第126話◇同じ勇者に憧れた少年
「はぁ? どこって……」
僕がフェニクスの質問、その意味に気づくには数秒掛かった。
「――っ! まさか、……あの人か?」
一度気づくと、そうとしか思えない。髪色も瞳の色も性格や精霊関連だって、共通点はないのに。
いや、でも顔立ちはどことなく似ている気がする。それで既視感があったのか。
あとは、フェニクスが言ったフレーズだ。
「確認したわけではないが、私はそう思う」
僕が知る限り一度だけ、精霊と契約していない【勇者】のパーティーがランク第一位になったことがある。
一年でエアリアルパーティーに追い抜かれ、その後すぐに解散してしまったことから、ライトなファン達の記憶からはすぐに消えてしまったパーティー。
でも僕は彼らを知っている。
親に頼み込んで買ってもらった端末で、暇さえあれば攻略動画を観ていた。弟子入りしてからは、師匠に頼んで使わせてもらっていたっけ。
「……レイスくんは、【不屈の勇者】の息子さんか」
あぁ、そうか。
僕はあることに気づく。
「フェニクス。彼は、精霊術を使わなかったんだな?」
「あぁ、風魔法を使っていた」
そもそも、精霊術ってなんだ。精霊との契約ってどういうことだ、という部分。
精霊術と魔法は、基本的には同質のものだ。
『術』とつくものは、ある者が一から生み出した『魔力の利用法』を指す。
精霊の使っていた術があり、それを人が模倣したのが魔法。
同じように、黒魔術を人が模倣したのが、黒魔法。
鬼の生み出した妖術、シノビの生み出した忍術、偉大だったり凶悪だったりする魔法使いが生み出した魔術。術とつくものは色々あるが、特定の種族や天才にしか使えないものばかり。
つまり、『術』の再現性や汎用性を上げたのが『魔法』だ。
たとえば、黒魔術はかつての魔王が生み出したもの。人はもちろん、魔人でも使える者はそうそう現れない。
術は存在するのに、使いこなせる者も、使い道もあまりない。
そんな術を、誰でも使えるように改良し、分かりやすい使い所を用意したのが魔法、というわけだ。
「妙だとは思ったが、まだ精霊術を行使していないなら有り得る。そう判断したのだけど」
フェニクスの言葉に、僕は頷く。
僕が師匠に黒魔術を教えてもらったように、精霊は契約者に精霊術を与える。
これはポンと使えるようになるのではなく、その人物の才能や能力が行使に堪えるものでなければならない。
それを使えるだけの器が出来上がって初めて、その精霊術が使えるわけだ。
たとえば火の分霊契約者なら、火炎をぶっ放す程度は最初から出来るが、最初はそれだけとも言える。
フェニクスも、スタートはそこから。本人が言うには、まだ全ては会得出来ていないという。
僕の九年分の魔力を使い切ることになったあの『神々の焔』も、最終奥義? ではないようだ。
そしてここからが重要。
精霊と契約した【勇者】は、精霊の属性と異なる魔法を使えなくなる。
技術的にではなく、精霊との関係的に。
というのも、精霊がものすごく嫌がるのだ。嫉妬するとか、不機嫌になるとか、怒るとか、精霊によって態度は色々だが、概ねそんな感じ。
精霊は力を貸してくれているわけで、ちゃんと心を持ったパートナーなわけで。
もし異なる属性の魔法を使おうものなら、しばらく同属性の精霊術の威力が下がる。魔法でも下がる。目に見えて威力や効果範囲など諸々低下する。そういう風に精霊が働きかける。
【勇者】は元々オールマイティーに突き抜けているタイプだが、精霊と契約することで属性を一つに絞るわけだ。
それをデメリット、と言うことも出来る、かもしれない。あまりそう見る者はいない。
ただでさえ才能の塊の【勇者】。そこから更に、特定の属性を精霊術で伸ばすとどうなる。
フェニクスやエアリアルさんなんかは、人類最強と呼ばれるほどの強者となった。
分霊契約者でも、ベーラさんやニコラさんのように繊細かつ大胆な応用を見せる者もいれば、フィリップさんの『金剛』のように明確な強みを持つ者もいる。
精霊なしだと、こうはいかない。あるいは習得に途方も無い時間が必要になる。
それに、精霊契約者の方が今の時代、ウケがいいのだ。
視聴者は器用貧乏よりも、一芸に秀でた天才を好む。
「正式に契約を結んでいないのはその通りだと思う。けど、多分彼は契約する気がないんだ」
そうだ。彼は言っていたじゃないか。精霊術を使うつもりはないと。観客の一人として誘ったら、水の精霊が乗ってきただけなのだと。
この契約というのは、『精霊の祠』で締結されるものではない。らしい。
