番外編◇難攻不落の海水浴城へようこそ3

 

 


 海水浴にて開催されることになった、『第一回魔王城紅白戦』。

 魔王軍は偶数層と奇数層に分かれ、最大五戦を競い合うこととなった。

 それぞれの誇りと賞品を懸け、僕らは激突。


 第一戦、競泳勝負は死霊術師の領域が勝利。白チームに一勝。

 第二戦、ビーチフラッグス勝負は、空と試練の領域が勝利。赤チームに一勝。


 そして続く第三戦。

 絶対に仲間を勝たせると意気込んだ僕だったが。


 勝負の内容はなんと――水着姿魅力勝負だった。


「み、水着姿、魅力勝負……?」


 思わず口に出してしまうが、これは一体どういう勝負なのだろうか。

 いや、言葉の組み合わせが全てだとは思うのだが、どうにもピンとこない。


『人間って見た目に順位つけるの好きだよね~』


 ヴェールで顔を覆った小人姿のダークが言う。

 今日の彼女は――精霊は性別不詳だが、今は女性の姿をしているのでこう呼ぶ――は水着姿だ。


 ――確かに、容姿は冒険者業界においても無視できない要素だ。


 人々に美醜の価値観が備わっている以上、美しい者の方が好感を持たれやすいのは仕方がない。

 つまり、海水浴という行事におけるビジュアル面の強さを競うわけか。


 しかし、そうなると――非常にまずい。


 いや、まだ審査方法や基準が明かされていない!


