第160話◇第八層・武と『決闘』の領域3



 幾本にも枝分かれする穂先。

 僕が知る限り、フルカスさんがこの技を見せたのはこれが初。


 フェニクスパーティー戦やタッグトーナメントを観て彼女の動きを頭に叩き込んでいても、未知の攻撃手段では対策のとりようがない。

 こういった時に試されるのは、咄嗟の適応力。


「レイス! ユアン!」


 エアリアルさんが叫んだ。


「はいはい」


「っ、了解!」


 二人への指示がどういったものだったか、すぐにみなが知ることになる。

 空気の壁、あるいは風の鎧の方がイメージしやすいか。


 突きがいかに鋭かろうと、身体に刺さらなければ意味がない。

 対象の動きを阻害せず、それでいて刺突を防ぐ硬度を保つ鎧。


 まずエアリアルさん、レイスくん、ユアンくんが自らを透明の鎧で覆う。

 エアリアルさんは、ヘルさんとミシェルさんとスカハさん。

 レイスくんは、フランさんとマルグレットさんとハミルさん。

 ユアンくんは、リューイさんとスーリさん。

 正面側、右側、左側で咄嗟に担当を分けたようだ。


 まるで木の根のように分かれて伸びる槍。

 『斬る』手段を持っている者はそうした。


 幾本にも穂先を伸ばすのは機能だとしても、それを実行するのはフルカスさんの脳。

 十一人の動きを追いながら槍を操るだけで常人離れしているのだ。穂先がこれ以上分裂するとしても、増えるごとに操作精度は大きく下がっていく。


 ならば警戒するよりも、やるならやれと目の前の脅威に対処しようという考え。

 風魔法使い達の対処は完璧に近かった。

 でも、完璧はない。


 【錬金術師】リューイさんのメイン武器は戦鎚。伸びる槍を圧し折るように武器を振るった彼だが、槍はそれを予期していたかのように突きの軌道を変えた。


「むっ」


 そして、獲物を絞め殺す蛇のようにリューイさんに巻き付く。

 そのまま、しなった、、、、

 リューイさんの身体が宙に浮き、縛られたまま壁面に頭から突っ込む。


「――――ッ」


 薄鎧で防ぎきれる衝撃ではない。

 勘違いしてはいけないのは、冒険者の多くは人間ノーマルであるということ。

 【勇者】以外の耐久力は、一般人と大差ない。


 肉体をいくら鍛えたところで、刃を弾く鋼の筋肉は得られない。

 血を流しすぎれば死ぬ。頭が潰れれば死ぬ。常人にとっての致命の一撃は、多くの冒険者にとってもそうなのだ。


 激闘の末、派手に退場すれば見栄えはいいだろう。実際、視聴者にはそういったものが好まれる。

 が、ほとんどの死がそうであるように。

 退場もまた、あっけないものがほとんど。


 いつ、誰が、どう落ちるか分からない。

 その緊張感こそが、ダンジョンの魅力の一つだと僕は思う。


 だからこそ、それが当たり前のダンジョン攻略において、安心感を与えられるパーティーは貴重。

 これはドキドキしないということではない。


 ――『彼らが勝つと信じてるが、このピンチをどう切り抜けるのか目が離せない』。


 一部のパーティーは、勝ちを確信された上で人々を興奮させる。

 勝つか負けるかではなく、どう勝つかで人の心を掴む。


 かつて僕がフェニクスパーティーで目指したのも、その形。

 このレイド戦で、視聴者が抱いているのも同じ。


 第一層から冒険者は減り続けている。

 それに高揚する者もいれば、情けないと怒る視聴者もいた。

 だが、人々は思ってもいない。


 最高峰の勇者達が負けるとは、まったく考えていない。

 その期待に応えるべく、彼らは動く。

 魔王へと向かって。


 リューイさんは退場――しなかった。

 彼が叩きつけられる筈だった壁面は、いつの間にかが出来ていた。人を受け止められるくらいの、水たまり。当然、魔法によるもの。


 レイスくんだ。

 それによって衝撃が緩和され、リューイさんは頭部が潰れて死ぬという事態を免れる。

