第127話◇貴様自身が精霊になることじゃ

 



 時は、面接の後まで遡る。


「はっはっは! よもや冒険者を雇うとは! 貴様はあれか? 定期的に人を驚かせなければならない呪いでも掛かっているのか?」


 僕と魔王様はダンジョン内を並んで歩いている。

 ダンジョンとは言っても職員専用通路で、魔王様の執務室まで向かっていた。


 彼女は驚くというより楽しげで、上機嫌に見える。

 見た目は幼女。真紅の髪と目。側頭部から伸びる一対の角は、深い黒。長い上に毛量のある髪を、今日は二つに結んでいる。高い位置で結っているが、それでも普通は地面につきそうな長さ。

 しかし、謎の力でふわふわとしていた。風魔法だろうか。


「そのようなことは……」


 ちなみに、他に人がいないところならまだしも、職員とすれ違うこともある廊下では参謀口調だ。


「貴様が決めたのならば構わん。だが協力者とはいえ冒険者であることには変わりない。どこにでもアクセス可能、というわけにはいかんぞ?」


 全ての施設への転移・利用を可能にするわけにはいかない、という話。


「承知しております」


 エリーさん達も不満を訴えはしないだろう。逆に、自由だなんて言った方が怒りそうだ。それはつまり、彼女達など警戒に値しないと言っているようなもの。


 いずれ魔王城に挑むのが冒険者の目標。

 そこの魔物達に、脅威ではないと思われるのは屈辱でしかないだろう。


「情報開示は貴様の裁量に任せるが、しかしそれにしても強気だな。敵を懐に入れるなど」


「此度のレイド攻略において、あの者達は仲間かと」


「だが敵に戻る。第十層の活動を間近で見ることが叶うのだ。短期バイトにくれてやるには、貴重な情報ではないか?」


「…………」


 魔王様の言っていることは分かる。


 エリーさん達が此処で情報を得ることと、彼女達の協力、それらの価値は釣り合っているのか。

 たとえば、スパイと知りつつその者を処分しない場合。泳がせることでより大きな利を自分達が得られると思うから、その判断に至るわけだ。


 状況は違うが、言いたいのはそういうことだろう。

 冒険者を内側に入れて得られる恩恵は、損に目を瞑ることが出来るほどか。


「確かに、私情が混ざっていることは否めません」


 【黒魔導士】と【白魔導士】。不遇【役職ジョブ】で五人の内の四人を埋めるパーティー。

 彼女達の活躍が、躍進が、冒険者業界を変えてくれるのではないか、という希望。


 リリーの活躍で、エルフの冒険者が少しずつ認められ、実際に増えてきたように。

 【黒魔導士】と【白魔導士】も、地味云々以前に、有用だから採用しようという考えになれば、それはとてもよいことだと思う。

 だが。


「ですが、問題はありますまい」


「そうか。理由を聞いても?」


 エリーさんの性格的に裏でこそこそ情報収集などしないだろう、という信用を除いても、問題ないと言える。


「鼠が嗅ぎ回った程度で落ちる程、我が第十層は甘くない」


 第十層がどんな仕組みか自体は、レイド戦で明らかになるだろうし。


 エリーさん達が他に知ることが出来るのは、職員のひととなりくらいになる。性格とか傾向とか。好きなもの嫌いなものとか。要するにプライベートな情報だ。

 それも役に立たないとは言わないが、それで戦いに負けることは無い。

 それ以外はアクセス権の問題で、そもそも転移出来ない。他の階層などだ。


「ふっ。いいだろう。仮に問題が起きたその時は――」


「えぇ、このレメゲトンが責任を持って対処致しましょう」


「それが聞ければ充分だ。余はもう口出しせん、好きにしろ」


