第76話◇忙しき金剛、心を亡した彼に黒魔導士は(後)




「おや、初めて怒気を発したな」


「当然でしょう」


「だがそうだろう? 彼が人気なのは理解出来る。だが、リーダーとしてはどうかな。貴殿を入れたミスは言うまでもないが、どうにも主体性に欠ける。仲間が彼についていっているのであって、彼が仲間を率いているのではない。彼はもっと自分を際立たせる形で仲間を集めるべきだな。陰気な【聖騎士】に喧しい【剣士】、それに人間ノーマルに近いとはいえ、エルフを入れた。そんなパーティーで四位まで駆け上がれたのが不思議だ。火精霊を引き当てた幸運の為せる技かな」


「あはは」


 思わず、笑ってしまった。

 結構、納得出来ることもある。


 フェニクスは元々、冒険者になりたいわけじゃなかった。

 ある日、僕と一緒に一位を目指そうと奮起した少年だ。


 だから、売り出し方とか、リーダーシップとか、そういう思考や素養が備わっていない。

 元々は、人と関わるのが苦手な優しい子供だった。


 フロアボスを一撃で倒すというのは仲間で決めた案だし、敗北はないという決め台詞は彼の『勝つのが勇者』という気持ちを表したもの。


 確かに、彼の炎をより大きくする為の風魔法使いとか、彼の実直なイメージに合わせた副官的なメンバーとか、そういう風に仲間を集めた方が人気は出たかも。


 火精霊に選ばれなかったら、ここまでの速度で四位に上がるのは難しかったかもしれない。


 あぁ、納得は出来るんだ。


 でも、そんなことは、どうでもよくて。


 友達を二流と言われて、黙っているわけにはいかない。


 男も女も老いも若いも関係なく、友を馬鹿にされて怒ることも出来ないようじゃ、友だなんて思う資格がないというものだ。


 だが、僕が握った拳が放たれることはなかった。


 つい先程、僕の為に怒ってくれたミラさんを止めたことを思い出したから。

 許せないことはあるが、フィリップさんは暴力を振るったわけではない。


「おや、私は別に構わないよレメ殿。冒険者同士だ、じゃれ合いくらいで騒がないさ」

 

 僕が拳を収めたのに気づいたフィリップさんの言葉。

 反応したのはミラさんだった。


「あら、命拾いしたことに気づいていないのですね。九十九位だと仕方ないのかしら」


「……愉快な女性だ。――おい」


 ニコラさんが彼に殴りかかっていたが、フィリップさんはすんでのところでそれを受け止める。


「最低……」


「俺はお前の為を思って――」


「嘘ですね」


「……何か文句でも、レメ殿」


 冷静になった僕は、再びいつも通りの笑みを浮かべていることだろう。


「貴方はニコラさんの為を思ってるんじゃない。パーティーの成功、『白銀王子』の人気上昇の為に色々と考えている」


「それらが、妹の為だと言っている」


「直接話すまで確証は得られなかったけど、今なら分かります」


「ハッ、一体何を?」


「フェニクスは、確かに人にあれこれ命令したりするのが得意じゃありません。でも、そこを歪めなかったから冒険者を続けられているんですよ。無理は心を蝕むから。冒険者だって人間だ、心を病めば肉体にも影響が出るし、最高のパフォーマンスは発揮出来ない。心を削って商品価値を高めても、冒険者生命を縮めるだけです」


「……」


 否定の言葉を返さないのは、彼もそこは理解しているから。


「あと、メンバーの話ですけど。僕らのパーティーはね、全員が同じ想いを共有してるんだ。フェニクスと一位になる、あいつを一位にするって気持ちが同じなんです。だから、連携出来る。勇者の添え物としての仲間は探していない」


 ベーラさんは人気目当てで……多分アルバあたりが推して加入したのだろうが、魔王城での戦いを見ていれば分かる。第十層の時なんか顕著だ。彼女は全力で勝利を掴もうとしていた。

 本人がどう考えているかは分からないが、彼女はもう立派な勇者だ。


「最後に。バカバカしくて笑ってしまったんですが、精霊の話のところですよ。選ばれた幸運? 祠の訪問をくじ引きか何かだと思っているんですか? 精霊には心があるんだ。彼ら彼女らは人を見て、加護を与えるかどうか決める。あいつがあいつだったから、火精霊に選ばれたんですよ。運がいいとか悪いとか、的外れにも程がある。人格は運で決まらないだろ」


