第235話◇愛しき貴方は私の敵




 そして、その日がやって来た。


 僕らは再び『初級・始まりのダンジョン』に来ている。

 もちろん祭典参加のためだ。

 このダンジョンの一部は、祭典競技のために貸し出されている。


 入場前の僕らレイスパーティーの耳にも、元気な実況の声が聞こえてくる。


『さぁさぁさぁついにこの日がやってきました! 全天祭典競技の本戦がこれより始まります!』


『本戦は三段階に分かれています。まずこの第一段階! 五百組のパーティーを百組まで減らします!』


『続く第二段階はトーナメント制! 幾つかのブロックに分かれ、パーティー対パーティーの戦いが繰り広げられます!』


『各ブロックでトップの成績を収めた方々だけが第三段階――伝説との戦いに挑戦することが出来るわけです!』


『最終段階である第三段階で待ち受けるのは「不敗の絶対君主」【魔王】ルキフェル率いる、旧「難攻不落の魔王城」魔王軍と!』


『元第一位【不屈の勇者】率いるアルトリートパーティーです!』


『かつて冒険者・魔物の両側から世間を大いに沸かせた二つの集団が手を組み、この時代の最強を迎え撃ちます! 果たして、挑戦者の座を掴むのはどのパーティーになるのか!!!』


『と、いうわけで! まずはこの第一段階のルールを説明いたします……!』


 とは言っても、今回は予選と比べるとかなりシンプル。


 まず、参加するのは一回の試合で五パーティー。

 時間制限はなし。

 フィールドに同時に放たれ、戦い、最後に残っていたパーティーだけが第二段階に進める。


 というもの。


 参加パーティーがグッと減ったことで、視聴者的には見やすい画面になることだろう。


『――というルールになります!』


『それではそろそろ選手入場と行きましょう!』


 僕らが呼ばれるのは、確か四番目だ。


 最初は冒険者ランク第百三十位パーティー。百位以内でこそないが、このあたりになってくると実力が確かな者達しかいない。


 二番目はある【役職ジョブ】だけの者で固まった異色のパーティー。


 そして三番目は――。


『次は「南の魔王城」四天王【火炎の操者そうじゃ】率いるアイムパーティー! 予選獲得ポイントは「880」です! 同じく火属性使いである【炎の槍術士】アミーを含む同ダンジョンの魔物達と共にステージに登場しました!』


 歓声が聞こえてくる。


「そしてお次はこちら! 【湖の勇者】率いるレイスパーティー! 予選獲得ポイントは「1150」と単純計算で百十五人倒したことになりますね!』


『実際はサポートによるポイントもあるので、退場させた選手の数はそれ以上でしょう! 第四位パーティーから脱退したのち、タッグトーナメント優勝やオリジナルダンジョン調査への参加など活躍の場を広げる【黒魔導士】レメ選手をブレインに、多彩なメンバーが揃っています』


