第24話◇私の勇者様




 レメさんが思い出してくれた通り、私が彼に逢ったのは二年前のことだ。

 この話を知ってるのは、レメさんと私を除けば、魔王様だけ。とても自分から喧伝するようなことではないし、私の愚かしさとレメさんの優しさが詰まったこの記憶を、進んで人に明かそうとは思わなかった。


 もう一つ、これをレメさんに自分から話せなかったのは。


 万が一、彼に限っては有り得ないだろうが爪の先程の可能性でも、思い出されることで嫌われてしまうのではないかと怖かったから。

 だから先に好かれようとした。仲良くなってから打ち明ければ、嫌われないのではないかという考えがあった。まったく浅ましくて自分が嫌になるけれど、誰だって憧れの人に嫌われたくはないだろう。


 私は以前、違う街のダンジョンで【吸血鬼】として働いていた。ダンジョンネームも今とは違う。


 魔物になる亜人には当然、それぞれの理由というものがある。

 格好いいから、憧れの魔物がいるから、自分の手で【勇者】をぶっ倒したいから。

 このあたりは、人が冒険者を目指すのと似ている。憧れを【勇者】に、敵を【魔王】にすれば冒険者バージョンになる。

 逆にネガティブな理由で魔物になる者もいる。


 例えば【役職ジョブ】だ。神による適職の確定。


 レメさんのように、適職が望みと違っていても構わず研鑽を続け夢に向かって邁進する人は、そんなことが出来る人は、とても少ない。ほとんどいないと言ってもいいくらいに。


 才能があろうと、望まない職には就きたくない。そういう者は世界に沢山いる。

 だが適職以外になろうものなら、この世界はとても厳しい。ちょっとした雑用や裏方ならば日銭を稼ぐことは可能だが、たとえば【鍛冶屋】持ちは料理人にはなれない。

 不可能ということではなく、誰も見向きもしないということ。


 元々ダンジョンのエンターテインメント化は、そういうあぶれ者の受け皿として考案されたものだ。

 平和になった後も、この世界には戦闘系の【役職ジョブ】持ちが絶えず生まれ続けている。


 彼らは平和なだけの世界では、誰にも求められない。そうなれば、暴力の才能は生き残る為に使われるだろう。

 だからといって、全ての者を縮小された軍に迎え入れることは出来ない。

 戦う者には、戦うことこそが仕事という何かを与えなければならないのだ。


 それは魔物側も同じだった。

 人と魔族は争いをやめる時に、双方の平和を維持出来るよう話し合いを続け、そうして出来上がったのがダンジョン攻略と防衛の娯楽化だ。


 ショーにする。戦いで人々を楽しませ、興奮を与える。戦い、勝つ者に称賛が集まるようにする。

 結果は大成功。今日こんにちでは、ダンジョン攻略といえば誰もが知る最高のエンターテインメントだ。


 さて、戦闘職ならばいいが、そうでなくて魔物になる者は結構辛い。

 神様の判定は謎だが、たとえば【娼婦】持ちの夢魔というのは、そこそこいる。

 適職と言えば適職なのだろう。だが夢魔は別に金と引き換えに体を売りたいわけではない。


 まったく構わないという者もいるが、全てではない。

 そういう夢魔は当然料理人にはなれないし、花屋にもなれない。

 誰かと仲良くなったり誰かを愛しても、【役職ジョブ】を知られると誤解される。


 だからそういった者達は、魔物になる。

 仮初めの名前、【役職ジョブ】を開示せずに種族名で働ける職場。


 私の【役職ジョブ】は【操血師そうけつし】。

 吸血鬼にのみ発現するもので、己の血と己が吸った血を自在に操ることが出来る。正確には、吸血鬼に備わっているその力が、他よりも遥かに優秀。


 何をしろというのだろう、この【役職ジョブ】で。


 私は現実的だったので、魔物になった。他になりたいものがあったところで、どうせなれはしないのだ。ならば出来る範囲で仕事を選び、その中で結果を出してやる。

 能力は鍛えていたし、自信があった。

 すぐにフロアボスになって、いずれはダンジョンマスターになるのもいいだろう。


 自分ならばなれると思った。

 だが、現実は甘く無かった。


 私よりも実力の低い者が重用された。


 理由を聞けば「女を傷つけるのは視聴者のウケが悪いから、冒険者が嫌う」とのこと。

 あぁ、性別なんだ、と思った。

 全力での戦いが見たいのではなく、気持ちのいい戦いが見たい。理解は出来る。

 でも悲しかったし、悔しかった。


 それでも私は努力を続けた。血を操る力は見栄えがいい。蝙蝠の亜獣を調教し、彼らに吸わせた血に自分の血を混ぜ、より多くの血液を操る術も身に着けた。ダンジョン内ならば全てが魔力なので、現実では困難な方法も実現出来た。


