第241話◇血風驟雨の中を踊る2




「こうなったら、あんたごと凍らせるしかないかな」


「大人の女性を生きたまま凍らせようだなんて、危ない趣味をしているのね」


 先程の意趣返しのようなカーミラのセリフ。

 一瞬、無表情のフランさんから殺気が発せられた、気がした。


「残念だけど、年上好きの趣味はないよ」


 レイスくんの返答に殺気が消えた、気がした。

 カーミラは微笑み一つで会話を終え、戦いに戻る。


「ハーゲンティ。私を守らせてあげましょう」


「至上の喜びにございますわ……!」


「他の者は、敵の巨塔、、を崩しなさい」


「ハッ……!」「命に代えましても!」


 【串刺し令嬢】ハーゲンティがカーミラを守護し、短髪さんと長髪さんの二人はメラニアさん狙い。


 サポート役である僕とヨスくんが自由にやれるのは、メラニアさんの耐久性と高さによるところが大きい。普通のパーティーなら真っ先に狙われるところを、彼女の存在がカバーしてくれているのだ。


 カーミラもそこは承知の上。メラニアさんを塔に見立てて、まずはそれを崩す作戦。


 先程は瞬間的に精霊の魔力を使ったレイスくんだが、大会の第二段階以降のことを考えると連発は避けたい。本戦とはいえ、ここはまだ第一段階なのだ。


「フラン! 三人を!」


「……」


 幼馴染の言葉にフランさんは無言で下がり、二人の吸血鬼を抑える動きに移行。


「おね――女王様直々のご命令、かすり傷一つ付けられると思わぬよう」


 ハーゲンティさんがレイスくんの前に立ちはだかる。


「あんたがやる気いっぱいなのは分かったよ」


 二人の男性吸血鬼は凍結した血の海の上を疾走。


 ここにいまだ姿を見せない【魔眼の暗殺者】ボティスの脅威が加わる。


 続けてハーゲンティさんが自分の背中に爪を立て、迸る鮮血を操作。

 二本の長大な鞭が生える。膨大な魔力を巡らせることで、雨の魔力による撹乱を弾く。


「この雨、無駄ではなくて?」


 挑発だ。実際吸血鬼たちは雨対策に余分な魔力を消費しなければ血を思うように操れない。

 レイスくんは悪戯っぽく笑って流す。


「どうかな」


 【半不死】の短髪さんが真っ向からフランさんと対峙。

 【操血師】の長髪さんは大きく迂回しつつメラニアさんの背後を突く動き。


 フランさんを大きな脅威と認め、再生能力特化の短髪さんがダメージ覚悟で抑える作戦だろう。

 残るレイスパーティー三人は、サポート二人に戦闘慣れしていないサイクロプスのハーフなのだ。

 魔王城の吸血鬼一人だけでも充分相手どれるとの判断か。


「鞭ってのは趣味じゃないから、俺はこうしよう」


 レイスくんの周囲から水の柱が上がる。それは蛇のように蠢き、鞭のように振るわれた。


「この程度……!」


 上から振るわれた水の鞭を、ハーゲンティさんは紙一重で回避。

 しかし、レイスくんの目的は鞭で彼女を捉えることだけではない。


 地面を叩いた鞭は弾け、水飛沫が周囲を濡らす。


「――これはっ」


 ハーゲンティさんの鞭と右腕に水が掛かり、即座に凍りつく。それに留まらず、氷結はその身の奥まで氷結せんと効果範囲を拡大し――。


「邪魔……!」


 鱗が剥がれるように、鞭から凍った血が剥がれ落ちる。使えなくなった部分のみを即座に切り離したのだ。


 更に、ハーゲンティさんは血の刃を生み出し、迷わず右腕を切断。

 【半不死】ほどではないが、再生能力によって腕が生える。


「さすがは吸血鬼」


「……生意気」


 ハーゲンティさんが好戦的に口の端を上げる。


「充分よ、ハーゲンティ」


 紅のヒュドラだった。


 もちろん、正確には違う。九つの首を持つ多頭の水竜を、膨大な血液で再現したもの。

 僕とミラさん、ヨスくんを含む多くの人達で挑んだオリジナルダンジョンに出てきたモンスター。


「はは、魔王城の魔物は戦う度に新しいね」


「見せるのは貴方が初めてですよ、光栄に思いなさい」


「そりゃ嬉しいね。でもほんとに見せたいのは俺じゃないんじゃない?」


 返事は九つの竜頭による襲撃だった。


 勇者と水竜の戦いが始まる中、僕らの戦いも進む。


