第275話◇レイスパーティーVSジャックパーティー3/不屈の実像




 全天祭典競技第二段階、『黒組』決勝戦。

 僕らレイスパーティーは、世界ランク第八位【十弓の勇者】ジャックパーティーと激突。


 序盤は策も上手く嵌り、【豪腕の重戦士】ゴライアさんを退場させることに成功。

 【破壊者】フランさんの右腕を大きく負傷しながらも、人数の上では有利を作ることができた。

 彼女の傷を【白魔導士】のヨスくんに治してもらっている中、戦況が動き出す。


 両パーティーの【勇者】が、剣を片手に駆け出したのだ。

 だが当然、剣技のみを競う一騎打ちにはならない。


 【勇者】とは全員が魔法戦士とも言うべき能力の持ち主だからだ。


 水精霊本体と契約したレイスくんは、水属性の魔法を。

 精霊との契約を拒んだジャックさんは、あらゆる属性の魔法を。

 それぞれ行使可能。


 水刃や氷塊がジャックさんに襲いかかり、土塊や炎熱がそれらを防ぐ。

 ジャックさんが風刃を放てば、レイスくんはそれを氷壁で防いだ。

 互いに魔法を放ちながら、互いにそれらを突破し、やがて――二人の剣が交わる。


 剣戟の音がフィールドに響き渡り、二人の勇者の視線が交差する。

 数度、甲高い音が響いた。二人が剣の間合いで戦っているのだ。

 レイスくんは体格の不利などもありながら奮闘しているが、純粋な剣技ではまだジャックさんの方が上。


「飄々とした態度に似合わず、実直な剣だ」


「はいはい、あんたも知ってる男に教わったからね」


 ジャックさんが言外に込めた『【不屈の勇者】アルトリートの面影を感じる』というメッセージに、レイスくんは苦笑を浮かべている。


 レイスくんは、己の父を心から尊敬している。

 かつてはその感情が行き過ぎるあまり、彼の考えを歪め、真の勇者から遠ざけていた。


 だが今の彼は、アルトリートさんへの思いを真っ直ぐと受け止めている。

 精霊を蔑ろにしてまで、父の道を再現しようとする考えは、もう捨てている。

 そのことが、ジャックさんには上手く伝わっていないようなのだ。


 彼もまた、【不屈の勇者】を深く尊敬している人だから。


「俺も、彼から学んだことがある」


 ジャックさんの聖剣に。

 魔力が、渦巻いて。


 放たれた。


「――――ッ!?」


 一瞬の出来事だった。


 暴風の吹き荒ぶ音がした。


 そして、吹き飛ばされて壁面に激突したのは、僕らの側の勇者だった。


 今のは、【嵐の勇者】エアリアルさんの――違う。

 限りなく風の精霊術『嵐衝らんしょう』に近い威力の、魔法だ。


 嵐を解き放つが如き暴威。

 精霊の扶けなしにこれを成立させられる魔法使いなど、僕はマーリンさんしか思い浮かばない。


 いや、もう一人。

 風の天底級魔法に至った人間がいる。


 【不屈の勇者】アルトリートさんだ。


 精霊に選ばれずして世界の頂きに立った、最高に格好いい勇者だ。


「これが、君が捨てたものの力だ――レイス」


 ジャックさんの言葉。

 頭から出血を再現する魔力を垂らしながら、レイスくんは好戦的に笑う。


「あぁ、そう」


 彼のことも気になるが、僕らにも集中しなければならない戦いがある。

 勇者を除いても、相手にはまだ三人もの歴戦の冒険者がいるのだ。


 一人は【先見の魔法使い】マーリンさんに次ぐ魔法職、【七色の魔法使い】レズリーさん。


 彼の凄まじい技量が発揮されていないのは、僕の黒魔法を完全抵抗フルレジストしているからだ。

 不得意な黒魔法あるいは白魔法を循環させることで、彼は僕の魔力から自分と仲間を守っている。


 一人は魔法を用いない純粋な弓術では世界二位の実力者と言われる、【必中の射手】シオさん。


