第237話◇赤々と燃える




 勝利だけを考えるならば、他の作戦もあっただろう。

 というか、本来サポート役である【黒魔導士】を突出させるというのはあまり賢い作戦とは言えないだろう。


 それでも僕が、【火炎の操者】アイムさんとの一騎打ちに挑んだのは。

 いいや、応じた、、、のは。


 感謝と意地だ。

 彼女はどういうわけか、気づいた。僕の中の師匠の力に。


 その上でそれを口にせず、疑問もあるだろうに黙っていることを選んでくれたのだ。

 それが僕への気遣いではなく師匠への恩義や敬意からだとしても、助かったことには変わりない。


 そして彼女は言った。

 戦いで確かめる、と。


 何を? なんて尋ねる必要はない。

 最強の魔王が目をかけるだけの価値のある人間ノーマルなのか、をだ。


 僕だって分かっている。前からずっと思っていたが、師匠が魔王城の先々代君主だと知ってからはもっとその思いが強くなっていった。

 あんなド田舎の、才能の欠片もない子供に、師匠は何故自分の角を与えたのか。


 思えば不思議だ。弟子にしてくれたことも、認めてくれたことも、嬉しかったけれど。

 師匠には何の得もない話じゃあないか。


 それでも、僕はあの人の弟子なのだから、誰にも言わせてはいけない。


 ――弟子に角を継がせたのは間違いだったなど、師の選択を過ちだったかのように言わせてはならない。


 もちろん、勝算なしに飛び込んだわけではない。


 僕の聖剣とアイムさんの杖がぶつかる。


 美しき魔人の女性は、この後の激突が楽しみでならないとばかりに、獰猛に笑っていた。

 彼女の瞳に映る僕も、無意識に口の端を上げている。


 僕は杖に刃を滑らせた。

 杖には鍔がないので、このまま刃が走ればアイムさんの指が落ちる。


 彼女は咄嗟に杖ごと押すように聖剣を弾き、僅かに後退。

 同時、彼女の使役する大蛇と火を纏う猫が僕に襲いかかって――こなかった。


「黒魔法――!」


 一瞬遅れてそれに気づいたアイムさんが表情を歪める。

 そう、その二体は俊敏に反転し、本来の主であるアイムさんに攻撃したのだ。


 抵抗レジストは自分の全身から魔力を放出することで、他者の魔力干渉を阻む技術。

 【銀嶺の勇者】ニコラさんと参加したタッグトーナメント予選でもあったように、僕の黒魔法は油断していれば【勇者】の抵抗レジストさえ突破する。


 僕個人を認識している選手たちはともかくとして、アイムさんに使役されている二体の亜獣が咄嗟に魔力を展開するとは思えない。


 実際、黒魔法は成功。

 敵味方の識別を狂わされた大蛇と猫は、その牙と炎で主を襲撃する。


 二体のサポートを前提に後退したアイムさんはまだ体勢が整っていない、この隙を突いて――。


「おい」


 炎の槍だった。

 二体の亜獣が炎の槍に貫かれ、粒子と散る。


 アイムさんではない。

 【炎の槍術士】アミーさんだ。


「飼い主を噛んじゃいかんでしょ」


 人間大の炎という姿のアミーさんは、こちらを見てもいない。

 彼自身は【破壊者】フランさんと戦闘中。


 彼女と戦っている最中に、助太刀する余裕があるのか。あるいは、余裕などなくとも介入せずにはいられなかったのか。直後にフランさんの拳が彼を貫いたところを見るに、後者か。