「……自分を捨てた【勇者】を、貴殿が愛しているのは分かったよ。それで、結局何が分かったんだ?」


「確かに冒険者は人気商売だ。強さや魔法技術そのものよりも、その魅せ方を問われる職業です。だから、それを追求する貴方のやり方は間違っていない」


「貴殿に言われるまでもない。俺は挫折から学んだのだ。世間に見向きもされず、求められることもない冒険者はゴミだ。俺は、俺と妹をゴミにしておく気はない。どんなことをしてでも、その輝きを世に見せつけ、成功してみせる。だからそれを、貴殿のような終わった人間に邪魔されたくないんだよ」


 『終わった人間』か。まぁそうだろう。パーティーから追い出され、再就職の話もとんと聞かない【黒魔導士】だ。関わりたくない、なんて距離を開けられるのも仕方ない。


「妹さんは輝いてますか?」


「は? 何を……」


「磨いて磨いて光を当てて、外側を美しく演出することに貴方は成功した。それを否定するつもりはありません。でも、さっきも言いましたが冒険者だって人間だ。中身は? 心は? どうでもいいものですか? 売り物としての価値が保てれば、その内にある心がひび割れても構いませんか?」


「……俺は」


「冒険者が求められるのは、観る人の心を震わせるからだ。心を動かす商売なんだ。時に非情に徹することも必要でしょう。だけど、共に戦う仲間の心は蔑ろにすべきではないと思う」


「……妹が何を言ったかは想像がつくが、好き勝手させるつもりはない。人には適性というものがあるのだ。妹の容姿に、声に、魔法に、泥臭い戦いなど似合わないんだよ。過去がそれを証明している。心を病むというなら、その時期がそうだ。最初から選ばれし【勇者】と一緒にいて、挫折もなく成功者への道を駆け上がった貴殿に何が分かる。いや、違うな。何故分からない、貴殿こそ絶望の底に叩き落とされた者だろう。一秒でも早く脱したい筈だ。俺たちは、絶望あそこへはもう戻らない」


 根底にある想いは、それか。

 兄妹で互いに、一度ドン底を味わった。


 どちらもかつては別々のパーティーで、リーダーをやっていた。

 だがどちらも、仲間と共に人気者になることは出来なかった。


 彼はその責任が自分にあると思っているのだ。

 リーダーなのだから、仲間が売れるように、パーティーが人気になるように動かねばならなかったのだと。

 

 それをしていないのに、カリスマと絶対的強さを以ってスターになったフェニクスが嫌いなのか。

 分からなくはないが、それでも。


「証明しますよ」


「……なんだと?」


「ニコラさんは、僕と組んでタッグトーナメントに出る」


「有り得ない」


「不良品の【黒魔導士】と、貴方がゴミと判じた過去のニコラさんが選んだ勇者の形。この組み合わせで、誰よりも観客を沸かせ、優勝します」


 こういうのは僕らしく、いや『レメ』らしくない。

 だけど、今を逃せば話し合いの場はもう得られないだろう。

 だから、多少傲慢に見えても構わない。とにかく、彼に話を聞いてもらい、判断させる。


「話にならないよ、レメ殿」


「負けたら二度と妹さんには近づかないと誓います。後は……何が嬉しいですか? お金でもなんでも、僕に出来ることなら言って下さい。どうせ勝つので」


 僕の意図に気づいているのかどうか、彼は肩を竦めた。


「……いやはや、すごいな。人を煽るスキルがある。黒魔法といい、冒険者向きでない能力が高いんだな。それを活かした仕事を探したらどうだ?」


「いいですね、負けたら考えましょう」


 フィリップさんは露骨に表情を歪めた。


「ボクっ、ボクは! 負けたら二度と兄さんに口答えしないよ。全部ちゃんとやるし、勝手に出歩いたりもしない。指示があれば全部従う。兄さんが売れる為に色々してくれたのは、分かってるから。でも……でも、諦められないんだ。だから、挑戦させてほしい」


 妹の熱意が、思いつきや逃避からくるものではないと、彼も感じているのだろう。

 先程までの、頭ごなしに否定する態度は消えている。


「……ニコ。いや、だが」


「不安なら、ニコラさんの魔力体アバターを弄ればよろしいのでは? 口の固い業者に心当たりがないなら、私の知り合いのダンジョンをご紹介しますよ。極秘な感じで生成機、貸しちゃいます。どうせなら魔物風とかどうです? 絶対バレないですよ。だって戦い方からして違うのでしょう?」


