第143話◇テレビの勇者と、目の前の吸血鬼

 



 レイド戦は映像板テレビ放送だ。


 そして当然、攻略を捉えた全てのカメラの映像や、録音された全ての音声を使用するわけにはいかない。

 映像が攻略動画という作品になるまでには様々な苦労があり、相応の時間を要する。

 視聴者が第一層攻略を観たのは、第二層の攻略が終わった頃。


 そのあたり、テレビに出るような役者さんと似ているかもしれない。

 ドラマの撮影と放送までには開きがあるのと同じだ。


『いやぁ、それにしても大活躍でしたね……!』


 リビングの映像板テレビには、レイスくんが映っている。

 朝のニュースに第一層の攻略が取り上げられ、実際に参加したメンバーの内、スカハパーティーとレイスくんが出演している。


 ご本人達に話を伺ってみましょう……的なアレだ。

 スタジオに用意された椅子に、それぞれが腰掛けている。


『ありがとう』


 レイスくんはニッコリと微笑む。


『当初は不安の声もありましたが、そういった方々の懸念を吹き飛ばす、実に素晴らしいご活躍でした……! 冷静かつ迅速な判断! 軸となるパーティーをサポートする立ち回り! 多彩な魔法! まるで歴戦の冒険者のような動きでしたが、何か秘密があるのでしょうか?』


『そういうのはないよ。強いて言うなら、攻略動画を沢山見るとか?』


『なるほど! 先人の動きをよく観察し、自身の攻略に活かすというわけですね。特に参考にされたパーティーなどはありますか?』


『うん。世界で一番格好いいパーティーだ』


 アルトリートさんのパーティーだろうな。


『おぉ……! よければ、聞かせていただけますか?』


『今ので分からない?』


 笑顔から感じる圧に、進行役の顔が一瞬引き攣る。


『す、すみません。や、やはりエアリアルパーティーでしょうか?』


『あはは。エアお……あの人のパーティーも強いよね。でも、俺の理想とは違うかな』


『理想……。そういえば、レイス氏は精霊術を使われませんでしたね。なにか理由が?』


『別に精霊術を否定するつもりはないよ。ただ、それが無きゃダメって要素じゃないと思うんだ。前回だって、俺が水の精霊術しか使えなかったら風魔法は使えなかったわけで』


『確かに使用属性の幅で言えば、精霊契約者にはデメリットもありますね。一属性に縛られてしまうわけですから。ですが精霊術の恩恵は非常に大きく、デメリットを覆すメリットがある、との考え方が一般的です』


『だから、否定するつもりはないって。俺は使わないし、精霊術が無きゃ【勇者】じゃないみたいな考えを無くしたい、ってだけ』


『なるほど。若くしてこだわりを持っているのですね。そんなレイス氏のサポートを受け、あの危機から退場者を一名に抑えたスカハパーティーも実に見事でしたね』


 という具合に、話題がスカハパーティーへと移る。

 それを意識の隅で捉えつつ、僕は視線を向かいに座る女性に向けた。


 ミラさんだ。

 最近、彼女の様子が少しおかしい。第一層攻略後あたりからだろうか。

 気づけば考え事をしていることが多い。


 いつもは僕より早く起きて、身だしなみを完璧に整えてからベッドに潜り込んでくる彼女だが、最近はうとうとしていたり、寝癖が残っていたりする。


 いつもはミスをしないのに料理中に食べ物を焦がしてしまったり、味付けが濃かったり逆に味が無かったりする。本人はそれに気づいていないのか、無言でもしゃもしゃ食べるのも心配だ。


