第276話◇レイスパーティーVSジャックパーティー4/深海の揺籃




 直後、天より雷撃が降り注ぎ、数秒後に魔力粒子がパラパラと散る。

 ヨスくんの魔力体アバターが崩壊したのだ。


 僕は受け身をとって転がると、そのまま疾走。

 着地地点に襲い掛かる風刃をなんとか回避し、水刃を転がるようにして避けた。


 地面が凍結されて片足が巻き込まれる。

 仕込杖を抜き、迷わず足首を切断。


 みっともなく片足で跳ね、爆破魔法からなんとか逃れる。


 矢が体を貫く。

 致命傷だが、魔力器官を逸れているし、幸いなことに頭も無事。


 思考できる脳と、それを魔法にしてくれる臓器さえ無事ならいい。


「……間に合わなかったか」


 それがレズリーさんの最後の言葉だった。


 僕が最後に放った黒魔法は彼の完全抵抗フルレジストをも超え、三人の冒険者全員の思考に『空白』を差し込む。


 その効力が、僕が退場するまでの短い時間だとしても、構わない。

 あとは仲間の【破壊者】がなんとかしてくれる。


 そして、残る【勇者】同士の戦いだって、心配要らない。


 僕らの戦いは人によっては無様に映ったかもしれないが、仲間を信じて時間を稼ぎ、仲間のために傷つきながらも奮戦したみんなは、僕にとっては勇者ヒーローも同じだ。


 こうあるべき、という姿を確立していない新人パーティーだからこその、なりふり構わない粘りが、この結果を引き寄せたのだ。


 退場なんてしたくない。


 それでも、レイスくんになら任せられる。

 彼はもう、誤った勇者像に囚われた少年ではない。

 その上で、ちゃんとわかっている。


 だって、最後に必ず勝つのが――。


 ◇


 ジャックパーティーの残り三人が、フランによって一気に退場する。


 同時にレメさんの魔力体アバターが限界を迎えて崩壊。


 俺に合流しようとしたフランの肉体も、パラパラと散る魔力粒子へと姿を変えた。


 ゴライアとの戦い、シオの矢、ミルドレッドとの攻防と連続した中で、蓄積したダメージは既に限界を超えていたのだろう。


 あとは、俺とジャックだけ。

 ジャックには水刃も、氷結も、水属性の基本的な攻撃は全て通じない。


 あとは仲間をも巻き込む大規模魔法など、使い所に気を使う大技のみ。

 仲間はつい今、退場してしまった。


「……素晴らしい仲間を得たな」


「わかってるよ」


 ジャックの顔に驚きはない。何が起こるかわからないのが勝負の世界だ。

 ただ、感嘆の念が滲んでいる。

 

