第189話◇追加調査員は黒魔導士と……?
帰省にあたって、僕は指輪を魔王様に一時返却した。
というのも、ミラさんは【吸血鬼の女王】として第三層勤務。
いかに魔王城の魔物が優秀といっても、世に攻略動画が増えていけば『攻略法』的なものは見えてきてしまう。もちろん相当の実力があって初めて通用するものだが、優秀な冒険者は多い。
第三層は一種の『壁』と評価されていた。
第二層を突破した者達でも、ほとんどが第三層で全滅するからだ。
そんな第三層のフロアボスが抜けるのは大変困る。
しかしミラさんは「絶対にレメさんについていきます」と決めた。
ここで指輪である。
契約者を召喚出来る指輪は、所有者の情報を最新の三人まで記憶しているのだとか。
そう、魔王様も指輪を使えるのだ。契約者を呼び出せるのだ。元々彼女のものなのだし、当然といえば当然。
そしてミラさんは魔王様の契約者でもあった。
……そう言えば指輪を貰った日も、契約の順番が当人には分かるとか詳しかった。
何故か焦ったように「レメさんの初めてを頂いたのに私は経験済みでごめんなさい! 嘘をついていたわけではないんです……!」と謝られたが、指輪での契約の話である。
ミラさんは僕の一番目の契約者だが、ミラさんは以前に魔王様と契約済みだった。
話を聞けば「それもそうか」と納得出来る話。
とにかく、指輪を一時返却して、フロアボスが必要になれば喚び出すという話に落ち着いた。
翌朝。
「それじゃあ、行こうか」
「は、はい……!」
緊張した面持ちのミラさん。
なにやら挨拶の練習をしたり「手土産もなしでは無礼では……しかし時間が……道中確保するしか……」とぶつぶつ呟いていたりと、昨日から落ち着かない様子だった。
フェローさんの準備した追加の調査隊に同行することになったので、僕らの方の準備はほとんどなくなった。
必要なものは同行する商会の方々が用意するとのことで、僕とミラさんの荷物は着替えくらいだ。僕は仕込み杖も持っていくことにした。
魔力を流すとそれを圧縮・純化してくれる代物で、その過程を経ることで魔法発動までの時間は長くなるものの、効力は増す。
「カバン、持つよ」
「あら……うふふ、それではお言葉に甘えまして」
ミラさんを非力と思っているわけではない。そもそも吸血鬼なのだから、膂力は僕より上。
それでも、なんとなく『それっぽい』かなと思ったのだ。
親しい人が重そうな荷物を持っていたら……みたいな。
彼女もそう思ったのか、緊張を緩めて微笑んでくれる。
持つと、ずしりと重かった。
「……服以外にも、色々入ってそうな感じだね」
「えぇ、必要なものが多くて」
……まぁ、そういうこともあるだろう。
向こうが用意してくれるといっても、自分に合ったものを使いたかったりとか、他にはなんかこう……分からないが色々あるのだろう。
二人で家を出る。
カシュには先程、直接逢いに行って説明した。
寂しそうな彼女の顔を見て胸が痛んだが、まだ八歳のカシュを長旅に連れていくわけにはいかない。
ご家族としても不安だろう。『初級・始まりのダンジョン』は近い街だし魔王城の仕事だからまだ良かったが――それでも心配だったろうけど――今回は僕の個人的な帰省だ。
オリジナルダンジョンが絡んで仕事の要素も出てきたけど、魔王城は関係ない。
カシュについては、魔王様の臨時秘書という扱いでお給料は継続して出るとのこと。
裾をぎゅっと握って『いってらっしゃいませ……っ』と絞り出したカシュを思い出し、なるべく早く帰ってこよう……と胸に誓う僕だった。
「それにしても、推薦者が誰か、レメさんに心当たりはないのですか?」
「一応前のパーティーが有名だったからさ、面識があるってだけだと結構いるんだよね……」
新しい街につくと、その街の有力者と挨拶する機会が結構あったりする。
どこかの商会関連……というだけでは絞れないし、正直覚えていない人も多い。
「では、女性で、自身が現場に赴くタイプの方ならどうでしょう?」
隣を歩くミラさんは美しい笑みを湛えているが、言葉は平坦だった。
「なんで女性?」
「勘です」
「勘かぁ」
考えてみる。
「うぅん……あぁ、彼女がそういうタイプだったかも。ほらこの前のレイド戦で――」
話している途中で、僕らの意識はあるものに吸い寄せられた。
角を曲がれば、集合場所である門が見えてくる、というところだった。
それで、曲がって、僕らは足を止めた。
――人だかりが出来ている。
門の行き来の邪魔にならないくらいの位置に、結構な人が集まっていた。
「本当にやる気なのですね」
ミラさんが改めて言う。
「僕はいいけど、ミラさんはいいの?」
「構いません。カーミラでは違う層のフロアボスなので、せめてミラとしては隣におりますとも」
首を微かに傾け、ニッコリと微笑むミラさん。
思わず見惚れそうな笑顔に、僕がドキッとした、その瞬間。
「甘酸っぱくていいじゃあないか」
僕らの目の前に――魔法使いが現れた。
あまりに魔力の流れが自然で、接近されるまで風魔法で移動してきたのだと気づけなかった。