 ニッ、と魔王様が唇の片側を吊り上げた。


「はっ」


 そんな話をしている内に、魔王様の執務室につく。

 ダンジョンコアに繋がる転移用記録石は、此処にしかない。

 部屋に入る直前、僕は視線を感じて廊下の曲がり角に目を向けた。


 そこには、燕尾服の魔人――【時の悪魔】アガレスさんがいた。

 ……きっと、魔王様について来るなとか言われたのだろう。

 とても悔しそうに僕を見ている。


「……魔王様」


「無視しろ」


「しかし」


 魔王様は、はぁと一つ溜め息。


「……まったく。アガレス。余はあれを食したい。『ハチミツとクマ』の特製プリンだ。貴様が戻る頃には、我々の話も終わってい――もう行ったか」


 『ハチミツとクマ』は魔王城裏にある喫茶店の名前だった筈だ。プリンやケーキなど、一部の商品はテイクアウトに対応しているのだ。

 アガレスさんは敬愛する魔王様の願いを叶えるべく、一瞬で消えた。


「あれは心配が過ぎる。上司の保護者代わりをしようなどと……困ったものだ」


 アガレスさんは危険人物なのではなく、幼くして父親と目的を異にしてダンジョン経営に励む魔王ルーシーさんを、心配してるのだろう。

 魔王様も口では鬱陶しげだが、表情は和やか。


「では、行くぞ」


 そして僕らは魔王様の執務室に入り、本棚裏の隠し扉の向こうに広がる小部屋に設置された記録石に触れ、転移した。


「これが……」


 それは広大な空間。壁も床も天井も光沢のある黒い何かで構築されている。

 その中心に、主役が堂々と鎮座していた。


 淡い輝きを放つ、八面体。それはガラスのように透き通っていて、とにかく大きい。

 見上げるほどに巨大なそれこそが、ダンジョンコア。


 よく見れば、コアには無数の管のようなものが絡みついている。


「これが、ダンジョンコア」


 僕は仮面をとって、コアを見つめる。首が痛くなるほど見上げてようやく、端が見えるほどの大きさだ。


「見るのは初めてであろう?」


「はい、すごいです……圧巻というか」


 放たれているわけではないが、中に魔力が入っているのが分かる。

 ダンジョンを支える、謎の装置。世界から魔力を汲み上げ、魔力空間を作り上げることを可能にする超技術。


「そういえば、聞かぬのか?」


「? 何を、ですか?」


「『ダンジョンコアを世に役立てようとは思わないのですか?』という、人間がよく言うアレだ」


 ダンジョンコアが生み出す魔力を、人々の生活で消費するあれこれの為に利用出来ないか。

 これは大昔から言われていることで、今日こんにちまで実現していないこと。


「出来ないのではないですか?」


 一般人でも考えつくことを、大昔から今までに沢山いただろう賢い人が考えないわけがない。

 それでも実現していないなら、実現しなかった理由があると考えるべき。


 強硬な反対があって失敗……と考えるには、ダンジョンの数は多すぎる。たとえば誰かが無理やりダンジョンを制圧してコアを利用した……なんて話が残っていそうなものだ。

 利用出来るなら、だが。


 僕の答えに、魔王様は満足げに頷いた。


「その通りだ。ダンジョンコアの魔力は、ダンジョンの維持・発展以外の用途には使用出来ない。正確には、コアが汲み上げた魔力は、ダンジョン外に持ち出すと霧散するのだ」


 たとえば魔石というものがある。

 魔力を溜めておける便利な石で、映像板テレビの視聴も電脳ネットへの接続も、これが無ければ出来ない。他にも冷蔵庫や掃除機など、魔動機と呼ばれる製品群の稼働には魔石が不可欠。