 彼が脅威であることは承知の上だったから、開始すぐに『空白』を挟ませてもらった。

 世界屈指の達人だが、その弓を引かせなければ技術を披露しようがない。

 しかし、それもレズリーさんの抵抗レジスト空間に入ったことで解除された。


 最後は元騎士団出身の【堅固なる聖騎士】ミルドレッドさん。


 実戦経験を積んだ彼女は、攻防共に優れた騎士だ。

 今はレズリーさんとシオさんを守る盾役に徹している。

 彼女の守りは要塞に例えられることがあるほど。

 よほどの突破力や策がなければ、彼女を抜くことは出来ない。


 ジャックパーティーは、配信を前提としたダンジョン攻略における、王道のパーティー構成だ。

 確かな実力と魅力によって絶大な人気を誇るが、反面――搦め手に弱い。


 たとえば、世界ランク第四位のフェニクスパーティーが、魔王城の第五層でサキュバスたちの魅了チャームを前に苦戦したように。

 抵抗レジスト用の魔力あるいは【白魔導士】を欠いたために、珍しい敵に苦戦することは起こるのだ。


 今の時代、その珍しい敵自体が需要の問題で少ないので、やはり冒険者に【白魔導士】を入れるパーティーは少ないのだが……。


 とにかく。

 仮にも魔王軍参謀を任せられる【黒魔導士】に対し、五人中三人が耐性を持たないというのは、彼らにとって不運としか言いようがない。


 そして本来、【黒魔導士】の仕事というのはそういうものだ。

 敵の全力を発揮させないために、全力を尽くすサポート【役職ジョブ】。


「僕らのリーダーは勝つ。僕たちが、勝つんだ」


 既に策は練ってあるし、仲間と共有済み。

 ゴライアさんを落とせたのは大きいが、相手は既に立て直しつつある。


 崩れても、完全崩壊はしない。歴戦の冒険者ゆえの厚みとでもいおうか、元より侮るつもりなどないが、やはり厄介だ。


「頼りにしてるよ、みんな」


 僕の声に、三人がそれぞれ応じる。

 鬼の【白魔導士】ヨスくんとサイクロプスのハーフである【鉱夫】メラニアさんは「はい!」と元気よく応え、【破壊者】フランさんは微かに頷いた。


 戦況が動き出す。

 メラニアさんが片膝をつき、盾を構えた。

 僕とヨスくんを守る、巨大な防壁にでもなるように。


 その影から、フランさんが飛び出した。

 ミルドレッドさんの守りがいかに堅固であろうとも、フランさんはそれを破壊する。

 僕らはそう信じている。


 通常であればレズリーさんの魔法が敵を迎撃するが、今は僕の黒魔法を警戒中。

 警戒されている僕は、黒魔法を絶えず放って――いない。


 魔力を練り上げながらも、黒魔法は打たない。

 だからといって、レズリーさんは完全抵抗フルレジストを解くことはできないのだ。


 一度生み出した魔法を継続させるのと、それを消して最初から作り直すのとでは、手間と消費魔力が桁違い。

 レズリーさんとしては、僕が少し攻撃の手を緩めたくらいで、完全抵抗フルレジストを解きたくないわけだ。


 解こうものなら、再び僕の黒魔法が自分や仲間を襲うかもしれないから。

 その懸念は正しいし、その上で、僕は黒魔法を仕掛けない。


 彼の魔力は、万が一のために消費され続ける。

 その間に、僕はのちの黒魔法のために魔力を溜めることが出来るのだ。


 しかしこの策も、永遠には続かない。

 完全抵抗フルレジストを展開しながらも、レズリーさんは魔力を練っている。

 通常時に比べれば遥かに遅くはなっているが、練っているのだ。


 つまり、こういうことになる。


 世界最高峰の魔法使いが、攻撃に使えるだけの魔力を練り上げ、僕ら三人を退場させる前に。

