第84話◇解説席の特別ゲストはあの勇者




 そして本戦の日がやってきた。

 僕たちだけでなく、予選で別だったフルカスさんとケイさんも本戦に駒を進めていた。


 観客の入りは上々……というか満席といっていい。


 冒険者や魔物として働く人々や、近所だからとやってきた人、参加者のファンもいれば、新たな試みに興味を惹かれた者や記者たちもいた。


 わざわざ僕を観に来る人……が、今日はいる。

 ミラさんだ。他にもシトリーさんやアガレスさん……魔王様もいる。他にも魔王城から何人もの人たちが来ていた。


 魔王城は本日休業だそうだ。

 フルカスさんもいるし――彼女の場合は魔王城幹部としての参加というのも大きい――仲間として応援に来てくれたのだろう。

 ミラさんの横には、カシュもいる。


 それと、解説席とはまた違った形で、高い位置にある個室があった。なんていうんだろうかあれは、VIP席?

 多分、そんな感じだ。壁一面が透明な素材で作られており、眼下のフィールドがよく見えることだろう。


 そこに、フェニクスパーティーが観戦に来ている。

 どこから噂が漏れたのか――まぁフェローさんあたりが流したのだろうけど――フェニクスが会場に来るとのことで足を運んだ人も多そうだ。

 更には――。


『いやぁ、さすがは魔王城四天王ですね。神速の槍術でした』


 解説のオーガの男性が言う。長い髭が三房に分けて結ばれており、オシャレだ。


 オーガと人間ノーマルの差は、体格と膂力か。彼らの方が大きく、力強い。

 大戦時は一部の個体が人を食っていたことで種族全体が恐れられていたが、基本的には慎重で穏やかな気性の人が多いという。


『見事な体捌きと槍の冴えでしたね。沈み込むような一歩からの瞬間四連突き、これは分かっていても回避は難しい』


『ほほう、エアリアル氏ほどの方でもでしょうか?』


 そう。

 解説席に座っているのは、世界ランク第一位【嵐の勇者】――エアリアルさんだった。


 翠玉の瞳と、世界を荒らす嵐のような緑の毛髪。

 とても四十を超えたようには見えない、鍛え抜かれた体にまっすぐ伸びた背。


 敬愛する先達であり、フェニクスが一位になる為に越えねばならない相手。


『あと二十年若ければ余裕などと口にしていたかもしれませんな』と冗談で笑いを誘ってから『ただ、純粋な武器と体の戦いであれば過去の私でも苦戦したでしょうな。それくらい、優秀な戦士だ』


 つい先程、フルカスさんとケイさんの試合があったのだ。

 結果は二人が語る内容からも想像がつくように、フルカスさん達の勝利。


『パートナーの馬人も動きがいい。射手は距離を詰められた時が苦しいものですが、彼女の場合は馬の脚で常に移動しながら射掛けてくるでしょう? しかも命中率も高い。まず詰められず、詰めたところで彼女と正面からぶつかるのは走る馬車を受け止めるようなものだ。脅威ですよ』


『なるほどなるほど。強いていうなら、バラバラに戦っている、というところが気になる点でしょうか』


『分かりやすい連携というものはありませんでしたが、バラバラではありませんね。オロバス選手はまず弧を描くように駆け出しました。フルカス選手と彼女を同時に視界に収めておくことが、そこでできなくなったのですね。そうすると相手は分担するか、片方を無視するかを選ぶしかない。どうしても魔王城四天王が気になりますから、意識はフルカス選手に向きましたね?』


 オロバスというのは、ケイさんのダンジョンネームだ。


『……あぁ! 馬人の脚力とパートナーの知名度のコンビネーションと言えるわけですね』


 試合では【勇者】がフルカスさんを、【魔法使い】がケイさんを担当すると決めたようだったが、その頃には【魔法使い】が腕を射抜かれて杖を落とし、【勇者】がフルカスさんに風穴を開けられていた。


『うーん、圧倒的な試合でした』


 しみじみと解説さんが言う。


『やはりこれは面白い試みですね。たとえばオロバス選手は普段『初級・始まりのダンジョン』で活躍されているのですが、ダンジョンというのはフロアボス以外の魔物は中々目立たないんですね。けれどこのような催しがあれば、優れた人材がここにいたのかと、世間に知ってもらうことが出来る』


『確かに。どうしても魔物は沢山出てくるものというイメージが強いので、よほどの個性がない限りはダンジョンネームを覚えてもらうことも出来ない、という部分があります。今回は個人と個人のタッグで参加されているわけですから、本人ありきなんですよね』


『ダンジョン攻略の中で出てくる大勢の魔物の一体、という仕事とはまったく別なのが面白いですね。強い冒険者と同じくらい、強い魔物も知られていくのはよいことだと思います』


