第304話◇全天祭典競技最終段階『血戦領域魔王城』26/決して独りにはしない

 



 僕は中空に浮かぶ師匠へ迫るべく、自身も空を飛ぶ。

 そして、ある時のことを思い出していた。


 魔力体アバターを作ってもらった際の、魔王様との会話だ。


 ――『レメゲトンよ。それでよかったのか? 要望通りにしてやったが』


 ――『えぇ。魔物になるって決めてから、これがいいって思ってたので。しっかり作って頂いてありがとうございます』


 ――『妙な奴よな。知っておるか? 魔人で角が一本というのはな――』


 ――『はい、分かっています』


 ――『むっ……そうか。お祖父様に何か言われたのか? 確かダンジョンネームにも要望を出していたな』


 通常魔人の一本角というのは、他者に自分の角を継承させた証。

 だが僕にとっては、ゼロに一を与えてもらった証。


 そして、実はもう一つ、理由があった。


 パキパキと、卵の殻が中から割れる時のような音がする。


 僕の角の罅が進行し、内部より赤い液状が噴出。それらは僕の聖なる拳に纏わりつき、灼熱しているかのような輝きを灯す。


 魔王様と師匠の鎧角に見られた輝きだ。

 魔王様の、フェローさんの、師匠の。この一家の角の解放が進むと見られる変化。


 自分が体験して分かる。魔力の圧縮・純化機能が更に向上していた。

 角の能力そのものを先へと進めるものだったのだ。


 魔王様が教えてくれなかったということは、言って習得できる類のものではない、ということ。

 条件も何も不明だが、考えるのはあと。

 とにかく、使える力ならば使うのみ。


『君はほんと物怖じしないなぁ』


 サラクエルが楽しげな声を出す。


「小僧」


 師匠が鎧角に包まれた拳を握りながら、声を掛けてくる。


「なんです?」


「貴様は何者だ」


「――――」


 師匠は、名前や素性を知りたいわけではないだろう。

 そもそも、師匠ならば知っていることだ。


 だから、これは在り方への問いかけ。


 僕はレメ。勇者に憧れて、自らもそうなると決めた人間の子。

 【黒魔導士】レメであり。

 【隻角の闇魔導士】レメゲトンであり。

 【隻角の黒魔術師】レメとしてフェニクスと戦い。

 【最良の黒魔導士】レメと呼んでくれた人々がいて。

 【黒魔術師】レメゲトンとして師匠と対峙した。


 だが、今日、ここで名乗るべきはそのどれでもない。

 もう、決まっている。


 この人から継いだものと、己が定めた生き方を載せた名だ。


「【隻角せきかくの勇者】レメ。貴方を倒す、人間の名前です」


 冒険者や魔物の異名に、その者を指す特徴的な語を入れるのは一般的だ。

 どんな種族なのか、どんな魔法が得意なのか、どんな戦い方をするのか。


 そして【魔王】の異名には、名付けのルールが存在している。

 【魔王】は、異名に体の部位を冠することになっているのだ。


 【万天眼ばんてんがんの魔王】パイモン、【空振脚くうしんきゃくの魔王】アスタロト、【星霜拳せいそうけんの魔王】ベルゼビュート。


 だが、そこで一つ疑問が生じる。

 魔人を象徴する、魔力の圧縮・純化を可能とする『角』。

 これを異名に冠する者が、極めて少ないことに。


 暗黙の了解があった。

 己の最も優れた部分を、名乗るべし、と。


 それだけならば、みんな角を名乗りたいだろう。

 だが、出来ない。


 ある魔人、ある魔王の異名と、一部でも被ってしまう恐れ多さに、それが出来る魔人は、この時代にはほとんどいなかった。

 あるいは、意地か矜持か。

 どちらにせよ、その魔王の影響力は絶大。


「【赤角せきかくの魔王】ルキフェル。貴様を殺す、魔人の名だ」


 解放によって紅に染まる、絶対的魔王の角。


 これを聞いて、自らも角を異名に取り入れようと考えられる者が、どれだけいることか。

 彼と同じように、己も角に自信アリ、などと名乗るのは――あまりに傲慢。


 ルキフェル――師匠はそもそも、そんなこと意識さえしていないだろうが。


 【六本角の魔王】アスモデウスさんくらいだろう。

 生まれつき角を六本持って生まれた彼女は、その特異性と実力からそれが出来た。


