第38話◇友と笑い合う(中)

 



 世間からの人気はランク評価の中でも重要な項目。

 だが考えてもみてほしい。


 無能だと思われている【黒魔導士】の親友を大事にするあまり、三人のパーティーメンバーを追い出す【勇者】を、誰が支持する?


 冒険者は視聴者を楽しませる為にいる。

 友情が如何に尊くとも、仕事よりもそれを優先しては評判はガタ落ち。

 ただでさえ僕をパーティーに置いていたのはフェニクス唯一の欠点とまで言われていたのだ。


 更に最悪なことに、その後で加入するメンバー達は僕を不満に思っても何も言えなくなる。

 下手なことを言ったら追い出されるからだ。

 そんなの健全なパーティーではないし、『人気』が落ちれば三位以内どころではない。


「分かっている。……だがレメ。なら私達の夢は、最初から叶わないものだったというのか?」


 そういう風に、思ってしまうよな。

 けど、今の僕は答えを持っている。


「フェニクスは、どうして僕と一位になりたかったんだ?」


「……何故って」


「僕となら一位になれるって言ってたけど、なれるとなりたいは違うだろ」


「……君が勇者だから。世界一になれば、みんなにもそれが分かるだろうと思って」


 もちろん、今では彼自身一位になりたいと強く思っているのだろう。

 だが最初のきっかけは僕。当時の会話を思い出せば、分かること。


「なら、何の問題もない」


 フェニクスが怪訝そうな顔をする。


「どういうことだい?」


「僕は勇者になるつもりだ。昔も今も、そこは変わってない」 


「エアリアルさんの誘いを断ったのだろう?」


「あの人にも言ったけど、一位は入れてもらうものじゃないだろ」


「新しいパーティーを見つけたのか?」


「うーん、ちょっと違うけど」


「レメ、私にも分かるように言ってくれ」


「いつかな」


「……自力で勇者になるから心配するな、ということかい?」


「仲間は見つけた」


 その人達は、僕の力を知っている。僕と共に戦うことを承知してくれている。


「そう、か……」


「だからさ、フェニクス。これからは――競争だな」


「え?」


「お前はライバルじゃなくて仲間がいいとか言ってたけど、僕も言ったよな? 『うかうかしてたらお前のことも追い抜くからな』ってさ」


 一緒に一位になりたかった。その夢は叶わなかったが、形が変わっただけで終わったわけじゃない。


「あ、あぁ。覚えているよ」


 こくこくと、フェニクスが頷く。


「どっちが勇者として上か決めよう。友達だからって、手は抜くなよ」


 僕が笑い掛けると、フェニクスはしばらく呆気にとられていたが――最後には笑った。


「……私も、一位の座で君を待っているつもりだったよ」


 

 その笑顔は嬉しそうで、晴れやかだった。


「ふぅん? その割には泣き言が多いように聞こえたけど?」


「相談無しに脱退した上、連絡の途絶えた親友の薄情さを嘆いていただけだ」


「それは謝っただろ……」


「その上、新たな友人と恋人を連れて楽しく酒盛りとは……」


「拗ねるな拗ねるな」


 これでも食え、と料理の皿を彼の前に押し出す。


「……美味しいな」


「だよな。しかも安い」


「ふむ、たまに来よう」


「やめろ有名人。お前のお気に入りだなんて情報が漏れたら大繁盛してしまう」


 店的にはその方が嬉しいのかもしれないけど。

 それから僕らはしばらく、くだらない話をした。



「そんで、オレ様はクソ狼男の爪をたたっ斬り、そのまま首を刎ねてやったわけよ!」



 入店時からうるさかった一団の一人が、自慢げに叫んでいる。

 それを聞いていた他の者は大盛り上がり。


「……冒険者だろうか」


「さぁ、僕は見覚えないよ。百位以内ではないのは確かだ」


 百位以内と有望な新人は大体把握している。

 犯罪行為や迷惑行為でもなければ、冒険者がオフで何をしようと構わないとも思う。


 うるさいのは迷惑といえば迷惑だが、騒がしいのが酒場だし。

 だが聞いてみると、男は随分と亜人を見下しているようだった。


「はぁ……いるんだよな、『設定』に呑み込まれる人って」


 自分達は勇者パーティーで、悪しき魔物棲まうダンジョンを攻略する英雄なのだ、みたいに。


 もちろん現実と虚構の境目がわからなくなっているわけではないだろうが、考え方が設定に引き摺られる者は思いの外多かった。

 元々の性格も関係するのかな。


「酔っているにしても、過激な言動だ」


 フェニクスも渋面を作る。

 


「マジでクソ魔族共は平和な時代に感謝すべきってもんだ! 世が世ならオレ様に皆殺しにされてるわけだからな! ガハハ!」



 しかも彼の取り巻きだか連れ合いだかは、その言葉にうんうん頷いたり拍手したりしている。

 平和な世になって長いが、どれだけ経っても世界から差別は無くならない。

 亜人と仲良く出来る者もいれば、獣混じりなどといって馬鹿にする者もいた。


「……はぁ、出ようかフェニクス。気分が悪くなる」


「あぁ、話したいことは話せたし」


 僕らは勘定を済ませて帰ろうとした。

 が、その時だ。



「なんだお前、亜人か。ほぉ……獣混じりにしてはいい身体をしている。ふむ、ではこうしよう。貴様をオレ様の部屋で『退治』してやる!」



 犬の亜人の給仕を捕まえ、男は下卑た笑みを浮かべる。

 彼の周囲から非難は無く、囃し立てるのみ。


「あー……もう、明日も仕事なんだけどな」


「大丈夫だレメ。私達二人なら、疲れる心配もない」


「お前のことを周りにバレないようにするのに、神経使うんだよ」


「そんなヤワな鍛え方はしていないだろう?」


「……はいはい、余裕ですよ。余裕ですとも」


 喋っている間も、僕らは男に近づいている。



「あの、その女性嫌がってますよね」


「加えて、貴方の差別的な言動は目に余る」


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