第202話◇大魔法使いの夢と頼み

 


 マーリンさんは光る蝶を眺めながら、語りだす。


「そう長い話じゃないがね。私が冒険者を目指したきっかけのようなものさ」


「え」


 僕は驚いた。

 有名な冒険者だと、様々なインタビューで訊かれるものだ。

 冒険者を目指したきっかけは? と。


 マーリンさんも同様だが、彼女の場合は誰も本当のきっかけを知らない。

 彼女が毎回、違う話をするからだ。


 ファンの間では、彼女の毎度違う話を楽しむ者や、今まで話したものの中に本当のエピソードが隠れているのではと推理する者もいるほど。


「安心したまえ、これから話すのは本当のことさ」


「……それを、僕に?」


 彼女は薄笑みを向け、それから口を開く。


「なぁに、大した話じゃあない。幼い頃、私は精霊を見たことがあるんだ」


 マーリンさんの話はこういうものだった。

 小さな頃、彼女は精霊の姿を見た。精霊達は輝く蝶、舞い踊る花びら、弾ける火花、空に向かって降る雨、絶えず形を変える石像など、様々な魔法で遊んでいた。


 それは精霊たちにとって意味のあることなのかもしれないし、ないのかもしれない。

 だがマーリンさんは心奪われたし、彼ら彼女らが遊び、楽しんでいるように見えた。


 楽しそうだと思ったら、混ざりたくなるのが子供というもの。

 しかし、マーリンさんは精霊たちの遊びに混ぜてもらえなかった。

 彼女に気付くと、その瞬間までの出来事が嘘だったかのように、みんな消えてしまった。


「私があらゆる属性の魔法を極めんとしたのは、単純なことなのさ。またいつか精霊に逢った時に、今度は混ぜてもらいたいからなんだ」


 そう言うと、マーリンさんは杖を振るう。

 彼女が話した精霊の遊びが、現実のものとなった。

 その幻想的な光景に、僕は言葉を失う。


「笑うかい?」


「まさか」


 咄嗟に答えていた。

 幼い頃の夢を抱え、四大精霊契約者並の魔法を扱えるようになった。

 その努力を思えば、尊敬こそすれ笑うなど有り得ない。


「ふふ、君ならそう言うと思っていたよ。なにせ……」


 なんとなく、分かってきた。


「……僕も、子供の頃の夢を追ってる人間だから、ですか」


「あぁ、その通りだ。私と違って、君は無理解な他人に批判されることも恐れなかったがね」


「……マーリンさんを怖がりだとは思いませんよ」


「あはは、ありがとう。確かに私は、煩わしいのが嫌なだけだよ。叶う叶わないを顔も知らない他人に決めつけられるのは不愉快だからね。だが、話したいのはそのことじゃあないんだ。君なら、私がエクスのパーティーに入った理由が分かるだろう?」


「『精霊の祠』を介さずに、精霊と知り合った人間だから、ですか?」


「そうだ。私と彼らで何が違うのか。選択次第では、私も精霊と友人になれたのか。気になって仕方なかったよ。まぁ、結局よく分からなかったがね。おまけに、一緒に二位にまでなってしまった。いや、一つ分かったかな」


「そうなんですか?」


「精霊は、面白い人間を好むんだよ。この『面白い』ってのが精霊基準だから難しいのだが、少なくとも『綺麗』とか言って近づく女児ではダメだったようだね」


 分かりやすい例だと、【湖の勇者】レイスくんか。

 彼は当初、精霊の力を借りないと言っていた。そんな彼を、水精霊本体は気に入ったわけだ。

 精霊が人を選ぶ基準は、よく分からない。もちろん、精霊にもよるだろうし。


「……もしかして、今回の仕事も?」


「ふふふ、最深部に行けば精霊に逢えるかもと聞いてね。もちろん、それだけではないが」


 彼女が杖を下ろすと、全ての奇跡が停止した。

 後には何も残らない。


「私はな、レメ。目的こそ精霊との再会だったが、魔法の上達が楽しかったよ。きっかけはどうあれ、今の仲間も気に入っている。人生のほとんどが目的達成までの過程に過ぎない筈なのに、楽しいんだ。変だろうか?」