『ちなみに水着美女に限定しないのは、男性の参加もオッケーだからよ!』


 蛸の人魚スキューさんが補足する。


 確かに、参加する層を先に選び、競技がランダムに選ばれる都合上、男性の多い層がこの戦いに挑む可能性もあったわけだ。

 それに、吸血鬼や水棲魔物にも男性職員はいる。彼らが出てくるのも、ルール上まったく問題ないのである。


『審査員は、どの層にも属さない一般職員の方々合計五名に務めて頂きます』


 たとえばダンジョン攻略の受付、売店の店員、職員食堂の料理人、ダンジョン内ツアーのガイド、この他、ダンジョン経営に関わる人員など、様々な人が魔王城で働いている。

 戦闘員を務める魔物だけでは、ダンジョンは回らないのだ。


 今日は魔物たちばかりが集められたが、後日一般職員たちもこのエリアで海水浴をするそうだ。

 さておき、そんな一般職員のかたたちの中から五人が、どこからともなく現れる。


 猫の亜人の女性、蟲人の女性、魔人の女性、オークの男性、蛙の亜人の男性と――女性三人男性二人。


 ――なるほど、種族ごとに美的感覚はやや異なる。そのあたりも考慮しての人選が重要になってくるのか。


 たとえば人間ノーマルにだけ受ける魅力で攻めると、思うように審査員に響かないという可能性もある。


『各組、勝負への直接参加者は一名とする。参加層およびサポート層の者は、直接参加者の魅力を高める為の手伝いを許す。準備時間は三十分だ、以上!』


 魔王様の締めの言葉のあと。

 ミラさんがウェパルさんに向き合った。


「悪いわね、ウェパル。負けないわよ」


「ふっ」


 二人は同時に背を向け、互いの仲間の許へ。

 ミラさんの言葉を聞く限り、あちらはミラさん参加で行くのだろうか。


『まぁ、敵サイドだと、夢魔か重めのオタクちゃんかって選択肢になるでしょ』


 赤チームは番犬の領域、吸血鬼の領域、夢魔の領域、空と試練の領域、時空の領域だ。

 この第三戦の参加層が吸血鬼の領域、サポート層が夢魔の領域。


 魅力はそれぞれあると思うが、美しさを競うとなると、確かにミラさんが出てくるのが一番勝率が高いかもしれない。


『…………』


 ダークが無言で僕の頭をぺしぺしと叩き始めた。

 なにやら不機嫌そうだが、どうしたというのか。


 それよりも、ウェパルさんだ。

 ミラさんの挑発ともとれる言葉に対し、余裕の笑みを返した彼女。

 【水域の支配者】にして、美しき人魚。


 そんな彼女は、いつも通り水流を操りながらの移動で僕らの許へ戻ってきたあと、笑顔で手を叩き、こう言った。


「はい、解散解散」


「えっ」


「あのね参謀サン、そりゃあワタシは美しいわよ? 船上でワタシを見かけた船乗りが、溺れるのを覚悟で海に飛び込むレベルの美女なのは、自他ともに認めるところよね?」


『これまたすごい自信だな』


「でもね参謀サン、相手がミラとなると分が悪いわ。あの子は美しさを磨くことに余念がない。努力を怠らない天才みたいなものなのよ。並の相手では追いつくことなど出来やしないわけ。あとなにより、彼女にはどんな白魔法にも負けないくらいの強化バフが掛かってる」


「強化、ですか?」


「えぇ。――恋する乙女には、誰も勝てないわ」


 そう言って、ウェパルさんは肩を竦めた。


「負け確定の勝負に引っ張り出されるのはゴメンよ。というわけで、解散。ここは負けを認めて、次で勝って、なんとか第五戦にまで持っていきましょう」


 レイドで勇者パーティー連合相手に素晴らしい戦いを繰り広げた彼女が、負け確定とまで言うのなら、この勝負はそれほど絶望的なのだろう。

 勇者相手に引き下がらないウェパルさんが、勝負をも避けるのだから。


「何を言うウェパル嬢! 戦う前から諦めてはならん! お主は美しいぞ! 自信を持て!」


「あのねマルコシアス、ワタシが美しいことは分かってると言っているでしょう。ワタシと付き合いたかったらこの世に存在しない秘宝を持ってきなさいと無理難題を吹っ掛けても、それを生涯捜し続ける男が数え切れないほど生まれるくらいに、ワタシは美しいけれど。この勝負においてミラに勝つのは無理だわ」


「し、しかしだな……!」


 食い下がるマルコシアスさんを、僕は手で制する。


「『美しさ』という同じ種類の魅力で比較されるとなると、ミラさんに対して不利という認識なわけですね」


「そうね、参謀サン。これが料理勝負とか大きな枠でなら、ミラの得意料理を避けて自分の得意料理をぶつけることも出来る。けれど、ワタシとミラが水着で魅力を比べるとなったら、それは美貌の激突になってしまうわ。この魔王城に大海が割れるほどの衝撃をもたらすことは間違いないでしょうけれど、勝つのはあの子よ」


