第234話◇犬耳家族とレメゲトン
全天祭典競技は、最強を決める戦い。
とはいえ一対一を途方も無い回数繰り返していくわけにもいかないので、まずパーティーでの参加となる。
それでも参加希望者が多すぎるので、世界中から集まった者達を予選で五百パーティーまで絞る。
これでも人数としては二千五百人である。
本戦の内容はまだ明かされていないが、『伝説の強者たち』が待つ最終戦に挑めるパーティーは、おそらく極少数。
レイスパーティーの【黒魔導士】レメ。
これが今の僕。
このパーティーで、この仲間で、僕は師匠との戦いに臨むつもりだ。
本戦に進んだ者の中には、尊敬する先達や、親友率いるフェニクスパーティーや、レメ・レメゲトン両方で知り合った様々な人達がいる。
レメゲトンにとっては仲間である、『難攻不落の魔王城』の魔物たちも。
けれど、誰もが最終戦に残る……なんて未来はない。
いずれ、彼ら彼女らを倒して進まねばならない時が来るだろう。
そしてその時とやらが訪れるのは、そう遠くない。
そんな予感があった。
……なんてことを考えながら朝の道を往く。
早朝にレメゲトンの配下三人とランニングをして、一度部屋に戻ってミラさんと朝食をとり、それからカシュを迎えに行く。
なんだか久しぶりな気がするが、これが僕の朝。
二階建ての集合住宅の一室に、カシュとその家族は住んでいる。
ノックすると、カシュのお母さんである――ヘーゼルさんが出迎えてくれた。
カシュがこのまま健全に年を重ねたら、いずれこうなるのだろうかと思わせる綺麗な人だ。
「あらレメさん、おはようございます」
「おはようございます、ヘーゼルさん」
ヘーゼルさんは優しげな微笑で迎えてくれた。
そのまま玄関に上がると、四人きょうだいの中で唯一の男の子――ナツくんが駆け寄ってくる。
「くらえレメ……! えんじんのふんげき……!」
彼が持っているのはフェニクスの聖剣――の、玩具だ。
有名な冒険者の装備が商品化されるのは珍しくない。
フェニクスの聖剣も、実物大のレプリカや子供用の玩具が何種類か出ている。
その昔、フェニクスパーティーの衣装が発売! って企画で僕のローブも作られたが、他の四人の衣装よりも遥かに少ない生産数だったのにも関わらず在庫が余ったようだ。
だがどういうわけか、二年くらい前に大量注文が入ったと連絡を受けた。
どうやら一人のお客さんが沢山買ってくれたようなのだ。
一体誰なのだろう、いまだに謎である。
時期的に、ミラさんと出会った少し後くらいなのだけど。
まぁいいか。
今ナツくんが持っているのはフェニクスの聖剣の最新タイプで、この前あいつが持っていたサンプルを貰って、それを先日ナツくんにプレゼントしたものだ。
ナツくんが気に入ってくれたようで良かった。
『炎神の憤激』って周囲を焦土に変える精霊術なんだけど、僕にそれを放ったようだ。
死んじゃうよ……。
「ぐわー、やられたー……」
取り敢えず苦しんだふりをして、床に膝をついてみる。
ナツくんはすごく嬉しそうな顔をした。
「かった……! これでわがやはまもられた……」
僕、家の脅威なの……?
「こらナツ、レメさんに失礼でしょう」
ヘーゼルさんが嗜めるように言う。
「ふふっ、ナツってば最近ずっとそれで遊んでるんですよー。うち玩具とかあんまないから、嬉しかったんだと思います」
キッチンでてきぱきと動きながら言うのは、カシュの姉であるマカさん。
十二歳である彼女は既に【
【料理人】となったマカさんは、お母さんの知り合いが務める料理店で修行の身なのだとか。
同時に、一家の料理担当でもある。
「れめしゃーん」
立ち上がった僕の足に抱きついてきたのは、ナツくんの双子の姉であるミアちゃん。
舌っ足らずな喋り方が可愛い。
「かわいい? かわいい?」
ナツくんにだけ贈り物というのはどうなのかと思い、ミアちゃんにも玩具を見繕ったのだ。
【銀嶺の勇者】ニコラさんが『白銀王子』の時につけている、小さな王冠――を模した玩具だ。
「とっても似合ってるよ」
すると、ミアちゃんはにぱーっと輝かしい笑みを浮かべた。
双子の相手をしつつ、食卓へ向かう。
ふと視線で秘書を探すと、マカさんの料理をテーブルに運びながらちらりとこちらを見ていた。
「カシュ、おはよう」
僕と目が合うと、カシュが綻ぶように笑う。
「おはようございますっ、レメさん」
「いいなー、おちびの二人はレメさんに贈り物されちゃってなー。あたしもレメさんに可愛いものとかプレゼントされたかったなー」
マカさんは絶妙に甘えるような声を出して言う。
ヘーゼルさんが困ったように額を押さえた。
「マカ、あまりレメさんを困らせないの。それに素敵なお土産を頂いたでしょう?」
子供には玩具というところまではパッと思い浮かんだが、そこで僕は悩んだ。
カシュはまだ【
【
十二歳のマカさんが貰って嬉しいものなど分からない。
そもそもみんなのお母さんであるヘーゼルさんだけ何も無しというのも変なのか……?
