第226話◇塔の聖剣、赤を纏う黒




 僕が彼女に近づくまでの、そう長くない時間の中。


 濃密な戦闘が続いていた。

 振り下ろしを受け流されたレイスくんは再びアストレアさんに斬りかかることなく、フランさんの許へ向かった。


 彼女を拘束する土の塊を破壊し、己の魔力を彼女にも纏わせる。


「レイス……」


 フランさんの不安げな声。

 自分を『不可視の圧力』から救うために、なんとか戦いながら再生成していた魔力を使ってしまった。彼女が気にするのも無理はない。


 だがレイスくんは笑った。


「気にすんな。俺たちは、これが最強だ」


 レイスくんは元々仲間思いだったが、今はレイド戦の時のような焦りもない。

 仲間を見捨てず、勝つ。彼の理想。


 そんな彼が、己の魔力の再生成よりもフランさんが動けるようになる方が勝利に近いと、そう言った。


「うん……」


 ならばそれを事実にするのみ。フランさんの決意がこちらまで伝わってくるようだった。


「以前動画を観た時よりも、剣捌きが洗練されている」


「炎ばかりというわけにもいきませんから。それこそ今のような状況で役に立っている」


「好ましい考えだ」


 二人は互いに斬り合っているのだろうが、速すぎる。

 金属のぶつかり合う音で辛うじて、二人が切り結んでいることが把握出来るくらいだ。


 戦っている間もアストレアさんは周囲への警戒を怠らない。

 僕は魔力反応で仲間の動きを辿る。


 ラークはリリーを背負って、ヨスくんとメラニアさんに合流する動きを見せている。

 この状況で距離の離れた四人へ『不可視の圧力』を放つメリットは少ない。


 いや四十ポイント稼げるかもしれないが、さすがにこれだけの敵を前にした状況でやることじゃあない。


 彼女は騎士。

 折れない姿、強さの証明、勝利を優先する筈。


 僕を攻撃したのは、優先順位を変更したから。本気で勝つ気だから。


 なら――来た!


 ベーラさんに向けた進路妨害どころではない。

 地面から土の円錐が突き出てきて、僕を串刺しにせんと迫る。


 単に土の塊とするより形成に思考と魔力が食われるが、それでもこうすることを選んだのだ。

 僕は聖剣で上半分を切り払い、後は飛び越えていく。


「発動前に対応が始まっていた……魔力を感知したのか」

 

 アストレアさんの声。


 アルバが庇ってくれた一撃は不意を打たれたが、狙われている前提で意識を研ぎ澄ませれば――。


「お返し」


 フランさんの拳が空気を唸らせながらアストレアさんに迫る。


「残念だが、受け取れない」


 【破壊者】の拳は敵が一瞬前までいた空間を貫いたが、その敵の姿は――腕の上にあった。

 自身に掛かる重力を軽減して跳躍、フランさんの怪腕に着地したのか。

 彼女がフランさんの腕に触れる。


「少し重いだろうか」


 グンッとフランさんの腕が押し付けられるように地面に向かって下がっていく。

 魔力の拮抗で相殺している『不可視の圧力』の威力を上げ、再び彼女を影響下に置くつもりか。


「邪、魔」


「驚いた」


 フランさんは強引に腕を持ち上げ、アストレアさんの体が宙へ舞い上げられる。

 いや、自分で跳んだようだ。

 そこをフランさんが追撃。


 己に掛かる重力を軽減し更に上へ逃れようとしたアストレアさんだったが、フランさんの腕が上下を逆にした状態で宙を舞っていた彼女の左腕に掠る。


 それだけだが、充分すぎる戦果。

 鈍い音がして、アストレアさんの腕が折れたのだと分かる。


「【破壊者】か、見事」


 掠った衝撃でアストレアさんの体が勢いよく落下。だが彼女は器用に空中で体勢を整えながら自分を狙ったレイスくんの突きを反らし、フェニクスに向かって聖剣を――投げつける。


