第198話◇あの日の剣




「わたしは、ティアと言います。レメの母です。こっちが夫のゴーエ」


「み、ミラと申します。レメさんには公私ともに大変よくしていただいていまして、今回オリジナルダンジョン攻略に向かうと聞き同行を願い出た次第で……。それでですね、あの……村の入口でのことですが――」


 肩を揺すりながら、母が苦笑する。


「三馬鹿との件は聞きました。勘違いでなければ、皆さんであの馬鹿達を追い払おうとしてくださったのではないですか?」


 ミラさんは三人組との件を思い出したのか、顔を朱色に染めながら頷く。

 カナリーさんは風船みたいに頬を膨らませ、「まったくあの子達は昔から……!」と怒りを露わにする。


 三馬鹿……三人組のことは、僕の両親もフェニクスの両親もよく知っている。

 なにせ、息子たちが幼い頃に毎日喧嘩していた相手だ。


「は、はい……。その通り、です」


 母が、そこで綻ぶように微笑んだ。


「息子のために、ありがとうございます」


「! い、いえ、そんな……!」


「それで、その……貴女だけが来たということは、つまり、レメと、そういう……?」


 あー、三人組との件で助けてくれた他のメンバーはいないが、ミラさんだけが僕と来た。

 つまり恋人なのか? ということだろう。


「友達だよ。……その、すごく、大事な友人なんだ」


 まずい、顔がとんでもなく熱い。

 もっとサラッと、あるいは堂々と言うつもりだったが、絞り出すような声になってしまった。

 ここでも経験のなさが露呈してしまったか。


 母が呆れるような顔をした。


「……フェニクスくんのところから抜けてから出逢ったなら、まだ一年も経っていないものね。とはいえ、友達ね……」


「レメ! 貴方は賢い子ですが、時には愚かしく情熱的にならねばなりませんよ! 恋愛というのは、他人に笑われるくらい暴走した方が美しいものなのです……! ミラちゃんもそう思うでしょう? 一刻も早く正式に私をママと呼びたいですよね!?」


 カナリーさん、後半で本音が漏れてます。

 ミラさんは、はにかむように頬を赤らめ、首を微かに傾けて唇を緩めた。


「レメさんには、レメさんのタイミングがあると思うので。もちろん……早ければ嬉しいですが」


 カナリーさんが、雷にでも打たれたように震える。


「か、可愛すぎますね!? 安心してくださいミラちゃん、ママは貴女の味方ですよ!」


 それから、食事は和やかに進んだ。

 いや、賑やかという方が正確だろう。四人による僕とフェニクスの過去話をミラさんが楽しそうに聞き、僕らの関係を特にカナリーさんがガンガン探り、僕はひたすら辛かったが……。


 まぁみんなが楽しそうだったのでいいか。

 意外にも、僕の新しい仕事についての追求はそう厳しくなかった。

 それとなく尋ねられたくらい。


 片付けは父とホークさんが担当。いつもなら僕やフェニクスが手伝うのだが、今回はミラさんが手伝うことに。

 その間に僕は旅の途中で買った土産を取り出していく。いっぱいあるので、フェニクスの両親はもちろん、村のみんなにも配ることが出来るだろう。


「えぇと次は……これが温泉のあった村のお酒。強いけど、香りがいいんだ」


 温泉、というフレーズにミラさんがピクッと反応した。


「おぉっと、大丈夫かいミラ嬢。手が滑ったのかな」


「す、すみませんっ」


「……顔が赤い。片付けは私達に任せて休むといい」


 気遣うようなホークさんと父の声に、ミラさんは縮こまる。


「ご、ご心配には及びません。ありがとうございます」


 少し遅れて、僕もあの日のことを思い出して顔が熱くなる。


「おや? おやおやおや? お母さん感知能力がビンビンに反応しちゃってますよ? さてはお二人さん、温泉で何かありましたね~?」


「……え、えー、次はその村でとれる野菜を漬けたもので、これが中々美味しくてさ――」


「誤魔化そうたってそうはいきませんよ?」


 カナリーさんによるくすぐりという拷問に耐え切り、僕は情報を守り抜いた。

 片付けが終わると、ホーク、カナリー夫妻が帰宅することに。


「そういえばミラちゃんはどこで寝るのですか?」


「そうねぇ、うちにはお客様用の部屋なんてないし……。まぁレメの部屋を使ってもらうのがいいんじゃないかしら。レメはソファとかで大丈夫でしょう」


 息子の扱いが雑すぎやしませんか?