 そのレイスくんもまた槍に襲われていたが、それは彼に触れる直前で止まっている。


 鎧で阻んでいる、のではない。

 それだけならばリューイさんにしたように巻き付けただろう。

 だから、それが出来ない何か。周囲の空気ごと固定され、動かすことも出来ないようにしたのか。


「おぉっらよッ!」


 切られた先から伸び続けていた槍の猛攻が、止まる。

 槍のを疾走していたヘルさんが、勢いをつけて拳を叩きつけたからだ。


 分裂した部分を除いた柄の、半ばからへし折られる槍。

 そう、フルカスさんがこの技を普段から使わないのには理由がある。

 強力だが、デメリットもあるのだ。


 どんなに損傷しても、『残った部分の内、長い方』を本体とする魔法具。それが彼女の槍。

 当然、ここまで伸ばした状態で今のように破壊されてしまうと、握っている部分ではなく、失った部分の方が本体となってしまう。


 フェニクスの戦いで見せた、何度損なわれても即座に再生する槍という利点を、敵の対処次第で失ってしまう技なのだ。


「うぉっ」


 フルカスさんがいまだ握る方の柄に着地したヘルさんは、そのまま駆け上がろうとした。

 だが【刈除騎士】が槍を振り上げたことによって吹き飛ばされ、その身は高い天井へと急速に近づいていくことに。


「ちっ」


 声はレイスくんのもの。

 伸びる能力を失おうと、巨大な像が如き鎧の戦士が振るう槍には違いないのだ。


 空を薙ぎながら迫る折れた槍を、レイスくんは風魔法で機敏に回避。

 だが、それこそが狙い。

 目の前の脅威に対応しながらでは、どうしても周囲へのサポートはしにくくなる。


「く、ぅッ」


 ユアンくんだった。

 彼は伸びる穂先を切り刻み、なんとかフルカスさんに接近しようとしていた。


 フルカスさんは槍が折られる直前、片腕をユアンくんへと伸ばしていたのだ。

 ヘルさんが吹き飛ばされたことにユアンくんが一瞬気を取られた、その隙を見事ついた。


 彼女の左腕が、ユアンくんを掴んでいる。

 空気の鎧越しに、力が加えられていく。


「うちの可愛い新人クンを、離しなさーい!」


 とんがり帽子にローブに杖といったいかにもな格好の【魔法使い】ミシェルさんが、大量の魔力を注ぎ込んだ爆破魔法を放つ。


 それは黒い鎧の兜で炸裂。目を焼く赤い輝きと轟音。

 鎧は揺れたが、破壊はされなかった。


「え、固いっ!」


 驚くミシェルさん。


「ユアン、出来るね」


 エアリアルさんの声を聞き、ユアンくんは苦しげに表情を歪めながらも、頷いた。

 爆炎が晴れると同時、二人の風魔法使いは巨大な風刃を生み出していた。


 ユアンくんが、上から下へ。

 エアリアルさんが、下から上へ。

 黒き鎧の肘から先を切断せんと、風刃が走る。


 耳を塞ぎたくなるような音が響き、鎧に刃が食い込んでいくのが、破壊の進行で把握出来た。


避けろ、、、ッ……!」


叫んだのはレイスくん。


「え」


 フルカスさんの槍が――ミシェルさんの腹部を貫通していた。


 呆けた声を漏らすミシェルさん。それもその筈。

 フルカスさんの持つ部分は、短い方。本体ではない、壊れた棒でしかない筈。


 穂先が生え、槍が伸びるのはおかしいのだ。

 何故、こんなことになったか。


 答えは、単純。

 後から、本体に戻ったから、、、、、、、、


 風魔法を使える三人は、まず仲間のサポートに回った。

 その後、レイスくんはリューイさんを助け。

 エアリアルさんとユアンくんは敵の左腕を破壊しようと風刃を放った。

 そして、残りは【龍人】との戦闘だ。


 その【龍人】達は、場に残った槍の残骸の影に隠れ盾とし、また時に自ら切断した。

 それが短い間に何度か繰り返される内に、『長く、本体と認定された部分』はどんどん削られ、やがてフルカスさんの手に残る部分よりも短くなった。


 結果として、魔法具の本体判定が再び行われ、彼女が握る棒こそが魔法具に戻った。

