第55話◇吸血鬼の女王の嘆き、恋情の悪魔と二人きり

 



「話は聞かせて頂きました」


 僕と魔王様の話が一段落ついた頃、会議室にミラさんが現れた。


「む? カーミラか、何用だ」


「私もレメゲトン様と共に、くだんのダンジョンへ赴きます」


 今日も彼女の金色の長髪は美しく、その紅の瞳は宝石のような輝きを湛えている。


「ダメだが?」


 魔王様は彼女の提案を一蹴。だがミラさんも簡単には引かない。


「何故ですか魔王様! 有給は溜っている筈です! ここで全て投入します! レメゲトン様の偉大さを向こう側に伝える者が必要でありましょう!」


 僕が魔王様をすごいなと思うのは、話を聞かれていた点にはまったく触れないことだ。さすが魔王、些細なことでは動じないということか。違うかな。違うかもしれない。


「理由は単純で、貴様が第三層のフロアボスだからだ。上位パーティー……特に上位三位までは来ないだろうが、それ以外を有象無象と切り捨てられるほど、冒険者は甘くない。参謀の作戦立案能力が欠けることを思えば、第一層を突破する冒険者は増加するだろう」


「第二層でキマリス殿やレラージェが止めるでしょう! レメゲトン様のおかげであの日以降、どんどん死霊のストックが増えていますし!」


 【氷の勇者】ベーラさんの死霊は非常にキマリスさんと相性が良かった。魔力体アバターを損なわずに戦闘不能に陥らせるのに、氷結は最適。凍りつかせた後でキマリスさんの死霊術を使えば、ほぼ無傷のまま冒険者の魔力体アバターを配下に加えられる。


 死霊の操作は術師が全て行わなければならないので、複数体に細かい命令を出すのは難しいというのが、弱点といえば弱点か。後は本体と比べると耐久性がかなり落ちるらしい。

 攻撃力は本物なので、相当な脅威なのだが。


「カーミラ。忠実なる四天王よ。貴様がレメゲトンについていくことが、魔王城の為になると考えるならばそうしろ」


「……うっ」


「だが、もし愛しき男と共に在りたい思いがまさっているならば、頭を冷やせ。レメゲトンにかける想いは分かるが、余にも貴様は必要なのだ。此処に居ろ」


「……は、はい。申し訳ありませんでした、魔王様。つい興奮してしまって」


 ミラさんも勢いで言ってしまっただけで、冷静に考えれば自分が抜けられないことはすぐに分かったようだ。


 自分を正当に評価してくれる魔王様とこの職場を、ミラさんが大事にしていることくらい分かる。二年前のことを思えばなおさらだ。

 僕もそこは疑っていなかったので、口出ししなかった。


「よいよい。そう遠い街でもない、休みの日にでも顔を出してやれ。あるいはレメゲトンに指輪で召喚させるのもよかろう。隔たる距離が育む愛もあろうて……まぁ本で読んだのだが」


「ありがとうございます、魔王様」


 ミラさんが僕の方をちらりと見た。


「いいですか……? レメさん」


 その瞳は潤んでいる。


「う、うん。近い街なら、僕もこっちに顔を出そうかな。入ったばかりで長く空けるってのもアレだし」


 第十層は前任者が辞めた時に、配下も転職や他の層へ組み込まれるなどした。

 他の層に配置された人を呼び戻すにしても、僕との相性だってある。単に魔王命令で、というのは嫌だった。本人が納得した場所で働いてもらいたい。

 就任早々職場で見かけなくなる、というのは心証がよくないだろう。


「だがレメゲトンも一人では心細かろう。まず一人、カシュは連れて行って構わんぞ」


 カクンッ、とミラさんが膝から崩れ落ちた。


「た、確かにカシュさんはレメゲトン様の秘書……。留守番というのも酷でしょう。えぇ、大丈夫です。私は大丈夫ですとも」


 自分に言い聞かせるようにしながら、ミラさんはゆっくりと立ち上がる。


「家族への説明には余も行こう……と言いたいが、アガレスに任せよう。余はこの通り、見た目があれだからな……」


 それに、魔王様が幼女だということは冒険者はもちろん、一般人も知らないですしね。カシュから聞いている可能性はあるか。だとしても娘とそう年の変わらない童女に、娘の出張の説明をされるというのは変な感じだろう、きっと。


 最近ではあるものの、最後の四天王『時の悪魔』アガレスとして知られた彼の方が、適役かもしれない。

 マカさんやミアちゃんに、アガレスさんが興奮しなければだが。


「それと、余の推薦で受け入れまでは問題なかろうが、ダンジョンを防衛するのは人であり、人には心がある。亜人に【黒魔導士】レメが心から歓迎される、というのは考えづらい」


 パーティーを抜けたとはいえ、僕は冒険者であるわけだし当然だ。

 むしろこのダンジョンのみんなが寛容過ぎたのだ。


「そればかりは、能力だけの問題ではないですしね」


「うむ。閉鎖の危機に瀕している中で魔王城から寄越された【黒魔導士】だ、レメゲトンだと説明したところで喜んで迎える者は少なかろう」


「そこは、覚悟しておきます」


「そこでだ、レメゲトンよ。うちから更に一人連れて行くとよい。先程カーミラも言っていたように、貴様のことを知る強き魔物がいれば幾分楽になるだろう」


 信用の問題だ。これは積み重ねたものが必要なので、「フェニクスパーティー倒したよ」の一つでは厳しい。大きいが、一つの功績でしかないからだ。それに、あれはみんなの力も大きい。