 美しさとは数値で比較できないものだと思うが、この世には雑誌主催によるイケメン冒険者ランキングなんてものも存在する。

 数値化できないものを、票数や点数で強引に数値化するわけだ。


 ウェパルさんが不参加を表明した以上、強制するのはよくない。


 僕は他の【人魚】のみんなに視線を向けるが、海上に浮かんでいた第六層職員たちは一人残らず海中へと消えていた。

 ボスが辞退した戦いに代わりに出るなんて大役は引き受けられない、ということか。


 そうなると、サポート層である第十層のメンバーの誰かしかいないわけだが……。

 ここで人員の少なさが響いてくる。

 第十層の戦闘員は、僕含めて四人しかいないのだ。


『相棒が出れば?』


 ダークが何やら言っているが、考慮に値しない。

 僕が、水着魅力勝負でミラさんに勝てるわけがないじゃないか。


『最後に必ず勝つのが勇者でしょ』


 それは、現実を見ない者の言い訳ではないのだ。

 この場合は、紅白戦に勝つ為の最善策を練ることが重要。


 僕は【黒き探索者】フォラスを見る。

 ミノタウロスである彼は、中々に鍛えられている。男性も出場出来るわけだから、筋肉美で勝負を仕掛けることも――と思ったらフォラスが高速で首を横に振った。


 僕は次に【魔眼の暗殺者】ボティスを探すが……。

 彼女の姿は見当たらず、砂浜に大きく『どうかご容赦を』と書かれていた。

 彼女はミラさんとの衝突を避けたがっているようだし、仕方がないか……。


 こうなると、頼れるのは【一角詩人】アムドゥシアスしかない。


「うーん。参謀さんの頼みなら出場するのはいいんですけれど~。――女王さんに勝たせてくれますか?」


 普段は細められている目が、スッと開かれた。

 確かに、他に出る人がいないから頼むというのは、アムドゥシアスに失礼だ。

 頼むのなら、彼女ならば勝てると僕が断言できるくらいの自信を持っていなければ。


「貴女は美しいと思います。けど、ウェパルさんと同じ問題にぶつかるのも、確かですね」


「あら、参謀さんに褒められてしまいました~」


 アムドゥシアスは気を悪くすることなく、いつものような微笑みを浮かべる。


「うーん、この子たちも可愛いと思うんですが、水着を着ていませんからねー」


 と、アムドゥシアスがアルラウネたちを見下ろす。


「しかたない、水着、きてやるかー」「ひとはだぬぐ、ってやつだな」「やれやれ、しかたのないやつらだぜー」


 乗り気になっているところ申し訳ないが、アルラウネたちでもミラさんの魅力に太刀打ちするのは難しいだろう。


『ふ、仕方ないね相棒。どうしてもっていうなら、君の愛しの大精霊ちゃんが、神秘のヴェールをちょこっとめくって君に勝利を――』


 ――いや待てよ。

 先程のアムドゥシアスの言葉に、何かヒントが隠れていた気がする。


『いや、相棒。だから、このダークたんが――』


 ――『この子たちも可愛い、、、と思うんですが』。


「そうか! それだ……!」


 僕はこの中で唯一、ミラさんとの水着勝負に勝てる可能性を持った者を、見る。


 ◇


 そして勝負の時がやってきた。

 第三戦の為の特設ステージが急遽用意され、ステージ前には審査員五名と実況解説の二人と魔王様の合計八人が座る席が用意されている。


 参加者以外のみんなは、審査員たちのサイドや背後から勝負を見守るわけだ。

 準備時間の三十分、僕らも打てるだけの手を打った。


『さぁ! いよいよ始まるわね! 水着姿魅力勝負!』


『改めてルールを説明させて頂きます。参加者は先攻後攻の順に登場。それぞれステージに上がり、審査員からの簡単な質問に答えていただきます。その後、五人の審査員たちはお手許にある五枚の札の中から一枚を選び、点数をつけていただきます』


