第157話◇魔王軍参謀の朝
僕の朝の過ごし方は、ここのところコロコロ変わっているように思う。
ここのところというか、魔王城勤務になってからか。
お世話されている、と言われても反論出来ないくらいにミラさんに助けられており、これは朝も同じ。
さすがに目を覚ますと美女が横で寝てるのは――身だしなみを整えてから潜り込んでいるようなので、寝たふりだけど――心臓に悪いので、少し早起きするようになった。
で、まずは各種黒魔法の維持を確認。幾つか効力を調整。
たとえば思考に空白を挟む魔法は、起きている時だと邪魔なので寝ている時に集中させたりと、そんな感じ。
僕は修行の一環で、常に自分に黒魔法を掛けている。
魔法はただ使えば上達するというものではないけれど、魔力を生み出す器官は使った分だけ鍛えられる。まぁ、とても地道な成長だけど、強くなっていくのは確か。
睡眠中の魔力行使は、主に魔力器官の為のもの。
次に、角の確認。僕は師匠から片方の角を引き継いだ。
魔人の角は魔力を溜め、圧縮・純化する。
その効果たるや凄まじく、魔力だけで物理的干渉を可能にするほど。
フェニクス戦以後、角に割り振る魔力を多めにしている僕。
「うん、悪くない」
確認は完了。状態は良好。
ベッドから下りたタイミングで、そっと寝室の扉が開いた。
ミラさんは起床した僕を見ると、少し残念そうな顔をして、それから微笑んだ。
「おはようございます、レメさん」
僕の顔にも自然と笑みが浮かぶ。
「うん、おはよう」
「もう少し、寝ていてもよいのですよ?」
「……あはは。ちょっと走ってこようかなって」
「むぅ……アムドゥシアスですか」
ぷくり、と片頬を膨らませるミラさん。
普段大人の女性の魅力を漂わせている彼女だからこそ、たまに見せる子供っぽい仕草の可憐さが際立つ。
「いやいや、フォラスもいるからね?」
きっかけは、三人の配下――つまり、新しい仲間――と、仲良くなりたいというものだった。
この仲良くっていうのは、別に親友になりたいとかベタベタしたいとかではなくて、信頼関係を築きたいということ。
冒険者では、基本的に【勇者】がリーダー。【勇者】持ちがいなければパーティーも組めないし、攻略の主役のようなもの。
だからといって、好き勝手やれるかというと違う。
冒険者だって人間なのだから、自分に指示する人を気に入らないこともあるだろう。
パーティー仲が険悪になって解散、ということも残念ながら珍しくない。
ミノタウロスのフォラス、ユニコーンの血を継ぐアムドゥシアス、ラミアのボティス。
僕はこの三人の、上司になったわけだ。
上司が指示すれば、三人はその通りに動かねばならない。
パーティーで言えば、結成当初のような感じ。
【絶世の勇者】エリーさん率いるエリーパーティーとの模擬戦の時のように、役割をカッチリと決めて、その通りに戦いが進めば連携を演出することは出来る。
ただ、それで充分かと言われると、違うと思うのだ。
もちろん、相手が望まないのに踏み込んでいくことはしないけれど。
「まぁ、よいでしょう。豚の調きょ……部下との交流は大事です。部下の士気を高め、最高のパフォーマンスを発揮出来る環境を用意するのが上司たる者の役目とも言えます」
ミラさんが言うと説得力がある。
【吸血鬼】の団結力と士気の高さは、互いを兄弟と呼び合う【人狼】と並んで、魔王城随一。
「一緒に走るだけだけどね」
まずフォラスから――そういえば、他の同僚と同じく、配下も基本的にダンジョンネームで呼ぶことにした――近所の地形を覚える目的もあって、朝走っていると聞いた。
ならば一緒にどうかと申し出たところ、了承を得られたのだ。
そこにアムドゥシアスが「わたしもよろしいでしょうか~」と入ってきて、もちろん二人共受け入れた。
そういうことならとボティスにも声を掛けたが、彼女は「も、申し訳ございません……私、朝は弱くて。でも、参謀殿の命令ということでしたら――」「いや、問題ない」という会話があり、不参加に。
「甘いです、レメさん。人生、何がきっかけになるか分からないのですよ?」
「な、なるほど。気をつけるよ」
「はい。行ってらっしゃいませ。朝ごはん、作って待っていますね」
準備を終えた僕は、温かい微笑みに見送られて家を出た。
……吸血鬼の亜獣に後をつけられている気がするが、気の所為だろう。
外に出ると、フォラスが待機していた。
僕を見ると、彼はぺこりと頭を下げる。
配下には正体を知らせていた。
人間であること自体は再就職の時から魔王城の面々は知っているし、部下の能力を正しく把握するのが重要なように、上司の能力も把握していてもらうべきだと思ったから。
実は人間レベルの耐久力なのに魔人だと勘違いされるというのは、相手が敵ならばいいが、味方だとあまりよろしくない。
「おはよう」
こくり、と頷くフォラス。
彼は喋るのが苦手。仮面をつけていると別人のような気持ちになれて、なんとかなるのだとか。
「じゃあ、行こうか」
彼の視線がある一点へ向く。そこには蝙蝠の亜獣がいるのだろう。
いつだったか気にしないようにと言っておいたので、彼も指摘することはしない。
ちなみに、彼は【龍人】の寮に入ったようだ。
魔人用は
ミノタウロスのフォラスは、普通にしていても僕よりずっと大きい。
腕なんか丸太みたいだし。
幾つか候補があり、【龍人】のものが合うと判断したようだ。
「おはようございます~」
魔人用の女性寮につくと、アムドゥシアスも既に外に出ていた。
【調教師】である彼女は、朝になるとアルラウネを中庭に出すのだとか。
彼女たちが日光浴をしている間に何かしようと思い、僕らが走ると聞いた。
以来、一緒にランニングをしている。
口数の少ないフォラスと、お喋りなアムドゥシアスだが、意外と相性は悪くない。
無理に返事を引き出そうとする会話はしないので、彼女だけが喋っていても空気はどこか和やかだ。
彼女の話に時折相槌を打ちつつ、今日もまたルートを変え、街案内がてら軽く走る。
「それにしても、参謀サンの魔法は便利ですね~。このメンバーで走っていて、誰も気にしないなんて」
時間帯もあって人はまばらだが、人とミノタウロスと額から角の生えた美女が一緒に走っている光景は、滅多に見られないだろう。
だが気にしている人はいない。
「あはは」
「……便利なんて、ものでは」
「いいんだよ、フォラス。僕も、便利だと思うし」
アムドゥシアスの口調から、褒め言葉として言ったのだと分かる。
「……はっ」
習得するまでの苦労まで考えて、フォラスは言ってくれたのだろう。
彼は独学で、僕と同じ訓練に至った。師匠に恵まれた僕とは違い、孤独の中にありながら努力を続けたわけだ。
僕らは種族も育ちも違うけれど、黒魔法で繋がっている。
「わたし、何か失礼なことを? でしたら、ごめんなさい。よく空気が読めないとか言われるんです~」
「いや、ほんとに大丈夫。フォラスも、怒っているわけじゃあないから。ね?」
こくり、と頷くフォラス。
そんな風に街を回り。
ブリッツさんのところに顔を出したりなんかしながら、寮に戻り。
ミラさんの朝食を食べて、カシュを迎えにいってそこで二度目の朝食をいただいて。
秘書と共に出勤する。
これが、最近の僕の朝の光景。
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