第81話◇友よ拗ねるなこれには事情が(後)

 




 才能がある。


 そうなのだ。


 ミラさんは僕の魔法を知り、認識を改めてから沢山の動画を観てくれるようになった。


 僕の黒魔法が優れているという前提から、動画内での『見えない活躍』を見つけ出してくれた。


 でもニコラさんは、直接知り合う前から僕を評価してくれていたようだった。


「世間では失礼なことを言う者も多いが、四位というのは世界トップクラスだ。そこに所属する【黒魔導士】が無能なわけがないと考えられる者もいる」


 実力を正しく理解している、というレベルだと数人規模になってしまうが、そこから少し広げて『四位にいるのだから無能ではないのだろう』レベルまでいくと、数は増える。


 だからといってその人達が僕のファンだとか、僕の必要性を認めてくれるとか、そういうわけではまったくないのだが。


 大体は、無能ではないだろうが、やはりフェニクスパーティーに適しているとは思えないとか、そんな感じに締めくくられる。

 まぁ【黒魔導士】とはそういうものだ。


「うん。でも、それは僕に何が出来るか、見抜いて言っているわけじゃあない」


 とにかく、有用なレベルの黒魔法を使えるのかもしれない、という考え自体は一部にあるのだ。一般人規模でも。


 ニコラさんはフェニクスパーティー時代の僕の『仕事』を感じ取っていた。

 僕のファンで、その動画をよく観ていた。


 だからこそ、レメゲトンとの戦いで僕と気づけたのではないか。

 本人の意識は、それを瞳の炎で気づいたと認識しているようだが。


 フェニクスが頷く。


「才能……センスと言い換えるべきかな。こればかりは天性のものだ」


「お前にもあるだろ」


「私のは技能だよ」


 彼女はフェローさんとレメゲトンにも近いものを感じていた。

 言語化出来ない『何か』を拾う感覚に優れているのだ。


 目に見えないものということに加え、更には一度目の挫折という事実、失敗を経て兄の指示・求められる姿の演出に注力した結果、放置されたもの。


 能力を嗅ぎ分ける才能。


 フィリップさんは気づいていないのか、気づいていて売れるものではないと考慮に入れていないのか。

 どちらにせよ、もったいない。


 あれは優雅に戦うことにも役に立たないとは言わないが、一番効果を発揮するのは強者とのギリギリの戦いだ。


 一瞬が命取りになるような戦いで、重要な一瞬を嗅ぎ取るセンス。


「彼女には?」


「言ってないよ。僕が言っても励ましとしか思わないだろうし」


「相手とタイミングが重要だものな、こういうことは」


 道行く人にいきなり天才と言われるより、尊敬する人に言われる方が嬉しいだろう。

 でも、才能の内容に共感出来なかったら? こういうものは、実感がなによりも重要。


 彼女に必要なのは成功体験。

 そう在りたいと願う自分で、観客を沸かせる勇者になること。


 これまで彼女は、兄の導きに従っていた。

 それが成功して今のランクがあることも、仲間とのバランスも理解している。


 だからこそ、僕と逢うまで『白銀王子』を完璧にこなし続けていたのだ。

 フィリップさんが言ったという役割分担。舵取りを兄に任せ、望まれるよう振る舞う。


「才能に気づいていないのが惜しいから、力を貸すのかい?」


「うーん。彼女には、理想の勇者像があって」


「私達と同じだな」


「うん、でも……みんながそう在れるわけじゃないだろう?」


 僕に気持ちを吐露したことに何の問題があろう。

 というか、だ。僕がフィリップさんに妹の話を聞くよう促したのが事のきっかけ。


 彼女は役割を果たした上で、かつての憧れを引き摺っていたというだけなのだ。

 そこを引き出し、改めて否定される場を作ったのは僕とフィリップさんだ。


 僕が関わらなくてもいずれ二人は意見を戦わせたかもしれないが、今回は僕がきっかけになったという事実がある。

 そのことを、まったく気にしていないと言えば嘘になる。


 いくらなんでも初対面でタッグ組もうと言われたら、応じられなかっただろうし。

 僕自身が大会に興味を持っているのは本当だが、それだけならば彼女でなければならない理由はない。


 では何故。何故ニコラさんに手を貸すのか。


「自分と重ねている?」


「いやぁ、それはどうかな」


 理想の自分には届かないのだと、現実が立ちふさがった。


 【勇者】になりたかったのに、実際は【黒魔導士】。

 憧れた戦い方があるのに、世間にウケたのは王子キャラ。


 重ねることも、まぁ、出来るのかな。けど、違う気がする。


「あぁ、違うと私も思う。君は一度も諦めなかったから」


「お前が思ってるほど、僕は大した人間じゃないよ。でもそうだな、同じだから助けたいわけじゃない。というか、逆だな。違うから手を貸したいのかも」


「というと?」


「無理なら変えればいいんだよ、簡単だ。ジョブは変えられないだろ。僕は【勇者】持ちにはなれない。だから【黒魔導士】でなんとかやるしかない。でも彼女は勇者を目指して【勇者】を得た。一度目の失敗を、単にキャラがウケなかったからと処理するのは早計だと思う」