 札は両面使用で、表が『1』裏が『2』という具合のものが五枚。

 つまり、最大が『10』点評価なわけだ。

 五人いるので、『50』点満点。


『先攻は赤チームである。それでは水着姿魅力勝負――開始!』


 魔王様の合図で、先攻である敵チームの水着職員がステージへと現れた。


「――――」


 息を呑む、とはまさにこのこと。


 扇情的な黒の水着は先程と何ら変わっていない筈なのに。

 既に完成されていたかに思えたミラさんの美が、更に向上していたのだ。


 満天の星を全て掻き集めて散りばめても、彼女の黄金の髪の美しさには叶わないだろう。


 世界中の赤の中で、彼女の瞳が最も鮮烈で美しいに違いない。


 足の一歩が鼓動を速め、なびく髪が感嘆の溜息を誘発し、流れる視線が時を止める。


 水気を帯びた瞳からは視線が離せず、つやめく唇は魔性の魅力を放ち、まばゆい肌は神々しくさえあった。


 彼女が女神だと言われれば、信仰を持たない者さえその言葉を信じてしまうほど。

 圧倒的だった。


 そんな彼女が、ステージ上から僕を見つけ、ふわりと微笑む。


 その瞬間、周囲が花畑に変わったかのような錯覚を覚えた。


 それは審査員たちも同じだったようで、彼ら彼女らは石像のように固まってしまう。


 ミラさんはルールを無視し、質問を待たずしてステージから消えた。

 言葉は無用とでも、確信しているかのように。


 そして審査員たちの誰もそれを咎めず、彼女が消えたあとで一斉に、同じ札を上げた。


 全ての数字が『10』――つまり『50』点満点だ。


 種族間の美的感覚の差など、ものともしない、圧倒的な美を、彼女は放っていた。


『うわぁ……エンタメ殺しの美貌だったわね』


『これで、第三戦は最高でも引き分けしかなくなりました』


 スキューさんとフェローさんの実況解説が入る。


『う、うむ。さすがは我が四天王の一人だ。強さだけでなく、美しさも一流とはな』


 場の空気は、完全にミラさんに呑まれていた。

 敵チームからは、これから登場する僕ら側の参加者に対し、同情的な気配が漂っているほど。


 だが、僕は決して、負ける為の戦いに臨むことはしない。

 勝算を見出した上で、参加者を選出したつもりだ。


『ささ、気を取り直して! 白チームの参加者さん、どうぞ~!』


 スキューさんがなんとか盛り上げようと声を出す。


 そして白チームの参加者がステージに現れる。


 その参加者とは――カシュだった。


 八歳の犬耳敏腕秘書である。


 緊張した様子の彼女は、手と足を一緒に出しながら数歩進み、ステージ中央で止まった。

 青いワンピースタイプの水着を纏った童女が、みんなの視線に緊張して顔を赤くしている。


『がじゅぢゃん……ッ!! ――っと、取り乱してしまったわ。なんと参加者はウェパルではなく、めちゃかわ犬耳っカシュちゃん! これは盲点だったわね!』


 スキューさんが悶えながら語る。

 彼女はカシュの魔力体アバター衣装の製作を請け負うと約束しており、時々衣装候補を持ってきてはカシュに着せている。

 その関係でカシュと親しいのだが、彼女自身かなりカシュに入れ込んでいるようなのだ。


『ルール上も問題ありませんね。カシュさんは第十層魔王軍参謀直属の配下ですので、この第三戦においてもサポート層職員に該当します』


『魔物しか参加しちゃいけないってルールもなかったしね、さすが参謀ってとこかしら?』


『この海水浴への参加者がほとんど魔物だった為に、ルールに明記する必要もなかったわけですが、そのことによってカシュ氏の参加の余地が生まれたわけなので、そこに気づいたのはさすがレメ殿と言えるかもしれませんね』


『うむ。余も異議はない。審査員たちよ、質問を述べよ』


 ルール上も問題ないとの判断をもらったので、そのまま勝負は続行。

 カシュのことは一般職員の多くも知っているので、みな優しい表情でカシュを見ていた。


『緊張していますか?』


「は、はいっ」


『その水着は、どうやって選びましたか?』


「お母さんが、選んでくれましたっ」


 観客の何人かが胸を押さえて膝をつく。

 母親に水着を選んでもらう娘の図を想像して、和んだり懐かしさにやられたりしたのだろう。


『先攻がミラさんでしたが、今のお気持ちは?』


 その言葉に、カシュが俯き、水着をぎゅっと握った。


「あ、あのっ、その……。わたし、ミラさんにはとてもお世話になっていて、大好きで、きれいな人だって思ってます。で、でもっ!」


 カシュが顔を上げ、瞳に決意を宿し、審査員たちを見る。


「レメさ……さんぼーが、信じてくれたからっ! みなさんのおやくにたちたいからっ! ミラさんにも負けたくないですっ! 勝てるよう――がんばりましゅっ!」


 噛んだ。

 ずぎゅーん! と、その場にいた者たちほぼ全員の心臓が鷲掴みにされた音が、聞こえてくるようだった。

 実際に胸を押さえて悶えている職員たちも数多く見受けられた。


 マルコシアスさんは「うぉおおカシュ嬢! 立派だぞ!」と男泣きしており。


 普段はクールな【闇疵の狩人】レラージェさんでさえ、「ぐっ」とカシュの可愛さにクラッときた様子。


 【時の悪魔】アガレスさんに至っては、まるで不可視の衝撃波でも食らったかのように大きく吹き飛び、砂浜をズサァッ! と転がり、燃え尽きたようなボロボロの姿になっている。