というわけで、僕は無難に食べ物にしたのだ。
「えー、あれも美味しかったけどー。やっぱ形に残るものだと嬉しいっていうかー。ねぇ、カシュもそう思わない?」
カシュがびくっと震える。
「えっ、わたしは、そんな……」
「そんなこと言って、ミアのこと羨ましそうに見てるの知ってるんだからね?」
「お、お姉ちゃん……!」
頬を膨らませて、慌てたような声を出すカシュ。
顔を真っ赤にして僕を見る。
「ち、違いますからっ。今のはお姉ちゃんが、かってに、その……違うんです……」
ついには俯いてしまうカシュ。
「わ、我が妹ながらなんて甘え下手なの……」
料理の済んだマカさんが、よーしよしと妹の頭を撫でる。
カシュはちょっと抵抗したが、やがて諦めた。
――なるほど。
秘書の様子からあることを確認した僕は、一つ決める。
だがまずは――食事だ。
みんなで席につく。
カシュのお家で変わったことがある。
『世界各地で大盛り上がりを見せた全天祭典競技予選ですが、今日はこれまでと違った視点から見てみようと思います』
そう、
僕がオリジナルダンジョン攻略に挑んでいる間も、カシュは魔王様つきのお手伝いとして仕事を続けていた。
マカさんも修行中の身とはいえ給料が出ているというし、ヘーゼルさんも働いている。
少し余裕が出てきたとのことで、家族みんなで欲しかった
ついつい手が止まりがちな双子をマカさんが注意したりがありながら、食事の時間が進む。
『「十三人の騎士団長」が率いる十三のパーティーですが、予選を通過したのは十二パーティーとなっています。予選で脱落してしまったパーティーは一体誰に負けたのか気になる方もいるでしょう』
『こちら御覧ください。……そうです! 「5000ポイント」の試合で「難攻不落の魔王城」君主ルシファーの黒炎に灼かれていたのです!』
『他の予選で騎士団長の強さは充分世に広まりましたから、なおのこと驚きです。レイド戦で初めて姿を見せた現魔王ですが、かつての君主であるルキフェルにも劣らぬとばかりの大規模魔法で世界を震撼させました!』
カシュが尊敬の眼差しを画面に向けている。
「れめしゃんでないのー?」
ミアちゃんがちょっと不満げに言った。
「レメさん格好良かったですよねー。てきぱき指示出して、自分も戦って。それで一位取っちゃうんですから。とーっても、素敵でしたよー?」
マカさんがニマニマしながら言う。
「あはは、ありがとう」
「あすとれあ強かったな……! ふぇにくすとどっちが強い?」
「次に戦ったら、フェニクスのやつが勝つよ。きっとね」
ナツくんの言葉に答えると、「うおー!」と興奮した様子。
『さてお次は「何故? 有名なあの人が祭典不参加!」です。現役の冒険者から異国の戦闘職まで様々な実力者が参加した祭典競技予選ですが、どういうわけか姿を現さなかった者もいます!』
魔王城のフロアボス&副官魔物も全員参加ではないし、それは東西南北の魔王城や他のダンジョンでも同じ。
また、冒険者の中にも参加しないパーティーがいた。
高名な武闘家がインタビューで「パーティーという構成で挑まねばならないというルールが気に入らない」と答えている映像をぼんやり眺めていると、次に映し出された映像に僕は驚く。
カシュも「あっ」と声を上げた。
『さて、不参加を嘆かれる実力者といえばこの方でしょう! フェニクスパーティーの無敗記録を破り、「初級・始まりのダンジョン」が「全レベル対応ダンジョン」と化した際に一瞬出現しニコラパーティーなどの冒険者を撃破! 更にはレイド戦でエアリアルパーティー、ヘルヴォールパーティー、スカハパーティー、【湖の勇者】レイス&【破壊者】フランという強者揃いの集団を配下と共に迎え撃ち、難攻不落の名を見事守り切ったこの男――魔王軍参謀【隻角の闇魔導士】レメゲトン……!』