 まぁ意見そのものは妥当だと思うので、黙っておく。


「そ、そんな……! れ、レメさんのお部屋を使わせていただくなど出来ません」


 言いつつ、ミラさんの鼻息は少し荒い。


「よぉし……! ではこういたしましょう! ミラちゃんは、うちに連れて帰ります!」


 カナリーさんが胸に手を当て、名案とばかりに言った。


「……フェニクスの部屋を貸すのかい?」


「いえ、それはレメにもミラちゃんにも良くないでしょう。あなたがあの子の部屋で寝て、私とミラちゃんが一緒に寝るのです! なんて完璧な計画でしょうか! 我ながらこの頭脳が恐ろしいです……」


 ミラさんは「え、え」と戸惑っているが、僕らはもう諦めていた。


「嫌ですか……? ミラちゃん。私、嫌われてしまっていますか……?」


 カナリーさんの瞳が水気を帯びる。


「ま、まさかっ、そのようなことは決して……!」


 一転、太陽のような笑顔を見せるカナリーさん。


「では、行きましょう……! 今夜は、優しく寝かせますよ?」


 そう言ってミラさんの手を握り、扉へと向かう。


「れ、レメさん……!」


「あー……嫌じゃなければ、付き合ってあげて」


「もしミラちゃんが嫌だと言うのなら、レメと逆にしますか? 私はそれでも――」


「私が行きます」


「まぁ即答。愛ですね」


「……すまないね、レメ、ミラ嬢」


「いや、元はと言えばミラさんの寝るとこ考えてなかった僕も悪いから……」


 たとえばキャンプへの迎えを頼んでおくとかも出来た筈だ。


「二人が『友人』ではなく『恋人』だったなら、レメの部屋を二人で使えばいいんだけどね」


 母がそんなことを言うものだから、二人して赤面してしまう。

 さすがにこの場で『添い寝フレンドなので問題ありません』とは、どちらも言えない。


 そうして、三人は僕の家を後にした。


 ……さて、ここからが本番かな。


 おそらく、ホークさんもカナリーさんも、僕の両親に気を遣ってくれたのだ。

 親子水入らずの時間を作ってやろう、という配慮。

 まぁ、カナリーさんの欲望がゼロとは言わないけれど。 


 自然と、三人とも椅子に座る。

 母が、ゆっくりと話し出す。


「ご飯は、ちゃんと食べてるの?」


「うん。冒険者時代より、栄養バランスとかはいいかも」


 ミラさんの料理もカシュの姉であるマカさんの料理も、ついでに魔王城の食堂も、そのあたりしっかりしているのだ。


「仕事が変わったのにうちへの仕送りの額は変わっていないでしょう。無理はしなくていいのよ」


「……してないから。新しい職場も給料いいんだよ。住むところの世話もしてくれたし」


「そう……。ところで、ミラさんは良い子ね」


「あぁ、本当に」


 形式的っていうか、定番? のやりとりを済ませる。


「……正直、フェニクスくんのパーティーから抜けたってニュースで観た時は、『ついにか』って思ったわ」


「……うん」


 母の視点からすると、それも頷ける。

 僕は勇者になれなかった【黒魔導士】で、育成期間スクール卒業後そのままフェニクスとパーティーを組んだ。彼がいなかったら冒険者になれたかも怪しい。

 デビューしてからは世間から常に否定的な意見を浴びせられ、映像板テレビ放送の攻略実況の声さえも厳しい評価を下す。


 それが、母から見た息子の姿。十三から二十までの、息子の人生。


「詳しいことは分からないけれど、顔がね。年々暗くなっていったから、貴方にとって楽しい仕事ではなくなっているとは思っていたの」


「……そう」


「でも、今日、ほら、第二位パーティーの方々が貴方の味方をしてくれたそうじゃない?」


 三人組との遭遇の件だ。僕は苦笑しながら、頷く。


「だね」


「たっぐとーなめんと? では第一位の勇者が貴方を褒めていたし、れいど? に出てた子いるでしょう? レイスくん? あの子は貴方をパーティーに入れたいって言ってくれてるんですって?」


