第220話◇ドラゴンキラー・ドラゴン




『開始早々衝撃の展開を迎えた当会場の競技予選ですが! ここで新情報です!』


 この会場の実況は男女二人で行われ、今叫んだのはミノタウロスの男性だ。

 人間ノーマルの女性は、語尾を伸ばす傾向にある。


『おぉっ。例のポイント発表ですねー! んじゃあまぁガンガン発表していこーかと! 画面にドン!』



 第一位【湖の勇者】レイスパーティー『1060ポイント』

 第二位【炎の勇者】フェニクスパーティー『1010ポイント』

 第三位【正義の天秤】アストレアパーティー『760ポイント』

 第四位【灰燼の勇者】ガロパーティー『720ポイント』

 第五位【獣を統べる義賊】バルバトスパーティー『450ポイント』



 ポイント数がそのまま撃破人数とされないのは、ポイント分割のルールがあるからだろう。

 一人十ポイント。これを倒すのに貢献した最新の二人で、ポイントが分割される。五ポイントずつ。


『初の試みですから実際やってみるまでどうなるか分からない……というのが本祭典の面白いところでもあるわけですが、まさかこうなるとは! ポイントだけ見ると最終結果でもおかしくない数字となっています!』


『千超えるっておかしいですよねー? 五百人いて五千ポイントって言っても、普通はもっとこうポイントがバラけると思うんですよー』


『そうですね。誰かが獲得したポイントは、その選手を倒しても得られない。つまり獲得出来るポイントは選手の減少に伴い減っていくわけです』


 それがこんなことになった理由はハッキリしている。


『そうそう、普通はそういう感じに限られたポイントを頑張って掻き集める戦いになるはずなんですけど、最初に大技ブッパが四箇所で炸裂しちゃいましたからねー』


 獲得ポイント上位四位までのリーダー、その精霊術なり魔法なりによって多くの選手が『ポイントを得ないまま』脱落したのが大きい。


 色んなパーティーがポイントを得る前に、四つのパーティーが沢山の選手を倒してしまった。

 だからこそ、予選終了前にこんな数字になっているのだ。


 六位以下の数字なども確認すると、残りの選手は三十人を切っていた。

 上位四パーティーに退場者が出たら実況が触れるだろうが、それもない。


 その二十人を抜けば、あとは十人もいないことになる。

 逆に言えばその十人は、大規模な精霊術を受けても倒れなかった者達ということ。


『次に個人獲得ポイントのランキングを!』



 第一位【炎の勇者】フェニクス『800ポイント』

 第二位【灰燼の勇者】ガロ『605ポイント』

 第三位【正義の天秤】アストレア『560ポイント』

 第四位【湖の勇者】レイス『415ポイント』

 第五位【黒魔導士】レメ『365ポイント』



『んー!? これはー!?』


『なるほど……! 各パーティーリーダーの大規模魔法が獲得ポイントの大半を占めるのは共通ですが、アストレア選手は止めを一部仲間に任せたことで分割、レイス選手はレメ選手の黒魔法によるサポートを得て敵を撃破したためにポイントが分割されているのですね!』


『しかしレメ選手、この獲得ポイントはサポート役であることを考えると異様ですねー!』


『自分で止めを刺しにくい上に、効果の分かりづらい後衛【役職ジョブ】ということで冒険者業界では冷遇される【黒魔導士】ですが、このようなルールだとその貢献が数値化されます!』


『地味だけど優秀って要素はどうしても冒険者業界だと評価されにくいんですよねー。視聴者はやっぱり派手で分かりやすいのが好きですからー。しかーし! 今回のことで評価が変わっていくかもしれませんねー!』


『派手さはないが有能なサポートメンバーによって、他の仲間がより派手で格好良く活躍できるのだと証明できれば確かに! サポート【役職ジョブ】の地位向上を果たせるかは、祭典に参加する各選手たちの活躍次第ということですね!』


『レイスパーティーは【白魔導士】のヨス選手もいますけどー、彼も獲得ポイントを見るにかなーり貢献しているようです! メラニア選手の重い一撃も目を引きますしー。結成当初は色々言われていたパーティーですが、これはリーダーレイス選手、先見の明ありまくりかー!?』