 さすがはカーミラが選りすぐったメンバー。異名持ちでなくとも実力は第三層上位。

 【半不死】の短髪さんがフランさんを食い止めている間に、【操血師】の長髪さんが僕らの背後を狙う。


「レイド戦のように豪快に吹き飛ばせず不思議か?」


「……別に」


 フランさんの薙ぐように振るわれた拳を、短髪さんは頭を下げて回避。

 そこにすかさず彼女の蹴りが続くが、相手は両腕を交差させてこれを受ける。


 バキバキと骨の砕ける音と共に腕が折れ曲がり、皮膚を裂いた骨によって血――の代わりに魔力が漏れ出る。


「あの時は、貴様らが万が一にも吸血蛭に気づかぬよう絶えず攻撃を仕掛けただけのこと。激しい戦闘で貴様らを消耗させることも目的だった。しかし今は違う」


「聞いてない」


 短髪さんは蹴られると同時に後方へ力を逃していた。それでもあの威力。

 しかし【半不死】だけあって、フランさんが再度距離を詰めるより先に再生は完了。


「貴様の破壊力は凄まじいが、【半不死】ともなれば即死を免れれば再生が可能。付かず離れずをある程度維持すれば、あとは他の者が貴様の仲間を狩る」


「……話、長い」


 吸血鬼の再生能力を封じるには魔力器官を潰すか脳を破壊するか。

 そんな基本は両者共に承知の上。


 短髪さんはギリギリのところでダメージを再生可能なものに留めている。


 【破壊者】は強い。武術を修めずとも強い。鍛えずとも強い。とにかく強くて、敵を粉砕し、勝利をもぎ取る。


 【破壊者】を封じる方法があるとすれば、そう。

 勝負しないことだ。


 目先の勝ち負けではなく、全体の勝利のため、時間稼ぎに徹する。


 ……すごいな。


 吸血鬼は元来プライドが高い。自分に自信を持っている、というべきか。

 数だけ多い人間ノーマルに見た目こそ似ているが、中身は別の生き物ってくらいに強いのだ。


 けれど今、短髪さんは明確にフランさんを『格上』に据え、立ち回っている。

 それがカーミラの指示だとしても、フランさんの実力をレイドで目の当たりにしたにしても、魔王城の吸血鬼が十を少し越えたばかりの童女にこんな戦法をとることに、葛藤が無かった筈がない。


 それでもやるのだ。

 だって、勝ちたいから。

 どうしても守るべきプライドがあるとすれば、それだけだから。


「邪魔」


「なら、破壊してみろ」


「……」


 フランさんも分かっている。背中を向けて僕らのカバーに行けるほど、短髪さんは甘い敵ではないと。

 それに、ボティスさんの魔眼も警戒しているのだろう。


 【疾風の勇者】ユアンくんさえ石化させるほどの力。抵抗レジストするには相当の魔力が必要になる。

 このパーティーで石化をなんとか防げるのはレイスくんと僕くらい。


 今フランさんは、ボティスさんが潜めそうな場所を避けながら、短髪さんと戦っているのだ。

 いくらボティスさんが隠れるのが上手いとはいえ、本当に消えているわけではない。

 開けた場所で戦い、魔眼の効果範囲を頭に入れておけば不意打ちは防げる。


 フランさんは【役職ジョブ】こそ【破壊者】だが、レイスくんの幼馴染。豪胆な戦い方を得意とするが、考えて戦うことだって不得意ではないのだ。


 一瞬、フランさんが僕を見た。

 僕はすぐに頷く。


 ――大丈夫。こっちは任せて。


 フランさんはすぐに僕から視線を外し、そして先程までよりも苛烈な攻めを見せる。


「ヨスくん、そろそろ出番だ」


「はい……!」


 僕らは今、メラニアさんの肩に乗っている。

 彼女のモフッとした髪を掻き分け、耳元に近づく。


「メラニアさん」


「ひゃあっ……! な、なんでしょうっ」


 くすぐったかったようだ。ごめんと言ってから、作戦を伝える。


「頼めるかい?」


 控えめな彼女には珍しく、力強い頷きが返ってくる。


「カーミラ様のご命令だ。巨塔を崩す」


 僕らの背後を突かんと迫る【操血師】の長髪さん、彼の声。


「ま、負けませんっ……!」


 メラニアさんが勢いよく棍棒を振り下ろす。


 彼はそれを――避けなかった、、、、、、


 吸血鬼の反応速度ならば回避は可能だった筈。威力を考えても受け止めるのは良い手とは言えな――そうか!