 【破壊者】フラン、【白魔導士】ヨス、【鉱夫】メラニアと紹介が続く。


「ブレイン、いいね。俺も使おっと。よろしくね、我がパーティーのブレインさん」


 レイスくんがニマニマしながら言った。


 ヨスくんがうんうんと頷き、メラニアさんが「ぶれいん……レメさんにぴ、ぴったりだと……思います」と言ってくれて、フランさんは普段通り無表情のままだった。


 なんだか照れくさい。


「こちらこそよろしくね、我がパーティーのリーダーさん」


「あはは、任せといてよ。俺たちはみんな強い。だから勝って、次に進もう」


 今回のステージは、予選とは趣が異なるものだった。

 前回が自然をイメージしたものだったのに対し、今回は人工物。


 より具体的には、『初級・始まりのダンジョン』があるこの街をイメージしたステージなのだ。

 街全体とは言わないが中々に広大で、複数パーティーが激突するだけのスペースは充分ある。

 魔王城の第二層なんかも街をイメージして創られているが、どうにも不思議な感じがする。


『さぁ全てのパーティーが出揃いました! それでは全天祭典競技本戦・第一段階――開始です!』


 話している間に五番目のパーティーの紹介も済んでいた。


「ブレイン・レメさんの立てた作戦ってなんだっけ?」


 覚えているだろうに、レイスくんが言う。


「……一番近い敵に仕掛ける」


 彼は嬉しそうに笑った。


「いいなぁ、俺好きだよその作戦」


 ここにいるのは、予選をくぐり抜けた者達。

 最後に残っていればいいからと、ギリギリまで戦いを避けるような者はいない。

 積極的に戦いに向かい、ぶつかり合うだろう。


 各パーティーの情報と、ぶつかった際の戦い方はパーティー内で共有済み。

 ならばその順番など気にする必要はあるまい。


 ステージ情報だけギリギリまで不明だったので、そこだけ調整する必要があるが。


「……あれ、随分と余裕ぶってるやつがいるみたいだね」


 レイスくんが言う。

 魔力反応で気づいたのだろう。僕も気づいていたので、頷く。


 大通りに面した喫茶店のテラス席だ。


 ――あ、前にニコラさんとカシュと一緒に行ったお店じゃないか。


 なんてことを一瞬思う。


 なんと、そこの椅子に腰掛けている者がいた。


 周囲から丸見えで、たとえば建物の屋上などの高所から狙い撃ちも可能なほど。

 通り道に選ぶには条件が悪いような、そんな場所で立ち止まるどころか座っているのだ。


「あいつらが一番近いけど?」


「そうだね、作戦に変更はなしだ」


「よしっ」


 僕らもまた、堂々と姿を現す。


「あら、来たようね」


 魔人の女性だ。


 ワインレッドのさらさらした長髪、同色の瞳。業界歴を考えると三十の半ばを過ぎたあたりだが、十代半ばの少年なら顔を合わせただけで真っ赤になってしまいそうなほどの美貌を誇っている。