 これは周囲の魔力を吸収して溜める性質があるのだが、リビングなどに置いておけば勝手に満タンになる、というほど楽なものではない。

 魔力の濃い地域に長期間放置する必要があるのだとか。


 ダンジョンコアの魔力を解放して大量の魔石に魔力を溜める、というのは誰もが考えつくことだが、それをしても外に出ると中の魔力が消えてしまうのか。

 それだと、とても売り物にはならない。ダンジョン内なら、魔石を通さずともコアからの供給でものは動くわけで、魔石は要らない。


 ……たとえ自分達が敗北しても、コアの魔力を奪われない為の機能、だったのかな。

 コアは人と魔族が敵同士だった頃に出来たものなので、充分有り得る話だ。


 こんなもの、誰が創ったのだろう……。いや、彼らしかいないか。

 魔法具を創ったのと同じ、今は滅びた幻の種族。


 ならば魔法具と同じで、新たなコアを創れる者もいないだろう。外に持ち出せない機能抜きのコアが登場しないのは、そういうことなのではないか。

 しかし魔王様は、どうしてこのタイミングで僕を……まさか。


「察しがついたようだな。貴様には、コアの魔力を吸収してもらう」


「……待ってください。魔力の『量』は確かに申し分ありません。ですが魔人の角は、外の魔力を吸収出来るようには出来ていない。そうですよね?」


「あぁ、その認識に誤りはない。だが既に話した筈だぞ? 余もあの男も習得出来なかった、と」


 師匠には出来たけど、その息子も孫も出来なかった。いや、ルーシーさんはまだ若すぎるくらいに若いので将来どうなるか分からないが、少なくとも【魔王】だから身に付けられる、という技術ではないということ。


 しかし、師匠に出来たのなら。

 不可能というわけではないのだ。限りなく不可能に近いかもしれないが、ゼロと一はやはり違う。

 可能性が僅かでも、砂粒ほどでも、確かにあるのなら。


「幸い、レイド戦は魔王城で行われる。外に出て魔力が失われる心配はないだろう。どうする?」


 答えは決まっている。


「やります」


「いい答えだ」


 うむ、と魔王様が頷く。


「……それで、何をすれば?」


「まずは説明だな。外の魔力を取り込むことの出来る存在は幾つかある。コアもそうであるし、妖精や精霊は有名だな」


 確かに妖精や精霊の能力を習得出来れば、と思ったことはある。魔法使い系の【役職ジョブ】なら誰でも一度は考えたことがある筈だ。


 ただ海中を泳ぐ魚に憧れても、人間ノーマルがえら呼吸を会得出来ないのと同じ。

 技術ではなく、備わっている機能の違いだから、再現は出来ない。


「鬼は食物を再生能力や膂力に変換する能力を持つ。魔人は魔力を角に溜め、純化・高密度化可能。エネルギーの吸収や変換自体は、珍しい能力ではない」


「は、い……」


「魔人だけは、妖精や精霊の能力を会得可能と言われている」


「魔力を取り込む、という機能を角が備えているからですか?」


 魔王の角を継承した僕は、もはや純粋な人間ノーマルではない。

 だからこそ、チャンスがある……?


「左様。だが口で言うほど容易くはない」


 それはそうだ。簡単なら、会得者がもっと沢山いる筈。世界に三人ほどだというのは、少なすぎる。どれだけ困難な道なのか。


 こう、角に魔力を注ぎ込むのは、井戸に桶を投げ込み、汲み上げた水を別の器に入れるようなものなのだ。何も難しいことはない。量や回数によって疲労する程度。


 だが体外の魔力となるとどうなるのだろう。

 たとえるなら……あれだ。

 霧を手で掴んで、器に水を溜めようとする、みたいな。


 それでも、やるしかない。


「悪いが、余も指導らしき指導は出来ん。代わりではないが、この部屋への転移権限を与えよう」


 彼女自身、習得しているわけではないのだ。

 修行にうってつけの場所を貸してくれるだけでも、充分以上にありがたい。


「ありがとうございます」


 僕はコアに近づく。


 師匠の訓練と同じだ。

 出来るようになるまで、鍛錬する。

 試行錯誤して、自分なりの正しい道を見つける。


 別の生き物になれと言われているのと同じ。険しい道だ。

 だが、それでも勝つために必要なら、身につけてみせる。

 色んな人に出来ると言ったのだ。それを嘘にはしない。


 そして、僕はコアに手を伸ばした。



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