 彼女の戦いもまた退場した四人と同じく、既に通常の騎士戦闘術を無視していた。

 フェニクスが聖剣を弾いた頃には彼女は着地。


 レイスくんが突きを戻すことなく、聖剣を横に薙ぐ。

 それは最終的に――土を斬った。


「はっ、次から次へと面白いね。どこかの参謀みたいだ」


 レイスくんは顔こそ笑っているが、悔しそうだ。


 これはなんと表現すればいいのか。歪な、土の柱というのが近いか。いや、柱では収まらない。

 自分で思ってて馬鹿らしい表現なのだけど――土の塔だ。


 彼女はレイスくんの横薙ぎの寸前、自分の足元に巨大な土の塔を作り出した。

 見上げるほどの大きさだし、これが建造物なら人が何人も入れそうなくらいに太い。


 土埃が舞い、やや視界が悪くなる。


「しかし消費する魔力が多すぎる、我々から距離をとるためだけとはとても」


 フェニクスの言う通り。

 だが僕は塔と地面の接触部分が切り離された瞬間、思い当たってしまった。


聖剣、、だ!」


 二人は即座に理解し、驚愕する。


 フェニクスが弾いたことで、あの聖剣は無用となった。

 だから今度はこの塔を聖剣にしようというのだ。


 塔がぶわりと浮く。重力軽減によるものか。


「……バカでかい建物サイズの聖剣の振り下ろしか。ここは年上のフェニクスさんに一つ、お任せしようかな」


「このままではフラン嬢もレメもやられてしまう。リーダーである君が守るべきでは?」


 二人はこんな状況でも軽口を叩き合っている。

 仲がいいみたいでなによりだよ。


「フェニクス!」


 ようやく、僕はフェニクス達に合流出来た。

 幸い彼女は空高くにいるし、土埃でこちらを目視するのは難しいだろう。


「手を貸せ」


「あぁ、何をすればいい?」


 僕は言う。


「取り敢えず、マントを寄越せ」


 僕は小声で作戦を説明し、すぐに移動を開始。

 レイスくんにも作戦は伝わっている。


「やぁベーラセンパイ、よろしくね」


「……そうですね」


「二人で力を合わせて氷結ぶっ放して、あのふざけた聖剣を止めよう」


「……えぇ」


「俺に合わせられる? 無理ならこっちが合わせるけど」


「出来ます。レメさんが力を示した今、私も存在価値を示さねば。入れ替わりでフェニクスパーティーに入っただけの実力があるのだと。それに……」


「それに?」


 ベーラさんは抑揚のない声で言う。


「私の方が少しお姉さんですからね、支えてあげますよ――レイスくん」


「あは。いいね、じゃあお願いするよ――ベーラさん」


 フランさんは二人の側にいる。

 これで準備は完了。


 ◇


 騎士は負けてはならない。

 騎士が倒れれば、民を守ることが出来ないから。


 誰も傷つかない魔力体アバターによる戦闘とはいえ、敗北は重い。

 観客だって民だ。彼ら彼女らに、騎士が敗北する瞬間を見せてどう安心させられるというのか。


 人も亜人も関係ない。

 どんな悪い人でも、騎士団がやっつけてくれる。

 そう安心させられるだけの強さを、示さなければならないというのに。


 ――【黒魔導士】レメ。


 自分は、あれほどの【黒魔導士】を見たことがない。

 単に【黒魔導士】と呼んでいいのか不安になるほどだ。


 あれだけの魔力、なるほど私と同じ鍛錬を黒魔法で行ったのだろう。

 あまりに繊細な魔力操作は努力の結晶、魔法の効力調整も自分に繰り返し魔法を掛けることでその効力を体で覚えたもの。


 だが彼も四大精霊契約者も他の者達も、この一撃で退場させる。

 およそ騎士らしからぬ、周囲に甚大な被害をもたらす大規模攻撃。

 決して街中では使用出来ない、使用の限られる攻撃。


 そこまでせねばならない敵だ、彼らは――。

 そして、これを見て諦めるような者達ではない。


 ――やはり来たか。


 土煙を裂いて、炎を纏った人影が迫る。


「【炎の勇者】……この場まで迫る魔力を既に生み出していたか」


 彼は真っ直ぐこちらに飛んでくる。

 違和感。


 ――なんだ、私の無意識は何を捉えた。


 重力増幅を受けても、彼は止まらない。

 この上まだ相殺に割く魔力があるのか。

 彼もまた、レメ殿に劣らぬ努力の者なのかもしれ――!


「彼ではない、のか」


 炎を噴いて飛んでいるが、あれはフェニクス殿がレメ殿を飛ばしているだけ。

 やけに身に纏う炎が多いこと、彼のマントを羽織っていること、土煙によって飛び出す寸前までの姿を確認できなかったことから、気づくのに遅れた。


 ――本物のフェニクス殿も来ているかもしれん、警戒が必要。


 だがレメ殿が直接こちらに来ているならばありがたい。

 彼は【黒魔導士】としては凄まじい実力の持ち主だが、適性のない直接戦闘はどうにもならない。

 創意工夫で補っているが、空中、それも他者の魔法で飛んでいる状態でどこまで出来るか。


 そして、彼の黒魔法。

 もはや見誤りはしない。

 最大限の力で迎え撃つ。


 土魔法で剣を生み出し、一時的に精霊の加護をそちらに移す。

 頼むと精霊は不満を垂れたが、仕事は早い。

 巨大な土塊の方は浮かしておく。


 左腕をやられたのは痛いが、幸い利き手は右だ。

 彼の剣を、真っ向から受け止める。


 そして、彼は黒魔法を放った。

 私の抵抗レジストを破る暇はない。隙間を突こうとするだろう。

 人間が無意識に魔力展開を薄くしがちな――目を狙って。


「!」


 膨大な魔力を感じ、私はそれを防いだ。

 そして、それさえも彼の策の内だと気付いた時には――炎の聖剣が眼前に迫っていた。


 ◇


 アストレアさんは僕を警戒している。

 遠距離から潰すのに失敗したら、彼女は近距離で僕を確実に倒そうとするだろう。


 僕の狙いを読み、それを防いだ後で聖剣を振るえばおしまいだ。

 実際そうなる筈だった。


 彼女の目を襲ったのが、僕の黒魔法だったなら。


 実際は違う。

 あれは――ベーラさんの魔力だ。


 僕はあの戦闘の中、彼女に声を掛けるべく駆けていたのだ。

 あとはレイスくんと共に防御の構えをとってもらうことで、作戦を読まれないよう努めた。


 ベーラさんは元々魔力操作に長け、氷属性の様々な応用も見事。

 魔力のみの操作を頼んでも、しっかりとやり遂げてくれた。


 【氷の勇者】の魔力を相殺するのにかなりの魔力を使った【正義の天秤】。

 彼女の目に向かって、今度こそ黒魔法を叩き込む。


 アストレアさんのあまりに厄介な思考を封じるための――『空白』。


 僕を空へと送り出してくれた炎が消える。

 それでいい。

 残る魔力は、その一刀に。


「いけ、フェニクス」


 マントを失ってなお赤を纏う勇者が、燃える聖剣を振るった。



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