 師匠の一族の角以外で、『完全鎧角』に至ったただ一人の人物。

 彼女ならば誰も文句は言うまい。


 だが一人。

 魔王でさえないのに、角を異名に加えた者がいた。


 【隻角の闇魔導師】レメゲトン、つまり僕だ。


 大多数の人は魔物を仕事とする魔人に伝わる暗黙の了解なんか知らない。

 だが僕は、知った上でこれを名乗ることを決めていた。


 自負があるからだ。


 師匠が世界最強かどうかなんて関係ない。

 尊敬する師から頂いたものを誇らない弟子なんて、いるわけがない。


 ただそれだけのことだ。


 名乗りを終えた直後、僕は――師匠に三度、拳を叩き込むことに成功。


 翼で加速し、一息に師匠のもとへ。こちらを掴まんとする師匠の手は空を掻き、黒魔術そのものである僕に触れようとした報いとして、膨大な魔力を消費。そのようにして防御しなければ、黒魔術に掛かってしまうからだ。


 そして僕の側だけが、一方的に師匠の胸部を殴りつける。

 その度に師匠の鎧角がひび割れ、陥没し、砕けていく。


 ――効いている。


 今の僕が手にしている全ての力によって、最強の魔王に拳が届くようになったのだ。


 そして四発目。


 弾かれる。

 師匠自身の拳で迎え撃たれる形。


「――――ッ」


「殴るからには、実体が伴うのだろう」


 近接戦で決着をつける他ないのは、僕も師匠も同じ。

 いかに全身を黒魔術に変換していても、それだけでは師匠は倒せない。


 故に攻撃を加えるその瞬間、右腕を実体化しているのは確かだ。

 それを確かめる為に、三度の打撃を甘んじて受け入れたのか。

 その三度の攻撃は一瞬の内に行われたというのに。


 大岩でも殴りつけてしまったような衝撃だったが、構わず五度目を放つ。

 師匠は僕の拳を受け止めようとしたが――そのまま透過する。


 そして僕は、師匠に――頭突きをかました。

 目の奥で火花が散るような感覚。


 鎧角に覆われていない両者の額が割れ、魔力粒子が流れ出る。


「殴るだけとは言ってない」


「小賢しいやつだ」


 直後、連続して七回放った拳は、全て師匠の拳によって受け止められた。


 激突の度に空気が弾けるような音がして、フィールドが割れ、鳴動する。


 その規模は凄まじく、既にフィールドは嵐が通ったあとのように破壊し尽くされている。


 ただ僕と師匠の拳が、ぶつかっただけでこれだ。

 このままでは、観客席との繋がりもいつまでつか。


『観客の皆様、ご安心ください。フィールドと観客席を繋ぐ部分は特に力を入れて構築していますので、選手がどれだけ暴れまわっても、最後までご覧いただけます』


 フェローさんだ。

 なるほど、自分の父親が破壊の限りを尽くしても映像が途切れぬよう策を講じていたのだろう。

 最強の魔王の息子がそう保証するのであれば、憂いはない。


 僕らは互いに空中を移動しながら、接近しては拳を交わすというのを繰り返す。

 その間にも僕の黒魔術は師匠を襲い、師匠は僕の体ごと吹き飛ばさんと魔力を放出し続けていた。


 あぁ、既に大地は残っていない。

 残らずえぐり取られて、真っ黒な魔力空間が晒されてしまっている。


 あぁ、空さえも壊れてしまった。

 巨人が歩き回れるほどのフィールドに用意された、偽物の青空はもうない。

 絵の具で黒く塗りつぶしたみたいに、真っ暗だ。


 無窮の闇が広がる中、互いの放つ赤き鎧角の輝きと、観客席との繋がりだけが、世界の色。


 僕らが拳を交わす戦場では、あらゆるものが滅びに向かってしまう。


『来るよ』


 サラクエルの声。

 確かに、高速で移動し続ける僕の方へ、師匠が接近しているのが見て取れた。


 だが軌道がおかしい。

 これは突っ込んできているのではなく――並走している?

 いや、この場合は並翔へいしょう、とでもいうのだろうか。僕らは空を翔けているのだから。


 そして、師匠が右手を僕へと伸ばす。


 今度はこちらから弾いてやろうとするが、それを見越していたかのように師匠の左手が僕の右拳を受け止め、そのまま引き寄せた。


『――見抜かれたね』


 そして師匠の右手が僕の――翼へと伸びる。


 ――そうか!