 ある日、当時の上司であるフロアボスに食事に誘われた。

 仕事の話だというので、自分の努力を評価してくれて何か任せてもらえるのだと思った。

 違った。


 男は同情する素振りで私に触れ、体を許せば待遇が改善される、ということを遠回しな表現で伝えてきた。

 私が怒りに任せて顔に水を掛けると、翌日から階層内の入り組んだ迷路の先、誰もこないような行き止まりへと配置変えされた。


 転職も望めない。ダンジョン内は横の繋がりが強く、フロアボスクラスの者でもない限りは他所へ行くのに紹介状が必要。

 実績もなければ女で、フロアボスの怒りを買った私に未来はない。

 このまま迷路の行き止まりで死なない程度の給金をもらいながら年を取り、他人が私の取り柄だと思っている美しさが衰えたら放り出されるのだろう。


 悔しくて悔しくてしょうがなかった。


 フェニクスパーティーを目撃したのは、そんな時のことだ。

 先の件から私は同僚に避けられていたので、魔物御用達のエリアではなく普通の酒場で一人呑んでいた。

 何故彼らが冒険者の集まる酒場に行かなかったのかは謎だ。まぁ、大した理由はないだろう。

 視界が揺れる程に酔った私は、一人の少年を見てとても苛々した。


 レメ。【黒魔導士】レメ。


 知っている。親友が【炎の勇者】だったというそれだけの理由で、当時十三位のパーティーに所属していた少年。

 結局世界はこうなのだ。


 力のある者に好かれれば、甘い汁を吸える。

 媚びを売ることも出来ない者は、底辺に沈んで誰にも見向きされないまま死んでいく。

 なんて、なんて理不尽。


 自分のまま戦うことが不利なんて、ひどいじゃないか。

 彼のことを何も知らなかったくせに、当時の私はそんな風に憤って。

 帰り際、言ってしまった。


「いいわね……幼馴染が【勇者】だと。【黒魔導士】でも十三位になれるんだもの」


 少年はいきなり無礼なことを言った私に驚いたようだったが、怒らなかった。


「フラついてますけど、大丈夫ですか? お連れの方とかは?」


 それどころか、心配してくれた。

 私は自分が惨めになり、少年を無視して店を出た。

 確かに呑み過ぎたようだ。

 ぐらぐら揺れる。頭も痛いし、なんだか体に力が入らない。

 ……こんな風に酔ったのは初めてだ。


「なぁオネーサン、大丈夫か?」


 いかにも軽薄そうな青年が声を掛けてくる。

 ぼんやりと覚えがあると思ったら、店内にいた男だった。追いかけてきたのか。


「ご心配どうも、平気よ」


「いやいやそうは見えねぇよ。ちょっと休憩した方がいい」


 男の視線が私の顔に向き、胸に向き、顔に戻る。不愉快だった。


「邪魔よ」


「つれねぇこと言うなよ」


 次の瞬間、私は背後から何者かに襲われた。

 口を押さえられ、腹を抱えられながら薄暗い路地へと引きずられる。


「よしッ! 良い子だ噛むなよ~、ふざけたことしたらぶん殴るからな」


 体に力が入らず逆らえない。


「おぉ、やっぱ超アタリじゃないっすか」


 声を掛けてきた青年が言う。


「なぁ、俺がいつも見張りなのおかしくねぇか?」


 後ろから襲ってきた男と、あともう一人いるようだ。

 三人で、私を襲った。

 店の中に居た時から狙われていたのだろう。


「動けないっしょ? ダメだよ、美人さんが一人で呑みに来てる時にトイレとか行っちゃあ」


 何か盛られたのか。

 最悪だった。悔しくて悲しくてむかついて、そして怖かった。

 戦えば勝てるが、酔いと盛られたクスリの所為か体が上手く動かないのだ。