 既に信用を得ている人物が僕と一緒に来てくれるだけで、随分と印象は変わるだろう。


「ならばせめて男にしてください魔王様。特別にシトリーまでなら許可します」


「フルカスに頼んでおいた」


 黒騎士フルカスさんは四天王の一角で、【刈除騎士】の銘を冠するフロアボスだ。


「女の子じゃないですか……!」


「落ち着けカーミラ。慌てる貴様は新鮮で楽しいが、話が進まん」


 うぅうぅとミラさんが嘆いている横で、気遣わしげな視線を向けつつ、魔王様は話を進める。


「おほんっ。既に説明したように、うちは若い者が多い。魔物界隈で有名な者となると、フルカスくらいだ。とはいえ、名を馳せたのは先代だが」


 【刈除騎士】フルカスは二代目で、二つ名もダンジョンネームも槍も先代から継いだもの。

 それでも、名前の持つ力というのは大きい。フルカスさんは実力も備えているので、軽視されることもあるまい。


「くっ……それは確かに……」


 ミラさんは悔しそうに魔王様の言葉を認める。


「それにだ、カーミラよ。フルカスの関心は強さと飯ぐらいのもの。心配するようなことにはなるまいて」


「いえ魔王様、人がいつ恋に落ちるかは予想出来ないものです。私ですら、かつては愚かしくも【黒魔導士】レメを下に見ておりました。交流を深めることで何かが起きる可能性は充分にあるのです。それに向こうでどんな虫がレメゲトン様にたかるか分かったものではありません」


「そ、そうか。うむ、そうだな。ならば……えー、そうだ! カシュに監視任務を課そうではないか。レメゲトンが妙なことをすれば報告するようにとな」


 え。


「それは名案ですね、さすがは魔王様です」


 え?


「何かあれば休みの日にでも貴様が対処すればよい。そうであろう?」


「えぇ、レメゲトン様が問題を起こすとは微塵も疑っていませんが、悪い虫がつくことは充分に考えられますからね」


 なんだか話がまとまってしまった。

 ……まぁ、それでミラさんの不安が軽減されるならいいか。


 カシュを連れて行く以上、彼女に秘書として助けられると同時に、僕は彼女の保護者としての責任を負うつもりだ。


 彼女を置いて女性と遊び歩くなんてことを自分がするとは思わないが、そういうことをしたなら報告されても仕方ないと思う。


「では決定だ。二人共下がっていいぞ」


 僕らは魔王様に一礼して、会議室を後にした。


 ◇


「レーメくんっ」


 昼休み。

 例の監視任務の説明をする為か、カシュがミラさんに連れていかれてしまったので、僕は一人で食堂に向かっていた。

 そこで四天王【恋情の悪魔】シトリーさんに声を掛けられた。


 ちなみに、この二週間でシトリーさんも角のことを知る一人となった。魔王様が仲間外れは良くないと言い、せめて四天王にはと説得されたのだ。


 元々他の三人も面接に居合わせたから、僕が師匠の弟子だと知っただけ。当時その場に居ればシトリーさんも知る筈だった情報。僕から伝えるのは躊躇われたので、魔王様伝いに話してもらった。


 これはセーフなんでしょうか師匠……。でもお孫さんが信用している部下ですし、なんとか許してもらえないでしょうか……。

 もし次に逢うことがあったら無言で頭を叩かれるかもしれない。


 一応新しい職場の情報と共に手紙に書いて送ったのだが返事はない。実に師匠らしい。

 師匠が僕に向けて手紙を書く姿なんて想像出来ないし。というか手紙を書きそうにない。使い魔とか飛ばしそうだ。いや直接来るかな。筆を執るというのはイメージに合わない。


「こんにちは、シトリーさん」


 シトリーさんは猫っぽい女性だ。瞳もそうだし、仕草やきまぐれな感じも。小柄で童顔、低い位置で二つに結われた髪など、全体的に幼く見える。

 【夢魔】の種族的特徴である角、羽根、尻尾を備えているが、僕はこれになんとなく違和感を抱いていた。具体的にどこがどうおかしい、とは言えないのだが。


「レメくん、いきなり出張とか大変だね」


「ミラさんから聞いたんですか?」


「ふふ、落ち込んでたよミラっち。愛されてるね」


「あはは……」


「レメくんはあの子のこと、どー思ってるのかな?」


「素敵な女性だと思っていますよ」


「ありゃ、即答した。もしかして、意外と女慣れしてる?」


 じー、と計るような視線。


「まさか、いつもドキドキさせられてます」


「そっかそっか。うんうん、それは可愛いね」


 しばらく並んで歩いていたが、ふとシトリーさんが僕の腕をとる。


「前言ったよね、今度話そって」


「えぇ、覚えていますよ。歓迎会の時ですよね」


「うん。レメくんが出張行っちゃう前に、話しとこうって思って。ほら、今シトリーと契約したら、出張先で困った時に召喚出来るでしょう?」


 確か、話をして納得したら契約してくれるという約束だった。


「そう、ですね」


「じゃ、こっち来て」


 彼女に連れて行かれたのは、備品室だった。

 僕らの他には、誰もいない。


「今からシトリーがすることに、君が嫌な顔しなかったら契約しようね」


 次の瞬間、シトリーさんの身体が――。



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