第44話◇死霊術師と氷の勇者
――よし。
ベーラさんが飛び出してきたことで、予定通りに事を進められる。
彼女が僕をレメだと気付くかどうかは重要じゃない。
フェニクスパーティーの動きを読み切った敵だと判断してくれればいい。
短期決戦の指示がフェニクスから出ている中で、二人も落ちたのだ。
入りたての自分ならば魔王城攻略分しか情報を掴まれていない。アルバやラークの二人にしたような倒し方は出来まい。
そう考えることに無理はない。
フェニクスならば止めるかもしれないとも思ったが、許可したようだ。
「……!」
氷の壁があったあたりを越えたベーラさんが怪訝そうな顔をする。
僕の姿が見えなかったからだろう。
グラさんに不可視化してもらった僕は、扉と椅子から続く階段に腰掛けていた。
「身を隠し……いえ、グラシャラボラスですか。気をつけて下さい! 不可視の敵がいるかもしれません!」
冷静に推測し、仲間へ警戒を促すことも忘れない。
優秀な冒険者だ。
グラさんと戦った時、彼女はまだパーティーにいなかったというのに。よく勉強している。
「……想像していたより、厄介ですね」
褒め言葉として受け取っておこう。
……これは多分、レメゲトンの正体に勘付いているな。
「不意打ちを狙っているのでしょうが、そうは行きません」
彼女がレイピアを中空で振るった。
すると、周囲に冷気が広がる。
――氷の粒を、降らせているのか。
不可視化であって、不可触化ではない。
見えないだけで、通り抜けるわけではない。
確かにこの魔法なら、氷の粒の不自然な流れで敵の動きが把握出来る。
「捉えましたよ」
広範囲の索敵というより、不意打ちを防ぐ為の防御として展開したからか、僕のところまでは届いていない。
だから、彼女が捉えたのは僕じゃない。
床から生えた円錐形の氷柱が貫いたのは、キマリスの操る死霊――かつて倒した冒険者の
氷柱が熱せられ、溶ける。死霊は【魔法使い】だ。
そして不可視の敵は彼女への接近を再開した。
「な――」
それでもベーラさんは即座に対応。今度は周囲一帯を氷結させ、巨大な氷塊とする。
すると、今度は逆方向から『人の形をした動くもの』の接近を察知。
死霊は冒険者の
見えない状態で僕なのかそうじゃないのか判断するのは、ベーラさんには困難。
魔力反応ばかりは動画では確認出来ない。
僕は必要な時以外は魔力を抑えているし、そう簡単には見つからない。
「くっ」
そこからベーラさんは更に三体を氷塊に閉じ込めた。
彼女の魔力消費は激しい。
「……っ。何故私に攻撃して来ないのですか。まさか眼中にないとでも?」
アルバやラークのように、僕自身が退場の原因を作ろうとしていない。
そこを、ベーラさんはそう解釈したようだった。
眼中にないとか、そんな失礼なことは考えていない。
が、まともにやり合うつもりがないのは事実だった。
尤もらしい理由を幾つか並べることは出来るが、面倒だから二つ。
一つ、フェニクスとは万全の状態で戦いたい。既に結構魔力を使っているが、まぁそのあたりはあいつも戦う時には同じになっているだろう。
一つ、ベーラさんと戦いたいって人がいる。
彼女が降らせていた氷の粒が止む。
大規模な氷壁展開後に練った魔力も使い切ってしまったようだ。少しは余力を残しているかもしれないが、また練り直し。
「むしろ、貴様に夢中と言っていい。まぁ、私は参謀殿ではないが」
剣で床を突く音。
それをグラさんが聞いたのだろう、不可視化が解除される。
現れたのは鎧姿の剣士。
キマリスさんだ。
彼は死霊術師で騎士なのだ。
「死霊術師……」
「左様。私はキマリスという。貴様と二層で戦えなかったのが残念でならないが、さすがは我らが参謀殿。このような機会を設けて下さった」
フェニクスパーティーの攻略映像を観ていたキマリスさんは、【氷の勇者】を死霊としたかったのだという。戦う理由は人それぞれだ。
「……私の
「抗えばよい。剣の腕で勝敗を決しようではないか」
ベーラは表情を歪めた。
「最悪です。ここまで全て、参謀さんの作戦通りですか?」
僕を狙って一人突出した彼女に魔法を使わせ、キマリスさんが一騎打ちで戦えるようにする。
「然り」
「敵も味方も、上手く使っている」
「此処で貴様らを全滅させれば、その地位に誰も文句はつけまい」
「えぇ、そうでしょうね」
ベーラさんはレイピアに冷気を纏わせたが、威力は心許ない。
「安心召されよ。死霊は使わぬ。黒魔法も解けていよう」
一騎打ちに入ったら邪魔は無し。その意思を尊重した。
「……綺麗な状態で死霊にしたいですもんね」
「フッ。では、参る」
ベーラさんは――引かなかった。
果敢に一歩踏み出し、鎧の隙間からキマリスさんの目を貫こうと鋭い突きを放つ。
「見事……!」
だがキマリスさんは首を僅かに傾けてそれを回避。
彼の方も彼女に近づき、剣を胸に突き刺した。
「……次に来る時、
「ならばその時は、再び貴様を蒐集に加えよう」
ぶわりと、キマリスさんから紫色の煙が生じ、それがベーラさんの口の中に吸い込まれていく。
びくりびくりと震えたかと思うと、彼女の肌から血の気が引いた。
死霊であると示す為の、見た目の変化。目からは光が失せ、顔からは生気が消える。
彼女本人は、既に退場している。
「よくやった」
声を掛けると、不可視化している僕に向かってキマリスさんは一礼。
「参謀殿の采配あればこそです」
不可視化があったから、僕かもしれないという思いもあって彼女は退場させられる威力の攻撃を放つ必要があった。
姿が見えていれば死霊の格好から【
「感謝と称賛なら、グラシャラボラスにしろ」
「彼にも、必ずや」
して、と彼が続ける。
「私としましては、
「その話はもう終わった筈だ」
冷たく返すと、キマリスはすぐに引き下がった。
「……失礼しました」
フェニクスがキマリスさんの死霊になれば、第二層の戦力アップは確実だろう。
だがそれを許すつもりは無かった。
友達の
そもそも、あいつがそんな負け方をするものか。
「よい。個人的に勝負を挑むのは構わんぞ」
「……折角の死霊が全滅してしまいます」
「一騎打ちをすればいい」
「【氷の勇者】にやられた者達を回収しても?」
キマリスさんの返しに、僕は少し笑ってしまった。
フェニクスも魔法を使わない、という条件ならばキマリスさんもいい勝負をするだろう。だがフェニクスがそれに応じる理由は無い。だからといってキマリスさんが死霊をけしかければ、前回そうだったように全滅させられてしまう。
キマリスさんにとって、フェニクスは蒐集した
騎士としてではなく死霊術師として戦いを避けるのは理解出来た。
「許す」
僕の許可を得てから、氷の中に閉じ込められた死霊を解放しに向かうキマリス。
その頃、フェニクス達の方がどうなっていたかというと――。
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