 翼による推進力を得るためにも、実体化は必要。

 故に移動中のみ実体化し、インパクトの瞬間には黒魔術化していた。


 だがそれはつまり、移動中ならば――翼をもげる、、、ということ。


「ちょこまかと動くな、殺せんだろうが」


「殺される気はないんだよ、こっちは!」


 僕は即座にサラクエルの加護を右足に移し、そのまま膝を師匠の腹部に叩き込む。


 衝撃で僕らの身体が吹き飛び、再び距離が空いたが……翼を一枚、もがれてしまった。


 飛ぶのに不足はないが、あれは僕の鎧角の一部なのだ。力の一部を失ったのと同じ。

 失われた翼を再度生やしている時、頭の隅に何かがぎった。


 違和感の正体を探るべく脳を高速回転させ――辿り着く。


 こちらの攻撃を受け止め、真正面から叩き潰すのがこれまでの師匠の振る舞い。

 もちろん、かつてレイドに出現した時のように、一瞬で冒険者を全滅させた話も残っているが……。


 僕の推進力を奪うというような、そのような手を師匠が選ぶだろうか。

 もちろん言葉通り、絶えず動かれては殺しにくい、というのもあるかもしれないが……。


 そうだ。

 急いでいるように、感じるんだ。


 だが本来、勝負を急がなくてはならないのは、身体の崩壊までの刻限がある、僕の方。


 今更師匠が、僕の時間を気にするわけがないから、つまり――師匠の方にも何か問題がある?


