第134話◇最強を引きずり下ろすのが、愛なんてものなら

 


 

 いつからかは、覚えていない。

 物心つく頃には、もう攻略映像にハマっていた。


 中でも、一番格好いいのは【勇者】で。

 その中の頂点は、やっぱりお父さんだ。


 敵がどれだけ大きくても、どれだけ強くても、決して諦めない。立ち止まらない。戦って戦って戦い続けて、最後に立っているのは、いつも父達の方だった。


 ――あぁ、なんて格好いいんだろう。


 お父さん達は強くて、格好いい。

 母に聞けば、なんと世界ランク一位だったこともあるのだとか。


 子供心に誇らしくてならなかった。父親が世界最強の【勇者】なのである。

 ちょっと力持ちというだけでも父親自慢になるのだから、これ以上に自慢出来る父親はいない。

 最初はよかった。


 けれど、少しずつ、それを歪めるものが現れ始めた。

 たとえば、友人だ。いつからか、親に聞いたのかなんなのか、父の悪口を言う者達が増えてきた。


 『一位といってもたった一年』だとか、『年下に追い抜かれたのが悔しくて辞めた腰抜け』とか、『精霊術もないのに一位なんて不正でもしたんだ』とか。


 心無い言葉を浴びせられることが多かった。

 俺の父親自慢が鬱陶しかった、というのがあるにしても、だ。


 許せなかった。

 自分が言い負けるのは構わない。どうでもいい。自分が間違っていて、相手が正しいなら、ごめんなさいを言う。それくらいは躾けられている。


 ただ、そう。大好きなものを、心無い言葉で貶められるのが、とても悲しくて。

 俺は父に尋ねた。


 冒険者をやめ、何人かの弟子をとって家族と共に暮す、誇るべき父に。

 どうして辞めたの、と。

 どうしてもう一度一位を目指さなかったの、と。


 お父さんは【不屈の勇者】でしょう。【嵐の勇者】がどれだけ強くたって、諦めなければまた一位になることも出来たんじゃないの。

 父は言った。


『勇者よりも、ずっと大事な仕事が出来たんだ』


 と。

 俺の頭を撫でながら。


 その仕事とやらが、父親ってものなのは、子供にも分かった。

 じゃあ、なんだ。


 俺がこの世に生じたばかりに、最強の勇者は一線を退き。

 投稿動画にはクソみたいなコメントが寄せられ、掲示板には謂れのない中傷が無数に刻まれ、近所の子供でさえお父さんを馬鹿にしている。


 精霊術なんてなくても、若くなくても、華やかな容姿や技がなくとも。

 父は強いのに。


 なんでそれを、みんな認めない。なんでそれだけじゃだめなんだ。

 勝つのが勇者だろ。


 お父さんはその役目を立派に果たして、頂点に立って、今だって父を頼って家を訪れる者は多い。

 でも、分かってくれるのはほんの一部。


 大多数の一般人は、父のことを覚えてすらいないか、覚えていても下に見ている。

 彼らにとって、強さ以外に価値のあるものが多すぎるからだろう。


 あぁ、そう。そうかよ。分かったよ。


 俺がいなければ、お父さんはもう一度一位を目指したのだろう。きっと達成した筈だ。

 それを邪魔したのは、俺だ。


 最も憎むべきは、自分だったのだ。

 だが悔やんでも時間は巻き戻せない。

 どうすればいいか、幼い頭で一生懸命考えた。そしてある時、思いついたのだ。


 証明すればいい。


 ただ強く在ればいい。仲間と共に、最後に勝利を収めるのが勇者パーティーの仕事だ。

 強く、頼れる仲間を集める。


 世間でどう思われているとか、そんなことはどうでもいい。

 自分と共に戦う意思を見せてくれた、【破壊者】持ちの幼馴染。

 世間の評判に屈することなく、パーティーを追い出されてなお、勝利を積み上げる為に努力を続ける【黒魔導士】。


 仲間を集め、ダンジョンを攻略し続ける。


 精霊なんて要らない。見た目は問わない。【役職ジョブ】は気にしない。流行など無視。

 ただ、勝つ。


 フェローとかいうおじさんが話を持ってきた時、チャンスだと思った。

 今、上位に居座っているパーティーと共に攻略に臨む。

 強さを証明するのに、これ以上の機会は無い。


 母は心配していたが、止めはしなかった。父は複雑な表情をしていた。

 二人共、俺の目的は知らない。


「レメさん、やっぱりダメかな?」


 目の前には仲間候補の【黒魔導士】、レメさんがいる。

 エアリアル経由でなんとか時間を作ってもらったのだ。


 一方向につばのついた帽子を目深に被る俺と、ローブのフードを被るレメさん。

 俺達はこじんまりとした喫茶店の中で、向い合わせに座っている。

 客席の埋まり具合は半分にも満たないが、静かな雰囲気は嫌いじゃない。


「僕には、もう仕事があるから」


「そう、それね。気になったんだけど、やっぱりどのパーティーにも入ってないよね」


 彼に振られた後、自分なりに調べたのだ。と言ってもフェローおじさんに訊いただけだけど。


「入るのが決まっただけって段階なのかな。誰にも言ったりしないからさ、どこのパーティーか教えてよ」


 レメさんは申し訳無さそうな顔をするだけで、答えてはくれない。

 俺の中に、ある疑念が浮かぶ。


「まさか、子供出来た?」


 レメさんが口に含んだ紅茶を吹き出しかける。


「こ、子供……? いや、いないけど。どうしてまた」


 彼の様子を見るに、嘘ではないようだ。


「別に……どっかの【勇者】と同じ理由で消えるのかと思って」


 彼は勇者になるのが夢と言った。子供が出来たとか、そんな理由で夢を断ってほしくはない。

 その一言に、彼の表情が真剣なものになる。


「あの、さ。レイスくん」


「なにかな、レメさん」


「君は……【不屈の勇者】を知っているかい?」


「あぁ、気付いたんだ。うん、父親」


 表面上はヘラヘラ出来ていると思うが、内心では構えている。

 彼のような人間が努力で一位に至った父を悪し様に言うとは思えないが、それでも警戒はしてしまう。


「そっか。そうなんだね……あのさ、僕は彼の大ファンで。彼の動画を見ていなかったら、勇者を目指さなかったかも、というくらいなんだけど」


「そうなんだ、それはどうも」


 ごめんなさい、という感じだ。

 自分がいなければ、彼はもっと沢山、父の攻略動画を観れていただろうから。

 レメさんは次の言葉を、躊躇いがちに口にした。


「君はもしかして、お父さんのやり方は間違っていなかったと証明する為に、戦うのかな」



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