 彼らの実況を意識の隅で捉えつつ、僕は迫る――巨人の彼に集中していた。


『さぁ語っている間に戦況は更に動いていきました! 今何が起こっているか実況するのも我々の仕事です!』


『ですねー! この会場は口閉じる暇もなく忙しないので楽しいです!』


 さすがはプロの解説ということか、二人は会場中で起こる出来事を軽やかに語る。


『草原改め焦土エリアと化した西区画では――フェニクスパーティーとガロパーティーが遂に相対!!!』


『森じゃなくて平地になっちゃった北エリアでは~~アストレア選手とバルバトス選手の戦いに決着が!?』


『現在トップに君臨するレイスパーティーが構える水浸しの東エリア! なんと迫り来るは――謎の巨人ガース選手と、そして――』



「見つけたぜ。【黒魔導士】ィイイイイイイイ!!! レメッッ!!!!」


 その人物を見て、僕とレイスくんは同時に言葉を発した。


「【竜の王】ヴォラク……!」


 と、僕。


「ドラゴンキラー・ドラゴンじゃん!」


 と、レイスくん。


 そして、僕らのどちらも――間違っていないのだ。


『バルバトスパーティーのメンバーにして同じく「西の魔王城」四天王を務める【竜の王】ヴォラク選手が今、【黒魔導士】レメ選手の名を叫びながら走っています!』


『うはー、面白くなりそうですねー! 彼女は真・異種格闘技戦の世界チャンピオンでもあります! そちらのリングネーム「ドラゴンキラー・ドラゴン」としての彼女をご存知の方も多いのではないでしょーか!』