「……」


「手応えが無いだろ? なにせ、火だからさ」


「生きてるなら、壊れる」


「怖いオチビちゃんだな」


 目論見は外れたが、やることは変わらない。

 僕自身も彼女に再度肉薄する。


 対魔法使い戦の基本は、とにかく接近することだ。

 距離が離れていては、撃たれっぱなしになってしまう。


 どうにか近づいて、『魔力を練り、魔法を構築し、放つ』という工程を邪魔しつつ、直接戦闘能力の低さを突いて倒す。


「考えて動いているのが分かるわ。けれど――」


 しかし、例外もいる。

 【魔法使い】と【戦士】の要素を兼ね備えた【勇者】と、高い身体能力と魔力を持って生まれる魔人。


 たとえ【役職ジョブ】が【魔法使い】でも、アイムさんの身体能力は【黒魔導士】の僕に劣るほどではない。


 僕の横薙ぎの一閃は彼女の杖に防がれてしまう。

 だが、これで失敗ではない。


 アイムさんは有名な魔物ということもあり、僕もよく知っている。

 彼女の最大火力は業界の中でもかなりのもの。

 火属性に限れば上位十人に食い込むのではないか。


 しかし、彼女は加護持ちではない。


 フェニクスが契約している火精霊本体の深奥『神々の焔』はこの世のものならば問答無用で灼き尽くすが、ただ一つ契約者自身は灼かない。

 あいつの炎はあいつを傷つけないのだ。


 それもまた精霊の加護。

 これがない人間は、自分の魔法の影響をモロに受けてしまう。


 つまり、この近距離で僕にダメージを与える魔法を使えば、彼女もまたダメージを受ける。

 至近距離を保つこと自体が彼女の力を封じることに繋がるのだ。


 そしてこの距離で戦っている間、彼女は常に抵抗レジストで大量の魔力を消費する。

 僕の黒魔法を防ぐにはそうする他ないからだ。


「振り切れない……なるほど、接近戦を仕掛けるだけはあるようね」


 アイムさんは先程から距離をとろうとしているが、それは上手くいかない。


 僕の師は一人ではない。

 【刈除騎士】フルカスという剣の師もいるのだ。


 彼女に教わった技術と、彼女が認めてくれた『観察力』を活かせば、本職の戦士ではない者と付かず離れずの戦いを維持することは可能。

 何も圧倒する必要はない。


 もちろん僕には剣の才も無いから、この動きが実現出来るのは徹底した敵の観察――アイムさんの戦いが映った攻略映像の研究――があってこそ。


「……勉強家なのね。そういう子は好きよ」


 彼女も自分の動きが読まれていることには気づいているようだ。


「ありがとうございます」


 膠着状態を彼女が嫌うなら、強引に突破を図るはずだ。

 アミーさんも彼女の配下も優秀だが、こちらには【湖の勇者】がいる。


 年若い少年と侮ることを許さない、圧倒的な強さを持った勇者が。

 他の三人もそれぞれ耐久力は僕以上。


 僕一人に長い時間を掛けること自体が、パーティー同士の戦いにおいて不利に働く。

 必ず動く筈だ。

 そこに対応出来れば――。


『あはは』


 それまで静観していた黒ひよこ・ダークが、楽しげに笑った。


 アイムさんが、自爆覚悟で大規模な火属性魔法を発動したからだ。


 視界が赤に染まる。


「レメさん……!」


「これまたド派手にやってんなぁ」


 レイスくんの心配するような声と、アミーさんの呆れたような声が聞こえた気がした。


 ――想定内。


 亜獣は既に退場し、彼女の指示で四人の配下は敵と交戦中。

 威力を調整すれば、自爆しても巻き込むのは【黒魔導士】レメだけ。

 そして自分は魔人な上、発動タイミングを選べる。

 で、敵は人間ノーマル

 自分が生き残る可能性の方が高いわけだ。


『結構面白いけど、相棒の想像を超えるほどじゃなかったね』


 高密度・高純度の魔力であれば魔法と相殺出来るのはフェニクスとの戦いで証明済み。

 あの時は角の魔力を使ったが、今の僕には聖剣がある。

 タイミングさえ合えば、防ぎ切ることは出来る。


 舗装された地面が捲れ上がり、近くの喫茶店が倒壊し、周囲を炎と煙が包み込んでいる。

 これでも最大出力ではないだろう。


 仲間を巻き込まないレベルに抑えた一撃だと思われる。

 それでも直撃すれば僕の体は即座に消し飛んだだろう。


 煙の隙間から人の姿が覗く。

 アイムさんだ。


 彼女のドレスは焦げ、その身は自分の魔法で火傷を負っている。