「…………」
思わずフォークを落としそうになる。
嘘ではないけれど、そんな情報を盛りに盛った紹介をされるなんて……。
『魔物には珍しくありませんが、プライベートは謎に包まれています。第十層に到達したのもフェニクスパーティーが初めてなので、いつから勤務しているかも不明! 何故角が一本なのか! 年齢は幾つなのか! あまりに強い契約魔物たちとの繋がりや、それを召喚出来るだけの魔力! 単なる【黒魔導士】とはとても考えられない戦果! 巷では【魔王】持ちではないかとの噂が囁かれています! 彼は何故この全天祭典競技に参加しなかったのか!』
『気になっている方も多いでしょう。私共は今回、難攻不落の魔王城へ問い合わせてみました』
え、聞いてませんけど。
いや、もちろんそういう担当の人がいるのだけど。
受け付けに猫耳の亜人さんがいるように、職員がみんな防衛に出てくる魔物というわけではない。
『結果、「我が魔王軍参謀は、必要な戦いに現れる」とのこと! これはどういうことなのか!』
『幾つか受け取り方がありますよね。祭典競技が、レメゲトン氏を必要とするほどの戦いではないと考えているか。あるいは何者かの召喚術で出場するのか。もしくは――』
『既に一般人として予選に挑み、突破しているかですね!』
『その場合、どこかのタイミングでレメゲトンであることを明かすのでしょうか?』
『いやはや、正直期待以上の情報でしたね! レメゲトン氏の戦いを実際に目にする機会があるかもしれない、ということですから』
その後も
食後。
僕とカシュは揃って家を出る。
しばらく並んで歩いていると、カシュの方がそっと手を掴んできた。
僕が握り返すと、安心したように微笑む。
「さんぼーは、さんぼーとして祭典競技に出る、出られる、ですか?」
「あぁ、それか。うーん、そうだね。その方法は、あるよ。あとでちゃんと説明するね」
「は、はいっ」
「それよりもカシュ。さっきの話だけど」
「さっき?」
「うん。ナツくんとミアちゃんの玩具の……」
そう言うと、カシュの顔がぼっと赤くなる。
「で、ですから、あれはお姉ちゃんの意地悪で……うぅ……」
「正直、僕も色々悩んでさ。カシュは何を喜んでくれるんだろうとか考えたりもしたんだけど、僕そういうの得意じゃなくて」
ぴくり、とカシュの耳が揺れたのが分かった。
「それでね。最近僕は色々移動も多くて、優秀な秘書を一人にしちゃってるし、それでもカシュはすごくよく働いてくれてるって聞いてるし。お詫びとお礼というか、なんだろう、ボーナス?」
「ぼーなす」
「そう、何か贈らせてもらえないかなって。お土産のやり直しってことでもいいし」
実を言うと、僕も気づいていたのだ。
玩具を喜ぶ双子を微笑ましげに眺める姉の顔に、ちょっと羨ましがるような子供の顔も滲んでいると。
「そ、そんなっ、わたしは全然っ……」
「もちろん、カシュが嫌でなければだけど」
「いやだなんて、思うわけない、です……」
「そっか。じゃあ今度の休みにでも一緒に色々見て回ろうか」
「……ごめいわく、じゃないですか?」
カシュは不安げな顔で僕を見上げた。
最近忙しなく動き回っているので、気を遣われているようだ。
「それは僕のセリフだよ」
そう言うと、ようやくカシュは溢れるように笑ってくれた。
「はいっ、それじゃあ、えと。よろしくお願いします……!」
僕らは和やかな雰囲気で魔王城へ向かう。
そしてその日、予選通過者に通達があった。
それは幾つかに分けられる本戦の一つ目、その内容と――対戦相手。
その相手とは――。
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