 一瞬遅れて彼の思惑に気づく。


「助かったよレディ。おかげで雨宿りが出来た」


 彼は腕から響く肉と骨の潰れる音を意に介さず、不敵な笑みを浮かべた。


「メラニアさん! 下がっ――」


 振り下ろされた棍棒を受け止めたということは、空と彼の間に棍棒があるということだ。

 つまり、雨を遮る空間が出来上がるということ。


 邪魔の入らない、第三層上位の【操血師】の攻撃がメラニアさんを襲う。


 帯だ。赤く、巨人用の包帯みたいなサイズの帯状の刃。それが二本、彼の背から生えて伸びる。

 棍棒の真下を走り、そのままメラニアさんの右手首を裂いた。


 鮮血代わりの魔力粒子が散る。


 腕に力が込められなくなり、メラニアさんが棍棒を落としてしまう。


 長髪さんはすかさずそれを掴み、ハーフとはいえサイクロプス用の棍棒を強引に振るった。

 彼の筋肉が隆起する。いやそれだけではない。血か。纏った血を操作し、振るう力を確保しているのだ。


 メラニアさんの右膝から轟音が鳴り響き、彼女が体勢を崩す。

 凄まじい衝撃。


 僕とヨスくんは空中へ放り出され、それぞれ別の方向へ飛ばされる。

 なんとか受け身をとるが、それでも勢いは殺しきれない。


 濡れた広場を何度もバウンドしながら転がり、ようやく停止。

 想定外の攻撃に仲間が倒れ、態勢を立て直さなければならないタイミング。


 そう――僕ならここを狙う。


「――――な」


 目の包帯を外し、石化の魔眼を僕に向けていたボティスさんが、動揺を見せる。

 これ以上ない完璧なタイミングで、己の魔眼を抵抗レジストをされたからだ。


 彼女のタイミングは最高だった。

 慌てた人間が動揺から立ち直るまでの一瞬の隙、そこを見事突く。


 抵抗レジストは魔力を常時消費する技術で、ボティスさんの魔眼を防ぐための膨大な魔力は集中していなければ放出出来ない。


 魔力のある相手でも、魔力の放てない瞬間を狙えば石に出来る。

 レイスくん、フランさん、僕。狙うならこの三人の誰かだと思っていた。


 僕らにとっては大事な仲間だが、敵パーティーから見た脅威度を考えてのこと。

 フランさんは強く警戒していたし、レイスくんならば仮に狙われてもなんとかするだろう。


 聖剣を持っており、放置すれば面倒な黒魔法を放ってくる僕が狙い目。


「……我々の策、を」


 それがいつどのタイミング、どういう方法でという部分が不透明でも。

 狙いさえ明らかなら、その時が来ても気を抜かなければいい。


「僕を警戒してくれてありがとう」


 カーミラパーティーは、メラニアさんとヨスくんなら魔眼無しで退場させられると判断した。

 吸血鬼との一対一なら、あるいはその通りかもしれない。

 けれど僕は、自分たちがパーティーとして彼女たちに劣っているとは思わない。


「……見事、です」


 魔眼発動に全力を注いでいたからこそ、また自分の気配をギリギリまで消そうとしていたからこそ、ボティスさんは魔力を纏っていなかった。


 【黒魔導士】を前に、それは致命的。


 『速度低下』によって迎撃さえままならない彼女を、僕の聖剣が斬り裂く。

 【魔眼の暗殺者】ボティスの体が魔力粒子と変わる頃、もう一方の戦いも決着を迎えるところだった。


 長髪の吸血鬼は帯状の血の刃でメラニアさんの右手首を裂いた。

 そして彼女が手放した棍棒で彼女の膝を打った。


 その彼は今――宙を舞っていた。


 メラニアさんは棍棒を手放す代わりに、帯状の刃を自分の腕で巻き取っていたのだ。

 刃を素手で握るような危険な行為だが、うちには対決開始以前より魔力を練っていた――【白魔導士】がいる。


 畳み掛けるような攻撃に集中していた長髪さんが血の帯が絡め取られていることに気づいた頃には、彼の体は空中へ引っ張り上げられていた。


 僅かに遅れて背中から帯を引き剥がして捨てる【操血師】だったが、一手遅い。


「くっ……この雨……!」


 膨大な魔力を巡らせた血ならば操れるが、大量の血を失った次の瞬間にそれを用意するのは無理。

 翼を生やすような行為も、別の生き物に化ける選択肢も封じられた。


「さっき、言いました――」


 左腕に持った巨人の盾が、周囲の空気を押しのけながら吸血鬼に迫る。


「負けません……!」


 鈍い音が響き、直後、彼の軌道上にある建造物が次々に人間大の穴を空けていく。

 メラニアさんの一撃によって、彼は計四つの建物の壁をぶちぬく。

 さすがに魔力粒子は見えないが、退場は免れないだろう。


「よし……!」


 僕とヨスくんの声が重なる。

 メラニアさんの奮闘を称えたいところだが、まだ戦いは終わっていない。


 レイスくんとフランさん側の戦況を確認しようとし――僕は見てしまった。


「えっ、あっ……」


 ヨスくんの腹部を貫く、血の鞭を。


「あら頑丈、さすがは鬼というところかしら」


 【串刺し令嬢】ハーゲンティ。

  ではない、、、、


「……カーミラ」


 思わず口から漏れた声は、雨音に掻き消されることなく彼女に届いたようだ。


「えぇ、カーミラですよ。【黒魔導士】レメさん」



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