 僕らは人間要塞ミルドレッドさんを抜き、類まれなる弓使いの矢に対処し、三人を退場させる。


「っ、ぅッ――!?」


 瞬間。

 ヨスくんの右手を、矢が貫いていた。

 僕に迫ったシオさんの攻撃から、彼が守ってくれた形だ。


「ヨスくん!」


「大丈夫です、このくらい!」


 メラニアさんに盾役を任せたことで、正面から僕とヨスくんを射ることは不可能。

 並の射手ならそれで終わりだが、シオさんは魔法抜きの弓の技量では世界二位。


 対象が見えていない状態での曲射で、この精度。

 しかも、一射じゃない。


「フランちゃん!」


 メラニアさんが叫んだ。

 実況の声で、シオさんの矢が立て続けにフランさんに命中していると判明。


 彼女は全て右の怪腕で受け止めているようだが――まさか。


 フランさんの身体能力は凄まじい。

 熟練の射手であろうと、疾走する彼女に当てるのは至難の業。


 シオさんがいかに優れた弓使いだろうと、最終的な勝利を掴むことにかけては天性の才能を持つ【破壊者】を、そう簡単に射抜けるわけがない。


 それはつまり、この現実には技量以上のものがあるということ。


 もし、もし僕の考えている通りならば、恐ろしいことだ。

 【破壊者】はとにかく強い。勝利に引き寄せられるように、時に常識外の行動もとる。


 そんなフランさんが全ての矢を右腕で受けて進んでいるならば、それが最も勝利に近いということだ。

 ダメージ度外視で敵に突っ込むことこそが勝利への道だと、フランさんの本能が感じ取っているということだ。


 そんな選択をせざるを得ない状況に、シオさんが追い込んでいるとも考えられる。


 フランさんの勝利への道に向けて、射掛けているのだとしたら。

 理屈で測れないはずの【破壊者】の行動さえ読んで、弓を射る力が彼にあるのなら。

 彼の感覚は、常人を遥かに凌ぐ、極めて特殊で特別なものなのだろう。


 数万組いる冒険者パーティーの中で、八位。上位十組に名を連ねる強者。

 一筋縄ではいかないのは、当然。

 作戦を変えることはしない。


 実況の声を頼りに戦況を把握。

 フランさんがミルドレッドさんと対峙する。

 無数の矢が突き刺さったまま、フランさんは怪腕を振るった。


 ミルドレッドさんはそれを盾で防いだ。吹き飛ばされることはなく、僅かに後退した程度。


 シオさんの狙いが再び僕へと移ったのが、曲がる矢の襲撃でわかった。

 ヨスくんは己に白魔法を掛け、種族の特性である身体能力と頑丈さを活かして、矢を時に叩き落とし、時に弾く。


 彼は、自分をどこか中途半端な存在だと感じているようだった。

 鬼として突出した身体能力があるわけではなく、目覚めた【役職ジョブ】は【白魔導士】。

 だが、それは違う。


 彼は戦える【白魔導士】なのだ。

 仲間を癒やし、サポートするだけではない。

 己に白魔法を掛ければ、鬼の膂力を活かして攻撃も防御もこなせるようになる。

 戦闘も盾役も治癒も強化もこなせる。

 どのような局面でも仲間の力になれる万能選手への道が、彼には開けている。


「~~~~っ」


「メラニアさん。この調子でお願いします。貴女が前に立ってくれているおかげで、なんとか矢に対応できる」


 ヨスくんが言う。


 フランさんの突撃を見守るしかなく、またシオさんの曲射によって僕らが脅威に晒されていることから、メラニアさんは無力感に襲われつつあったようだ。


 彼の一言で、自分の役割が勝利のために必要なものであると再認識したようだった。


「う、うんっ!」


 メラニアさんが巨大な壁として存在するからこそ、シオさんの矢は直線ではなく曲線を描くようにやってくる。