「いえ、そんなことはないと思います」


「そうだよな。過程を楽しんでもいいんだ。努力を楽しんでもいい。何も、目的を達成するまでの時間、苦しまなければならないわけじゃあない。そうだろう?」


「……はい」


君はどうだい、、、、、、?」


「――え?」


「君は、優れた【黒魔導士】だ。この旅を見て、フェニクスパーティー時代のやり方も理解出来たよ。黒魔法のすごさをアピールするより、君の影の努力で仲間のすごさをアピールする方が分かりやすいし、派手だし、視聴者が楽しめる攻略になる。画面の向こうでは魔力も感知出来ないしな。アルバの反応などを見るに、仲間にもバレないよう魔力を隠しながら魔法を使っていたのだろう? 大した技術だ」


「……」


 仲間に気持ちよく戦ってもらう為には、必要なことだった。

 アルバは【戦士】だからまだ誤魔化しが効くが、隠していなければさすがにリリーあたりには気づかれていただろう。


「努力と我慢は違う。君自身が黒魔法を好きになって、勇者になるまでの道のりを楽しんでくれることを、友人として願っているよ」


 マーリンさんの言葉に、僕は固まっていた。

 あまりに衝撃的だったからだ。


 彼女の言葉というより、自分の無意識というものに気づいて。

 僕は、冒険者が大好きだ。攻略動画を観るのも好きだし、勇者という存在が大好きだ。

 でも、僕は考えたことがあるだろうか。思ったことがあるだろうか。


 黒魔法が好きだ、なんて心から思ったことがあっただろうか。


「レメ?」


 僕の様子に気づいたマーリンさんが、近づいてくる。


「……僕は、もしかすると、考えたことがないかもしれません。【黒魔導士】になりたいわけじゃなかったから。それなのに、【黒魔導士】になって。それでも諦められずに、勇者を目指すことに決めて……だけど、そうか。それは、黒魔法に、とても失礼なことだった」


「……好き嫌いを通過しないままに、そこまで鍛え上げたというのは凄まじいがね」


 考えてみる。

 確かに、黒魔法によるサポートは僕がかつて目指した勇者像とは重ならない。

 だけど、仲間の勝利に貢献する黒魔法が、僕は嫌いじゃない。嫌いじゃないのだ。


 魔王軍に入ってからは、実感することが多くなった。

 多分、仲間のみんなが認めてくれたからだ。

 僕の貢献があって、冒険者達を撃退出来たのだと。勝てたのだと、言ってくれたから。

 僕は、そんな黒魔法が、きっと――。


「ありがとうございます、マーリンさん。僕は、きっと黒魔法が好きです。仲間の助けになる度に、どんどん好きになれる。僕が憧れたのは、仲間を勝たせる勇者だから。黒魔法でも勇者になれるんだと、そう思えるような出逢いに恵まれたから」


 今度は、マーリンさんが驚いたような顔をしていた。


「いやはや、君はまったく……普通、もっと引きずりそうなものだが。いや、認識していなかっただけで、答えを既に持っていたのか。新しい職場は、よほど良いところのようだね?」


「……えぇ、そうですね」


「そうか……あいつにも、君を見習ってほしいくらいだな」


「あいつ……?」


 マーリンさんが頷く。


「あぁ、実のところここからが本題なんだ。気づいているだろう? エクスのやつの問題に」


「……問題、かは分かりませんが。何かに悩んでいる様子はありました」


 温泉の時もそうだったが、たまに翳を感じることがあった。


「それだ。そのことで、少しパーティーが荒れてね」


「二人を欠いての参加だったのは……」


「あぁ、二人は修行すると言って不参加になった。それはいいんだが、エクスのやつは気にしていてね」


「……戦いぶりを見るに、特に不調は感じませんでしたが」


「そりゃプロだからな。仕事中は、悩みに足を引っ張られはしないさ。しかし問題は根深い。些細な喧嘩に留まらないんだ」


「……それを、何故僕に?」


「エクスは、君の脱退に胸を痛めていた。どこかで自分と重ねていたのだろうな」


 再会した日も、彼は同じようなことを言っていた。


 【黒魔導士】と【漆黒の勇者】。

 黒魔法と、影の精霊術。

 不要とされる【役職ジョブ】と、四大精霊に属さない精霊の契約者。

 重ねることは出来るかもしれないし、人によっては共通点がないと思うかも。

 

