第80話◇友よ拗ねるなこれには事情が(前)
僕とフェニクスは、同時に言った。
「どうして此処に?」
いや、この街のダンジョンはトールさんのところだけではない。
高難度ダンジョンもあった。そこに挑む為に来ていた……のか?
でも魔王城の後に向かったのなら、期間的には他の街に移っている頃。他の街のダンジョンを攻略し終えて、この街に来たのだろうか。
「ダンジョン攻略だ。それ自体は編集までもう終わったのだが、アルバが大会を観ていきたいと言ってね。みなも反対しなかったものだから、観て行くことに決めた」
アルバが何か言うと、大体ラークかリリーと言い合いになる。発言が過激だったり、要望が二人の意思に反していたりするからだ。
誰も反対しなかったということは、みんな大会に興味があったということ。
「へぇ。参加はしないのか?」
「誘いは一応、受けたが」
フェニクスの言葉に、ニコラさんが「えっ!?」と声を上げた。
分かるよ、世界ランク四位が出てくるとなると強敵どころではない。
不可能なんて言葉は使いたくないが、可能なんて言い切ればフェニクスへの侮辱になる。簡単に勝てると言えるほど、彼の強さは温くない。
フィリップさんやフルカスさんに言ったように、戦うとなれば勝つつもりで臨むが。
万に一つくらいの可能性に賭ける戦いになる、というのがギリギリなところか。
「ってことは、断ったのか?」
「あぁ、事情があって。後で話すよ」
それから、フェニクスはニコラさんを見た。
「ご挨拶が遅れました。【勇者】フェニクスです」
「ひゃ、ひゃいっ、【勇者】ニコラでつ!」
噛み噛みだ。
そんな彼女に、フェニクスは優しく微笑み掛ける。
「緊張なさらないでください。同じ冒険者です、他の者と変わりませんよ」
いつもの物腰柔らかなフェニクスだ。
「――ところで、レメと訓練室で何を?」
――違った。やっぱり気にしてた。
「ちぎゃっ、違うんです! 何もやましいことはっ!」
ニコラさん、それだと訓練室でよからぬことをしていたみたいだよ。
「訓練室なんだから、訓練だろ。僕だって冒険者だし」
言うが、僕の語気は弱い。
以前パーティー脱退やら魔王城就職やらを話さなかったことに若干負い目があるのだ。
タッグトーナメント出場は説明の機会がそもそも無かったが、なんとなく気まずい。
「それは分かっているとも。何故ニコラ嬢と共にいるのか、と気になってね。この街に来ているのも知らなかったので、そのことにも驚いている」
僕も彼らが選んだのがこの街だとは知らなかったが、そういうことが言いたいわけではないだろう。
魔王城にいる筈の僕が此処にいることが気になっているが、ニコラさんの前でそのことに触れるわけにはいかないからこういう言い方をしたのだ。
「先に言っとくと、ニコラさんのパーティーに入るだとか、そういう話じゃない」
こくこくこく、とニコラさんが高速で頷きまくる。
「そうか」
分かっていたのか、フェニクスの反応は薄い。まぁ魔王軍参謀と勇者パーティーの両立は出来ないことくらい、すぐ分かるか。
「大会に出ることになったんだよ、色々あってさ」
「だろうな」
フェニクスは賢いので、顔を合わせて数秒くらいで答えにはたどり着いた筈だ。
ただ、予想出来ることと、気持ちは別。
相手の口から直接、という部分が重要なのだろう。分からなくはない。
フェニクスから、『色々』の部分を聞かせろという視線が刺さってきている。
「ニコラさん、此処はいいから。先に帰っていて」
「えっ、でも……」
「大丈夫」
僕が微笑むと、ニコラさんはしばらく躊躇ったが最終的には頷いた。
「それじゃあ、また……」
僕を見て、それからフェニクスに一礼し、彼女はその場を後にした。
「大会、楽しみにしているよニコラさん」
ビクゥ! と彼女の背中が震え、「びゃい!」という声が返ってきた。
「さすが、【炎の勇者】だな。九十九位を緊張させるとは」
彼女は僕に憧れてくれているとのことだが、同じ【勇者】としてフェニクスには畏敬の念を抱いているようだ。
「九十九位……ニコラ……あぁ、【銀嶺の勇者】か。
口調が【炎の勇者】から幼馴染のものに変わる。
「あー、確かに印象変わるよな。僕らは変えてないからなー」
オフの日にファンや記者に絡まれるのを避けたい人もいる。
冒険者も人、心休まる日が欲しいと考える者がいたっておかしくない。
フェニクスパーティーはそこらへん自由だが、みんな変えていない。
アルバは注目されるのが好きだし、ラークは気にしてないし、リリーは「自らを偽る気はありません」とのことだ。
僕は単純に、昔憧れた勇者が姿を一貫していたのを真似ただけ。
