第236話◇飛んで火を斬る黒魔導士

 



 【魔王】ルキフェル。


 今でこそ【火炎の操者】アイムを名乗り、『南の魔王城』四天王にまで上り詰めた自分だが。

 あの御方、、、、とお言葉を交わしたことは、一度もない。


 それどころか、わたくしのことなど視界にも入らなかったことだろう。

 ダンジョンと言えど、今の時代一つの会社に過ぎない。

 社長と平社員が言葉を交わさないと聞けば、大して驚くことでもないか。


 しかし、あの御方はそういった上下関係にすら無関心だった。

 わたくしが彼の視界に入らなかったのは、そこまでの価値が無かったからだ。


 意識を向けるほどの脅威たりえなかったからだ。

 敵も味方も関係ない。


 『こいつは強い』と、魂を揺さぶるような境地。


 彼に認識される為には、少なくともそこに至らねばならなかった。


 今回、この全天祭典競技の最終戦には『旧魔王軍』が待ち受けているという。

 しかしその人数はとても軍と呼べる規模ではない。


 その理由を聞いて、わたくしは納得してしまった。


 あの御方が名前を覚えている、、、、、、、、部下のみが召集されたのだ。


 そのような在り方であっても、呼ばれた者はみな応じた。

 そして呼ばれなかった旧魔王軍の面々も、あの御方への畏敬の念は些かたりとも薄れはしないだろう。


 そういったことが許される存在というものは、いるのだ。


 あの御方は強かった。とても、とても、強かった。比肩する者など想像するのもおこがましいくらいに。

 そして、それで充分だった。


 一般人の中には、この時代に強さなど追い求めるなど馬鹿らしいと吐き捨てる者もいる。

 平和な時代になったのだから、もっと生産的なことに精を出せと笑う者もいる。


 まったく以ってその通りだ。貴方がたはそのように生きればよろしい。


 我々は馬鹿だから、強い者を見ると惹かれてならないのだ。

 我々は馬鹿で幸運だから、この時代に生きる最強の存在を崇めずにはいられないのだ。

 我々はどうしようもなく馬鹿だから、少しでもその境地に近づきたくて努力をやめられないのだ。

 

 【黒魔導士】レメを見た瞬間、気付きと疑問を得た。


 あの御方の匂いがする。

 ほんの微かではあるが、あの御方が側を通り過ぎる時に感じた気配と、同質のもの。


 しかし、何故?


 冒険者や視聴者には彼らの評価基準や価値観がある。第四位に至った高位の【黒魔導士】が冷遇され、パーティーを半ば強引に脱退させられても、それに対してあれこれ思うことはしない。