 それでも杖を手放さず、魔力反応から僕が生き残っていることを知り、即座に再度魔法を構築。


「聖剣を通したことを考えても、凄まじい魔力。恐るべきは、魔力制御と読みの深さね」


 そう。魔力だけあればいいのではない。

 抵抗レジストが常に魔力を放出し続ける技術であるように、自分の体から離れた魔力を魔力のまま留めておくのはとても難しい。


 魔法という形に変えないと、すぐに世界に溶けて消えてしまう。

 高密度・高純度の魔力でもその基本は大きく変わらない。


 その魔力で魔法を防ぐ行為というのは、聖剣に通した魔力で抵抗レジストするようなものなのだ。

 消費魔力と速度から考えて、垂れ流しなどとても出来ない。


 敵の攻撃が自分にあたる一瞬前か、長くとも数秒前に展開せねばすぐに魔力が枯渇する。

 要求される技術が高く、タイミングもシビアなのだ。


「それだけに、何度も出来ることではないでしょう……!」


 その通り。

 聖剣に流すのは僕が作り出した魔力。

 僕自身の魔力器官を酷使している以上、無尽蔵とはいかない。


 だが――。


 彼女が杖をこちらに向け、巨大な火球を作り出す。

 アイムさんとの距離と魔法の速度とサイズを考えると、避けるのは間に合わない。

 そして、防ぐのも。


 あれだけの攻撃の直後にすぐさまここまで出来るとは、さすがは『南の魔王城』四天王。


 あぁ、だが――。


『相棒の方が、一手早い』


 僕は彼女に向かって走る。

 彼女の火球は、僕の横を通り過ぎていく、、、、、、、、、


「なっ――」


 彼女自身が一番驚いていることだろう。

 【火炎の操者】アイムほどの者が、この状況で失敗するわけがないのだから。


 それでも失敗したのなら、理由は他人にある。

 たとえば、【黒魔導士】の黒魔法、とか。


 彼女の杖を弾き飛ばす。火傷した腕では先程までの防御は不可能。

 続く突きによって、聖剣が彼女の胸を貫く。


「一体……いつ」


『それはね』


「アイムさんの魔法が放たれた時です」


 彼女の目が驚愕に見開かれる。


「――そんなの」


 アイムさんは自爆する寸前に抵抗レジストを切った。

 全身から大量の魔力を放出しながら別の魔法を組むのは至難の技。


 一つの手で二本のペンを操って同時に文字を書くような。

 だから、抵抗レジストが解かれる可能性が高いと踏んだ。


 僕はその一瞬を突くために魔法を練り、当てただけだ。


 彼女の空間認識能力が『混乱』で歪み、僕の位置を実際より右だと誤認したまま狙いをつけてしまったのだ。

 魔法は彼女の間違った狙いに向かって飛んでいった。


『予想出来なくて当然だよ。君がやらなかったことを、相棒はやってのけた。最適のタイミングで魔力を放出しながら、同時に最適なタイミングで魔法を発動する。驚きだよね』


 本来ならば師匠に貰った力を僕がどれだけ扱えるかを見せるべきなのだろう。

 しかし少なくとも今、それは出来ないしするつもりはない。


 だからせめて、僕なりに示したつもりだ。

 僕はあの人に多くのことを教わった――【黒魔導士】です、と。

 角だけが、師匠にもらったものじゃないから。


 退場の寸前、アイムさんが呟いた。


「……四位でも低すぎる、、、、くらいね」


 それは、僕の力を認めるような言葉。

 少なくとも、あの人の弟子として不適格ではないと判断されたということ。


「……ありがとうございます」


 彼女の体が魔力の粒子に変わる。


『相手に全力を出させないで勝つ。【黒魔導士】らしい勝ち方じゃないか』


 そう、互いに全力を出し切っての戦いはもちろん素晴らしいが、それだけが戦いではない。

 真剣勝負だからこそ、自分の有利な状況で敵の不利を突くことも重要。

 そもそも黒魔法自体がそういうものだ。


 最初の接近を許した時点で、アイムさんの最も得意とする魔法のほとんどが封じられたのだ。

 僕の方は距離にかかわらず黒魔法を扱える。


 【魔王】ルキフェルの後継が相手ということで、彼女にも思うところがあったのだろう。

 今回はなんとか勝てたが、あれが彼女の力の全てとは思えない。


 仲間を振り返ると、あちらも決着が近いようだった。



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