「あぁ」
フェニクスの反応は薄い。
「あー、飯行くか」
「そうだね」
というわけで、組合近くの食堂に向かった僕ら。
当然、周囲に認識阻害の『混乱』を掛ける。パーティーを抜けた僕がフェニクスと二人でいると、『みっともなく親友に再雇用を頼みにきたのか』とか、そんな噂が立つ。
それ自体は構わないが、そのことでフェニクスに面倒を掛けるのが嫌だった。
道中、この街に来ることになった経緯を説明。
そしてニコラさんに正体を見抜かれたこと、なんやかんやあってタッグトーナメントに参加することになったなんてことを話した。
もちろん、恥ずかしいのでフィリップさんとの件はぼかしてある。
お前を貶されてむかついたんだとか、口が裂けても言えない。
「なんというか、レメらしいな」
話を聞き終えた、フェニクスの感想だ。
僕らはテーブル席で向かい合って座っている。
「なんだよそれ」
「困っている人を放っておけない」
「ぐっ」
「いや、責めるつもりはないよ。私も助けられた一人だからね」
「でも、甘いと思うか?」
「どうかな。ただ、気にはなるね。大会参加となると、『その場の手助け』では済まないだろう? 現に、準備にも時間をとっているようだ」
「確かになぁ……」
「理由があるんじゃないか? 困っているから以上に、レメ自身が関わる理由が」
「なんだよ、僕が彼女に惚れてるとか言い出さないだろうな」
「その場合は、ミラ嬢に知らせねばならないな」
「ほんとにやめてくれ」
ようやく、フェニクスがふっと笑った。
「君が不義理を働くとは思っていないさ」
「けど?」
「元気をもらったから、カシュ嬢の店の常連になったと話していたろう?
友達が虐められていたから、ずっとイジメっ子の奴らと喧嘩した、という風に。
親切心を超えた何かをするなら、そこには別の理由があるのでは? という考え。
ふむ。
さすがは幼馴染、というべきか。
「お前さ、レメゲトンが魔法使う前に僕だって分かったか?」
「いや、さすがにね。予想もしていなかったから」
「だよな。僕の魔法を知ってるから、効力ですぐにわかった」
「あぁ。どうしたんだい? ――いや、そうか」
気づいたようだ。
「うん。ニコラさんは『レメ』の魔法を直接知らないのに、レメゲトンとの戦いで『目を見て同一人物だと分かった』んだそうだ。本人は本気で、そう言っていた」
あの時も信じられなかったが、彼女の中での真実であることは態度を見れば分かった。
だけど、仮面を付けているのだ。しかも距離があった。
目の形が分かるほど露出はしていない。では、本当に瞳の中の炎とやらで判断した?
そうは思えない。
「無意識で……『動画を観て感じたレメの技量と、レメゲトンの黒魔法を受けて感じ取った実力の類似』そして『レメとレメゲトンの動作の中にある微細な共通点』を捉えていた?」
顎に手を思案顔になっていたフェニクスが、考えを吐き出す。
レメとレメゲトンでは黒魔法の運用方法が違うが、魔力量、魔力操作技術、最長展開時間や最大対象数などを知れば、他に何が出来るかを予想することは出来る。
つまり、僕に出来ることを知っている人なら、レメゲトンの出来ることを概ね把握した段階で『レメと同程度の遣い手だな』と判断することが出来る、ということ。
フェニクスは概ねの部分を大幅にショートカットし、最初の黒魔法で『あぁこれはレメじゃないか』と判断したわけだ。
「多分。彼女、獄炎のダンジョンでの僕の動きにも気づいていたからな」
「火柱を避けるところかい? あれは私ももっと採用してくれと頼んだんだが」
「言っておいてなんだけど、普通に覚えてるお前が怖いよ」
こう、『獄炎のダンジョン?』『覚えてないか? あの火柱ばっか出てくるフロアがあったところだよ』『……あぁ、あれか』みたいなのを想像してたのに。
まぁ、僕もフェニクスや仲間がどのダンジョンで何をしたかを大体覚えているので、人のことは言えないか。
「そのレベルで君の映像をよく観ているとなるとあれか。やはり刹那のダンジョンが――」
「なんで知ってるんだよ。あれ僕が一番長く映ってる動画らしいな」
苦笑する僕。フェニクスは嬉しそうだ。
「なんだ、本当に熱心なファンじゃないか。大切にしないといけないね」
「ありがたいよ、実際。でもそれが手伝う理由じゃない」
「そうか、少し分かったよ。『少し』だが。君が言ってることが事実だとしたら彼女は――
それで、続きは? フェニクスの瞳が、そう尋ねていた。
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