第97話◇夢の跡をなぞれば、そこには

 

 

 

 『繭』が開く。

 出ると、そこにはマルクがいた。


 なんともいえない顔をしていた。笑っている、のか。穏やかではある。悔しさも滲んでいるように見えた。


「……強かったよ、レメ殿は」


「……そうみたいだな」


「済まない、警戒はしていたのだが」


 レメ殿がいかに優れた【黒魔導士】だろうと、本来ならばマルクに勝つことは出来ない。

 百回戦えば、百回マルクが勝つ。


 ただ、それは総合力の話。戦闘能力を無理やり数値化して、比べた時に導かれる答え。

 これはタッグトーナメントで、今回の戦いの為に彼が用意した策が幾つもあった。


 俺も知らぬ何かが、更にあったのだろう。そのあたりは、後でマルクに聞くなり映像を確認するなりしないことには分からない。


「何故謝る」


「実際に戦った者ならば分かるが……視聴者からすればレメ殿の印象はパーティー追放時のモノで固まっている。それに負けたとあっては……」


 自分の商品価値が揺らぐ、とそう考えているのか。


「それについては問題ないだろう」


「……そう、なのか?」


「もちろん懸念するような意見も出るだろうが、大したことではない。エアリアル殿が彼を勧誘していた事実があり、お前より前に他の【勇者】も負けている。フェロー殿の目指す公平な競技の確立を思えば、これまでの冒険者業界のように【黒魔導士】を冷遇することもないだろう。つまり――」


「今回の件はレメ殿を再評価する方に転ぶだろうから、敗者を貶めるような意見も出にくい……ということか?」


「これがフェロー殿と無関係の企画だったら危うかったがな。お前が危惧したように『【黒魔導士】に負けるとは冒険者に向いてない』なんて意見も平気で出ただろう」


 事実そのものよりも、肝心なのは見せ方であり、切り取り方だ。

 それを決める立場の人間が、今回はフェロー殿なのが救いだろう。


「……おい、負けたのに何を笑っている」


 溢れるようにではあるが、マルクが笑うのは珍しい。

 まったく笑わない男というわけではないが、中々表情を崩さないのだ。


「いや、済まない。レメ殿との戦いは……なんと言えばいいのだろう。あぁ、そうだ。楽しかったものだから。あの勝負が、外野の評価に汚されずに済むのかと思うと……喜ばしい」


「……お前まで彼のファンになったなどと言うなよ」


 そうぼやく俺も、多分笑っている。こちらは苦笑だ、絶対に。


「ニコラはどうだった?」


「……俺はこれまで、あいつが理解出来なかったよ。違うな、理解しようとしなかった。失敗とは恐ろしいものだろう? 人気商売では特に、些細なミスでこれまで応援していた者たちが敵に回る。そんな業界にいて、かつて失敗したスタイルにこだわり続けることが不思議でならなかった」


 マルクは黙って聞いている。


「だが今回の件で気づいた。あれがレメ殿に憧れた理由も、いつまでも子供染みた憧れを捨てられない理由も、ハッキリとな」


「……それは?」


「バカなんだ、要するに」


「ばか、か」


 マルクは目を丸くした。

 それがなんだか面白くて、俺は笑う。今度は自然とだ。


「普通の人間は色々考えるだろう。一度失敗したら、もう失敗出来ないと。一度成功したら、これを手放したくないと。生活が安定したら、維持か向上に努める。これが普通、あるいは少し賢い人間。ただバカは違う。あぁいう類の人間にあるのは、熱だよ。行きたい場所や見たい景色があったら、それを諦められない。ずっと心が訴えかけるから、理性で抑えられないんだ」


「……やけに、実感の籠もった言葉だな」


「そりゃそうさ。始めはみんなバカからスタートだ。バカだから冒険者になる。常に勝者か敗者に振り分けられる苦しい仕事を選ぶ時点でバカだ。バカだから一位を目指すし、バカだから自分はみんなに認められると思う。けど現実を知って、一部の者以外は賢くなることでしか生き残れないと知るんだ。そうなれない奴は消えて、もう誰にも思い出してもらえない」


