第227話◇全員一丸と、不倒の騎士
正直、勝ったと思った。
これ以上ないくらいに、作戦がピタッと嵌ったから。
実際、上手くいきかけていたのだ。
フェニクスの聖剣はアストレアさんを灼き斬る――筈だった。
その直前、アストレアさんの体がぴくりと動く。
二つだ。
彼女がこの状況から動けた理由は、おそらく二つ。
一つは、これはもう予想でしかないが彼女は――魔法に耐性を持っていた。
【聖騎士】や【清白騎士】などが魔法耐性を持っているように、彼女にその適性があってもおかしくない。いや【勇者】も大体備えているが、彼女は特に適性が高いのだろう。
そういった魔法具を所持している可能性もあるが、とにかく異様に復帰が早い理由はこれだ。
僕自身『不可視の圧力』相殺にかなりの魔力を割いたとはいえ、こうも早く抜け出すとは。
そして、フェニクスの聖剣に即応出来た理由だが。
これはもっと単純で、驚嘆すべきもの。
意識が途切れ、ふと戻った瞬間、自分を斬ろうとする剣が何故か目の前にある。
そんな状況で、彼女は驚くより先に剣を構えたのだ。
だが僕の『空白』は決して無意味ではない。
彼女は自分の体とフェニクスの聖剣、その間に自分の聖剣をなんとか挟み込んだような状態。
そう、迎撃や防御ですらなく、体が反応して剣を構えただけだった。
だからフェニクスの聖剣は彼女の聖剣を押し込み、彼女の聖剣は己の右肩に沈んでいく。
「レメの黒魔法を受けたというのに……」
「……時が、飛んだように感じた」
彼女はそこから自分に掛かる重力を軽減し、更に上へ。
「逃がすものか」
「そうだろうとも」
僕の体は落下を続けている。
それだけではない。
彼女の作り出した塔も、先程の『空白』で重力操作が解け――落下していた。
「あー、ベーラさんさぁ、氷結撃つ魔力残ってるの?」
「敵を騙すにはまず味方からと言うでしょう。先程のやりとりは私の役目を誤魔化すためのものです」
「…………」
「冗談です」
「あはは、冗談とか言うんだね。よし、行こうか。フランはレメさんをキャッチしてあげて」
「ん」
三人は大丈夫だろう。フランさんにお世話になりそうだ。
フェニクスは炎を噴かしてアストレアさんを追うが、位置取りが悪い。
いや最短距離を狙うのは正しい。この状況で彼女に時間を与えたくない。
だからこそ、彼女は上へ逃げたのだ。
空の悪路へと炎の鳥を誘き寄せた。
フェニクスより高所に浮かんで『不可視の圧力』を遠慮なくフェニクスに浴びせ、それでも迫ってくれば残る右腕と聖剣で迎撃するつもりだろう。
「墜ちろ、【炎の勇者】」
「そうしたくば、自らの手で翼をもぐことだ」
「それより他に道がないのであれば、そうしよう」
彼女は己の聖剣に重力増加を掛けている筈だ。
聖剣同士がぶつかり合えば、どうなるか。
フェニクスの聖剣が纏う炎熱は、既に失われつつある。
先程の攻防と、彼女への接近に使う分でギリギリ。
フェニクスの魔力性能の問題ではない。あいつはそこも優秀だ。
だが相殺に必要な魔力が多すぎた。あいつとレイスくんは一番長くアストレアさんと戦っていたのだ、無理もない。
アストレアさんが、聖剣を振り上げる。
フェニクスが彼女に肉薄する。
そして、それは起こった。
「――――」
【正義の天秤】の右手に、
「これでどうです、レメ」
リリーだ。
ラーク、リリー、ヨスくん、メラニアさんの四人は確かに合流していた。
そのあとで、ラークがリリーを盾で庇うようにしてアストレアさんの視界から外す。
土煙が舞った瞬間を利用して、リリーはメラニアさんの背後に隠れる。
アストレアさんにとっては、リリーの最新位置はラークの背後のまま。
そしてタイミングを見計らって、ヨスくんの白魔法で身体能力を強化されたメラニアさんが、リリーを――空に向かって投擲した。
後はフェニクスに対して『不可視の圧力』を掛けるアストレアさんに向かって、矢を射るのみ。
リリーと目が合う。
「最高だよ」
彼女がふっと笑った。
「あぁ、見事だリリー」
フェニクスも呟く。
アストレアさんの手から聖剣がこぼれ落ち、フェニクスの真横を通り過ぎていく。
フェニクスはアストレアさんの真上まで飛び、先程までと位置を逆転させてから、聖剣を振り下ろす。
「墜ちるのは、貴方だ」
「……そのようだ」
燃える聖剣が最後の力を振り絞るように、一瞬、爆ぜるように炎を噴かせた。
「――――」
それを胸に受けたアストレアさんは、空高くから地面に向かって急速に落下。
彼女は地面に激突し、ぼうっと土が舞い上げられる。
そして、僕の鼓膜を、思い出したように実況が揺らす。
『き、き、決まったぁッ……!!! 全員一丸となり、驚異的な実力を見せつけた騎士団長【正義の天秤】アストレア選手を今、地へと落としました……!!!』
『………………っ。い、息するの忘れてましたー……! そ、そしてー! 試合終了です! 時間となってしまいましたー!』