 ただ、エクスさんが僕を気にしていてくれたというのは、嘘ではないと感じた。


「私や他の仲間ではダメなんだ。距離が近すぎるんだな。エアリアルやフェニクスなんて論外さ。あんな、世界の主人公みたいな奴らの声は、むしろ毒だろう。彼らに憧れ救われる人間は世界中にいるが、エクスは救えない」


 格好いい人を見て、憧れる者もいれば妬む者もいる。

 優しい人と関って、救われる人もいれば自分を惨めに思う人もいる。

 相手の善悪と関係なく、自分次第で受け取り方は変わる。


 今のエクスさんの抱える問題は、仲間や四大属性に愛された者達では解決出来ない、のか。

 温泉で、エクスさんは僕に何か話そうとしていた。


「エクスさんは……過程で苦しんでいるんですね」


 マーリンさんが世間に公表されていない自分の夢を明かし、目的と過程について触れたのは、ここに繋がるのだ。

 僕の言葉に彼女は、悲しげに微笑んだ。


「私達のリーダーに、どうか君の思う最良、、の選択を。頼めるかい?」


 答えは決まっている。


「僕に出来ることがあれば、やります。僕も【漆黒の勇者】が大好きですから」


 彼女は一瞬優しげに微笑し、直後に渋面を作った。


「……おい、僕『も』だと? それではまるで私『も』あいつのことを大切に思っているみたいじゃあないか」


「え」


「勘弁したまえ、誰があんなやつなど」


 やれやれ、と肩を竦めるマーリンさん。

 そんな彼女を見て、僕は思わず吹き出す。


「何故笑う」


「いえ、少し羨ましいなと。仲が良いんですね」


「あぁ?」


 めちゃくちゃ嫌そうな顔をされた。


「……はぁ、まぁいい。機会があったら頼むよ。きっと、君の言葉ならあの馬鹿にも届くだろうから」


「はい」


 そうして、僕は天幕に戻った。

 朝、目を覚ますとフルカスさんが僕を見下ろしていて驚いた。


「おっ、おはようございます」


「ん、おはよう」


「……釣り、ですよね。大丈夫です、覚えてます」


 早朝の時間帯なので他の者を起こさないよう気をつけつつ、ヨスくんに声を掛けてから、外へ出る。

 予想外だったのは、エクスさんも起きて一緒に行くと言い出したことだ。


「懐かしいなぁ。昔は父に連れられてよく行ったものだよ」


 楽しそうに笑う彼は一見、悩みなどなさそうに見える。


 だが、生きていれば色々ある。冒険者は人気商売、僕だって直面する悩みの幾つかは分かるつもりだ。

 それらを隠して、僕らはダンジョン攻略に挑み、ファンの前では笑うのだ。


「食い尽くす」


「あの……フルカスさん、ほどほどにしていただければと」


 ちなみに、釣果は上々だった。

 ほどほどのところで切り上げ、キャンプに持ち帰る。

 さすがのフルカスさんも、川から魚を消すほどに釣るつもりはなかったようで安心した。


「無くなったら、もう食べられない。それは損」


 ということらしかった。

 無くなるくらいに捕れるし食べられる、ということには驚かない。フルカスさんなら有り得る。


 今日は朝夕の二回、ダンジョン調査を行う予定。


「どうした、レメ?」


 串に刺さった焼き魚を頬張りながら、エクスさんが言う。

 どうやら無意識に彼の方を見ていたらしい。


「いえ、味はどうかな、と」


「あぁ、美味いよ」


「それはよかった」


 温泉で彼に言われたことを思い出す。

 エクスさんは僕の心が強いと褒めてくれた後で、言っていた。


 ――俺は……弱い。


 彼自身がそう思うような何かが、あるのだろう。

 僕で力になれるなら、なんとかしたい。


 そんなことを考えながら、朝食を腹に入れる。


 そして、その日もオリジナルダンジョンの調査が始まる。



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