 魔物においては珍しく顔を隠さない人で、その冷たい視線に射抜かれたいというファンも多い。

 血で染めたような色合いの、ドレスめいた衣装に身を包んだ彼女は――『南の魔王城』四天王の一人――【火炎の操者】アイム。


 その両耳には星を象ったイヤリングが下げられ、手には杖。

 その杖は蛇がまとわりついたようなデザインで、蛇の頭部がある先端部分は常に燃えている。


 彼女の正確な【役職ジョブ】は不明だが、【魔法使い】と【調教師】両方の適性があるのは確か。


 足元には大蛇が、肩には猫が乗っている。猫の方は、耳と尻尾が燃えていて普通の猫ではない。


「そこで座っててもお茶は出てこないんじゃない?」


 レイスくんが声を掛けた。


「そうね、坊や。けれどそれでいいのよ。待っていたのは紅茶ではなくて、敵だから」


「探しに行くまでもないって? 強気だね」


「強いのよ。わたくしを知らないのかしら」


 彼女の周囲には【炎の槍術士】アミーを含むパーティーメンバーの姿もある。


「知ってるよ。これから俺たちに負ける人でしょ」


 アイムさんの視線が一瞬、細められる。

 子供ならそれだけで失禁しそうな眼光。


「貴方こそ、強気ね」


「強いんだよ。知らないなら、これから教えてあげようかな」


「可愛い坊やだこと。楽しみだわ……と言いたいところだけど、先に気になっていることを聞いてもいいかしら」


 彼女の視線が、僕に向いた。

 その視線の鋭さは、先程までの比ではなかった。


「……【黒魔導士】レメだったわよね。貴方から何故――あの御方、、、、の匂いがするわけ?」


「――――」


 その言葉に、思い当たるのは一人だけ。


 これは、彼女に詳しい者ならば知っていることなのだが。


 アイムさんはまだ無名の若い頃、『難攻不落の魔王城』に勤務していた時期がある。

 だからそう、知っているのだ。


 僕の師匠のことを、直接。


 以前、ランク第一位【嵐の勇者】エアリアルさんは言っていた。

 僕と会った時、【魔王】ルキフェルの気配を感じた気がした、と。


 彼ほどの実力者なら、かつて戦った師匠の角の気配を僕に感じたのも分かる……と思ったものだが。

 しかしそういった例外を除けば、一流と言われる者達でもそうとは分からない筈のものなのだ。


 きっと僕に角を定着させる時に、師匠が色々やってくれたのだと思う。


『あぁ、相棒の中の角ね。懐かしい術式沢山使って、巧妙に偽装されてるよ。愛されてるね』


 黒ひよこのダークが現れて言う。


『気づくやつが例外なんだよ。なんだろね、第六感的な? 術式は完璧だから、それこそ勘でしかないと思うんだけど。その子も、匂いとか意味分からないこと言ってるし』


 日常にはあまり興味がないのか出てこなくなったが、予選といい戦いになると現れる。タイミングからして、一応常に僕を見てはいるのか。


 古の術式を使ってまで、師匠は人間の僕に角を継承させた。

 そういったものを越えて、師匠の片鱗を僕から感じたのか。


 エアリアルさんの場合は、レイド戦で師匠に負けたことを今でも悔しく思っているようだった。

 アイムさんが元部下だとすれば抱いている感情は――畏怖や尊敬、だろうか。


「まさか……まさか貴方、貴方が、、、――」


 そこまで言って、アイムさんは首を揺すった。


「いえ、よしましょう。言葉ではなく、戦いで確かめれば済む話だものね」


 僕にとっては幸いなことに、彼女はそれ以上を言葉にしなかった。

 代わりに、強い戦意を感じる。


「戦いましょう。最後には我らが赤き炎で、優しく葬ってあげる」


「そうだね、戦おう。最後には……えー、なんかそういう格好いいの考えてなかったや。とにかく、退場させるよ」


 互いのリーダーの言葉を開始の合図として、僕らは動き出す。


 ◇


 私の前で、一人の男が干乾びたところだった。

 両腕を断ち切ってから、私の使役する吸血蝙蝠に魔力を吸わせたのだ。


「く……そ、吸血、鬼ッ……」


「そうよ、人間ノーマル。それがどうかしたのかしら」


 魔力体アバター衣装のドレスに身を包んだ私は、枯れ木のようになった敵が魔力粒子と散るのを一瞥し、豚……部下の様子を確認する。


 よくないよくない。あの方から預かった者もいるのだから、一括りに豚呼ばわりは控えなければ。


「カーミラ様、ご命令通り片付けました」


 目を包帯で覆っているラミアの女性は【魔眼の暗殺者】ボティスだ。


 鱗も長い髪も真っ白で、肌さえも白い。

 レメゲトン様直属の配下だが、今回は許可を得て私のパーティーに迎え入れた。


「えぇ、よくやったわ」


 彼女は見事に敵の背後を突き、心臓をナイフで貫いた。


「はっ」


 普段はあまり話すのが得意ではなさそうな人なのだが、魔力体アバター状態だと言葉少なではあるが意思疎通に問題はない。


「くっ……出遅れましたわ……! 女王様! わたくしも! 貴方様の愛の下僕であるわたくしもたった今敵を討滅したところです……!」


 【串刺し令嬢】ハーゲンティだ。

 彼女も普段と口調が違い、魔力体アバターだと幾分丁寧。


 とはいえ、性格はどちらも共通。

 模範的な豚だ。


「見ていたわ。それで? 私に褒めろとでも?」


 焦らした方が効果的と分かっているので、そうする。


「~~~~っ……! い、いえ! 二番目に甘んじたわたくし如きにお褒めに授かる名誉など相応しくないかと!」


「そうね。褒美が欲しければ、最終的な勝利に貢献なさい」


「はい……!」


 他の配下も少し遅れてから戻ってくる。


 百三十位ともなると甘くはない。

 吸血鬼の身体能力を活かして一対一を五つ作るところまで持っていき、各個撃破を狙った。

 それは成功したが、私達三人以外はそれなりのダメージを負ったようだ。


 吸血鬼の再生能力で見かけ上は無傷同然だが、再生にも限度がある。

 とはいえ想定内だし、パーティーでの行動に支障は無い。


「これで残る敵は三パーティー。レイスパーティーとアイムパーティーが激突したとのことですが、どう致しましょう?」


 ハーゲンティが言う。

 今すぐ介入して、あの人に加勢したい気持ちもある。


 しかし、それはしない。

 今の私達は参謀と四天王ではない。


 彼はかつて言ってくれた。


 自分に対し、ライバルだと言ってくれた。


 そして今、私達は敵同士なのだ。

 勝敗を競う者同士。


 ならば――。


「まず浮いた一パーティーを狩ることとしましょう。その後で、まだ彼らが戦闘中であったのなら、堂々と割り込むのみ」


「承知いたしました。全ては女王様の言う通りに」


 配下がみな、頭を下げた。


「ところで女王様、どちらが勝つとお思いで?」


 ハーゲンティの言葉を、私は無視した。

 彼女は嬉しそうに震えている。


 答えるまでもない。

 それでも敢えて、何かを言うのであれば。


「……彼と戦うのは、今日で二度目ね」


 誰にも聞こえないくらいの小さな声で呟く。


 一度目は、彼がまだフェニクスパーティーにいた時だった。

 第三層のフロアボスである私は、彼の黒魔法の恐ろしさを身を以って体感したのである。


 私は世界で一番、彼を高く評価している自負がある。


 ……なにやら【炎の勇者】とか【銀嶺の勇者】とかお会いしたことはないが魔王様のお祖父様とか色々な言葉が脳裏をよぎるが、無理やり抑え込む。


 そう、私が世界で一番彼を高く評価している……!


 それでも、いやだからこそ、本気で戦い、勝利を目指す。

 我々は互いに最終戦を目指しているが、先へ進めるパーティーは一つのみ。


 彼がどれだけ師との戦いを強く望んでいるかは、すぐ近くで見てきたのだから知っているつもりだ。


 だからと言って手を抜くなんて愚かな真似は出来ない。

 それこそ彼への侮辱だし、真剣勝負をこそ彼も私も望んでいる。


 彼は私の恩人で、仲間で、添い寝フレンドで……そして、ライバルだ。


 この日に限り――敵でもある。


 ならば【吸血鬼の女王】カーミラとして、全霊を以って戦うのみ。



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