第247話◇祝福と後押し(後)




 たとえば、【嵐の勇者】エアリアルパーティー――。

 世界一位の勇者パーティーだ。


 リーダーのエアリアルさんは、翠玉の瞳と嵐を思わせる緑の髪の持ち主。

 その鍛え抜かれた肉体と真っ直ぐ伸びた背は、四十を越えてなお衰えを感じさせない。高く太く伸びた神樹のような厳かささえ感じさせる。


 それでいて普段浮かべる笑みは優しく親しみやすいもの。強いことは分かるのに、威圧感は与えない絶妙なバランス。

 マイクを向けられたエアリアルさんは、しばし考えるように顎を撫でた。


『そうですね……。魔王城の面々へのリベンジもしたいですし、長年同じ業界で戦ってきたライバル達とも戦ってみたい。若いところで言うと、フェニクスパーティーとも。あとはうん、ランク入りこそまだですが、レイスパーティーもね。あのパーティーには彼もいることですし』


『彼、ですか?』


 エアリアルさんは、悪戯を思いついた子供みたいな顔で言った。


『レメ選手です。あそこは、私を振った彼が選んだパーティーですからね、是非戦ってみたい』


 確かに僕は、かつて彼の勧誘を断っている。

 エアリアルパーティーは最高の【白魔導士】と名高いパナケアさんが抜けることになり、新メンバーを探していたのだ。


 今、その枠は【疾風の勇者】ユアンくんが埋めている。若く真面目で、優秀な【勇者】だ。


『組み合わせの発表が楽しみですよ、本当に』



 たとえば、【漆黒の勇者】エクスパーティー――。

 世界ランク第二位の【勇者】は、黒髪黒目の三十代も半ばを越えた男性。

 彼には、柔和な笑みがよく似合う。


『それはもちろん、エアリアルパーティーです。ランクでは上をいかれっぱなしですが、俺は、俺と仲間達が彼らに劣っているとは思わない』


 エクスさんの顔に、オリジナルダンジョン調査時のような翳はなかった。


『あとはあれだろう? 我らが恩人、【最良の黒魔導士】殿もだ』


 【先見の魔法使い】マーリンさんがからかうように言う。

 インタビュアーさんが首を傾げた。


『最良……? そのような異名をとる【黒魔導士】が……【黒魔導士】?』


 エクスさんは優しげに微笑んでいる。


『今頭に浮かんだ男で間違いないですよ。俺たちが勝手にそう呼んでいるんです。レメ、君の最良の選択を見せてくれ。俺たちは、その上を行く。こいつらとなら、俺は負けないよ』



 たとえば、ニコラパーティー。


『僕には憧れの冒険者が二人いるんだ。一人は……最近見せるようになった技で気づいた人もいるだろうけど、【魔剣の勇者】ヘルヴォールさん。格好良くて、昔からずっと憧れてる』


『なるほど……! 「白銀」を腕に纏わせる「積雪の豪腕」はヘルヴォール選手へのリスペクトから生まれた技だったのですね! ――では、もう一人の冒険者とは?』


 ニコラさんは一瞬兄のフィリップさんを見た。彼の方は妹の視線に頷きを返す。


「【黒魔導士】レメさん。夢を諦めずに努力を続ける人の格好良さを、あの人から学んだんだ。この二人は憧れだけど、そのままで終わりたくない。戦ってみたいと、そう思うよ」