 私が抵抗出来ないと分かって、私を捕まえていた男が後ろから体をまさぐる。

 そして服の胸の部分を裂いた。


「うわデカっ」


 下卑た声に混じる、酒の臭い。


「こりゃ楽しめそうだな」


 女をモノとしか思ってない男の、気味が悪い舌なめずり。

 どうして世界はこんななのだろう。

 結局一度もいいことなどなかった。頑張っても無駄。自分の女という部分以外には、誰も関心が無いみたいだ。

 なんて、空虚。

 せめてこの男達を楽しませてなるものかと、私は声を上げないよう堪える。泣いたり許しを請うたりしても、こういう輩は調子に乗るだけだ。



「どりゃあ!」


 

 軽薄な男が吹っ飛んだ。

 見張りの男が助走をつけて拳を顔面に叩き込んだからだ。


「は?」


 私を捕まえている男が呆けた声を出す。何が起きたか分からないのだろう。

 まさかレイプ犯と一瞬でも同じ感情を共有することになるとは。


「なんで! いつも! 俺ばっか! 見張りさせんだ! クソがッ!」


「ちょっ、まっ、おまっ、おっ」


 酔って加減の効かなくなっている殴打が、軽薄男をボコボコにする。

 ――な、仲間割れ?

 異変は続く。


「な、なんだ!? なんで何も見えねぇ! お、おいお前ら!」


 私を捕まえている男が目に見えて狼狽し出す。

 私を突き飛ばし、自分の顔を押さえる。


「き、気持ちわりぃ……! んだこれ、おえっ……」


 更には苦しみ出した。


「すみません、追いつくのが遅くなって」


 突き飛ばされた私を、誰かが受け止めてくれた。

 『小柄な少年』ということしか分からない。


「……ひどい。これを着てください。もう大丈夫ですから」


 『小柄な少年』は身に纏っていたものを私に掛けてくれた。

 それは……【黒魔導士】のローブだった。


「なんだ!? 誰かいやがんのか! てめぇ一体オレに何を――ぐえっ」

「オラ! 俺の怒りを喰らえ! 見張りは交互にやるんだよ! いいな――ガハッ」

「やめっ、分かったから、おいっ、まじでっ――ギャッ」


 私を捕まえていた男、見張り男、軽薄男をそれぞれ顎への一撃、側頭部への回し蹴り、靴底で顔面を踏み潰すといった方法で気絶させる『小柄な少年』。


「終わりました。立てますか?」


 『小柄な少年』が私に手を差し伸べる。


「な、なんで……」


「はい?」


「なんで、助けたの。私、貴方に……ひどいこと、言ったのに」


「え? あれなんでバレ……あ、服か」


 一度気づけば、『混乱』越しにも彼が【黒魔導士】レメだと判断することは出来た。あくまで服からの連想なので、相変わらず彼のことは『小柄な少年』としか認識出来ないので変な気持ちだった。


「いえ、すごく酔ってるようなので心配だったのですが、追いかけるつもりはなくて。ただ貴方が店を出た後にこの三人が続いたんですよね、その時の笑顔がこう……そういう感じの顔をしてまして」


 想像がつく。これから自分達がすることへの興奮を隠しきれず、さぞ下卑た表情を晒していたのだろう。


「理由に、なってない」


「そうですか? 放っておけないと思いますけど」


 私への魔法を解いたのか、レメさんをレメさんと認識出来た。

 本当に不思議そうな顔をしていた。

 彼にとっては、初対面で悪態をついた吸血鬼でも、襲われるかもしれないというだけで追いかけるのは当然なのだ。


 私はその日、真の勇者に出逢った。



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