 それがどうしても速度を犠牲にするために、ヨスくんの反応が間に合っているのだ。


 相手はどうしたって格上。実力差を埋めるために、仲間の力を結集し、策を講じる。

 しかし、策があるのは敵も同じ。


 ――フランさん……。


 彼女はミルドレッドさん相手に攻めあぐねているようだ。


「あの時間で完治する傷ではありませんでした。もしかしたら、その所為で……ッ」


 【白魔導士】の杖で矢を弾きながら、ヨスくんが不安げな顔をする。


「うちのゴライアが、ただでやられるものかい」


 ミルドレッドさんのそんな声が聞こえてくるようだった。

 治癒を施したものの完治には遠く、そこに更にシオさんの矢を無数に浴びている。


 十歳という年からは考えつかぬ攻撃力を持つフランさんだが、その要は右の怪腕だ。

 主要武器が破損している戦士、とでも想像すればいいのか。


 突破力が削がれていてもおかしくはない。むしろ、当然のことと言えた。


「……邪魔」


「そのために此処に立ってるもんでね」


 二人の戦いはまだ続きそうだ。


 レイドでも見たように、フランさんは怪腕が折られても諦めず、【人狼の首領】マルコシアスの喉笛に噛み付いた。

 彼女の勝利への嗅覚と執念は凄まじい。


 あの時は敵だったが、今は頼もしく信頼できる仲間だ。


「レメさん……?」


 ヨスくんが怪訝そうな顔をしている。


「大丈夫だよ、作戦は最後まで」


「……はい!」


 僕は自分の表情を確かめるように、杖を持っていない方の手で頬に触れた。


 どうやら、僕は少し笑っていたようなのだ。


 もちろん勝つために此処にいるのだし、喜んでピンチを迎えているわけではない。


 だが、それでも。

 王道の体現者たちが、自分の予想を超えてくるというのは、冒険者ファンとしては嬉しいものがある。


 その上で、僕らが――。


「みんな、レズリーさんの――」


 僕の言葉を継ぐように、彼もまた口を開いていた。


「――魔力が溜まった」


 まるで、隕石だった。


 火と土の、複合魔法なのか。

 燃える巨岩が、上から落ちてくる。


 メラニアさんが盾を捨て、僕らの上に覆い被さる。


 衝撃と爆音、そして光と熱。


 上下左右の感覚が乱され、風に煽られる紙か何かのように宙を舞う。

 砕かれたフィールドの破片と共に地面に転がり、震える体を必死に起こす。

 眼球自体が回転しているのかと錯覚するほど揺れる視界の中で、なんとか状況を確認。


 フィールドの一部が大きく窪み、黒く煤けていた。

 メラニアさんの姿は――ない。


 退場したのだ。


「……咄嗟の動きにしては早すぎる。これも織り込み済みだったのか」


 レズリーさんの呟きと共に、僕の頭上から、光熱の雨が降り注ぐ。

 熱線に貫かれる寸前、僕の体を掻っ攫う者がいた。


 ヨスくんだ。

 彼が疾風のように僕を運んでくれたおかげで、熱線は大地を溶かすに留まる。


「メラニアさんがしたように、僕も貴方を守ります!」


「あぁ!」


 風刃による攻撃も、足元の凍結も、ヨスくんは巧みに回避する。

 シオさんの矢が何本も体に突き刺さるが、ヨスくんは止まらない。


 炎の壁が、立ち昇った。

 ヨスくんが一瞬立ち止まった機を逃さず、壁は囲いに進化する。


 炎熱は飛び込むのを躊躇わせるほど。

 彼の判断は早かった。


「レメさん、信じています」


「分かっているよ」


 ヨスくんは真っ直ぐ僕を見て言った。


 迷わず頷くと、フッと微笑みを返してくれる。


 そして、ヨスくんは僕を投げた。



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