反射的に放たれる僕の『混乱』は、読んでいたみたいに
「わぁ、素晴らしい反応だね。瞬発力も出力も魔力操作も申し分ない」
扇情的な格好の美女だった。
豊満な胸にくびれた腰をしているとひと目で分かる、体のラインにぴたっと沿った衣装。
顔が隠れてしまうくらいに大きな、とんがり帽子。
先端のカーブした古びた杖には、カーブ部分に赤い宝石が嵌っている。
「――――」
ミラさんは彼女の登場に驚いている。
「久しぶりだねレメ。前に逢った時よりも、随分と成長したようだ。良いことだね?」
「あはは……お久しぶりです、マーリンさん」
世界ランク第二位パーティー所属・【先見の魔法使い】マーリン。
第二位パーティーはメンバー全員がイレギュラーな存在として知られる。
マーリンさんは、四大精霊契約者並の魔法を使える【魔法使い】として有名だった。
魔法戦に限って、エアリアルさんやフェニクスに匹敵し得るということだ。
ちらり、と彼女はミラさんを見る。
「へぇ……良縁に恵まれたね、レメ」
「レメさん、この女性は良い方ですよ。私には分かります」
ミラさんは基本的に思慮深い人なのに、特定の条件を満たすと良い人判定が緩くなりがちだと思う。
「ふふふ、おまけに面白い女性じゃないか。紹介願いたいが、まずは行こう。実は、もうお披露目が始まっているんだ」
『
あと、買収は失敗に終わったが、ダンジョンの魔力空間を間借りしての新競技……は進行中。
今回は『有名冒険者がオリジナルダンジョン攻略に参戦!』&『種族を問わずに調査員を選出!』という二大要素で世間の関心を集めるつもりのようだ。
第二位パーティーはもちろん、僕だって元四位パーティーだ。脱退からのタッグトーナメント優勝もあったので、世間からも注目されやすい。
しかも、僕の場合は故郷だ。故郷を救うために駆けつける青年……分かりやすいがゆえに、感情移入のしやすい話だ。
「ふふふ、フェローとかいう男、胡散臭いがやることは面白い。魔法使いとして、君とはじっくり話してみたかったんだ。道中、よろしく」
「はい、よろしくお願いします」
「丁度いい具合に、もうすぐ君の番だ」
人だかりの正体は、まずカメラだ。
それらを見て、『何かあるのかな』と集まってきた一般の方々もいた。
「行こうか。それとも、お忍びで行くかい? 無理強いは嫌いでね」
ここで顔出しは嫌だと言えば、密かに帰省することに協力してくれるということ。
「……いえ、構いません」
フェローさんのやり方の困ったところは、彼だけが得するわけではないことだ。
有名冒険者が関わることで、オリジナルダンジョンの存在が世間に浸透することは重要。危険性なども周知できれば、次の発生の際などに助かる。よく知らずに巻き込まれる人を減らせるかも。
そもそも、国にアピールするという点を考えれば、大々的に行うのは悪くない。ピンポイントで「こんなこと頑張りました」と報告するより、世間が認める功績! としてしまった方がよいという判断だろう。
魔人の力が使える【黒魔導士】レメは、国に貢献する存在だとアピールするのも今回の目的の一つ。
「よく言った。吸血鬼のお嬢さんもいいかい?」
「もちろんです」
「素晴らしい」
ふわり、と僕の体が浮く。いや、ミラさんのもだ。
マーリンさんごと、僕らはその場所へ近づいていく。
そこには既に第二位パーティーの面々が揃っていた。
司会進行を務めているらしい――第三位パーティー所属・【千変召喚士】マルグレットさんの姿もあった。
そう、彼女は大商会の娘で、冒険者で、魔法具蒐集家。
僕を推薦したというのは、おそらく彼女だろう。
マルグレットさんが仕事で抜ける時は、他のパーティーメンバーはその手伝いをしたり、修行に集中したりするという。
その場には他にも人の姿があり、
「あら、ついに最後の参加者様がやって参りましたわ。愛する故郷に突如出現したオリジナルダンジョン。不安を募らせる同郷の民全ての心を救わんと立ち上がったのはこの方――【黒魔導士】レメ様です」
ふわりと、僕らは着地。
レンズと人の目が集中する。
「そしてこちらの麗しき吸血鬼・ミラ様も参加いただきます。もちろんオリジナルダンジョンに挑む方が美しいだけということは有り得ません。彼女の実力は大いに我々の助けとなることでしょう」
……これ、やっぱり何か言わなきゃいけないやつだ。
少し考え、口を開く。
「久々の帰省なので、出来ることなら他の理由で故郷の地を踏みたかったというのが正直なところです。オリジナルダンジョンは何が起こるか分からない上に、自然消滅するといっても期間が定まっているわけでもありません。周辺地域の安全を確保するためにも、調査員全員で一刻も早い事態の収拾に取り組んでいきます」
「それは、踏破するということですか?」
記者らしき男性が声を上げた。
こういう時は、迷ってはいけない。
「それが必要であれば」
こうして、ちょっと普通じゃない帰省が始まる。
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