 失敗したとして、その理由が一つとは限らない。複数あったとして、単体で見た時にそれが悪いものとは限らない。組み合わせが悲劇を生むこともある。


 彼女の憧れた姿が、イコールそのまま絶対に誰にもウケないなんて決めつけは、すべきではない。


「才能があるからと言って、成功出来るわけではないよ」


「分かってる。強いのに人気が出なかった人なんて沢山いる。けど――見たいじゃないか、、、、、、、、…………あ」


 僕はそこでようやく、自分の気持ちを完璧に表現出来た。してしまった、というべきかもしれない。


 ストン、と腑に落ちた。


 そう。僕は勝つ為にごちゃごちゃ考えるけど、人生は結構単純に決めてきた。


 格好いいから勇者になる。格好悪いから夢は諦めない。魔物の勇者がいてもいいから魔王軍参謀になる。


 小さい頃から攻略映像を観るのが大好きだった。

 彼女の夢は、僕の大好きな種類の勇者なのだ。

 僕という冒険者オタクは、そんな勇者に興味津々だ。


 なんだかなぁ。


 ファンだからとか僕が諍いのきっかけになってしまったからとか誘われたからとか大会に興味あるとか友人だからとか才能を腐らせるのは惜しいとか。

 理由になりそうなものが沢山あるのに。


 掘り下げた先に出てきたのは、「見たいから」か。

 我ながらシンプル過ぎる。


「あはは、そうか。それなら仕方ないな。確かに、此処で手を貸さなければもう見れないかもしれないし、手を貸せば最前席で見られる。そうか、これ以上ない『理由』だな」


 フェニクスは口元に拳を当てながら、くつくつと笑う。

 人によっては首を傾げるような理由でも、幼馴染には納得出来るものらしい。


 フェニクスが笑い止むのを待ってから、僕は口を開く。


「納得したならいいけどさ。で? お前はなんで不参加なんだ?」


「ん? あぁ、彼の目的がね。どうにも受け入れづらくて」


「へぇ、どんな?」


「その前に、レメ。君はフェロー殿を知ってるか?」


「直接は知らないな」


「君の師と、似ているように思えたんだが」


「顔立ちが?」


「髪と角と――魔力だ」


 これは気づいているな。


「……そうだな、師匠の息子さんだよ」


「彼の目的を、師や現魔王は?」


「魔王様は知ってる。師匠は手紙の返事をくれない」


「……ダンジョン攻略を」


「無くす、だろ。それで断ったのか?」


「協力しろと?」


「いや、納得した」


 他にも何か理由があるのかもしれないが、話さないし言うつもりもなさそうだ。深くは聞くまい。


「知ってて参加するのかい?」


「ダンジョン廃止は阻止するつもりだ。けど試みは面白いと思う」


「あぁ、分かるよ」


「あと一応、レメとして出るから」


「そうか。参謀殿になら呼ばれてもよいと思ったのだが」


 彼が冗談っぽく言う。


「魔物魔力体アバター作ったか?」


「発注はした」


「あぁ、作ってるんだ……」 


 半分冗談で訊いたのに。


「そういえば、レメ。言い忘れていたが」


 彼がそう言ったのは店を出た後、そこで別れようとしていた時だ。


「ん?」


「今回は納得したし、君の判断に文句をつけるつもりもないが。次にこういった催しに参加する時は、私を誘うべきだ。君と私なら、誰にも負けない」


 ――やっぱり気にしてたんじゃないか。


 でもまぁ、そうか。僕もフェニクスが知らない【黒魔導士】と大会に出るって聞いたら絶対微妙な気分になるだろうし。いいけどさ、なんだよ、いいけどさ。みたいな。

 僕を誘えよ、水臭いじゃないか。みたいな。

 友情は妙なところでも発動するものだ。


「そうするよ。でも、今のお前だとどうかな」


「……どういうことだい?」


「心と魔力器官が疲弊してる」


「――……さすが、だね」


 フェニクスが、なんとか苦笑いを浮かべている。


「上手く隠せてるけどな。でも、分かるさ。当たり前だろ」


 親友の変化だ。気づかぬわけもない。


「……修行中なんだ」


 彼が照れくさそうに頬を掻いた。


「そっか。詳しくは聞かないぞ」


「あぁ、助かるよ」


 もしかしたら、その技で魔王軍参謀を倒そうとしているのかもしれないし。

 手の内を晒せだなんて、そんなこと言うわけがない。


「じゃ、そろそろ戻らないとメモが怖いんだ」


「メモ……? あぁ、じゃあまた。そうだ、試合はしっかり観に行くよ」


「あぁ」


「あの人の解説も楽しみだ」


 あの人……?


 僕はもう背を向けていたが、少し気になった。

 結局振り返ることなく、僕は宿へ向かう。

 

 

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