『……可愛さの、限界突破、ね』


 実況のスキューさんはその言葉を最後にバタリと倒れ、鼻血をドクドクと垂らしていた。


 一生懸命なカシュを見て、僕も思わず声を上げた。


「頑張れ、カシュ……!」


 全天祭典競技最終段階で、彼女がくれた声援は一生忘れないだろう。

 フェニパを脱退したあとの僕を元気づけてくれたのも、思えばカシュだった。

 彼女は重要な局面で、僕の人生に前向きさをもたらしてくれた。


 そんなカシュが、僕らの為に勝負に臨んでいるのだ。

 ここで応援しないで、いつするというのだ。


 今回の、僕の作戦はシンプル。


 『美しさ』に比類なき相手が敵ならば、それで勝負しようとするのは愚か。

 『可愛さ』という別ベクトルの魅力に勝機を見出そうと考えたのだ。


 だが、僕の考えは浅はかだった。


 カシュの魅力は、その程度のものではなかったのだ。


 仲のいいミラさんと戦うこと。

 ミラさんが、大人のみんなも参加を辞退したほどの強敵であること。

 それでも仲間の為、勝利の為、勇気を振り絞って参加した、彼女の心の強さも。


 間違いなく、大きな『魅力』だ。


 それは審査員だけでなく、魔王城のみんなに伝わった筈。

 そして、審査の時がやってくる。


『それでは審査員のかたがた、点数をどうぞ』


 いまだ倒れたままのスキューさんに代わり、フェローさん一人で進行。


 全員が、点数を決め、札を上げる。

 僕は祈るように手を組み合わせていた。


 ミラさんはこの勝負において世界最強と言っていいほどの強敵だが。

 カシュの努力だって報われてほしい!


 審査員たちが挙げた札は、全員が――『8』だった。


 ――ミラさんには、勝てなかったのか……!?


 ――カシュのあの可愛さと勇気を以ってしても……!?


