第96話◇ボクの拳と、キミの黒魔法で
「最良の展開なら、マルクさんを倒した後に黒魔法でサポート出来る。フィリップさんの意識を僕の方に向けられたら最高だね」
それは本番前、レメさんとの作戦会議での会話。
最悪の展開は、レメさんがマルクに負けたり、それより先にボクが兄さんに負けたりだろう。
「うん」
「今更だけど……嫌じゃないかい?」
レメさんの気遣うような視線。
「え? まさか。もちろん一対一でも勝つくらいで挑むけど、これはタッグバトルだ。パートナーの力を借りて勝つことに不満はないよ」
「そっか、それなら良かった」
レメさんは安堵の笑みを浮かべてから、続けた。
「それで、フィリップさんに掛ける魔法だけど、『混乱』にしようと思う。彼が『金剛』を使った場合でも、これならそれを維持する思考を乱せるから。鎧が一瞬から数秒緩む程度だけど、そこを完成した右腕で叩けば充分倒せるだろう?」
「うん……」
「ニコラさん?」
少し躊躇ってから、ボクはなんとか口にする。
「あの、さ。レメさん、それ……防御力低下じゃダメかな?」
レメさんはボクの意見を否定することなく、考えるように顎に手を当てた。
「……確かに、僕が鎧を崩すよりも、あくまで君が『金剛』を砕く方が見ている人達は盛り上がると思う。君の望むスタイルで魅せるという目的にも、合っているしね。ただ……」
彼が難しい顔をした。
「黒魔法はモノには掛けられない。魔法を対象にすることも出来ないから、防御力低下で下げられるのはフィリップさん自身の耐久性だけだ。『金剛』が脆くなることはないよ……?」
白魔法黒魔法が
「うん、分かってる。レメさんのサポートを活かすには、まずボクが兄さんの鉄壁を越えなきