第77話◇魔王の息子と勇者の兄のお仕事関係、魔王軍参謀と四天王の師弟関係
「ほほぉ、実に興味深いですな」
この街で活動するにあたり借りたレンタルオフィスの応接間。
テーブルを挟んだ向かいのソファーに座るのは、フィリップ殿だ。
私は、彼の相談内容に楽しげに顎を撫でる。
「それで、お願い出来ますでしょうか」
「えぇ、それはもちろん。結果的にご兄妹共に参加されるとのことで、こちらとしてもありがたい。まぁ『白銀王子』としてではないのは残念ですが、【黒魔導士】レメというのは大変素晴らしい」
彼の訪問理由は妹が魔物
観客にとっては魔物の正体など知りようがないが、主催側は違う。身元は当然確かめるわけで。情報の扱いには細心の注意を払うが、魔物のフリをした【勇者】ともなると口を滑らせる者が出てもおかしくない。
そのあたりまで考慮して、私に頼みに来たわけだ。
「レメ殿が……ですか。確かに脱退後に消息不明だった彼ですから、注目は集まるでしょうね」
「それももちろんありますが、楽しみなのです。彼は世間で言われているような無能ではありませんから。そもそも、フェニクス殿ほどの男が、友情を理由に弱者を仲間にしておくわけがないというものでしょう。彼ほどに一位に焦がれる男も、現代ではそういませんからね」
子供の頃なら別だ。
冒険者に憧れた子供なら、みんな一度は将来一位になる自分を空想する。
だが【
あまりに遠すぎる。目標とするのもおこがましい。身の丈にあった生き方を選ぼう。せめて一つでも高い順位に……なんて具合に、相応の夢を見るようになる。
これは順応であって、堕落ではない。
フィリップ殿のように、商売として向き合うことで成功を掴んだ者もいる。
「フェニクス殿を……直接ご存知で?」
「えぇ、少し」
だからこそ、フェニクスパーティーは貴重なのだ。
上位十パーティーという固定化された上位陣を食い破り、たった六年で四位に上昇。
一年足踏みしてしまったが、それだけ三位以上の壁が厚いということ。
「……確かに、レメ殿は少々珍しい魔法の応用が出来るようでしたが」
「ほぉ、それはどのような?」
聞いてみると、『混乱』の応用だ。
状況把握が困難になる『混乱』だが、極めればレメ殿のやったようになる。
黒魔術というには足りないが、黒魔法の極致と言えた。
こればかりは近道はない。長い長い時を掛け、魔法を鍛えるしかない。
彼はまだ二十だから、普通は足りない筈……。
――なるほど、父さんはやっぱり例の修行を施したんだな。
よく子供が耐えられたものだ。それだけでも尊敬に値する。
悲しいのは、黒魔法をそのレベルまで鍛える者が現代にほとんどいないことで、それがどれくらい凄いことなのか冒険者にさえ伝わらないことだろうか。
それにしても『少々珍しい応用』とは、あまりに残念な認識だ。
しかし、レメ青年は父との関係が決して露見しないよう気を遣っているようだから、誤解されてむしろ安心するかもしれない。
「すごい魔法なのですか? ダンジョンでは【黒魔導士】を見れば魔力を纏って対策しますから、雑兵ならともかく不意を打たねば通じぬものと思いますが」
あぁ、そういう捉え方なのかと納得。
レメ殿の技量が分からぬわけだから、冒険者の常識で語るのも当然というもの。
私は曖昧に微笑んでおく。彼が言わなかったことを、バラそうとは思わない。
自分の力を示すことよりも、父の隠居生活を守ることを優先した少年の思いなのだから。
青年が優しいのか、父が好かれる師だったのか……。いや前者だろうな、絶対に。
「全ての魔法は、条件次第で威力効力が増減します。同じ魔力で爆発を起こそうとした時、効果範囲を優先すれば威力が弱くなり、威力を優先すれば効果範囲が狭まるというように」
「えぇ、はい」
「黒魔法は基本、強力な個体優先か、敵全体優先かで運用されますね。フェニクスパーティーは後者で、レメ殿は常にエリア内の魔物全てを範囲内に収めているようでした」
ぴくり、と彼の眉が揺れた。
動画内では触れられないことだし、黒魔法が役立ってることが簡単に分かる映像はない。
そう言われてすぐに納得出来る者は少ないだろうが、彼は頷いた。
「……だとすれば驚嘆すべき精神力と魔力、そして魔力操作能力ですね。【黒魔導士】なのだから、黒魔法の才能は当然あるのでしょうが。そういえば優勝すると言っていましたし、努力には自信があるのかもしれません。並の【黒魔導士】ではない、ということでしょうか?」
あまりレメ殿の評価を上げてしまうのも、彼の本意ではないだろう。どう言ったものか。
「そうですね、並ではない。そんな【黒魔導士】が、タッグトーナメントに出たらどうなるか。面白そうではありませんか? エリア内に、対象はたった二人だ」
「なるほど、普段適用人数に振っていた魔力を、効力に注ぐことが出来る。効果時間をも削って瞬間的な発動とすれば、【勇者】でも一瞬グラつくくらいはするかもしれませんね」
彼が素直なのは、仕事相手でもある私の前だからというのが大きいだろう。
こちらとしても、常識に縛られて柔軟な思考を出来ない者よりは話が早くていい。
「戦闘において、一瞬はあまりに長い。勝敗を分けることもあるくらいです。まぁ私が言うまでもないことでしょうが」
「いえ、肝に銘じます。敵……対戦相手として注意が必要なのだと。妹の望む戦闘スタイルは攻撃的なものだ。大技を好むので隙も大きいが、それをレメ殿が適切なタイミングで埋めてやれば、相当な脅威となるでしょう」
折角レメ殿の戦いが見られるのだ。油断した相手を倒すのではなく、警戒した相手との戦いを見たい。
「期待していますよ、フィリップ殿」
「えぇ」
そうして彼は去って行った。
「……それにしても、面白い青年だ」
レメ殿のことだ。私はフィリップ殿からの情報で、レメゲトンが始まりのダンジョンにいることを知った。
初級・始まりのダンジョンが盛り返してきているのも知っている。おそらく返済も間に合うだろう。
だが、娘が金を貸すなどして解決しなかったように、問題は残る。
継続して人を呼び込めるか、というものだ。
そこを『全レベル対応』ダンジョンとすることで解決するとは思わなかった。
今はまだレメ殿がいるとはいえ、九十九位をも全滅させられるならば充分そう名乗っていいだろう。
借金返済までは、目先の賞金に釣られた中級を全滅させることで金を稼ぎ。
返済後は『全レベル対応』ダンジョンであることを仄めかすことで冒険者を呼び込む。
それに向け、職員の指導や必要な人員の確保にも動いているようだ。
「魔物への適応が早い。いや、元々双方からものを見ていたのだろうな」
冒険者として、どう攻略するか。
魔物側として、どう防衛するか。
二つの視点からものを考え、攻略にあたっていたと考えるべきか。
「レメとして出る以上は父の力は使えない。黒魔法が地味なのも事実。優秀な【黒魔導士】という要素だけでは、パンチが弱い。そんなことは君も承知の上でしょう。どんな『驚き』を用意しているか、楽しみにしていますよ」
◇
「えぇええ!? レメさん、トーナメント出るんですか!?」
トールさんの部屋だ。
以前ケイさんに蹴破られた扉は壊れたまま。
「事後報告になってすみません。なのでその日は休みを頂けると」
「い、いや、その日までには返済もなんとかなりそうなので、そのあたりは問題ないですけど……」
初級冒険者への賞金は僕が出しているし、彼らも損傷した分は此処で治してお金を落としている。
また、中級以上の挑戦者については
タッグトーナメントもかなりの注目を集め、参加希望者が殺到しているようだ。
この様子だと予選が行われそうだとか。
トーナメントが主目的で、開催までの時間を潰そうとダンジョンに挑むパーティーがそこそこいたのも助かった。
滞在に掛かる費用が初級ダンジョン踏破で浮くなんてラッキーと挑んで来る者達も、魔王城の面々に指導された魔物のみなさんが撃退した。
「あのー、うちのケイも参加するようでして」
「あ、そうなんですね。トールさんと一緒にですか?」
「それが……そのー、ですね」
「自分と出る」
現れたのは、フルカスさんだ。
ドライフルーツなどを混ぜて焼く、丸っこいパンを食べている。
「フルカスさんと……」
「負けない」
その短い言葉に、僕は嬉しくなる。
お互いに、参加した理由はあるのだろう。その重さとか、そんなものはどうでもいい。
真剣勝負なのだから、手は抜かない。勝つ為に戦う。それだけ。
なんてシンプルで、彼女らしいのだろう。
僕の手の内がバレている分、大会では最も厄介な相手かもしれない。
「勝ちますよ、フルカス師匠」
魔法の師は魔王。剣の師は四天王。僕は恵まれている。
「その意気。でも勝つのは自分。弟子よ」
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