 胸中を絶望感と悔しさが満たしていく。


『まだだよ、相棒』


 ダークの声。


『この勝負、赤チームの――』


『まだよ!!!』


 ガバッと立ち上がって復活したスキューさんの叫び。

 それに呼応するように、審査員たちの腕が、動く。


 『8』の札を持ったまま、それを横倒しにしていた。


『こ、これは……!?』


 フェローさんが珍しく狼狽えている。


『カシュちゃんの魅力が「8」点に留まるわけがないでしょう! よく見なさい、あれは「8」じゃない! ――無限よ!』


 砂浜に激震が走る。

 全員が『8』の札を『∞』に見立てて、勝敗を決めようとしていたのだ。


 札の数は五枚のまま。

 だが表せる数値は、『1』から『10』までではなかった。


 これから何者にでもなれる、どんな【役職ジョブ】にでもなれる。

 無限の可能性を持ったカシュだからこそ獲得できる、もうひとつの評価が残っていたのだ。


『つまり、この勝負――カシュの勝ち、か』


 魔王様がごくりと喉を鳴らす。


「うぉおおおおおおおおおおおおおおお!」


 真っ先に雄叫びを上げたのは、【人狼の首領】マルコシアスさんとその配下たち。

 彼はステージに飛び移り、まだ状況を飲み込めていないカシュを肩車する。


「俺は感動したぞカシュ嬢! 不可能を可能にする、まさに奇跡のような勝利だ! 貴嬢のひたむきさが引き寄せた勝利だ!」


 フルカスさんが「よく頑張った」と称賛し、ウェパルさんが「あのミラに勝つだなんてね」と驚嘆し、レラージェさんが「お見事でしたね」と労う。


 マルコシアスに肩車された状態のカシュと、目が合った。


「さ、さんぼー、わたしっ……!」


「さすが僕の秘書さんだね、この勝利は君のものだよ、カシュ」


 カシュは目の端に涙を浮かべながら、嬉しそうに破顔する。


「はいっ!」


 僕ら白チームが、勝利に湧く一方。


 赤チーム、主に吸血鬼の面々は。


「じょ、女王様が、負けた……?」「ぐっ、しかし、不思議と奇妙な納得感もある……」「美しさ比べならば我らが女王様に比肩する者はおるまいが、さすがは魔王軍参謀。日々権謀術数けんぼうじゅつすうを巡らせ、数々の神算鬼謀しんさんきぼうによって冒険者共を退場させてきた男にとって、この程度の機知奇策きちきさくを繰り出すことなど造作もないということか!」「美しきで勝てぬのならば、可愛いをぶつける。このような魔王的発想、彼でなければ浮かばなかったであろうよ……!」


 いや、あの、そんな感心されてしまうと、それはそれで恥ずかしいんですけど。


「そんな……有り得ませんわ! 女王様より魅力的な者など……!」


 【串刺し令嬢】ハーゲンティさんが、悔しげに叫ぶが……。


「黙りなさい。審査員に無限の魅力を感じさせたカシュさんの勝ちよ、認めるしかないわ」


 ミラさんだった。


「う、うぅ……」


 ハーゲンティさんが泣き崩れる。


「シトリーも、ごめんなさいね。折角化粧を手伝ってもらったのに」


 どうやら、あのミラさんの美しさは、シトリーさんの協力もあったらしい。

 ピンクの髪をしたメイド服ふう水着の美女【恋情の悪魔】シトリーさんが、首を横に振る。


「ううん、シトリーもいい勉強になったよ」


「勉強?」


「うん。今回、ミラっちが一番になるって、どこか驕っていたんだな、って気づけたんだ」


「……っ」


 ミラさんがハッとした顔をする。


「ミラっちは綺麗だよ。とってもね。けど、綺麗の一点突破で、シトリーたちみんなが満足してしまった」


「くぅ……!」


「可愛いに正解はあっても、絶対はないんだよ。本当に勝ちに行きたいなら、相手がカシュちゃんを出してくることを想定した上で、対策を練るべきだったんだ。『綺麗で可愛い』の最強を、目指すべきだったんだ……!」


「……その通りだわ、シトリー」


「でも大丈夫! ミラッちは本当に可愛いよ! でももっと可愛くなれる! シトリーと一緒に登っていこう! どこまで続くとも知れぬ、可愛いのいただきまで!」


「えぇ、シトリー! 何を言っているかほとんど分からないけど、行きましょう!」


 二人がギュッと抱き合う。


 この第三戦で、魔王城にカシュの魅力が深く刻まれた。


 そして敗者であるミラさんも、シトリーさんとの更なる友情を獲得したようだった。


 ◇


 僕ら白チームの二勝一敗となり、戦いは第四戦へ。


 この勝敗次第では、紅白戦も決着となる。

 赤チームにとっては、負けられない勝負になるわけだ。


 僕ら白チームからは、第八層・武の領域が参戦。

 対する赤チームからは、第九層・時空の領域が参戦。


 参加層が決定したので、魔王様が箱から札を引く。


『第四戦目は――海の家大食い勝負である!』


 …………ん?


 僕は改めて、両チームの参加者を確認。


 白チーム、第八層・武の領域。

 フロアボスは【刈除騎士】フルカス。


 赤チーム、第九層・時空の領域。

 フロアボスは【時の悪魔】アガレス。


 これ、僕たちのチームが圧倒的に有利では……?




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