第248話◇それぞれのファンサ(前)
「抽選会するんだってさ」
「抽選会?」
レイスくんの言葉に、僕は首を傾げる。
場所はレイスくん達の泊まっている宿の、中庭。
色んな種族に対応した宿で、四つの棟からなる。体格や生活様式で棟は分かれるものの、広大な中庭で合流出来るというもの。
メラニアさん以外の四人は、一つのテーブルを囲んで座っている。卓も椅子も木製。
ハーフサイクロプスのメラニアさんは、近くに屈んでいた。
昼の時間帯。僕らのテーブルは、メラニアさんの影で日陰に。なんとなく涼しいような気がする。
「そうそう。第二段階の組み合わせをくじで決めるって話が来たんだよ」
「あぁ、なるほど。それで抽選会」
僕が頷くと、ヨスくんが何かを思い出すような顔で言った。
「スポーツなどでは、たまに見る光景ですね」
「そうなんだ?」
冒険者活動以外にはあまり詳しくないので、知らなかった。
メラニアさんも「ほぇー」と感心するような声を上げている。
フランさんは中庭に植えられた木をぼんやりと眺めている。木の葉の揺らめきに合わせて、木漏れ日もパラパラと音を立てて模様を変えていくような、そんな錯覚さえ覚える。
「ヨスの言う通り、スポーツのあれみたいにこれも
なるほど、組み合わせ発表の段階から世間の興味を惹こうというわけか。
「で、最低でもリーダーだけは参加しないといけないんだけど、別にパーティー全員で行ってもいいんだって」
「くじを引かせるためだけに百パーティーを一つの場所に集めるっていうのは、確かに色々と難しそうだもんね」
「ちなみに、抽選会の会場はこの街」
百パーティーは抽選で四つのグループに分かれる。
グループごとにトーナメントを行い、各グループの頂点のみが最終第三段階へ駒を進めるのだ。
つまり、伝説と戦えるのは四パーティー計二十人のみ。
今僕らがいるのは『難攻不落の魔王城』のある街。
そして抽選会のあと、各グループごとに東西南北の魔王城がある街へ向かうのだという。
そう、トーナメントは各魔王城内に設けられた特設ステージで行われる。
最終段階はもちろん、『難攻不落の魔王城』で。
思想的に対立しているフェローさんと魔王様だが、師匠を迎える場所となれば断れないというところか。
「一応言っておくと、誰か来てくれないと俺、到着までかなり時間掛かると思うよ」
「迷子になる、絶対」
フランさんが木漏れ日からレイスくんに視線を移し、断言した。
「いつかは辿り着けるっての」
「一緒に行く。レイスが迷子にならないように」
「はいはい、そう言うと思ったよ」
レイスくんとフランさん、この二人の邪魔はしてはいけないんじゃないかって空気だ。
これがお出かけの約束とかならば空気を読むところだが、第二段階に進んだ猛者たちを目にする貴重な機会となれば見逃せない。
「僕も行くよ」
続いて、ヨスくんとメラニアさんも行くことに。
最終的に、僕らレイスパーティーは全員で抽選会に向かうこととなった。
そして、当日。
開催場所は、魔王城とは別のダンジョン。
この街にはダンジョンが二つあるのだ。
一つは言わずと知れた『難攻不落の魔王城』。攻略難度は業界一。
もう一つは『中級・旅立ちのダンジョン』。
このダンジョンの攻略映像は、まったくといっていいほど
模擬攻略が出来るダンジョンは非常に少なく、全国の
このダンジョンを突破した者たちは、街を出て世界を巡り、やがて再びこの街を目指す。
旅立ちの街に聳え立つ、最高難度ダンジョンを攻略するために。
……とか言って、僕は
フェニクスとアルバは行ったことがあるらしく、魔王城攻略の際も懐かしんでいたっけ。
さておき。
『中級・旅立ちのダンジョン』である。
街中に巨大な岩の塊が鎮座し、そこに空いた穴が入り口。中程まで進むと、地下へ続く螺旋階段が。
この非日常感を越えていくと扉があり、その先は受け付けとなる。
――のだが、それは通常の訪問者の場合。
今回僕らが使用するのは、また別。
百パーティーが一堂に会するのだから、職員用の裏口だけでもだめだ。同じ時間に集めようとしたら混雑するし、バラけさせると最初に来たパーティーがかなりの時間待たされることになる。
というわけで、転移用記録石の出番となった。
祭典の運営委員会が借りた施設に、ダンジョンコアに接続された転移用記録石を配置。
これにより、それぞれの施設から、ダンジョン内の抽選会場に転移するというわけだ。
集合場所に指定された施設は、裏口も合わせて五箇所。
一箇所につき最大二十パーティー――みんながみんな全員でくるわけでもないだろうし――なら、許容範囲との判断か。
当日、指定されたルートを進んでいく内に僕らはフェローさんの目的を理解した。
「あー、こういうことね。あのおじさんらしいや」
レイスくんは笑っている。笑いながら、
「レイスくーん!」
「え、あれが【湖の勇者】? 映像で見た感じより小っちゃーい。可愛い~」
「あ、笑った。うわすご……顔の造形からして天才……笑顔で死人が出るレベル……」
黄色い声が上がる。
出待ちならぬ、入待ちである。
ある程度指示通りのルートを進むと、それは出現した。
一般人が選手たちの進行を邪魔しないようにバリケードが設置されているのだ。
そして当然のように、一般の方々がずらりと第二段階進出者を目にしようと集まっていた。
――なるほど、第二段階進出者に会えるかも……みたいな情報がどこからか漏れたのか。
というより、わざと漏らしたのだろう。これもまた、全天祭典競技を盛り上げるため。
実にフェローさんらしい。
「あは。応援ありがとうね、おねえさんたち」
レイスくんが、なんかキラキラした感じの笑みを振りまいている。
キャー、なんて声が高さと大きさを増した。
それに伴って、フランさんが右の怪腕を軋むほどに握った……気がした。
「あれフランちゃんだよ。レイスくんと幼馴染なんだって」
「か、可愛い……人形が動いているのかと思った」
なんて声にも、フランさんは無反応。
「だってさフラン。分かってる人もいるじゃん」
レイスくんが嬉しそうに言うと、ぴくりとフランさんの眉が動く。
「……別に」
非常に分かりづらいが、怒りは萎んだ様子。
また別のところからは、こんな声も。
「あの白い髪の人……すごい美男子……」
「あぁ【白魔導士】のヨス選手だよ。美人だよねぇ」
「えっ、女性なの?」
「分からないけど」
ヨスくんはその会話が聞こえたのか、微妙な顔で苦笑している。
「男です……。僕ってそんなに女性に見えるでしょうか?」
オリジナルダンジョン探査では、僕もどちらかギリギリまで分からなかったのでなんとも言えない。
「巨人の女の子だぁ……思ったよりは大きくないね?」
「いやおっきいでしょ……。でもあれかな、ハーフだから?」
「目も大きいなぁ……羨ましい」
「それはサイクロプスだから……でも分かる……」
そう、敢えて自分から触れることはしなかったが、このレイスパーティー、一人を除いて容姿に優れているのである。
もちろん、唯一の例外は僕だ。
「あの全身真っ黒な人は?」
「ん? んー、【黒魔導士】の人でしょ? なんか
「そうそう。あのエアリアルとかが戦いたいってインタビューで言ってたし、予選? でもなんかすごいことしたんだよね?」
情報がふわっとしている。
「それに元フェニパでしょ? 超優秀なんじゃん?」
「へー。……あ、それ聞いたことあるかも。アルバに追い出されたとかっていう。そんなすごい人なら、なんで追い出したんだろ?」
「……それは……地味だから? 【黒魔導士】ってあんまり要らないとか聞くし」
「入れてるパーティー少ないもんねぇ。じゃあレイスくんはなんで入れたんだろ?」
「だから、それは超優秀だからなんでしょ?」
「えー、それって実力主義ってやつじゃん? かっこい~」
フェニクスパーティー時代のように、批判ばかりが飛んでくることはここのところ減ってきた。
もちろん、世間の【黒魔導士】への評価が急に変わるとかそんなことはないし、僕の実力に懐疑的な人だってまだまだ沢山いるだろう。
けれど、確かに変わったものはあるのだ。
名前を覚えてもらってないのは少し悲しいが、冒険者はものすごく沢山いるので仕方ない。
覚えてもらえる存在になれるよう、頑張っていくだけだ。
少し進んでいくと、なにやら前方から騒がしい声が聞こえてくる。
風に運ばれて、歓声と共にそれは降ってきた。
「……雪」
フランさんがぽつりと呟いた。
そのような時期でもないのに、雪華が舞っている。
答えは単純、魔法だ。
「スノーおばさんか」
レイスくんがそんなことを言う。
世界ランク第六位【雪白の勇者】をおばさん呼ばわり……いや、彼の場合は実際に知り合いなのか。
【不屈の勇者】アルトリートを父に持つレイスくんは、エアリアルさんのこともおじさんと呼んでいる。父の知己であれば、そのような呼び方になるのも不思議はない。
「【雪白の勇者】とも面識が?」
ヨスくんの質問に、レイスくんは頷いた。
「何度か家に来てたよ。うちにサイン本もあるし」
「作家スノーのサイン本!?」
ヨスくんが大きな声を上げる。
「え、うん。なに、ファンなの?」
「い、いや……まぁ、幼い頃によく読んだものでね」
咳払いしつつ、やや赤くなった顔で肯定するヨスくん。
「へぇ。じゃああとでサイン貰えるよう頼んどくよ」
「え!?」
「作家……すのー?」
少し高いところから、メラニアさんの声が。
「あぁ、【雪白の勇者】スノーさんは、絵本作家でもあるんだよ。『ふゆのくにのゆきぼうや』シリーズが特に有名でね。僕の故郷はド田舎で本屋さんも無かったけど、フェニクスの家に二作あってさ、小さい頃は読んだりしたなぁ」
雪以外に何もない土地に、ある時生まれた雪だるまの少年。一人が寂しいと涙する雪だるまに、神様の声が聞こえる。この国ではあなたのように、雪で形作られたものに命が宿るのよ、と。
少年は一生懸命に雪でお友達を作っていく。
それは雪だるまであったり、彼が想像で作り上げた四足歩行の生き物であったり、空を飛ぶ生き物であったりした。
友達であふれた楽しい生活を手にする少年だったが、友達の中に悪い心を持つ子が現れ――。
という感じのお話だ。
「なるほどぉ」
興味深そうに、メラニアさんは頷く。
スノーさんは三十も半ばを過ぎた年頃だが、どこか幼さを残した顔立ちをした美女だ。
十代の少女が、世界の汚れに触れることなく成長すればこうなる、といったような不思議な雰囲気を纏う女性。
物語の登場人物のような話し方も、彼女がすると違和感がない。
雪の結晶を散らしたような美しい長髪と、透き通るような青の瞳が印象的。
冷え性らしく、いつも温かそうな格好をしている。
「ゆきぼうやだー」「スノーワンもいるー」「え、ゆきかいとうがなんで!? 敵では!?」
どちらが先、となると冒険者なのだろう。絵本の出版の方が後の筈だ。
彼女は水の分霊と契約。『雪の操作』の力を得た。そして、雪で様々な生き物を作り上げ、それを操って魔物と戦ったのだ。
エンタメであるダンジョン攻略において、視覚的に楽しいその戦いは幼い子供達に大いにウケた。
そこに絵本の盛り上がりも加わり、多くの子供と子を持つ親たちは【勇者】スノーに魅了された。
今、彼女と共に、物語のキャラクター達が現実を歩いている。
一度でもあの絵本を読んだことがある者ならば、高まらないわけがない。
その時、振り返ったスノーさんがレイスくんを見た。優しげに微笑み、微かに手を上げる。
レイスくんは手を振り返しながら、ぼそりと言った。
「俺たちもなんかやる? 水の竜とか出せるけど」
「うぅん。そういうファンサービスもあるだろうけど、対抗するようにやるものではないと思うよ」
「あぁ、それもそうだね」
そう言うと、レイスくんは自分の名を呼んだ女性ファンに視線を向け、ウィンクした。
その女性は胸を押さえ、歓喜に震えながら膝をつく。
「雪ぼうやにこんなことは出来ないだろうし」
「……あはは」
末恐ろしい少年だ、本当色々な意味で。
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