 あと、少々過激なスキンシップも減少傾向にあった。

 僕の心臓的には助かるが、明らかに何かに悩んでいる彼女を放ってはおけない。


「ミラさん」


「…………」


「ミラさん?」


「えっ、あ、はい。なんでしょうレメさん。プロポーズですか? 答えは『はい』です」


 僕がドキッとしてしまう彼女の冗談も、なんとなく精彩を欠くような……。

 いつもは最適なタイミングで、破壊力抜群のフレーズを放つ。それがミラさんだ。


「その皿……もう空みたいだけど」


 ミラさんは何も無くなったサラダの皿に、何度もフォークを突き刺していた。


「え? あ、あら、本当ですね。うふふ、ぼうっとしていました」


「最近、多いね」


「心配してくれるんですね、嬉しいです。でも、大したことではないのですよ」


 悩む。

 多少自覚はあるのだが、多分僕は人間関係に臆病になっている。


 考えてみれば、【役職ジョブ】が判明して、それまで友達だと思っていたやつらは全員離れていったことが始まりか。


 フェニクスだけが友達のままで、そこから師匠にも恵まれた。

 仲間だって優秀だし、エアリアルさんやヘルヴォールさんなど【黒魔導士】に差別的でない大先輩もいた。


 けれど基本的には否定され、望まれない【役職ジョブ】だ。

 それは仲間内でさえ。


 フェニクスパーティーを離れたことで、結果的に人生は好転した、と思う。

 果物屋のブリッツさんやカシュとも出会えたし、ミラさんのおかげで魔王城にも就職出来た。

 けれど、そこからまだ一年も経っていない。


 【役職ジョブ】が判明してからの十年は、人の心を蝕むには充分過ぎる。

 果物屋では『店員と客』、魔王城では『職員同士』、冒険者と喋る時は一応『同業者同士』。

 常に、相手と関わる充分な立ち位置があった。


 けれど、個人的な人間関係となると途端に難しくなる。

 ただのレメが、ただの誰かと関わることには、僕の方にも熱が必要だ。


 ものを買う為でもなく、仕事だからでもなく、同じ職種だからでもなく。

 僕自身が望み、動くということが。

 だからこそ、勇気がいる。


 今ミラさんは、心配には及ばないと線を引いた。

 それを越えるには当然、僕の方が一歩踏み出さねばならない。


 乱暴な酔っぱらいに襲われている人を助けるのとは、違う。危険を見逃せないのと、求められていないことをするのとでは違うのだ。

 でも――。


「ミラさんは……」


「レメさん?」


「ミラさんは、いつも僕を助けてくれるよね。僕は本当に、感謝しているんだ」


「え、えぇと……? どうされたんですか?」


「ミラさんが見つけてくれなかったら、僕はどうなっていたか分からない。少なくとも、素晴らしい仲間に恵まれたり、新しい目標を見つけたり……フェニクスや優秀な冒険者達と本気で戦ったり、そういうことは出来なかったと思うんだ」


 その場合でもエアリアルさんは僕を勧誘してくれただろうけど、やはり僕はそれを断っただろう。

 タッグトーナメントだって組んでくれる相手も見つからず、そうなるとレイスくんに勧誘される未来には繋がらない。


「れ、レメさん?」 


 ミラさんは戸惑った様子を見せつつも、照れるように頬を染めた。


「君に受けた恩を、僕の一生なんかで返せるかは分からない。それでも僕は、ミラさんが困っているなら助けになりたいと思うし、手伝えることならなんでもしたいと思うよ。だから……」


 一歩、踏み込む。


「どうしても話したくないということでないなら、聞かせてほしい」


 ミラさんが、ぽかんとしている。

 自分の顔が焼けたように熱い。


「そ、その、ほら、僕らは個人的にも友達、だし……なんて……あはは」


 しどろもどろなのも視線を逸らしてしまったのも愛想笑いで誤魔化そうとしたのも、全てがダサくて自己嫌悪が凄まじいことになる。


 つい最近まで、友達と呼べるのは片手で数えられる年齢だった時期に出来たフェニクスのみだった男が、友達の悩みを聞くなんて出来るわけが無かったのだ……。


「ふふ」


 ミラさんが、笑った。

 もちろん彼女だ、人を馬鹿にするような種類のものではない。

 口の端からこぼれるような、控えめで、でも幸せそうな笑み。


「ありがとうございます、レメさん」


 彼女の目は、潤んでいるようにも見えた。


「私、そんなにご心配をお掛けしてしまいましたか?」


「あ、あぁ、うん。そう、だね。悩んでるみたいだった、かな」


「うふふ、ごめんなさい。レメさんには情けないところをお見せしたくないと思っていたのに、今、心配してもらえていたことが、とても嬉しいんです。変ですね、私」


 口許に閉じた右手を当てて、嬉しそうに微笑むミラさん。

 思考の沼から現実へと意識を戻した彼女は、やはりとても魅力的で美しかった。


「い、いや……」


 こういう時に気の利いた返しが出来ないのは、経験値不足によるものか。


「聞いてもらっても、いいですか?」


 その言葉には、すぐに応えた。応えることが出来た。


「もちろん」


 ミラさんはしばらく間を開けてから、意を決したように口を開く。そして――。


「私は……私は、貴方に並び立てるようになりたいのです」


 と、彼女はそう言った。


「並び、立つ……」


「レメさんは元々素晴らしい【黒魔導士】です。ですが、参謀に就任してからはその深淵なる知略を存分に発揮され、魔王軍の勝利に大きく寄与しています。また、フェニクスパーティー戦やタッグトーナメントでは黒魔法を用いたサポートのみならず、己自身の戦闘を補助する立ち回りまで可能であると証明されました」


「え、えぇと……ありがとう?」


 彼女が僕を高く評価してくれるのは以前からなので、そこは不思議には思わない。照れるけど。


「反面、私は結果を出せていません」


「そんなことはないよ。第三層まで辿り着くような優秀なパーティーだって、吸血鬼の領域で撃退しているじゃないか」


「いいえ、足りません。自分を無能だとは思わない。けれど、遠いのです。レメさんが、遠い」


「そんなこと――」


「では、私が単騎でフェニクスを倒せるとお思いですか?」


 ミラさんの真剣な表情を見て、僕は励ましの言葉を飲み込んだ。


「……いいや、思わない。ミラさんの実力では、一万回戦ってもあいつには勝てないよ」


 ミラさんは僕の言葉に、頷いた。


「はい。でも、レメさん……レメゲトン様は勝利した。それがそのまま、私が貴方に感じている距離です」


 僕だって、あいつに毎度勝てると思えるほど傲慢にはなれない。

 だが、彼女が言っているのはそもそも勝機が見えるかどうかということだろう。


 【勇者】……特に【炎の勇者】は規格外。

 あいつに勝てないという事実は、何もその人が弱いという証明にはならない。


 だが、そんなことはどうでもいいのだ。

 自分がどれだけ強いかではなく、フェニクス相当の強者に勝てないことが……悔しい。


「レメさんのことを、私は尊敬しています。レメゲトン様としての活躍のみでなく、レメさんとしても認められる場が出来ることを心から喜んでいる。けれど、それでは私は変わらないままです。貴方の動画を、画面越しに見つめるだけだった頃と、変わらない」


 卓上に乗せた彼女の両手は、固く握られている。


「私は、ただのファンでいたくないのです。魔王様直属の魔物として、貴方に劣等感を抱くような弱者ではいたくない。四天王の名に恥じぬ結果を出し、実力を示さねば、私は……私は私に、貴方の隣に立つことを許せないのです」


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