『人気を奪われてしまうかもしれませんよ?』


 解説さんが冗談っぽく言う。

 エアリアルさんは楽しそうに笑った。


『その方が視聴者は楽しいと思いますよ。正義が勝つ物語には安心感がありますが、どちらにも勝って欲しいと願う者がいる戦いというのは、熱いでしょう。スポーツなんかはそうじゃあないですか。両方のチームや選手に、応援してくれるファンがいる』


『なるほど、スポーツ。冒険者と魔物を選手とした新スポーツとなれたら最高かもしれませんね。その時には是非わたくしに解説をお任せください』


『はっはっは、解説の場で売り込むのはよくないですな』


『すみません、新たな仕事のチャンスに興奮してしまいました』


 なんて、クスリとする笑いを観客に提供しながら、次の試合までの間を繋ぐ二人。


「レメ選手、ベリト選手、入場お願いします」


 係員の指示に従い、僕らは控室からフィールドへ向かう。


『次は、中々ユニークな組み合わせのタッグが現れますね』


『レメですね。殻種のお嬢さんは存じ上げないが、派手で見ていて気持ちがいい。ダンジョンだと開けた場所はどちらかというと少ないので、あぁいった攻撃は中々出来ないことですからね』


『周囲のものをむやみに破壊すると弁償ですからね。最近はそういったことに厳しい視聴者も多いですから』


 これはルールが定まる前、あまりに過激な攻略を試みる冒険者が多くダンジョン側が頭を悩ませていたという背景があるので、否定は出来ない。


 普通よりずっと早く直せるとはいえ、職場を毎度無遠慮に破壊されては仕事にならないというもの。


『ダンジョン修復も一瞬で済むというものではないので、このルールは仕方のないものです。ただ個人的には色んな戦い方が許されていいと思います。彼女を雇いたいというダンジョンがありましたら、是非広いエリアに配置してもらいたいですね。ちなみに今大会はなんでもありなので、ご覧になる皆さんも戦いに集中してもらって大丈夫です』


『太っ腹ですねぇ。参加者としては不安が一つ減るので、のびのび戦えそうです。そんなベリト選手ですが、どうにも技と技の間に隙が多いんですよね』


『大火力の魔法に共通する弱点ですね。威力を大きくしようとすると、魔法の構築に必要な魔力も膨大になり、その膨大な魔力を魔法の形に持っていくのは時間が掛かります』


『小さな雪玉でミニ雪だるまを作れば早いですが、大きなものを作ろうとすれば時間が掛かる。という感じですかね』


『雪合戦の方が近いですね。雪玉を作っている間も相手はこちらを攻撃出来るわけです。大きくしようと玉を転がしていると、的になってしまう。これが隙ですね』


『そこを、予選ではどのようにクリアしていたのでしょう』


『彼女自身が出した壁もそうですし、あとはやはり――レメの黒魔法ですね』


 会場がざわつく。


『ふむふむ。エアリアル氏はレメ選手と面識があるのでしたね。世間では色々と言われていますが、レメ選手の黒魔法は一般的なそれとは違うということでしょうか?』


『その説明が正しいかどうか……。うちの【白魔導師】がいるでしょう?』


『パナケア氏ですね。先日引退表明をされた』


『子供が可愛いんでね、あれはもう仕方がないです。可愛すぎるので』


『あはは、家庭も冒険者も……というのは難しい問題ですね』


『えぇ、そのパナケアですが、非常に優秀でね』


『此処にいる方は、みなさんご存知かと思いますよ』


『レメは、その【黒魔導士】版だと思っていただいて問題ないと思います』


 さすがの解説さんも、応答までに時間が掛かった。


『それは……大絶賛ですね』


『それはもう。うちにも誘ったくらいですから』


『――はい? え……えー、今衝撃的な発言があったかと思うのですが』


『振られてしまいましたがね』


 確かに隠してはいない。言いふらしてもないが。

 前回フェニクスに逢った時の雑談で出たのだが、ベーラさんが魔王城攻略インタビューでエアリアルさんが僕を褒めていたと言ったらしい。


 だがそこは放送されなかった。

 なので、これは限られた一部の人間以外全員にとって、新情報。驚きのだ。


「そうだったの?」


 ベリトが僕を見ている。


「その時には魔王城にいたし、一位に入れてもらうのは違うと思ったから」


「すごい……。分かる人には分かるんだね」


「……試合に集中しよう」


「分かった」


 頷きつつ後で聞かせてもらうよ、と視線で訴えかけるベリト。 


 知り合いが全員勝ち進めば、準決勝でフィリップさん、決勝でフルカスさん達と戦うことになる。


 だが当然、まずは一回戦を勝たねばならない。

 通路の先に光が見えてきた。フィールドだ。

 第一回戦が、始まる。



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