 異種格闘技戦が異なった格闘技を修めた者達を同一のルールで戦わせる競技だとすれば、真・異種格闘技戦はそこから種族の枠も取っ払ったものだ。


 だからそう、巨人対人間ノーマルが素手で殴り合う試合なども、場合によっては成立し得るのだ。

 商業的な観点や危険度からどんなマッチでも成立するとは言い難いが、可能性はゼロじゃない。


 ドラゴンキラー・ドラゴンは、とある試合でドラゴンを倒したことから付いた名だ。

 後ろにつくドラゴンは彼女の種族にかかっている。


 とはいえ、彼女は純粋な竜種ではない。

 龍人の血を引いた亜人だ。

 普通の龍人は魔王城の第八層を守る武人達と同じく、竜の頭部と鱗、尻尾などを有した人型。


 しかし彼女は極めて人間ノーマルの女性に近い見た目をしている。

 漆黒の長髪、細身だが引き締まった体、闘争心に燃える瞳。


 龍人らしさは頬や腕など露出した箇所に一部見られる鱗、そして尻尾。

 あとは、枝分かれするように伸びる両角くらい。


 彼女は体のラインがハッキリと分かる、ぴちっとしたワンピースのような衣装を身に着けていた。横に深いスリットが入り、美しく逞しい脚部が大胆に晒されている。

 遠い異国の衣装をイメージしていると、どこかで聞いたことがある。


 【サムライ】マサムネさんが着ているのとは、また違った国のもの。


『しかしレメ選手とどんな因縁が?』


「うんうん、どんな関係?」


 レイスくんの声は楽しげ。


「逢ったことはない……と思うんだけど」


 フェニクスパーティーは『西の魔王城』に挑戦したことがない。

 世界中にダンジョンは沢山あるし、そういうことはよくあった。


 巨人だけでも脅威だというのに、ドラゴンキラーまで来るとなると大変だ。

 僕は聖剣に魔力を流しつつ、魔法を練り、更に頭を捻らせる。

 しかしその謎はすぐ解けた。


「タッグ戦とはいえ、ふぅ、、のやつを倒したお前さんの力! オレに見せてみろ!!!」


 どうやら、そういうことらしかった。


「なに? ふぅ?」


「タッグトーナメントのことを言ってるなら、多分フルカスさんのことだと思う」


 レイスくんの疑問に答える形で、僕は口にする。


 【刈除騎士】フルカス。

 魔王城四天王にして、第八層フロアボスを務める槍使い。僕に剣での戦いを仕込んでくれた師であり、タッグトーナメント決勝戦の相手でもある。


「あぁ、それだと今度はフルカスとドラゴンキラーの関係が謎だね」


「うん、当代だとね」


「……あ、そうか。ヴォラクって――」


 レイスくんはドラゴンキラーとしての彼女の印象が強かったから、思い出すのが少し遅れたようだ。

 僕は呟く。


「先代ヴォラクは、先代フルカスの副官魔物だ」


 先代先々代の魔王が去るのに合わせて、魔王城からは多くの魔物がいなくなった。

 僕が再就職を果たした時に、第十層が空っぽだったことからも想像はつく。

 かなりの戦力が失われたのだと。


 その中には、先代フルカスや先代ヴォラクも含まれていた。

 継承者である当代同士が知り合いでもおかしくはない。


「あいつが雑魚に負けるわけがねぇ! 戦闘系【役職ジョブ】でもねぇのにふぅに勝ったってんなら、お前さんはどんだけ強ぇんだ!? 楽しみだなぁ!」


 彼女の叫び声は実況を掻き消すほど大きかった。


「行ッッくぜ――んおっ」


『え――えぇとー、あー、ヴォラク選手……巨人に踏み潰されちゃいましたー』


 二人とも同じ方向からレイスパーティーに向かってきていたのだ。

 そして僕に真っ直ぐ向かっていたヴォラクさんのことを、巨人さん――ガース選手が踏んだのだ。


 わざとかどうかは分からないが、今はそれより――。


「退場してないね」


 レイスくんが言った通り。

 人間ノーマルどころか大抵の種族は死んでしまうようなダメージだろうに、ヴォラクさんの魔力体アバターは崩壊していない。


 ず、ずずず、なんて音を立てながら、巨人の足が動く。

 本人の意思とは無関係に、僅かずつ上へ上へ。


「足元にご注意ってなぁ……ッ!!!」


 彼女は、巨人の足を――持ち上げていた。


「純粋な龍人でもあんなこと……」


 【白魔導士】ヨスくんが呆然と呟く。

 ヴォラクさんはそのまま、ガース選手をひっくり返してしまう。


 それだけではない。


 彼女の姿が消えたかと思うと、次の瞬間には空高く舞い上がっている。

 体勢を崩し倒れかけている巨人の腹部上空まで跳んだ彼女は、自分の足を顔付近まで上げ、顔を天空へ向ける。


 そして――口から火炎を噴いた。


 凄まじい推進力を得た彼女は紅蓮の軌跡を描きながら巨人の腹に――踵落としを決める。


「おぉ! 『逆噴火』だっ!!」


 レイスくんが瞳を輝かせている。

 ドラゴンキラーのファンなのだろうか。


 大地から空へ噴くのではなく、空から大地へと噴いた火炎は、巨人に直撃。

 まるでボールのように地面に叩きつけられた巨人だが、被害は球の比ではない。


 会場中に轟音が鳴り響き、大地が揺れる。

 巨体を構成する魔力が光の粒子に変わる様は、幻想的でさえあった。


『一撃ッ! ヴォラク選手お得意の「逆噴火」をこの試合でも見せてくれました!』


『わー。しかもガース選手が倒れたことで近くにいた人たちも被害を受けています。退場者も出ているみたいですねー』


「あ? 随分やわい……いや、お前さんか」


 ガース選手だけでなく、彼の落下地点にいる選手たちにも黒魔法を掛けていた。

 可能なら全て僕らのパーティーのポイントとしたかったが、半分でも得られる方が良い。

 ヴォラクさんは僕のやったことに気づいたようだ。


「次はオレに掛けてみろ」


「だ、だめっ……!」


 ヴォラクさんと僕を結ぶ直線上に、メラニアさんが飛び出した。


「仲間を庇うか! そういうのは好きだけどよ――力が足りねぇ!」


 サイクロプスのハーフであるメラニアさんを、拳一突き。

 それだけで、僕を庇った彼女は吹き飛んだ。


「ん?」


 だが退場はしないだろう。

 一人による、二つのサポートがあったから。


 どちらもレイスくんによるもの。

 まずは拳を食らう寸前、水の盾を展開し、衝撃を緩和。

 そしてメラニアさんが激突する筈だった壁には水球を展開し、彼女を受け止める。

 メラニアさんの頑丈さも相まって、退場は免れた。


「ヨスくん」


「はい!」


 【白魔導士】の彼に仲間の回復を任せる。

 魔力体アバター損傷によって失われた魔力は戻らないが、傷口を塞ぐ他、怪我を治すことは可能。


 レイスくんは水の盾をすぐさま氷結させたが、ヴォラクさんは腕の一振りでそれらを払ってしまった。


「補い合うのが仲間でしょ」


「良いこと言うなぁ少年。けどオレは、そういうの得意じゃないんでね」


「だろうね」


 レイスくんのショートソード型聖剣にまとわりつくように、水が展開される。


 ヴォラクさんが再び僕らに向かって駆け出す直前――彼女を襲う巨腕があった。

 十歳の少女に異形の右腕――【破壊者】フランだ。


 鈍く重い音が響く。

 普通なら魔力体アバターが弾けて消えるか、耐久力が高い者でも大きく吹っ飛ばされるような一撃。

 それを横合いから防御もなく食らったというのに。


 【竜の王】は――ふらついただけだった。


「良ーい一撃だッ! けどよ――重さが足りねぇ!」


 フランさんは間髪入れず二撃目を叩き込もうとするが、今度はヴォラクさんも反応した。

 【破壊者】の怪腕に、己の蹴りを合わせる。

 空気の弾ける音と共に突風が発生し、直後、フランさんだけが吹き飛び、大地を転がる。


「沢山飯食って沢山寝ろ! 将来に期待!」


『ただただ強いタイプだ。策を弄するタイプの人間はこういうめちゃくちゃな強さが苦手なものだけれど、さて相棒はどうかな』


 黒ひよこダークが楽しげに言う。


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