 優雅さと泥臭さ、二つの魅力を併せ持った【銀嶺の勇者】は、火の灯ったような瞳でそう言った。



 たとえば、エリーパーティー。


『ハッ、愚問ね。アタシたちの上に居座る輩と、まだ屈服させてない輩よ。けどそうね? 敢えて言うなら同属性の頂点から動かないエアリアルと――レン、貴方よ』


 僕をそのように呼ぶのは、エリーさんだけだ。

 レメゲトンをレメと縮めて呼ぶことを拒んだ僕に、彼女がつけたあだ名。


 二人の【黒魔導士】、二人の【白魔導士】を率いる【絶世の勇者】は、レイドで共に戦った協力者であり、その際に一度勝負をした仲でもある。


『れ、レン殿、ですか? えぇと――』


『調べても無駄よ、アナタに分かるように言ってないもの。でも、彼は来る。こんな面白い催しを、彼が見送るはずないもの――そうでしょう?』


 たとえば、フルカスパーティー。


『お腹空いた……』


 ぐぅう、とフルカスさんのお腹が鳴る。


『え、えぇと、その……続く第二段階では――』


『ハンバーグ』


『えっ、何を……そ、それは? え? は、ハンバーグ……!?』


 フルカスさんがオリジナルダンジョンクリアで獲得した魔法具だ。

 魔力で構成された料理が出てくるドームカバー。

 ハンバーグを軽く十人前はぺろりと平らげると、フルカスさんが再びカメラを向いた。


『全員倒す。それだけ』


 それだけ言って彼女は控室を出ていこうとしたが、急いで向けられたカメラに映る彼女は、ギリギリで振り返った。


『……ベリト、レメ。あの時の借りは返す』


 僕とベリトは、タッグトーナメントで、フルカス&オロバスペアに勝利した。

 そのことを、武人である彼女は忘れていないのだ。


 同じ魔王城の仲間で、剣を教えた弟子であっても、そんなことは勝負を前に何の関係がないのだから。



 たとえば、アストレアパーティー。


『何者であっても、敵となったなら打倒するのみ。それが騎士団というものです。だからこそ挙げるのであれば、フェニクスパーティーとレイスパーティーでしょう。彼らとの戦いで我々は、冒険者という職業への認識を改めるに至った。その上で、次はこちらが勝利する。勇者だけではない、勝つのは騎士団の職務でもあるのだから』


 四大精霊契約者が、精霊との繋がりを保ったまま人類の敵になったとしても、これを制圧する。

 それだけの力を持たねば、世界の平和は守れない。


 平和のため己に敗北を許さない騎士の頂点もまた、勝敗のつかなかったあの戦いの決着を求めている。



 たとえば、フェニクスパーティー。

 世界ランク第四位。【炎の勇者】。同郷で、幼馴染。人類最強候補の一角。


 僕の、親友。


『目の前の一戦一戦に集中し、仲間と共に勝利を掴む。我々が考えるのはそれだけです』


『特別対戦したいパーティーは無い、ということでしょうか?』


『質問にあったように、第二段階でということであれば、特別ありません。何も限定する必要はないのだから』


『……と、いうと?』


『今回この機会に戦えずとも、上を目指している限りどこかでぶつかるでしょう。この先、何度だって。それだけ分かっていれば、充分です。どちらにしろ――』


 その時、画面上のフェニクスと目が合った気がした。


『私達の戦いに、二度と、、、敗北はない』


 一つ一つのパーティーを映す時間は決して長くなかった。


 名の通った人達が少し長めなくらい。沢山沢山映像は流れて、ほとんどのパーティーは上位の冒険者や強い魔物の名を挙げていた。


 全体から見れば、僕との戦いを望んでいる人達は僅か。分かっている。

 でも、そんなことはどうでもいい。


 熱かった。

 胸の奥が熱を持って仕方なかった。


 僕は【勇者】になれなかった【黒魔導士】だけど。

 それでも僕らは出会い、戦い、そして――再戦を望んでいる。


 光栄? 嬉しい? ありがたい? 多分全部当たっているけど、一番近いのはこれだ。


 ――望むところだ。次も僕が、僕たちが勝つ。


「……『約束』が出来なくてもよ、『その時思っていることを言葉にする』だけで充分ってことがあんじゃねぇかと思うよ」


 僕の表情を見て何かを悟ったのか、ブリッツさんが背中を押すように言った。


「……はい」


 あぁ、そうか。確かにブリッツさんの言う通り。

 これは約束でもなんでもなくて、ただの表明。こういう気持ちであると示しただけ。

 僕らは別にライバルだとか宿敵だとか、関係性を固定したわけではない。答えを出したわけじゃない。


 それでも、充分なんじゃないか。


「あの……! ブリッツさん!」


 僕が勢いよく立ち上がるのと、彼が追い払うように手を振るのは同時だった。


「おう、さっさと行け。こういうのは、後で引っくり返って悶えるくらい突っ走った方が良い」


 彼の言葉の途中で僕は店を飛び出す。

 景色がどんどん流れていく。

 全力疾走で寮の自室まで戻る。

 扉を開け、リビングへと直行。


「! れ、レメさん……!?」


 椅子に腰掛けぼうっと映像板テレビを眺めていたミラさんが、飛び跳ねるように僕を見る。


「ミラさん……!」


「はっ、はい……!」


 緊張の色の滲む、紅玉の瞳を真っ直ぐ見つめる。


「この前の戦いで、ミラさんが最後に言ったことだけど」


 ボッとミラさんの顔が真っ赤に染まる。

 視線もあっちこっちへと泳ぎ、目が合わない。


 合うと合うでドキドキするけれど、逸らされるのはなんだか寂しい。


「あ、あれはその、忘れていただけると……っ」


「僕は、その、そういうことに疎くて。それになんでも器用にやれるような奴でもなくて」


 考える時間はあったはずなのに、言葉がスムーズに出てこない。


「レメ、さん……?」


「もっとちゃんと、明確な答えみたいなものが出てからじゃないと失礼なんじゃないかとか、ごちゃごちゃ考えたりして。というか、今も考えてるんだけど……」


「……大丈夫ですよ」


 僕の様子が変だと気づいたのか、気遣うように微笑むミラさん。


「魔王城に入ってからも、色々あって中々じっくり考える時間もなくて……いや、これは言い訳かな」


「……ふふ。いきなり違うダンジョンに派遣されたり、レイドが開催されることになったり、オリジナルダンジョンの調査に向かったりと、大忙しでしたね、参謀」


「う、うん。でも、その、ミラさんばかりに言わせるのは、ずるいとも思うんだ」


「私が勝手に言っているだけですから」


 その瞬間ミラさんが見せた淋しげな微笑を前に、思考が吹き飛んだ。


「は、心臓ハート


「――――!」


「同じかは分からないけど、ミラさんといると、胸が高鳴ることが、あるよ。心臓が爆発しそうだったり、口から飛び出そうなくらい緊張したり。そういうことが、あるんだ」


 顔から火が出そうなほど、熱を持っているのが分かる。


「……それを言うために、急いで帰ってきてくれたんですか?」


「……あ、あれ以来ぎくしゃくしてるというか、その……」


「レメさんが何も言ってくれなかったから、私が怒っていると?」


「そこまでいってなくても、なんていうか……」


 走ってる時は気にならなかったのに、今はダラダラ汗が流れているのが分かる。

 どうしてこう、ミラさんを前にすると上手く言葉が出てこないのか。


「……貴方という人は」


 あれ。

 おかしい。


 ミラさんが椅子に座っていて、僕がそれを正面から見ていたのに。

 何故か逆になっている。


 僕が椅子に座っており、ミラさんが僕の前にだ。


 ――い、一瞬で立ち位置を入れ替えた!?


 しかも僕が立ち上がれないよう、股の間の座面には彼女の膝が乗っており、僕の肩には彼女の両腕が。


 金糸のような彼女の髪が、さらさらと垂れる音まで聞こえるような距離。

 いつまでたっても慣れない、くらくらするような彼女の匂い。


 赤い宝石みたいな瞳は水気を帯び、美しい肌は紅潮し、艶やかな唇は開かれ、白い色のついていそうな吐息を発する口内からは、鋭利な吸血鬼の牙が覗く。


 これ、なんか既視感がある。

 初めて吸血された時と似た感じ。


 どうやら今、ミラさんは凄まじい吸血衝動に襲われているらしい。


「奥手なのか大胆なのか分からない方ですね……いえ、両方なのでしょう。謙虚でありながら自信を忘れず、控えめなのに負けず嫌いで、現実を知りながら優しく在ろうとし、無自覚に人の心を奪ってしまう。本当に、いけない人です」


 ミラさんの唇が僕の唇に近づき、触れる――寸前で、耳元に寄せられる。


「そんなだから、みんな貴方から目が離せなくなる」


 心に形が与えられたとして、それを直に撫でられるような。

 なんとも形容し難い、甘いような痺れるような感覚。


 顔を離した彼女は、いつも通り優しげな笑みを浮かべるミラさんに戻っていた。


「レメさん」


「う、うん」


「お気遣いありがとうございます。ですが、私はレメさんに呆れていたわけではありませんよ?」


「え」


 彼女は自分の頬に手を当て、恥じらうように視線を斜め下へ。


「ただ……その、戦いの場でポエミーなことを言って退場したことが……思い出すとどうしても恥ずかしくてですね。レメさんを見るとその瞬間のことが頭に浮かんで目が合わせられなかったのです」


「そ、そうなんだ……そっか、そういう……」


 じゃあ僕はあれか。

 勝手に勘違いして急に「貴方にドキドキしてます」とか言い出した奴ってわけか。


 途端、ミラさんの言っていたことを理解する。

 これは確かに、恥ずかしくて目を合わせられない。


「でも、嬉しかったですよ」


「ぼ、僕……! えぇと、そのー……お風呂に入ってきます」


 逃げだすように、僕は立ち上がる。


「ふふふ。そうですね、お酒と、少し汗の匂いもしますから」


 あれだけ近かったら、匂いも分かってしまうだろう。羞恥が増す。


「私は、そうですね……寝室で待っていた方がよいでしょうか?」


 そう言った彼女の顔には、からかうような色が浮かんでいる。


「……からかわないでよ」


 そう言いつつ、彼女が普段通りに戻ったことが、どこか嬉しい僕だった。

 ドキドキしながら安堵もするなんて、変な感じだけど。


 それから数日後、トーナメントの組み合わせが発表された。



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