 彼女はそれでレイスくんを狙っていたが、引き戻すと同時に延伸させ、ミシェルさんを貫いたのだ。

 腹部に大穴を開けた状態で、それでもミシェルさんは杖を振るった。


「お、かえし」


 大鎧の下腹部で大爆発が起きる。

 タッグトーナメント時に開き、本体が出てきた箇所だ。

 爆発とほぼ同時、ミシェルさんの身体が魔力粒子と散る。

 兜に向けたものよりも威力が格段に高い。先程のは目くらまし目的だったようだ。


「合わせろちっこいの!」


「……ちっこくない」


 【錬金術師】リューイさんと【破壊者】フランさんは既に駆け出していた。


「悪いけど、またそっちを短くしちゃった」


 レイスくんはフルカスさんの兜の上に立っていた。

 その風刃が、槍を再度断ち切る。

 槍を手放しレイスくんを捕まえようと伸びるフルカスさんの右腕はしかし、届かない。


「おいおいあたしを忘れんなよ、寂しいだろうが」


 天井を蹴って急加速したヘルさんが、勢いそのままに鎧の手の甲を殴りつけたのだ。

 装甲は陥没し、その衝撃は体勢を崩すまでに至る。


 そして、リューイさんの戦鎚とフランさんの巨腕が腹部を突く。

 ミシェルさんの爆破に加え、ハミルさんの『飛ぶ』斬撃が先行して複数刻まれてた上での、二撃同時。


 左腕は断ち切られる寸前、右腕は殴られ、がら空きの腹部は――破壊された。

 装甲の奥に少女がいるなら、ただでは済まない攻撃。

 だが。


「がッ……!!」


 【刈除騎士】の右足が跳ね上がり、自身の腹部に打撃を叩き込んだ二人の冒険者を膝で歓迎する。

 二人は流星のように一つのカメラから姿を消し。僕が視線を移すと――いた。

 壁に陥没している。


「フラン!」


 幼馴染の安否を気にして、レイスくんが兜を離れた。

 腹部の装甲は破壊され、中の様子が確認出来る。

 そこに傷ついた少女の姿は――なかった。


「いない……? いやでも、あの時は……」


 ハミルさんの戸惑いの声も仕方がないというものだ。

 確かにタッグトーナメントで僕とベリトが戦ったフルカスさんは、鎧の腹部分から出てきた。


 だが、だからといって常にその箇所にいるとは限らない。

 そう――下りてきただけであって、操縦はもっと上部でしていた可能性が残っている。


 鎧の左腕が、切れた。肘から先が床に落ちる。

 空洞になった肘部分から、何かが飛び出した。


 小柄な女性――フルカスさんだ。

 落下中の腕の上を走り、いまだ手の中に収まるユアンくんを狩ろうと迫る。


「そうはさせない」


 光の筋が駆け抜けたかと思えば、フルカスさんの行く手を阻む者が現れた。

 【迅雷の勇者】スカハさんだ。


 一瞬で距離を詰めた彼だったが、フルカスさんは相手にしない。

 閃光のように走った斬撃を姿勢を低くすることで回避。


「なにを――ッ」


 彼女は鎧の左腕に指を食い込ませ、そのまま――投げた。


 フルカスさんの種族はオーガ

 その体躯からは想像もつかぬほどの力持ちなのだ。


「んなっ」


 驚きの声を上げたのはハミルさん。

 腕を投げたフルカスさんは、ゆっくりと落ちるしかない。

 彼女は優れた武人だが、空を飛ぶ能力は有していないのだから。


 だがフルカスさんは空中で加速した。何もなしに――違う。

 ハミルさんの『飛ぶ斬撃』だ。


 不可視故に誤解している者もいるが、触れられる以上は存在する。

 『見えない刃で、斬りつけている』に過ぎない。


 だから、そう。

 自分を狙ったそれを回避し、刃を蹴ることも不可能ではない。

 とても可能とは思えない、というだけで。


 グンッ、と加速したフルカスさんは難なく地に降り立った。

 そんな彼女を待ち受ける者がいた。

 彼の者は――【嵐の勇者】エアリアル。



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