「あー……うん」


 レイスくんの誘いは断ったが、彼は諦めない。さすがは【不屈の勇者】の息子さんだ。


「冒険者の、その、業界? は、貴方にとって苦しいだけの場所じゃなかったのね」


「……努力を続ける価値のある場所だったよ」


 僕が挑戦を続けるには、難しい場所だっただけ。

 諦めるつもりはなかったが、新しい夢を見つけることが出来た。

 違うか。示してもらったそれを、新しい夢にすることが出来たのだ。


「新しい職場も?」


「もちろん」


「なら、わたしから言うことはないわ」


 そう言って母は立ち上がると、寝室へ向かう。


「あぁ、冒険者じゃなくなったなら、世界を回る所為で忙しいなんて言い訳は立たないわよね?」


「えっ、えぇと、それは……」


「たまには顔を出しなさい」


「……まぁ、たまにはね」


「ふっ……。おやすみ」


「うん」


 母は寝室に消え、僕と父が残った。


「ふむ……私から訊くことが残ってないな……」


「あはは」


「そうだ、レメ。お前はもう酒が呑める年だろう」


「え、うん。……いやごめん、明日からダンジョンに潜るから」


 父は残念そうな顔をしたが、頷いた。


「それもそうだな」


「終わった時に、もう一度顔を出すよ」


「あぁ、それはいい。楽しみだ」


 本当に楽しみそうに、父は笑った。


 それからぽつぽつと、他愛もない話をした。

 村の誰々が結婚してもう三人目の子供がいるとか、魔王城のある街には美味しいごはんを出す店が沢山あるとか。


「そうだ、お前に逢ったら渡そうと思っていたものがあるんだ」


 父はそう言うと、一度席を外した。

 戻ってきた父が抱えていたのは、長方形の木の箱だった。

 大きいものではないが、長い。


「なんだろう……開けてもいい?」


「あぁ」


 木箱の蓋をそっと開けると、中に入っていたのは――剣だった。

 鞘に収まった、一振りの剣。


 多分、父と僕の脳内には、同じ日の記憶が浮かんだことだろう。


 師匠にも話したことがある。

 ――『……その、六歳くらいの頃、父さんに剣を買ってくれって頼んだことがあったんです』

 ――『でも「危ないから」「まだ子供だから」とか、色々言われて買ってもらえなくて。今は納得してるけど、当時は納得出来なかった。俺は欲しいのに、どうして理由を付けてダメって言うんだろうって。金が無いって言われた方がまだ諦められた』


