第201話◇釣りの約束と夜の輝き




 非戦闘員の合流を待って、僕らはダンジョン探査を再開した。

 結論から言えば、第三層の攻略は成功。


 僕らは第三層と第四層を繋ぐ通路にセーフルームを仮設し、キャンプに帰還することが出来た。

 それも、一人の退場者も出さず。


 みんなの力を合わせた結果だが、エクスパーティーの貢献は特に凄まじかった。

 第三層で言えば、一番はマーリンさんか。


 彼女は氷の大地、その下部に氷結を施し、氷を厚くした。これによって、海中のモンスターが容易に氷を突き破って出てくることが出来なくなった。また、出てきたとしても振動やヒビから襲撃が予期出来るようになったのだ。

 それだけではない。


 二本の牙を有した巨大な象の亜獣が突進してきた時には、それを巨大な『空気の槍』で迎え撃ち、倒してしまった。


 その後も氷属性を使う小人やワニとトカゲを混ぜたような亜獣、クリスタルゴーレムなどなど様々な脅威が現れたが、僕らはそれらを突破。

 遠慮がない分、普通のダンジョンよりずっと厄介と言えた。


 フロアボスクラスを大量投入されれば、それは冒険者達も苦労するというもの。第一陣が全滅を繰り返したのも頷ける。


「あの……マルグレットさん。少しよろしいでしょうか」


「えぇ、ミラ様。なんでしょうか?」


「その……今日の調査で回収した魔法具ですが」


 ミラさんとマルさんが話している。

 そう、今日は魔法具も発見した。魔法具だけではなく、色々見つけた。


 たとえばクリスタルゴーレムにトドメを刺したのはフルカスさんなのだが、崩壊したゴーレムの中から宝箱が落ちてきたのだ。

 開けてみると、かつて滅びた国で流通していた金貨が、ぎゅうぎゅうに詰まっていた。


 オリジナルダンジョンで見つかるものは二種類に分けられる。

 精霊が集めたものと、精霊が作ったものだ。


 金貨は前者だろう。お金に価値を見出したのではなく、造形が気に入ったとかキラキラしているものが好きとか、そういう理由だと思う。


 ちなみにミラさんの言う魔法具は、クラーケンを倒した付近に落ちていたもののことだ。

 金属製の筒で、底があり、蓋もついていた。中は空洞で、マルさんが言うには水筒だそうだ。


 どのあたりが魔法具かというと、容量だ。

 試しに水を沢山入れてみたが、いつまでも溢れないのだ。というか、覗き込んでも中身は空っぽのままなのである。

 しかし水を注いだ本人が念じながら傾けると、水が流れ出た。


 正確な容量は分からないが、かなりの量なのは間違いない。

 おそらく、中に入れた液体は劣化しないとのこと。


「例の水筒でしょうか?」


「えぇ、それを譲っていただくことは出来ませんか? もちろん、適正な価格で、です」


「なる、ほど……。血を入れて使うおつもりなのですね」


 ミラさんはこれまで吸血蝙蝠や吸血蛭に吸わせた敵の血によって、自身の血液量を越える攻撃を可能としていた。

 普段から血を抜いて保存し、それを防衛に――ということは、難しい。


 魔力体アバターの一部装備には条件があって、それを所持しているという情報が必要なのである。


 たとえば、アルバの魔法剣がある。

 これを魔力体アバターで再現するには、もちろん本体の存在が必要。

 本体の情報を読み込み、魔力で再現するわけだ。


 だが、これだけで良いとなると、たとえばアルバが魔法剣を貸したり売ったりすることで、『伸縮自在の魔法剣』を様々な冒険者や魔物が使用する、という事態が起きかねない。

 本体は世界に一つしかないのに、色んな魔力体アバターが同時にそれを使えてしまう。


 そういったことを防ぐため、魔力体アバターで特別な装備を再現する時には、本体を所持していなければならないとした。

 体内を流れる血ではなく、別途抜いておいた血の場合もこれに該当する。


 なのでミラさんが自分の血の追加分を防衛で使うには、魔力体アバターの装備に登録したものと同じ血を、『繭』に入る時に所持していなければならない。

 これだと日常的に自分の血を抜かなければならず、負担が大きいのだ。


 しかし水筒の魔法具があれば、中に入れた血は劣化しない。

 登録したものと同じものを用意する、という問題もクリア出来る。


 しかも容量が大きいので、どんどん血を溜められる。

 血を操ることに特化した【操血師】であるカーミラの強化に繋がる。


「はい。なんとかお願い出来ないでしょうか……?」


 このダンジョン調査に掛かる費用が膨大であることは、携わる人の数や機材だけでも分かる。

 僕らにはちゃんと報酬も用意されており、基本的に取得物の所有権はフェローさんとマルさんのところの商会にあるわけだ。


「私の一存ではなんとも……」


「そう、ですよね……」


「ですが、私としましても誰とも知らぬ金持ちの手に渡るより、ミラ様に使っていただく方が安心です。良い答えをご用意出来るよう、力を尽くすと約束いたします」


「……! ありがとうございます、マルグレットさん」


「出来れば、マルと。親しい方はそう呼びます」


「うふふ。はい、マルさん」


「ところでミラ様。一つ伺いたいのですが、私どうにも飛行の感覚に慣れず、『天翼』の扱いに不安が残るのです。ミラ様は血で創造した翼で美しく空を舞っておられましたが、コツなどあるのでしょうか?」


「あぁ、あれはですね――」


 二人の美女が微笑みながら会話に花を咲かせている近くで、【白魔導士】のヨスくんが衝撃を受けたような顔をしている。


「レメさん……ミラさんって、お金持ちなんですか?」


「え?」


「だって、魔法具を適正価格で買うって……ものによっては都会に豪邸建てられるくらいしますよね……?」


 その通りなのだが、ミラさんは無駄使いするようには見えないし、魔王城勤務前から魔物として働いていた。ずっとお金を溜めていたのだとしたら……届く、か……?

 どうだろう。しかしミラさんが払えるというのなら、払えるのだろう。


「どう、かな……。それより、今日はよく動けていたね。冒険者を目指しているって言ってたけど、育成機関スクールには本当に通っていないのかい? なんだか慣れてるように感じたけど」


「いやぁ……育成機関スクールは親に反対されまして。レメさんが慣れてるって思ったのは、きっと戦闘中の動きですよね……? 一応、戦いは仕込まれたんです、へへ……」


 曖昧に笑うヨスくんを見るに、あまり思い出したいことではないようだ。

 【白魔導士】に目覚めた息子に、戦闘の訓練を……?


「そ、っか……。じゃあ、将来が楽しみだね」


「……え?」


「だって、俊敏で、戦いの心得もあって、その上仲間みんなに複数の白魔法を掛けられる。そんな【白魔導士】になれるってことだろう?」


 ヨスくんは目を見開き、それからくすぐったそうに笑った。


「そうなりたいです。レメさんは……」


「ん?」


「レメさんは、どこかのパーティーに入るつもりはないんですか?」


「……そう、だね。タッグトーナメントとかのイベントに参加するなら別だけど、世界を旅する冒険者には戻れないかな」


「んー……それは残念です、とても」


 悩ましげな声を上げるヨスくん。


「レメ」


 ひょいっ、とこちらを見上げたのはフルカスさん。


「なんでしょう、フルカスさん」


「ここ、レメの故郷」


 最初は他人行儀にレメ殿なんて呼んでいたが、もう外れていた。旅の道中で親交を深めた……的な感じで通っているだろうし、問題はないだろう。


「はい」


「川あるって聞いた」


 それでピンとくる。


「……あぁ、ありますよ。魚も釣れますけど、今からだと遅くなるので明日にしましょうか」


「……朝一」


「あはは、そうしましょう」


 クラーケンを釣ったことで、うずうずしてしまったのだろう。あっちは食べられなかったし。


 フルカスさんは満足そうに頷くと、どこかへ歩いていった。

 ……炊事場の方じゃないかな、あっちの方って。


「……レメさん、緊張とかしないんですか?」


「緊張?」


 見ると、ヨスくんの顔は少し強張っている。


「だって彼女……フルカスさんは、相当遣い、、ますよね」


「そう、だね。フルカスさんはすごく強いよね」


「【勇者】に対応するのは【魔王】なので、魔物が【勇者】を倒すには普通、複数での連携が必要です。これがあるから、【魔王】のいないダンジョンでも防衛を成功させられるわけです」


 だいぶ前のことのように思えるが、僕と第一層のみんなで【雷轟の勇者】パーティーを全滅させたのも、『複数での連携』に含まれるだろう。


 彼らはまだまだ成長途中という感じだったが、それでも【勇者】単体と【黒妖犬】一体で後者が勝つのは難しい。ほとんど不可能と言えるくらいに。

 それが悪いということでは決してない。そういう現実があるということ。


「うん……」


「でも、何事にも例外はあります。たとえばアーサー殿なら、並の【勇者】には引けを取らないでしょう」


「そう思うよ」


 当たり前だが、【役職ジョブ】は【役職ジョブ】でしかない。

 【勇者】と一口に言っても、実力は様々。


 上が【嵐の勇者】エアリアルさんだとすれば、下は中級ダンジョン攻略に何度も失敗し失意に沈む若者までいるわけだ。

 人類の中では特別も特別な【勇者】も、【勇者】だらけの業界だと更に格付けされてしまう。


 それでも人類の中では特別。

 そんな彼らも、決して無敵ではない。


 今ヨスくんが言ったアーサーさんのように、優れた戦士の中には【勇者】と単騎で戦って勝ってしまうのではないかと思わせる実力者もいるのだ。


「フルカスさんも、です」


「……そうだね」


 フルカスは魔王城の仲間。褒められて嫌な気はしないが、言い方が少し気になった。


「フルカスさんと何かあった?」


「え? いえ、まさか。ほとんど喋ったこともないですよ」


 嘘ではないだろう。ヨスくんに限らず、そもそもフルカスさんはあまり喋らない。


「なんだかやけに実感がこもってる気がしてさ」


「……鬼の知り合いが多いんです。だから、こう、他の種族よりも強さが肌で分かるっていうか……。正直、純血でもあれほどの人はそうはいませんよ」


 今の時代、純粋な意味での純血がどれだけいるだろう。

 人間ノーマルだって、遡ればどこかに亜人の血が入っているなんて研究結果があるとかないとか。

 それでも、同種族同士の婚姻にこだわるところはまだある。


「鬼は、血が濃いほど強くなると信じられてるんだっけ?」


「はい……」


 ヨスくんからすると、フルカスさんは緊張する相手ということか。

 冒険者がエアリアルさんの前で緊張するのと似たものかもしれない。


「じゃあ、ヨスくんも明日釣りに行こうか」


「えっ……!?」


「無理にとは言わないけれど、同じパーティーだし。ずっと気を張り詰めているわけにもいかないだろう?」


「それは……た、確かにその通りです」


「大丈夫。怖い人じゃないよ。優しいし、あぁ見えてよく冗談を言ったりもするし」


「レメさんって……肝が太いですよね」


「え、そうかな……」


「物怖じしないというか……。勉強になります……!」


 何が……?

 しかし、ヨスくんの成長に貪欲な感じはとても良いと思う。


「う、うん。じゃあ、明日は行くってことでいいかな?」


「是非……!」


「無論私もお供しますね?」


 気づけばミラさんが隣に立っていた。


「うん、そうしようか」


 僕はもう慣れたが、ヨスくんは驚いて固まっている。


「レメ様、エクス様。少しよろしいでしょうか」


 マルさんに呼ばれ、僕はその場を離れた。

 集められたのは、五パーティーのリーダー達。


「改めて、本日はお疲れ様でございました」


 優雅にお辞儀してから、マルさんは続ける。


「本日の調査について、皆様のご意見をお聞きしたいのですが……」


「第三層は元々が第一陣に『適応』した構成だったのだろう? だからこそ、厄介ではあったが我々は上手く切り抜けられた。もちろん、仲間が優秀だったからこそ、だがね」


 エクスさんと目が合う。片方の唇を上げ、笑っていた。

 こういう些細な仕草がサマになる人っているよなぁ、なんて思う。


「ふむ、我々にとっては次の第四層が本番、ということですな」


 鬼の男性だ。ヒュドラの首を腕で締め上げていた人である。

 ミラさんをお姉様と呼ぶ猫の亜人の女性を含むパーティーの、リーダーだ。


「たとえば鉱山エリアのような狭い通路だらけの場所ですと、マーリン先生が得意とする大規模魔法は封じられますからね」


 こちらは魔法使いの女性。旅の途中、マーリンさんに魔法を習っている人の一人でもある。


「あー、そういうパターンもありますかー、ありそ~。うーん、というか、モンスター強くないですか? フロアボス戦なんて敵堅すぎて倒せるの~? ってなりましたしー」


 ウサギの亜人の女性だ。脚力が凄まじく、特に跳躍力がすごい。そこから繰り出される蹴りは、モンスターの腹に風穴を開けるほど。


 ちなみに堅いというのは、大体耐久力が高いという意味合いで使われる。


 フロアボス戦に出てきたモンスターは二種。

 一体は半馬半魚のケルピー。魚の下半身を持った馬の亜獣で、緑色をしていた。

 川や湖に住み、人を喰うと言われていたそうだ。


 もう一体は、硬質な肌と強靭な肉体を持った巨人。フルカスさんが言うには、グレンデルと言うらしい。

 グレンデルを倒すのは苦労した。


 ほとんどの攻撃が皮膚に遮られ、あまりの巨体にダメージが通っても大して効いていなさそうなのが辛かった。

 しかも敵の一撃でフィールドが破壊され、どんどん戦いづらくなるのだ。


 ケルピーが移動出来るよう、湖状のステージだったのも大変だった。

 最終的に、マルさんがフルカスさんの鎧を召喚し――これが、フルカスさんの鎧姿を使う方法――それを纏ったフルカスさんがグレンデルを抑えている間にみんなで準備した。


 僕は『防御力低下』を準備し、マーリンさんや魔法使いの方々は風の刃、エクスさんは敵の影を縫い止めようと動き、マルさんは巨大な斧、ミラさんは巨大な血の刃を創造。

 みんなの攻撃を一度に叩き込み、敵の防御を越えて大ダメージを与えたのだ。


「グレンデル自体が、僕らの力を見るためのものだったんじゃないかと思います。マーリンさんの魔法威力以外、他のメンバーの最大攻撃力も見たかったのではないかな、と」


「……だとすると、第四層は今回より激しい冒険になりそうだ」


「私もレメ様の予想通りかと思いますが、気になる点もありまして」


「あまりに、遠慮がないことですか?」


 こくり、とマルさんは頷いた。


「はい。ダンジョンコアではなく天然の魔力溜まりを利用して創造されるのが、オリジナルダンジョンです。膨大ではあっても、明確に限りがあります。モンスターの再出現を考えますと、第一層でモンスターを狩り続けるだけでも、いずれ消失するわけです」


 精霊もそれでは楽しくないだろうから、そんな対処法を人間が選んだと気づけば第二層以降からモンスターを放出したりするかもしれない。


 正攻法での攻略・調査に臨むのは、なるべく精霊の気を損ねないようにとの配慮もあってのことだ。

 宝箱なんか用意したりして、完全にこちらの攻略を楽しみにしている感がある。


「そう考えますと、第三層だけでも相当量の魔力が消費されたでしょうな」


「確実にそうでしょうね。再生能力や高い耐久性などを魔力で再現するのにはかなりの量が必要になってきますし」


 鬼の男性と魔法使いさんが言う。


「えーとー、つまりー、つまりー、つまりー?」


 ちらちらっと、ウサギの亜人さんが僕を見た。もふもふした耳を自分でにぎにぎしている。


「……つまり、第二十四番ダンジョンは、そう深くないダンジョンなんだと思います」


「あー! なるほどなるほど完璧に分かったよ。モンスターに魔力使い過ぎてるから、沢山の層を作れないんじゃない? ってことかー」


「えぇ、とはいえ精霊には精霊自身の魔力もありますから、正確なところはなんとも……」


 マルさんの補足に、僕は頷く。

 それからしばらく、僕らの話は続いた。


 結局のところ、調査を進めていくしかない。

 一番大事なのは周辺住民の安全確保だが、商会からすれば今回出てくるお宝も大事だし……僕ら調査員にとっては、最深部で行われるかもしれない『精霊の試練』も気になるところだ。


 僕らは解散し、各自パーティー内で情報を共有。

 食事を摂り、眠るために天幕へ。

 もちろん男女別で、場所も離れていた。


 夜。

 目が覚めた。


「…………」


 僕は普段から自分に黒魔法を掛け、鍛えている。黒魔法の効力だったり持続時間だったり、あとは魔力器官もだ。師匠の地獄の鍛錬の先に、無意識下でも魔力を制御出来るようになった。

 だからというか、魔力反応には敏感だ。


 天幕を抜け出し、キャンプから離れて森に入る。

 あんまり深く入ると迷いかねないが、よく知った場所だし、仲間の魔力は感知出来ている。


「起こしてしまったかな」


 マーリンさんだった。

 光っている。彼女が、ではない。


 月光のような輝きを放つ、蝶の群れだ。マーリンさんの魔法だろう。

 こんな夜中に、大魔法使いが一人、光の蝶を生み出して舞わせている。

 なんだかよく分からなくて、一瞬、夢を見ているのだろうかと己を疑う。


「……綺麗ですね」


「ふふふ、ありがとう。しかし、本物はもっと綺麗だった」


「本物、ですか……?」


「……あぁ。……ふむ、丁度君と話したいと思っていたんだ。まずは、私の昔話を聞いてくれるかい?」


 そう言って、【先見の魔法使い】は語りだした。



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