『……はっはぁ。わかったよ相棒』


 僕もだサラクエル。


『普段は前みたいに、「ダークたん」でいいからね』


 言ったことないなそれは。

 大事な場面でも冗談を言わないと気がすまないのだろうか。


 とにかく僕らは同じことに気づいた。

 そもそも、最初から気づいて行動すべきだったじゃないか。


 『魔神の跫音』と『神々の焔』を纏わせた斬撃。

 あれは確かに、師匠の身体を裂いたではないか。

 血を模した魔力粒子が散るのを、確認したではないか。


 つまり、一瞬だったとしても、師匠の身体に、二つの深奥が当たったのだ。

 『破壊』と『死』の深奥に触れたのだ。


 灰から肉は作れない。死んだものは生き返らない。

 ならば、あの深奥の斬撃を受けた師匠の身体は、確実に壊れているのだ。


 世界最強の魔王だから、一見何事もなかったかのように動けているだけ。

 尋常ならざる魔力で、『破壊』と『死』に抗っているだけ。


 だが、確実にダメージは刻まれている。

 師匠もまた、永遠には戦えない。


 狙うは、斬撃の触れた胸部。

 鎧角を剥がし、この拳を叩き込む。


「口の利き方を忘れたか、小僧」


「うるさいよ、師匠」


 全部だ。

 全部注ぐ。

 敬語を使うなんて些細な社会性さえも、今はもったいない。


精霊よサラクエル


『……あぁ、わかった。やろう』


 黒魔術を練る。


 そして、抵抗領域フルジレストの要領で、発動前の黒魔術を――全方位に展開。


 レイドでエアリアルさんに対して行った黒魔法の広域展開と抵抗領域フルジレストを組み合わせたもの。


 ただ一瞬一秒生きているだけで、師匠は膨大な魔力を抵抗レジストに割かねばならない。


 第十層戦でのフェニクスのように、一部の黒魔法を受け入れることで残りを抵抗レジストする、なんて真似も許さない。


 今この空間に展開しているのは、『魔神の跫音』ただ一つであるからだ。

 抵抗レジストによる延命か、受けることによる即死の二択。

 だがこれさえも、ただの布石に過ぎない。


 右腕の聖拳に、移動用を除く全魔力を纏わせる。

 そして、翼から魔力を解き放つ。

 最強の魔王へと、迫る。


 ◇ 


 師匠が魔王ルキフェルだと知ってから、ずっと考えていたこと。


 なんで僕を弟子にしてくれたのだろう。

 なんで僕に角を受け継がせたのだろう。


 三年も、縁もゆかりも無い子供の面倒を見るなんて、普通はやらない。

 あの時は必死だったが、よく考えてみると変ではないか。


 それに、師匠があのルキフェルなら。


 どれだけ辛かっただろうか。


 世界で一番強くて、並び立つ者がいないくらい強くて。


 でもダンジョンにいたのだ、、、、、、、、、、、師匠は。


 第十一層の玉座で、勇者パーティーを待ち構えていたのだ。


 けれど、誰も来なかった。


 世界最強どころか、師匠の配下を突破して最終層へ来る者もいなかった。


 師匠がレイドでルールを無視したのは、勝手に低層に出現したのは、きっと。

 それでも戦いたかったからじゃないのか。


 だが、若かったとはいえ、【嵐の勇者】エアリアルさんでさえ歯が立たなかった。

 かつて幾人もの魔王を討伐したという四大精霊契約者も、師匠には届かなかった。


 それを知った時の、師匠の絶望は計り知れない。


 勝てない相手がいて、でも勝ちたくて。

 勝てたら嬉しくて、また面白い戦いをしたくて。

 それが、勝負の世界に身を置く者の心理だとして。


 師匠には、勝負の才能が世界で一番あったが故に。

 世界で一番、勝負の楽しさから遠いところに置かれてしまったのだ。


 そうして絶望した師匠が、たまたま田舎のガキに出逢って。

 何を気に入ったのか、稽古をつけてくれた。


 生意気で、無礼で、口の利き方も知らない子供。


 いざ面倒を見ることに決めたものの、炊事への適性がない為に料理を任せることも出来ないし、訓練が終わればバタリと倒れる始末。


 今思うと、本当に不思議だ。


 世界最強の魔王が、渋々ながら料理をして、振る舞ってくれた。


 訓練で疲れ果てた僕が、師匠の家の前で倒れても、目が覚めるといつもベッドの上にいた。


 他人の振る舞いになんて関心がないくせに、僕に正しい敬語の使い方を教えてくれた。


 世界で一番強いのに、それを支える自分の角の一本を折って、僕にくれた。


 一年も掛けて、それを身体に定着させてくれた。


 何故?


 貴方が、孤高の魔王だというのなら、もしかして。

 もし、もし。

 師匠、貴方が僕を育ててくれた理由が。

 角を与えてくれた理由が。


 今、このときの為なら。


 自らが鍛えた者との、戦いの為ならば。

 僕が貴方の敵に相応しい相手に育つことを、わずかでも期待してのことならば。


 応えたい。


 貴方は世界最強だけれど、誰にも負けないわけではないのだと証明してみせる。


 そしたら、そしたらさ、お師匠、、、


 強すぎるあまりに貴方を苛む孤独を、壊せるかな。


 それは、貴方がを育てた意味になるのかな。


 ――『かっこういいなぁ。どれだけ敵が大きくても、多くても、強くても、絶対に諦めないで、最後は勝っちゃうんだ。かっこういいなぁ、俺もこういう勇者になりたいなぁ』


 子供の頃の、自分の声がする。


「あの日から今日これまで! 培った全ての力と絆で! 貴方の孤高を終わらせる!」


 師匠は当然のように逃げることなく、己の拳で僕の拳を受け止める。

 赤き鎧角が、瞬くように火花を散らす。


「……恩返しのつもりかレメ。戦いの場にそのような情を持ち込むな!」


「これが僕だ! この気持ちが僕を弱くすることは決してない!

 貴方を倒す! 勇者は最後に必ず勝つからだ!

 貴方を救う! それが僕自身の望みだからだ!

 決して諦めない! なにもかも! 自分で決めたことは何一つ!

 この気持ちが、人をどこまでも強くするんだ!」


 戦うことが好きで。

 でも、本気を出したら世界を壊しかねない。

 想像するだけで、悪夢だ。


 自分の大好きなことをするには、信じられないほど手を抜くしかない。

 でも、手は決して抜けない。


 そんな世界は、寂しすぎる。

 どれだけ辛くて退屈か、僕には想像も出来ない。


 でも、やることは決まっているんだ。


 貴方が世界で一番強くても、関係ない。


 僕にとって、恩人で、尊敬できる人で、大好きな師匠だから。


 決して独りにはしない。


「生まれも【役職ジョブ】も関係ない!

 証明してやる!

 魔人に生まれ、【魔王】に目覚め、最強に至ったところで、

 貴方は一人にはなれやしないのだと!

 世界の片隅の田舎町で生まれた人間ノーマルの子供が!

 【黒魔導士】に目覚めても勇者を諦めきれないような愚か者が!

 仲間と紡いだこの好機に! 貴方に育ててもらったこの力で! 貴方を打ち倒すんだ!」


「ほざくな小僧!」


「僕を見ろ! ここにいる! 貴方の味方は、世界ここにいるぞ!

 目に焼き付けろ! 自らあなたが育てた、魔王あなたを倒す者の姿を!」


「貴様が、儂を打ち倒すと吠えるか!」


「あぁそうさ! 吠えてやるとも! 黙らせてみろ! できるものなら! あんたは最強なんだろ! やってみろ! 僕を倒してみせろ! あんたに出来るか、赤角の魔王よ!」



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