僕は【勇者】ではないので断言出来ないのだが、まぁそう言われているし、これを否定する【勇者】というのはいないので、正しいのだろう。
じゃあいつ契約が結ばれるのか。これは最初に精霊術を使った時、だそうだ。
祠への挨拶がお見合いだとすると、精霊術の初行使が結婚みたいな感じだろうか。
「契約する気がない……?」
フェニクスが驚いたような声を上げるが、僕は思考に集中していて反応する余裕がない。
「そうか……そういうことだったんだ」
彼が強さにこだわるのは、強さ以外の評価基準に拒否反応を示しているのは、そういうことか。
【不屈の勇者】は、華のあるタイプではなかった。
容姿が優れているわけでもないし、若くもなかった。精霊契約者ではないから、派手な魔法もそう使えなかった。万能、あるいは器用。見る人によっては地味。
奇策や強引な突破を選んだことはなく、いつも真っ直ぐに攻略に臨んだ。
ただ、彼は強かった。
調子の波で実力がブレることはなく、確かな地力があるから攻略は安定していた。
彼らはベテランで、一位になった時は長年の苦労が報われたと祝福されたものだ。
だが、翌年エアリアルパーティーに追い抜かれ、二位へ転落。
その年に引退を決定、パーティーは解散した。
とても残念だったから、よく覚えている。
その時の、視聴者達の反応も。
彼らの攻略内容が変わったわけではないのに、評価は激変した。
手のひらを返したように、彼らを馬鹿にする意見が溢れ返った。
「レイスくんは……」
ただのファンである僕でさえ、とても悔しかったのだ。
もし、その【勇者】が自分の父親だったら?
見た目の地味さを、精霊と契約出来なかったことを、遅咲きだったことを、解散したことを、散々に言われているのを見てしまったら?
レイスくんの年齢から考えて、リアルタイムで目の当たりにしたわけではないだろう。
だが動画へのコメントも、
父が勇者であったことを知り、それを調べた時に出てくる言葉が……悪意に満ちたものだったら。
悔しくて当たり前。怒って当然。許せないと思うのは、普通のことではないか。
彼は父と同じやり方で一位になり、それが間違っていなかったと証明するつもり……なのか。
四大精霊の本体に気に入られた上で、精霊術を使わない。
彼が祠に赴いたのは、精霊を受け入れたのは、彼らが必要ないのだと、より強調する為。
「レイスくんは……自分の好きな勇者が正しいと、証明する為に……」
おそらくフェローさんは、それを知って彼に近づいたのだろう。
そして彼は、フェローさんの手をとった。
父親の件がニュースなどで触れられないことを考えると、情報を伏せることが条件の一つなのかもしれない。
魔王城攻略。強さを世間に見せるのに、これ以上の機会はない。
フェローさんからすれば、【湖の勇者】を企画に引っ張ってこられる。
「強く、最後に勝つのが一番正しい勇者の形だと、彼は言っていたが……」
「……へぇ、それは気が合うね」
それもその筈。
僕らは同じ勇者に憧れた。
彼は【黒魔導士】の僕を誘い、蟲人のベリトも仲間にしたいと言っていた。
不人気【
僕は自分の考えをフェニクスに話した。
それは聞いたフェニクスは――。
「そう、か。なるほど。……だがレメ、それが事実だとしても、彼は……」
「分かってるよ。応援したい気持ちは確かにあるけど、うん。お前の方が、僕より思うところがあるんじゃないか?」
「あぁ。彼の想いを否定するつもりはない。だが――」
レイスくんは、あることを見落としている。
「こういうのは、口で言って『はい分かりました』ってなるものじゃないよなぁ」
フェニクスが頷く。
「実感しないことにはね」
「……たとえば、戦いの中とかで?」
「そうだね」
それにしても、不思議な感じだ。
かつて僕が憧れた勇者がいて。
そんな僕に憧れたフェニクスが、今や世界第四位の勇者で。
魔王軍参謀な僕は、憧れた勇者の息子さんに、仲間にならないかと誘われた。
そして、僕とフェニクスは、きっと彼と戦うことになる。
彼が第十層までの間に、脱落しない限りは。
「それでも、勝つのだろう? レメ」
「あぁ、僕は魔物の勇者だから」
確かめるようなフェニクスの言葉に、笑顔で答える。
彼は満足げに頷き、もう一つ質問をぶつけてきた。
「その為には、膨大な魔力が必要な筈だが……大丈夫なのかい?」
「なんとかするさ」
なんとかしなければ。
僕は魔王様との訓練について思い返しながら、そう答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます