第54話◇魔王様のご命令

 



「よく来たな、レメゲトンよ」

 

 初めて魔王様と逢った時の会議室だ。

 薄暗いようで視界は明瞭、広々としているのにあるのは石造りの長卓と椅子。後は転移機能を備えた記録石の配置された狭い個室だけ。


 魔王様と四天王の分で椅子は五つだったが、最近一つ追加されていた。

 参謀なら魔王様の側に控えている方がいいのかもしれないが、彼女と卓を挟んで向かい合う位置に、僕の椅子は設けられている。


 今日のルーシーさんは、紅の毛髪をボリューム感たっぷりのツインテールにしていた。

 カシュと同年代か少し上程度にしか見えないが、正真正銘僕の上司だ。


「お呼びとあれば、いつでも」


 僕の返事に、彼女はフッと笑う。


「貴様は本当によくやっている」


「ありがとうございます」


「フェニクスパーティーの件は最高だったぞ。奴ら全員が此処で魔力体アバターを再生成して行ったからな。特に【勇者】の二人からはたんまりと金が取れた」


 魔王様は満足げに頷いている。

 魔力体アバター生成には、身体全てを魔力で再現する技術が使われている。

 利用には大変金が掛かるので、冒険者は出来ることなら魔力体アバターを壊されたくない。


 魔力器官が優秀だったり、特別なスキル――リリーの『神速』など――を習得している身体だったり、魔法具持ちだったりすると更に料金は増す。それらを再現する労力に見合った金が要求されるわけだ。


 冒険者組合直下の店で頼むと正規料金をとられるが、ダンジョン攻略直後に限り、そのダンジョンで再生成・修繕を頼むと割引される制度があった。


 フェニクスパーティーは全員がその場で再生成を申請したので、その分は魔王城の儲けになる。


「第十層の修繕費も【炎の勇者】が一括で払っていったぞ。貴様の親友は富豪か?」


 カメラだけでなく階層全体を破壊したことで、フェニクスは修繕費を請求されていた。

 これはダンジョン攻略のルールでもあるし、彼も納得していた。


「うちは配信分だけ山分けで、個人の収入は当人のものってやり方だったので」


「あぁ、なるほどの。映像板テレビや雑誌の取材、イベントなど引く手数多な【炎の勇者】とは違い、【黒魔導士】にそういった仕事は舞い込まんか」


「えぇ……同郷で同い年で同じパーティーでも、僕とあいつじゃ収入が桁違いでした……」


 平均を大きく上回る収入だったのは間違いないが、僕の場合は他の有名冒険者にあるプラスの稼ぎが無かった。


 フェニクスとか色んなテレビコマーシャルに出まくっているし、リリーにはシャンプーのコマーシャル依頼が来ていたかな。アルバは動きやすい靴で、ラークは防具を扱う企業から。


 僕には無し!

 ゼロ件である。


 インタビューはパーティー全員が対象の時でさえおまけ扱いでちょこっと載っているくらいで、その場にいたのに何も訊かれなかったことだって一度や二度じゃない。


 他の四人は休養期間……というかダンジョン攻略の無い日に他の仕事がバンバン舞い込んできたが、僕は暇そのものだった。


 おかげで修行に専念出来たけどね……。

 いや、一回マイナー雑誌で特集を組まれたことがあったかな。【黒魔導士】界の希望! みたいな感じで。

 貴重な体験だったが、雑誌はその次の次の号くらいで廃刊になっていた。


「う、うむ。済まなかった、そう気を落とすでない。ほれ、頭でも撫でてやろうか?」


「いえ、お気遣いなく」


「そうか? アガレスなどはそれだけで一ヶ月不眠不休で働けるほど元気が出るらしいのだが」


 アガレスさん……。

 いや、頭を撫でられるだけで満たされているなら、そう心配するほどでもないのか。

 どう、だろう。どう、かな? 分からないな。


「大丈夫です。でも、ありがとうございます」


「ふむ。まぁ貴様にはカシュやカーミラがいるからな、余の慰めなど不要か」


 魔王様は納得するように顎を引くと、話を戻した。


「それにしても、やけに魔力体アバター生成に手間が掛かったかと思えば、角を継承していたとはなぁ」


「あはは……」


「よいのだ、レメゲトン。むしろ貴様に敬意を表する。人が耐えられる苦しみでは無かっただろう?」


「まぁ、そのあたりは師匠が死なないようになんとか」


「お祖父様は天才だが、繊細な操作は不得手だった筈だ。適合させるところまでは出来ても、痛みを紛らわせるなんて芸当が出来たとは思えんが?」


「まぁ、えぇ、すごく痛かったですね……。でも、僕が望んだことなので」


「望んだからと言って、お祖父様が人間に角を継承させるとは……。レメゲトン、貴様――弱みでも握ったか?」


「師匠にそんなのあるんですか?」


 僕が思わず吹き出しながら言うと、魔王様もカラカラと笑う。


「余には想像つかんな。――と、まだまだ話していたいところだが、そろそろ本題に入るか」


 ここまでのは世間話。呼び出された理由が別にあることは分かっていた。


「はい」


「貴様は二人の【魔王】を個人的に知っているな? お祖父様と、余だ」


「……そうですね」


 そこは、もう否定したり誤魔化しても意味ないだろう。

 実際は【魔王】持ち自体は他にもいるし戦ったことがあるが、個人的に知っているとなると二人だ。


「となると、気になったのではないか? 師の息子、上司の父、先代魔王は何をしているのか、とな」


 いずれそれとなく尋ねてみようと思ってはいたが、本人の方から話題に上げるとは。


「気にはなっていました」


「それでよい。『興味ないです』とか言われたら傷つくからの」


 魔王様が微かに笑ってから、表情を消す。


「お父さ……あの男は魔王を放棄したのだ。【役職ジョブ】に従うだけが人生とは言わんが、あの男は許されないことをした」


 僕は背筋を伸ばし、真剣に聞き入る。


「奴はな……奴は、『ダンジョン攻略など古い』と宣った。『自分は新しいビジネスの形を築き、ダンジョン攻略を終わらせる』と言って此処を去った」


「そ、れは……」


「無論、奴なりの信念や理屈はあるのだろう。現状、どうしても視聴者は冒険者側に寄っている。ダンジョン『攻略』と言われていることからもそれは分かろう」


 冒険者が配信しているから当たり前ではあるのだが、防衛映像とは呼ばれない。


「奴は魔物に不利な仕組みを変えるのだという。大層な野望だよ。叶えば素晴らしい。だが、だがだレメゲトン。その為に世界から『ダンジョン攻略』が消えるというのは、あまりに悲しくはないか?」


 魔王様に同意だった。

 確かに、ダンジョン攻略における役割が悪役だからか、日常生活でも亜人に差別的な言動をとる人はいる。それはとても悲しいことだ。


 だが、原因の全てがダンジョンではないし、ダンジョン攻略を消せばいいというのはどうなのか。

 僕は、ダンジョン攻略があったから夢を持てたのだ。

 なくしてしまえばいいという考えには、賛同出来ない。


 それに、僕らは中から変えようとしている。

 魔物も勝っていいのだと、証明することで。

 その道さえも断って、とにかく無くせば解決というのは乱暴というもの。


「お祖父様が姿を消してから、奴は準備を進めていたらしい。魔王城はなんとか守れたが、お祖父様の配下はそのほとんどが転職するか、奴についていってしまった」


 ……だから、四天王も他の魔物達も、若い人ばかりなのか。

 魔王城の魔物に恥じぬ強さを持つみんなだが、やけに若者が多いのが気になっていたのだ。

 魔物の入れ替わりは珍しくないし、魔王様が若いから若者を優先的に雇用しているのかもと思っていたが、違ったようだ。


「余はずっと奴の動向を探っていたが……あの男はじきに大々的に動き出す。その一環として、あるダンジョンの買収を目論んでいると判明した」


「買収、ですか……」


「ダンジョン経営も楽ではないからな。赤字が続けば手放すことも考えねばならんというもの。奴が買い取ったダンジョンで何をするかは分からんが、二度と誰も『攻略・防衛』出来なくなるのは明らか。そんなことは許せん」


 魔王様は、本当に怒っているようだった。ただ、恨みは感じない。


「お話は、理解出来たと思います。ですが、僕にどうこう出来ることではないのでは……」


「レメゲトン、我が参謀よ。貴様の力でくだんのダンジョンを黒字化させろ。冒険者をバンバン呼び込み、ガンガン全滅させられるようなダンジョンにするのだ」


「え……いや、え……? えぇと、出張、ということですか?」


 それ自体は、まぁ珍しくない。

 ダンジョンは階層構造だが、常に客がいるわけではないし、客は第一層から順に攻略を進める。

 どうしても暇な日というのはあって、その間に【役職ジョブ】に適した他の仕事をする人もいれば、別のダンジョンに出向する人もいる。

 その一環と考えれば、出張自体は妙な命令ではない。


 僕の第十層は再建中なので、冒険者が来ても攻略は第九層までとなる。

 ランク上位パーティー的には、フェニクス達のように映像板テレビでドカンと攻略したい筈。第十層が新しく創られるまで、他の冒険者の挑戦でも眺めて待つことだろう。


 逆にランク中位以下は、少しでもフェニクスパーティー攻略失敗の衝撃が残っている内に挑みたい。

 そういった者達に後れをとるほど、魔王城の面々は弱くない。

 仮に突破されても、第九層を越えることは出来ないだろう。


「貴様ならば出来る。なんといっても余の参謀だからな。それにお祖父様の角を継いでいるのだ。あの男と貴様も無関係とは言えまい」


 本来なら彼が継ぐ筈だった角を僕が継いだ。

 師匠の身体の一部が、僕の中にはある。

 魔王様や彼女の父と、無関係とは言えない。縁がある。不思議な縁だが、繋がっている。


「指輪の使用も許可するが、スケジュールは聞いておけ? あと分かっていると思うが角は使うな? 使ったとしても、一本、、だ」


 魔王様には角の解放についても話している。

 片腕の変化と、翼を生やすのは禁止ということ。

 右角を生やすくらいなら、演出だと受け入れられるだろう。


「どうする? 第十層が出来上がるまでの仕事だ、引き受けてはくれんか?」


 まだまだ聞きたいことはあるが、取り敢えず僕の答えは決まっている。

 彼女は上司、僕は部下。そしてこれは仕事。


「……魔王様のご命令とあれば」


「うむ、では命令だ」


 魔王様は嬉しそうに命じた。


「あの男の野望を打ち砕け、我が参謀よ」




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