪力無双』とか『豪力の狂戦士』とか呼ばれるのも、そのあたりが理由だろう。
彼女はとても美しい女性なのだが、ニコラさんのように黄色い声援が上がるような美しさではなく、「一生ついていきますぜ!」と叫びたくなるような、格好いい美を放っている。
「僕もあの人の攻略は大好きだよ。見ていて高まるよね。こう、自分に流れる血の熱を感じられるような、そういう興奮がある」
前に挨拶した時は、何故かじぃっと体を上から下まで見られたんだよな。それで「ふぅん……」と意味ありげに言われたけど、なんだったのだろう。
尋ねても「なんでもないさ」と言われてしまったので、結局謎のままだ。
ちなみにフェニクスには「たまには剣をしまって炎の拳で殴りつけるとかどうだい?」とアドバイスしていた。アドバイス……かな? 趣味の話かも。
「うんうん! まさにそんな感じ! ボクも……ボクも、あぁいう風になれたらって、思ってたんだ」
ニコラさんの表情が沈む。
確かに、フィリップさんが方向転換させたのも分かる。
ニコラさんは可憐なのだ。
でも、憧れは自分に近いから抱くものとは限らない。
遠くとも、相反していたって、惹かれることはあるのだ。近づきたいと思ってしまうことはあるのだ。
捨てきれないなら、その思いをどうすればいいというのか。
「大会のさ、規定を読んだんだけど」
「え、うん。……レメさんって、真面目だよね。そういうところ、素敵だと思うな」
「……ニコラさんは読んだ?」
「……文字が、なんか……いっぱい、びっしり……書いてあって。大雑把にしか」
「いや、いいんだ。分かるよ。多分全部は読んでない人の方が多いから」
あぁいうのを見ると気が滅入る、という気持ちは分かる。
「
「面白いこと?」
「結構すごいよ。どうやって許可とったんだろう。
「だね」
実は接続可能時間が決まっていたりして長時間は……ってこれはいいか。
とにかく、本人を本人と識別出来る範囲でしか改変は許されない。
だが今回、それが限定的にではあるが許可された。
つまり。
「大会参加用に限り、
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