『ここまでの戦いになると一体誰が予想出来たでしょう! 生き残ったのは十名です! …………ん?』
『え……十名、ですか……? えー? ほ、ほんとに?』
聖剣ではなく大きなだけの土塊となった塔を、レイスくんとベーラさんが特大の氷塊で受け止め。
僕はフランさんにキャッチしてもらい。
落下するリリーをメラニアさんがあわあわしながら受け止めようと動いている。
それを見たヨスくんが落ち着かせようと声を掛け、ラークは笑うようにため息を溢していた。
フェニクスはなんとか自分の力で下りて来られるだろう。
――九人じゃないのか。
僕は着地後すぐフランさんに下ろしてもらい、あそこへ走る。
アストレアさんの落下した、異様なまでに土煙……いや、
フェニクスやレイスくんも、気づけば来ていた。
そして、僕らは目を瞠る。
鎧ごと胸部を灼き斬られ、左腕は折れ、右肩に裂傷、右手には矢傷。
だというのに、彼女は、【正義の天秤】アストレアは、立っていた。
彼女は、砂の上に立っている。そこは土の硬い地面だった筈なのに。
そう、落下の衝撃を和らげるために、あの状況で土魔法を使って地面の状態を変えたのだ。
その上、彼女はまだ意識を残していた。
「……私の、負けのようだ」
彼女が、掠れるような声で言う。
僕らは誰も、それを認めない。
「そんなわけないじゃん。俺の方が強いとは言ったけど、こんなんで勝ったとか言えるほど恥知らずじゃないよ」
「……見事です、アストレア殿。貴方は自身の思い描く騎士の姿を体現した。決して倒れぬ、正義の者として」
『あ、アストレア選手、退場していません!』
『えー!?』
「勝たなければならなかったのだ……こんなことでは、人々を……」
「アストレアさん、周りを見てください」
幽鬼のように佇む彼女に、僕は言う。
彼女はぼんやりと、視線を巡らせた。
「耳を澄ませてください」
「うぉおおおお!? すっげぇ不死身かよ!」「フェニクスパーティーとレイスパーティー全員相手にして試合終了まで耐えきるって人間業じゃねぇ……!」「かっけぇぞ騎士団長!」「アンタの守る街に住んでるやつは安心だな!」「本戦に進んでくれ! アンタの戦いまた見てぇよ!」
「……! ………………っ」
アストレアさんが、表情を歪める。
「不安になっている人なんて、いませんよ」
「みんな……笑っている。興奮気味に、楽しそうに。そうか、これが
だが、と彼女は言葉を続ける。
「また剣を交える機会があれば、次は我々が勝つ」
僕らは同時に笑う。
「こっちのセリフだよ。今度こそ完璧に俺たちが勝つ」
「貴方も含め、我々は全ての手札を晒したわけではない。次があれば、また違う戦いになりましょう」
そう。
フェニクスもレイスくんもベーラさんも今回――精霊の魔力を借りていない。
四大精霊契約者の二人は、深奥を含む幾つかの精霊術を使わず予選を戦い抜いた。
そしてそれは、アストレアさんもだ。
三人の冒険者組は先の戦いを見据えて、予選では使用を控えた。
アストレアさんにも、事情があるのだろう。
「僕も、またアストレアさん達と戦いたいです」
その時、観客席からアストレアさんの名を叫ぶ声が届いた。
彼女は、困ったような顔をしている。
「手を振ってみてはどうです」
「し、しかし……」
「喜んでくれますよ、きっと」
「……では」
彼女がぎこちなく、ちょっと無理をして右手を小さく上げると、歓声が爆発した。
「すみません……怪我してるんでしたね」
「……ふっ。いや、いい。君の言う通り、喜んでもらえたようだから」
そう言ったアストレアさんは、微笑んでいるようにも見えた。
◇
この予選での最終順位は、レイスパーティーが一位、フェニクスパーティーが二位、アストレアパーティーが三位となった。
ポイント数に関しては、全体の結果が発表されないことには高いか低いか判断が出来ない。
千を超えていれば百人は倒している計算になるので、予選ごとに五百人ということを考えれば通りそうなものなのだが……。
まぁ、全体の集計を待とう。
さて、予選終了後。
全員生身の肉体に精神を戻した僕らは一位という結果を喜び合い、しかしやっぱりアストレアさんに完勝したかったとかフェニクスパーティーとも戦いたかったなどの意見を交わし、でも一位は一位なのだから楽しく打ち上げでもしようかなんて話になった。
で、会場の外に出た時のこと。
「レメ殿、少し時間をいただけるだろうか」
【正義の天秤】アストレアさんだ。
「なぁレメ。お前さんに聞きたいことがあんだけどよ、ちょいとツラを貸してはくれねぇか」
【竜の王】ヴォラクさんもいる。
「……申し訳ないが、後にしてもらおう」
「あ? こっちだってずっと待ってたんだよ」
……な、なんでこんなことに。
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