 しかし、人間ノーマルからあの御方の気配がするとなれば別だ。


 わたくしの勘が致命的に鈍っているのでなければ、それの指すところは――継承。


 再び表舞台に姿を現した最強の【魔王】は驚くべきことに――片角だった。

 今、世界中が継承者は誰かと日々意見を交わしている。


 彼、なのか。


 分からない。

 彼がたとえ世界で一番優秀な【黒魔導士】だとしても、それが直接的な角を継がせる理由になるとは思えない。


 あの【魔王】ルキフェルが、強き者以外に興味を持たず、己の城さえ突然に捨てたあの御方が、一人の人間ノーマルを継承者に選んだのなら、その理由は一体なんなのか。


 いつ出会い、いつ継いだかは分からない。

 だが少なくとも【黒魔導士】レメは、あの御方の視界に入ったのだ。


 実の息子や孫にさえ渡さなかった角を、いかなる手段を用いたのか、人間ノーマルに渡した。


 あの御方がそれに値すると考えたのならば、その判断は疑うまい。

 しかし、知りたいという欲求も捨てられない。


 あぁ良かった。

 矛を交える以上に相手を深く知る方法を持たない、馬鹿な生き物に生まれて本当に良かった。

 今こうして彼と戦う機会を得られて本当に幸運だ。


「さぁ【黒魔導士】レメ、わたくしに貴方の力を見せ――」


「え、えいっ……」


 可愛らしい声と共に看板が飛んできた、、、、、、、、


 ただ落ちてきただけでも、一般人なら大怪我を負いかねない大きな看板だ。

 一つ目の半巨人。【鉱夫】メラニア。彼女が店のそれを外し、投擲したのだ。


「ぷぷっ、良いところで邪魔が入っちゃいましたね」


 【炎の槍術士】アミーはなんというか、炎そのものだ。


 人間の男みたいな形をしていて、背中からは妖精の羽根のように炎が噴き出している。

 手には炎の長槍。


 本人は炎の精を自称しているが、妖精とも精霊とも違うらしい。

 炎を司るというより、炎そのものが意思を持ったような存在なのだ。


 前に偶然見つけて、以来こき使っている。

 常に上司である自分に舐めた態度で接するが、実力は確か。


「打ち払いなさい」


 生意気なくせに従順なのだ、この男は。


「炎遣いの荒い炎使いだこって」


 アミーはそうぼやきながらも槍を振るう。


 炎の槍は伸び、看板を貫き、彼が槍を横に振るうのに応じて軌道を変える。

 業火に包まれた元看板は、地面に落ちる頃には灰と化す。


 しかしわたくしがそれを見届けることは無かった。

 アミーが笑う。


「はっ、『飛んで火に入る』ってやつかな」


 そう。

 飛んでいた。実際は投げられたのだろう。


 おそらく【破壊者】フランの手によって。

 【黒魔導士】レメが看板の影に隠れるようにしてこちらに飛んできていたのだ。


 驚きはしたが、対応は可能。


「少し熱いわよ、その身を焦がすくらいにはね」


 わたくしの持つ『自縛の杖』は、特殊な魔法具だ。


 単に強い力を与えてくれるものではない。

 杖に立てた誓いを守る期間が長いほど、その維持が己にとって困難であるほどに、魔法攻撃力を底上げしてくれる。


 立てた誓いは『火属性以外の魔法を使わない』というもの。


 精霊契約者でもなければ、【魔法使い】の適性持ちは基本複数の属性に手を出すもの。

 さすがにランク第二位【先見の魔法使い】マーリンほどの者はいないが、得意属性はあっても一属性のみしか扱えない者は少ない。


 誓いを守り続けた期間は――二十余年にも及ぶ。

 単純な火力だけで言えば、ランク第一位【紅蓮の魔法使い】ミシェルにも劣らない。


 看板による目眩ましと自ら仲間に投げてもらうという奇策、彼自身の魔力隠匿能力によって急接近は叶ったが、それまで。


 このままでは、わたくしが放った『火球』によって彼の身は焼失する。

 さてどうくる。


 わたくしの言葉が遮られた直後から他の部下も動き出している。

 【白魔導士】ヨスのサポートで『火球』に耐えられるほど魔法防御を底上げ出来るか?

 あるいは【湖の勇者】レイスが何かしらの水属性で助力するのか。

 【鉱夫】メラニアや【破壊者】フランが庇うのは距離と彼女たちの速度からして無理。

 では――。


「そうですね、少し熱い」


「……そう。そうくるのね」


 斬った。

 彼の聖剣が振り下ろされ、真っ二つに断たれた『火球』は彼の真横を通り過ぎ、やがて消える。


 ランク一位【サムライ】マサムネはカタナで魔法を斬るが、あれとは違う。

 おそらく試合開始直後から聖剣に流し、溜めておいた超高密度・高純度の魔力を瞬間的に放出したのだ。


 一流の魔力出力と魔力操作能力、そこに聖剣の性能があれば技術的には可能。

 恐るべきは、直前までその膨大な魔力を一切感じなかったことだ。


 なるほど、彼の実力に多くの者が気づかないわけである。

 これだけ上手く魔力を隠せる者はそういない。


 いかにして二十そこらの青年がこんな技術を身につけるに至ったか興味をそそられるというものだ。


 彼の動きは止まらない。

 まるで狙いすましたように、落下中の彼の足元に足場が形成される。


 氷の坂だ。【湖の勇者】レイスによるもの。

 【黒魔導士】レメ自身もそれを当たり前のように滑り下り、勢いそのままこちらに迫る。


「けど、あいつの炎ほどじゃあない」


 あいつ?

 あぁ、そうだ。彼は【炎の勇者】の幼馴染なのだったか。

 映像板テレビから入ってくる程度の情報でも分かる。


 脱退後も交流は絶たれていないようだ。

 それどころかタッグトーナメントでは応援に駆けつけたりなど、仲が良い様子。


「そう、それはごめんなさいね」


 彼の斬撃を杖で受け止める。魔法具は並の魔法や武具とは違う。そう簡単には破壊されない。

 互いの得物越しに目が合う。


「けれど、敵を燃やすには充分だと思うわ」


「どうでしょう」


 随分とまぁ、戦士の顔をしているではないか。

 そしてきっと、自分も似たような顔をしていることだろう。



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