 苦楽を共にした仲間たちが、元四位の【黒魔導士】がいるとはいえ、新人パーティーを前に全滅したのだ。

 そのことを受け止め、彼は俺の仲間を讃えている。


「だが、仲間に託された思いを叶えられるのは、我々の内、どちらか一方のみ」


「それもわかってるって」


 それぞれの仲間たちは、自分たちの勇者が勝つと信じている。

 でも、実際に勝つのは片方だけだ。


 ジャックが一瞬、目を伏せる。


「惜しいことをした。君にも彼のようになれる才覚があったというのに」


 レイドでは終盤まで主に風魔法を使っていた。

 父のように、だ。


 俺は父さんを馬鹿にするやつらが気に食わないし、自分が生まれたばかりに父が引退を決め、そのタイミングが二位に転落した時だったことが、悔しくてならなかった。


 自分がいなければ次の一年で父は一位に返り咲いた筈だと思っていたし、でもそんな『もしも』を世界が許さないこともわかっていた。


 だから、証明しようとしたのだ。

 精霊に頼らない勇者だからなんだ、と。そんなものは関係がないのだと。


 不屈の努力が人を高みに登らせるのだし、そうして頂きに辿り着いた父を馬鹿にする奴らに、馬鹿なのはお前らの方だと証明してやりたかった。


 けれど、父の軌跡をなぞろうとするばかりに、俺は失念していたのだ。

 それを、フェニ――じゃなくて、【不死の悪魔】ベヌウと、あの人が思い出させてくれた。


「俺やあんたと、父さんの違いが分かってないね」


「違い、だと?」


精霊よウンディーネ


 呼ぶ。


「――――ッ!?」


 次の瞬間には、フィールドが水で満たされていた。

 息を呑む者や、悲鳴に近い驚き声を上げる観客もいたが、この水は彼らのところには届かない。


「……これは」


 ジャックは喋っているし、魔力体アバターは引き続き呼吸を再現している。

 そう。これは水であって水ではない。


『良かったの? 坊や。この精霊術は――』


 ――いいんだ。今ここで、お前の力を貸してくれ。


『んんッ……!! え、えぇ、もちろんよ』


 ウンディーネは悶えるような声を出したが、そのあとは静かになった。


 確かに、まだ完全に扱えるとはいえない。それに、切り札はギリギリまで隠しておきたかった。


 でも、この人を倒すのは、これがいい、、、、、


 理屈ではなく、これは感情だ。


「『深海の揺籃ようらん』っていうらしいよ」


「深奥、か」


 四大属性というのは、あくまで人の認識。

 たとえば空間を統べる精霊の権能の中で、常人に再現可能なのが風属性、というだけ。


 火属性の深奥『神々の炎』は、焼却の形をとった『破壊』の権能だ。


 風属性の深奥『天空の箱庭』は、空間の連続性という、既にある理を弄る『編集』の権能だ。


 水属性の深奥『深海の揺籃』は、生命の誕生を擬似的に再現する『創造』の権能だ。


 土属性の深奥にも、この世界のルールを一時的に無視できる、特別な力がある筈。


 この海には、龍が棲んでいる。


 俺がそう決めたから、そうなる。


 蛇の体に、ドラゴンの頭。空を泳ぐとも言われる幻想生物。

 それがこの深奥の中で何体も生まれ、ジャックに襲いかかる。


 一体一体が、レイドの最終戦でベヌウにぶつけた個体と同じかそれ以上の魔力が込められている。


「父さんは、精霊に選ばれなかったんだよ。それでも頑張って、最高の勇者になったんだ」


「あぁ、そうだ! それがどれだけ難しいことか! どれだけ素晴らしいことか! それを世に知らしめるために――」


俺たちは選ばれただろ、、、、、、、、、、


「――――」


「あんたのやり方を否定するつもりはないよ。実際世界八位になった。でも、俺はさ、気づいちゃったから」


「気づいた?」


「精霊っていうのはさ――六人目の仲間なんだよ」


「六人目の、仲間……」


 一体の龍が嵐衝で吹き飛ばされる。

 俺は新たに生み出した龍の背に乗る。


「憧れるのはいいと思うよ。俺だって同じだ。でも、俺たちは【不屈の勇者】にはなれないし、なろうとすべきじゃない。同じなら、過去の攻略映像でも観てればいいんだから」


「ならば君は何者になろうとしている!」


 ジャックは水魔法を駆使して高速移動。

 龍の包囲を抜け出し、こちらに迫る。


 だが既に片腕がなくなっていた。

 包囲を突破する際に食われたのだ。既に魔力の漏出が始まっている。


 俺も聖剣を構え、龍で彼に向かっていく。


「簡単なことだよ。最高の勇者に憧れたなら、目指すのは一つじゃないか」


 水を裂きながら俺たちは互いを目指し、たった一瞬の交差のために残る力全てを振り絞る。


 彼の剣が迫る。

 俺の剣が彼に向かっていく。


 そして、叫ぶ。


「――そいつよりも凄い勇者になるんだ!」


 水で出来た龍の頭が落ち、その肉体が微塵に裂かれた。


 ジャックの胸に斬撃が刻まれる。


 振り返る必要はない。彼の体は崩壊していく。


「……そうか。そうだな。一位というのは世界の頂点。彼と同じを目指すだけなら、到達点が同率一位だ」


「それが悪いとは言わないけどね。俺は、仲間と立つなら本当の頂上がいい」


「最高の勇者よりも、もっと凄い勇者」


 ジャックが、笑ったように思えた。そして、彼はこう言葉を続けた。


「――確かに、俺もそちらの方が見てみたい」


 深奥を解く。

 精霊術でこの世に顕現した幻想生物も、それらの誕生を許す深き海も、消えてなくなる。

 そして、【十弓の勇者】も、光る粒子となって散った。


「なら、俺を見てるといいよ」


 とはいえ、彼のことだ、自分自身がそうなるべく、これまで以上に力を磨くことだろう。

 それでいい。それがいい。


 本気で目指すから、一番には価値があるんだ。

 今日の戦いに勝利したことで、俺たちは一足先に最高を証明する舞台に上がる。


 【不屈の勇者】率いる冒険者。

 最強の魔王率いる魔物。

 彼らと、戦うのだ。



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