 僕が反論し出してからやけに嬉しそうな様子のミラさんが言う。

 フィリップさんはその意見に、思案顔になった。


「……挑戦して、失敗したらスッキリするのか?」


 ――乗った。


 絶対に有り得ないというところから、考慮するところまで意識を変えられた。


「う、うん。ボクには無理だったんだって、諦められると思う」


「そうか」


「でも、勝つよ」


 しばし、兄妹の視線が交差する。


「貴殿はいいのか、魔物と組んで大会に出て。【黒魔導士】レメとして出るつもりなのだろう?」


「元々、組み合わせは自由でしょう。それに、大会の考え方は好きなんです。冒険者と魔物に善悪はない。対等で、どちらが勝ってもいい」


 ダンジョンを潰すところ以外は、フェローさんの考えに賛同している。そこは魔王様も同じだった。


「負けたら、冒険者をやめてくれ――と言ったら? それでもやるか?」


「大丈夫です、勝ちますから」


 ギロリ、と睨まれる。


 彼の今の言葉は、何も本気ではない。それくらい分かる。

 それほどの自信があるのか、覚悟があるのかと問われているのだ。


 僕の表情は変わらない。

 別に、善意だけで協力するわけではないのだ。軽々しい気持ちで勝負に臨むつもりもない。

 

「二人が勝った場合の条件を言ってくれ。賭けをするなら、そうしなくてはフェアではない」


 妹の件の怒りもあって口の悪さが爆発していたが、基本的に悪人ではないのだろう。


「僕は別に。貴方に望むことは特にないです。ただ一つだけ」


「なんだ」



「フェニクスを二流と言ったことを、訂正しろよ」



 彼は驚いたように目を丸くしたが、すぐに笑った。


「……フッ、承知した。その時は貴殿の前で訂正し、謝罪させてもらおう。だがそれでは釣り合うまい。他に何か載せねばな、金でも良いが……そうだ。大会の様子は後日映像板テレビで放送されるとかで、敗退者に一言二言コメントを求め、それを流すという。二人が優勝するなら、必ずどこかで俺とあたるだろう。負けたら、貴殿と謎の魔人を称えよう」

 

 彼もまた、自分が勝ち進むことを前提としている。

 それはいい。


 不良品とゴミ。そう判断した二人に負けたなら、世界に向かってそれを讃えるコメントを流す。

 『白銀王子』の兄として。


 彼の方も、秤の反対側にものを載せた。それは彼にとって重いもの。


「それでお前は? ニコ」


「えっ、えっ、出て……いいの?」


「元々頭を悩ませていた問題だ。大した損失もなくお前の心に整理がつくなら、やらせた方がいいに決まっている。共に出れないのが損と言えば損だが、機会はまた得られるだろう。だが、俺も出るぞ。簡単に優勝出来ると思うな」


「ぼ……ボクは、ボクは……えぇと、なんだろ……あ、今後もレメさんと逢っていいかな」


「あ?」


「と、友達になったんだ! カシュちゃんと食事の約束もしたし、それに……その、話したいこととかいっぱいあるし」


「ご安心下さい銀髪さん。その時はちゃあんと、私も同席しますから。間違いなんて絶対に起きませんよ」


 ミラさんがニッコリと微笑む。


「……いいだろう。レメ殿には人の目を躱す魔法があるようだしな」


「あとレメさんへの数々の暴言も謝罪なさいな、銀髪さん」


「あっ……そうだね。じゃあ、ボクの方からは、レメさん悪く言った分殴らせてもらおうかな。それと相談事は常に仲間全員を通すこと。ダンジョン予約とか他の仕事もね。あとは――」


「……後で聞く。好きなだけ要求を積むといい。冒険者として俺に従うというのだ、秤の均衡が為にも必要だろう。それと、レディ」


 彼がミラさんを見た。


「もし二人が優勝するようなことがあれば、彼は少なくとも無能ではないということになる。商品価値については間違ってると思えないが、その能力は認め、非礼を詫びるとも。言うまでもないことですよ。だからレメ殿も、わざわざ条件に加えなかったのでしょう」


「そうですか。それなら私は、黙って貴方の謝罪の時を待とうと思います」


「レメ殿を信頼されているのですね。俺には分からないが……まぁ、証明すると言っているのだから俺こそ待ちましょう」


 そうして、予期せぬ話し合いは終了。


魔力体アバターはこちらで用意する。一応、連携が必要だろうから二人で逢うのは認めるが、俺の指定した時間にこの街の組合地下訓練場でやること。集合時間は二人で三十分ほどずらしてもらう。あとレメ殿には得意の応用魔法を使用してもらいたい」  


 万が一にも、ばれないようにだろう。

 僕らは頷く。


「あの、ボク、頑張るから。今回の兄さんはほんとイヤな奴だったし、二人でボッコボコにしてやろうね!」


 僕が悪く言われたことを、ミラさんと同じくらいに怒ってくれているようだ。

 身内だからこそ、余計に辛いのかもしれない。


「君の望む勇者の姿で、勝とう」


「! う、うん!」


 そうして、僕らのトーナメント参加が決まった。



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