「その……お前は覚えていないかもしれないが」


「覚えてるよ、覚えてる」


 買えない理由があるなら仕方ない。いくらでも諦められる。

 でも、買わない理由ばかり挙げられたから、当時の僕は悲しかったんだと思う。

 お前には扱えないと言われているみたいで。それが事実だとしても、遠回りな表現で諦めるよう諭されたのが悲しかった。


「そう、か……。あの日のお前の顔が、ずっと忘れられなかった。本当は、【勇者】……いや、戦闘系の【役職ジョブ】に目覚めたら、買ってやるつもりだったんだ」


「うん……」


 でも、僕が目覚めたのは【黒魔導士】。

 だからって、杖を買ってやることは出来なかったのだろう。目指す【役職ジョブ】になれなかったことを、息子に突きつけるような行為だから。


「はは……剣だ」


 手にとってみる。ずしりとした重さが伝わってきた。

 タッグトーナメントで使った、仕込み杖とは違う。

 純粋に武器としての、剣。


「タッグトーナメントを観たが、剣も使えるようになったんだな」


「いい師に巡り合ってね」


「そのようだ」


 微笑してから、父の次の言葉には間があった。


「その、これはそう高いものではないし、邪魔かもしれないが、もしよければ――」


「何言ってるのさ。貰うよ」


 霞掛かった視界を腕で拭って晴らし、胸の奥からこみ上げてくる感情のままに――笑う。

 あの日の僕の分まで、思いっきり。


「ありがとう、大切にする」


「……! ……あぁ、今のお前ならしっかりと扱えると、信じている」


 父は目頭を押さえ、そのまま立ち上がる。


「明日も仕事があるんだろう。もう寝なさい」


 表情を見せないように背を向ける父。


「うん、おやすみ」


「あぁ」


 父も、寝室へ向かった。


 改めて、剣を見る。

 自分で買っても、こうも嬉しくはなかっただろう。

 魔力体アバターで再現されるよう、明日にでも情報を更新しよう。


 しばらく剣を鞘から抜いたりしまったりしながら眺めていた僕だが、そろそろ寝ようと立ち上がる。

 魔力灯の明かりを落とし、自室へ向かう。


「……ん?」


 暗い廊下の先、微かな光。

 吸い寄せられるように進んでいくと、扉の隙間から漏れているようだった。


 その部屋は、書斎……というのか。正式な名前はともかく、僕がダンジョン攻略にハマってからは動画の視聴部屋になっていた。父に頼み込んで買ってもらった端末で、暇さえあれば攻略動画を観ていたものだ。


 端末はもちろん、稼働や通信に掛かる魔石も高いのに、出世払いとか言って買ってもらったっけ。

 今では両親が使っているのだろう。

 魔石との接続を切らないと魔力を消費し続けてしまうので、部屋に入る。


「――――ッ」


 部屋の明かりをつけて、僕は言葉を失った。

 壁中に、額が飾られていた。


 中に収められているのは僕の映ったフェニクスパーティーの写真だったり、新聞記事だったり、雑誌の切り抜きだったりした。

 それだけならまだ、親のやりそうなことと納得出来た。

 気恥ずかしいけれど、納得は出来た。


 でも、驚いたのは――レメゲトン、、、、、の写真も飾ってあることだった。


「…………はっ、はは」


 ――『うふふ、なぁんて。冗談ですよミラちゃん。私、シトリーちゃんとカーミラちゃん食べたいです。あとは、ふふふ……レメゲトンくんでしょうか』

 ――『カナ、レメゲトンはダメだ』


 あれは、単に魔物レメゲトンを気に入っているとかではなく――。


「とっくに、気づいてたのか……」


 フェニクスが言ったとは、思わない。

 だが、あの親友さえ黒魔法を喰らうまで気づかなかったのだ。


 では、どうやって……? 分からないが、確かなのは僕の正体に気づいていて、気づいていないフリをしてくれていたこと。

 いや、それとなく尋ねられたのは、僕の方から言いやすいようにか。

 僕から説明があるのを、待っていてくれたのだ。


 なんで魔王城にとか、どうやってフェニクスに勝ったとか、角ってどういうことだとか。

 気になってしょうがないだろうに、問い詰めたっておかしくないことなのに。

 そのことには触れず、活躍を見守っていた。


「敵わないな……」


 僕が人に誇れることがあるとすれば、それは人に恵まれたこと。

 親友、師、ミラさんや魔王様、魔王城に務めてから知り合った多くの仲間や友人、尊敬できる冒険者の先達。


 あぁ、だがなによりもまず、レメという人間は――両親に恵まれた。


 子の未来を信じ、【黒魔導士】になっても見捨てず職を探し、冒険者になると抜かしても最終的には認めてくれた。

 パーティーを抜けて魔王軍参謀になり、魔人の角まで生やしても、何事もなかったかのように我が家に迎えてくれる。


 改めて親の偉大さを痛感した僕は、しばらく経ってから思い出したように動き出す。

 明かりを落とし、端末を切ってから自室へと戻った。


 部屋は子供の頃のまま。定期的に掃除しているのか、綺麗だった。

 ベッドに入り、鞘に収まった剣を胸に眠る。


 勇者みたいに剣で戦う夢を見た。

 【黒魔導士】の格好のままなのが、夢のくせに現実的で面白かった。


 朝に目覚め、ミラさんと共にやってきたカナリーさんとホークさんを加え、朝食を摂った。

 馬車が迎えに来てくれる時間が近づいてきたので、家を出る。

 みんなと一言二言交わし、カナリーさんにハグされた。


 ミラさんと並んで歩き出す。

 数歩進んだところで、僕は四人を振り返った。


 今の仕事については、オリジナルダンジョン攻略の後でちゃんと話そう。

 でも、これくらいは言うべきだ。


「僕は……まだ勇者を目指しているよ。子供の頃と、少し形は変わったけど。想いはずっと変わってない」


 四人は何も言わず、ただ柔らかく笑った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る