 それが嫌だったから、俺は売れる冒険者を目指した。

 妹をゴミにするわけにはいかないと。


「退場してから見ていたが、ニコラはただのバカではないだろう。過去の失敗をなぞっただけじゃあない」


「そうだな、工夫満載だった。それでいて、憧れのスタイルは貫く。バカにしてはよく考えていたよ。それだけじゃなく……」


 あれは、愚かな兄の為にも戦っていたのだろう。


「売れないか? ニコラの望む姿では」


「新しいスタイル自体が問題なのではない。今のスタイルとの兼ね合いというものがある。ただ……」


 レメ殿とニコラが俺に伝えたかったことは、おそらく掴めた。

 それを考えると……。


「……マルク。俺は、冷静ではなかったか?」


「お前が妹のことで、冷静だったことはないよ」


「ぐっ……」


 まさかこうもグサリと刺されるとは。


「そう思ったなら、言え」


「冷静ではないお前が、聞き入れたか?」


 今回の件の前に、妹の話をちゃんと聞いてやれとか冷静になれとか、マルクに言われたとして……。


 ――聞く耳を持たなかっただろうな。


 やはり、結果というものは大事だ。


 レメ殿と妹では、自分とマルクには決して勝てないと思っていた。

 少なくとも、彼らはそれを覆したわけだ。


 ならばその結果は、軽視出来ない。

 控室の扉がノックされる。


「……敗北者インタビューの時間か」


「私は何を言えばいい?」


 マルクは冒険者の仕事に関して、俺の方針に従ってくれている。というか、それはパーティー全員がそうだ。ニコラだって、仕事それ自体は完璧にこなしていた。


「思ったことを。レメ殿を褒めたければ、そうしろ」


「承知した」


 俺たちは揃って扉に向かう。

 約束を履行せねば。

 謝罪の方は、大会が終わってからがいいだろう。まずは――。


 ◇


 控室に戻ってきたベリトに、僕は手を挙げる。


「やったね」


 彼女は僕の前までやってきて、そのまま――僕に抱きついてきた。


「うん……! うん……! ボクらが勝ったんだ! レメさんと、ボクが……!」


 蟲人の硬さと女性特有の柔らかさの混在するハグに一瞬混乱する僕だったが、すぐに純粋な喜びによるものと分かる。


「そうだね。実は、僕もめちゃくちゃ嬉しい」


 背中をぽんぽんと叩く。

 しばらくそうしていた僕らだが、不意に彼女がバッと離れた。


「ご、ごめっ、レメさんっ。急に、はしたないよねっ……! なんか感極まっちゃってっ」


「うん、分かってるよ」


「ボク、戦闘でボロボロだし、レメさんの服も汚しちゃって」


「嬉しい時に、そんなこと気にしなくていいんだよ」


「レメざぁんっ……!」


 瞳を潤ませるベリト。


「あはは……でも、決勝もすぐだから、一度生身に戻って、すぐ換えの魔力体アバターに入らないとね」


 本選出場者は、費用は大会運営持ちで魔力体アバターを複数作っていた。

 なので、次の決勝には万全の状態で臨むことが出来る。


「う、うん……」


 彼女が『繭』に向かう。


 別に勝者だって『棄権』機能で繭に戻ってきてもいいのだが、大会的に勝者には颯爽と会場を去ってほしいのだろう。歩いてフィールドを出ることになっていた。

 そうなると控室はすぐなので、億劫でなければそこからも徒歩となる。


 控室に備え付けられた小型映像板テレビに、フィリップさんとマルクさんが映し出される。

 敗退者へのインタビューだ。冒険者としてカメラの前に立つからか、彼らも魔力体アバター姿。

 マルクさんは言葉少なに僕を称え、フィリップさんはベリトの攻撃の組み立てを褒めている。


『今大会で予想外の快進撃を続けるレメ選手ですが、フィリップ選手としては彼をどう思われますか?』


『侮っているつもりはありませんでしたが、俺の認識以上に優れた冒険者、、、でした。正直、かつては俺も彼の四位パーティー在籍は不相応だと思っていましたが、今は己の認識を恥じるばかりです』


『なるほど。ではフェニクスパーティーの判断は間違いだったと?』


『それは分かりません。強いこと、優れた【黒魔導士】であり、戦士であること。それらが揃っていても、売れるかどうかとなると別です。フェニクスパーティーには彼らの事情があったのでしょうし。一つだけ言えるのは』


『なんでしょう』


『レメ殿はこの大会で、前パーティーとは違う戦い方を世に見せつけたということです』


 その後、彼はベリトと妹に土魔法という共通点があることや、自分の妹にもあぁいったことが出来ること、『王子』はいずれ『王』になるから、いつまでも自分やマルクに守られるだけではいられないこと、つまりいずれ肩を並べて戦うこともあるかもしれない、なんてことを語った。


「た、逞しいな……。ちゃっかり宣伝してる」


 でも、すごいことだ。

 僕らの思いは、彼にしっかり伝わった。


 ニコラさんは、生身でそれをじっと観ていた。


 残すは、決勝。





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