第94話◇右腕(中)
ずっと、考えていたこと。
向き不向きというものは、ある。
ボクが、
そのやり方は、失敗した。
第一、それでは模倣だ。劣化コピーだ。
憧れが悪いのではない。憧れ一つで渡っていけるほど、世の中甘くないだけ。
甘かったのは、ボクの認識。
一度目の失敗までは、兄とボクはここまで同じ。
けど、兄さんはすごい。
売れなかったボクと彼、そしてその仲間である【盗賊】レイラと妖精【魔法使い】のルリが、今や売れっ子だ。【清白騎士】マルクも前パーティーでは不遇であったというから、兄さんは自分を含めた五人の冒険者人生を好転させた。
冒険者を商品と捉え、流行やパーティーバランスを考え、ボクと自分に合った個性を創出。
結果として成功を収めた。
レイラもルリもマルクも、現状に不満はないようだ。
でもボクと、フィリップは?
『おっと、こちらにも動きがありました。マルク選手の白魔法が途絶えてから戦況が膠着していたところ、先に仕掛けるのはベリト選手か!』
『ベリト選手の土魔法はとても練度が高いですね。どうしても精霊持ちが注目されがちですが、魔法は人にも許された力です。冒険者でいえば【先見の魔法使い】マーリンが有名ですが、彼女は精霊と契約していないにも関わらず、四大精霊契約者に並ぶ魔法を扱います』
『ランク第二位パーティーの【魔法使い】ですね。さすがに彼女ほどとはいきませんが、確かに派手で高火力な魔法と、繊細で多彩な魔法を上手く使い分けている印象です』
ごめん、解説の二人と観客のみんな。
ぼくは精霊に頼らない蟲人ではなくて、仮面を被った【勇者】なんだ。
エアリアルさんあたりは、気づいていて知らないフリをしてくれているのかもしれないけど。
『えぇ、使い分けで終わってしまうのか。それとも――』
さすがは一流の【勇者】。ボクがここ数年頭を悩ませていたことに、一瞬で答えを出してしまうとは。
そう。
ボクの憧れは、泥臭くボロボロになりながらも最後には勝つ勇者。
被ダメージ上等、大技を決めて敵を倒す勇者。
憧れたその戦い方は、身についている。
ボクの適性は、美しく流麗な魔法で勝利を収める勇者。
兄とマルクに守られ、余裕を持って敵を倒す勇者。
兄に示されたその戦い方も、身についている。
挫折と成功。
憧憬と適性。
理想と現実。
それぞれを象徴する、相反するかのような二つの戦い方。
――ありがとう、兄さん。
――ありがとう、レメさん。
兄に現実を生き抜く術を。
レメさんに夢を諦めない姿勢を。
それぞれ示してもらったから、ボクは。
「随分と可愛らしい武装ですね」
大口を叩いた割に、僕は腕の表面に白銀を纏わせただけ。
拍子抜けもいいところ。
「そうかい?
だがもちろん、これで終わりじゃあない。
「なに……? ――っ!」
彼が横に跳ねる。
兄の背後を狙ったのは、砲丸サイズの白銀。『腕』が握っていた剣を再形成し、投擲させたのだ。
「なるほど、確かにこれならばある程度の射程は確保出来る。だがその程度……で、は」
その程度では、彼には勝てない。
だから、その程度で終わらないようにしただけ。
彼が回避した砲丸は狙いが外れたのではなく、狙い通り
そのまま、腕に纏わりつく。
白銀の腕が、僅かに大きくなった。
『――おぉっとぉ……! ベリト選手これは考えましたね! 彼女の大技は準備に時間が掛かり過ぎる為に、壁やレメ選手の黒魔法で時間を稼ぐ必要がありました。多彩な技は防御力特化のフィリップ選手にダメージを与えるには至らないという問題がある。けれど使わなければ距離を詰められてしまう。それを一挙に解決してしまった! 見事です!』
『「小技」の牽制を維持したまま、「大技」の準備もこなす。準備が完了すれば、「小技」を相手の足止めに用い、止めを刺す。使い分けるだけでなく、自分に出来ることを組み合わせ、進化させた。これは相手からすれば非常に厄介でしょう』
大きな魔法を一度に作ろうとするから、大きな隙が生じる。
ならば小さな魔法を利用して、徐々に大きくすればいい。
もちろん言うほど簡単ではないし、魔法の構築は頭から煙が出るほど面倒になったけど。
でも、これが新しい形。
どちらか一つではなく、憧れと適性の融合。
後は、結果を出すだけ。それが一番、難しい部分。
「見事だ。だがまだ足りない、その策には一つ欠点がある」
兄は冷静。
彼が回避した先に生えた『腕』は、剣を握っていた。
その振り下ろしを、兄は避けない。
『金剛』に覆われた腕で、握り、砕く。
そのまま『腕』に両腕を回し、力を入れた。
ミシミシと軋んだ『腕』に罅が入り、やがて――砕ける。
「俺が、避けなければ済む話です。貴女の許へ、白銀は届かない」
「――じゃあボクの方から行くよ」
「――ッ!」
彼が剣を受け止めた瞬間から、僕は走り出していた。
兄がこちらに振り返った時には、ボクらの距離は殴り合える距離まで縮まっている。
腹部を狙った一撃を、彼は防ぎもしない。
衝撃と衝撃。
一つはボクの腕が、彼の腹を殴りつけたことで伝わってきたもの。
一つは彼の腕が、ボクの顔面を殴りつけたことで伝わってきたもの。
僕らは互いに弾けるように後退する。自分の意思じゃない。両者の攻撃の衝撃がそうさせたのだ。
接触の瞬間、彼の周囲に散っていた白銀が僕の腕に吸い付いた。
一定距離で合流するように魔法を組んであるのだ。
視界がグラつく。なんて重い一撃。
――頭にはもう食らっちゃダメだな。
咄嗟に反応するところまでは考えていたが、あの兄がまさか防御よりもカウンターを優先するとは。
彼らしくな――いや、兄さんらしい。
ボクが憧れたのは【魔剣の勇者】。
じゃあ兄が憧れたのは?
その人は【鉄壁の勇者】と呼ばれていた。
――『【鉄壁の勇者】が一番すごいんだよ。だって、勇者がやられなきゃ負けじゃないんだぜ? 絶対倒れない勇者は、絶対に負けない勇者なんだよ。鉄壁だからって攻撃が弱いわけじゃない。どんな攻撃も通さない鎧は、どんな鎧をも砕く武器になる。敵の全部を受け止めて、その上で勝つ。格好いいだろ?』
子供の頃の兄さんの言葉だ。
ボロボロになっても勝つ、格好いい女勇者に心を震わされてたボク。
どんな攻撃にも無傷を維持した、格好いい勇者に心惹かれたフィル。
「その程度の拳では、俺は倒れない」
やっぱり。
兄は変わったけど、変わってない。
憧れの気持ちがなくなったわけじゃあないんだろ。封印して、妹の騎士を演じているだけ。
「安心しなよ。次はもっと強くなる」
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