第133話◇レイド戦前日の朝、魔王軍参謀の決意




 【大聖女】パナケアさんは、白魔法に極めて高い適性を持つ女性。もちろん本人の努力がなければ、あそこまでの効力を発揮する白魔法など発動出来なかっただろう。

 致命傷でなければ確実に癒やしてしまう白魔法の極地。あれは『奇跡』とか『白魔術』と呼ぶべき魔法だった。


 快活な性格で、本人は聖女という異名は自分に合っていないと苦笑していた。

 三十二歳で子持ちだが、十代の冒険者ファンでも彼女の虜になる者は多い。その美貌は衰えることがなく、年々磨きが掛かっているようにさえ思える。

 そんな彼女も、三人目の子供を懐妊したタイミングで引退を決意。


 そんな事情があって、入れ替わりに入るメンバーとして僕が勧誘された過去がある。

 僕は断ったので、エアリアルパーティーは違う誰かを誘うことになった。

 そのメンバーというのが――。


『【疾風の勇者】ユアン氏ッ! 格の高い風の分霊と契約している彼は今年で十三歳! エアリアル氏が育成機関スクールに特別講師として招かれた際に出逢った人材で、加入後は若き日の【嵐の勇者】を思わせる活躍で聖女脱退に落ち込むファンの心を沸かせました!』


 このユアンくん、実は【氷の勇者】ベーラさんと同期らしい。

 今年の新人は豊作だという記事をどこかで読んだことがあり、ベーラさんとユアンくんもばっちり載っていた。特にこの二人はランク上位パーティーに加入したことで、知名度で他の同期に大きくリードしていると言えるだろう。


 そして、力不足と批判されない程度に、優秀。

 一位と四位パーティーでその評価となると、群を抜いて有能ということ。


 実際に話したことがあるが、なんというか、エアリアルさんが先に僕を勧誘していたことでライバル視されてしまったのか、友好的とは言えなかった。

 礼儀正しい少年で、しっかりと会話には応じてくれるのだが、ほんの僅かに棘を感じた。


 彼からすれば、僕は尊敬する【嵐の勇者】の誘いを断った男で。自分はレメが断った『おかげ』で誘いが回ってきた。複雑な気持ちだろうし、仕方がない。


「最近は冒険者も美形が多いですね」


 レイスくんが明るい美少年だとすれば、ユアンくんはクールな美少年。


「ミラさんは、見る時にそういうの気にするの?」


「どうでしょう。目の保養なんて言いますが、確かに美しいものを視界に収めるのは、それだけでなんとなく気分が良いかもしれません」


 ミラさんは何気なく答える。


「そういうもの、か」


 確かにフェニクスは白皙の美青年って感じで女性ファンがわんさかいるし、ラークは眠たげな目をしているけれどイケメンなこともあり、モテモテだ。


 近年では、以前よりも冒険者の容姿も重要視されるようになってきたのは事実。

 ライト層を取り込むのに、美男美女という分かりやすい魅力は効果的。


 そういう意味でも、僕は不人気だった。


 ミラさんの言っていることは分かるのに、何故か、ほんの僅かに引っかかりのようなものを覚える僕。


「ですが、私にとってはあくまで芸術品を愛でるようなものです。鑑賞に近いですね」


「あぁ、なるほど」


 続く彼女の言葉に、自分でも驚くほど――安堵していた。

 ――あれ……?

 僕は自分で自分の気持に戸惑う。

 今のって……もしかして。


「ふふふ、嫉妬してくださいましたか?」


 見透かしたような、彼女の視線。


「えっ、いや……」


 彼女が席から立ち上がり、卓上の僕の手に、自分のそれを重ねる。


 陽だまりのように温かく、陶器のようにすべらかな、白魚の手。

 血のように赤く、宝石のように美しい、両の瞳。

 氷菓のように甘く、酒のようにこちらを酔わせる、美しい声。


「二年前から、私が夢中になっている殿方は、たった一人ですよ」


 ミラさんはそう言って、ニッコリと微笑む。

 心臓を鷲掴みにするような、強烈で美しい笑顔だった。


「あ、ありが、とう……?」


 頬が熱を持つのを感じながら、僕はなんとか言葉を紡ぐ。


「ふふ、どういたしまして?」


 僕らの会話中、映像板テレビではエアリアルさんの紹介が流れていた。


『そして最後はこの方! 全冒険者の頂点に立つ人類最強! ――【嵐の勇者】エアリアル氏! もはや説明は不要と思いますが、四大精霊本体と契約し、風の精霊術を操る彼の武勇は誰もが知るところ! このレイド戦で、同じく四大精霊契約者であるフェニクス氏が敗れた魔王軍参謀を、いかにして破るのか! 要注目です!』


「……ところで、今の説明ですが、まるでレメゲトン様が負けることが決まっているかのような言い様に私は凄まじい怒りを覚えるのですが。スポンサーにクレームを入れてやりましょう」


 しっかりと聞いていたらしいミラさんが、画面を睨みつけていた。

 

「いやいや……」


「レメさんは悔しくないのですか。そもそもがあぁいった些細な言動に『魔物はやられ役』という意識が滲み出ているのです。それらを払拭せんと立ち上がったレメさんにとって、彼女の発言は度し難いものの筈では?」


 まぁ、気にならないと言えば嘘になるけれど。


「注意して変わるものなら、とうの昔に変わっていると思う」


「それは、そうですが」


 ミラさんはまだ納得出来ない様子。

 気持ちは分かる。


「証明すればいいよ」


 ミラさんは何か言おうとしていた口を、すぅと閉じた。


「勝てばいい。今の世間の認識は、もちろん設定もあるかもしれないけれど、冒険者達が無数に積み上げた勝利の功績とも言える。だから、僕らも積み上げればいい。同じくらい勝って、強い人達だって倒して、どちらが勝つか分からないのがダンジョン攻略なんだって、みんなに思わせるんだ」


 フェローさんのように、急いでダンジョン攻略を無くさなくとも。

 時間は掛かるが、僕はこの方法でいきたい。


 今回は、大きなチャンスだ。

 冒険者の頂点を含めたトップの強者たちを、一度に撃退出来るのだから。


「……さすが、レメさんです」


 また、ミラさんは微笑んだ。

 だが先程と違い、とても、誇らしげな微笑。


「魔物が勝つこともあるのだと、世間に見せつけてやりましょう。第一位であろうと、敗北とは無縁ではいられないのだと。我ら魔王軍が、証明するのです」


「あぁ、そうだね」

 


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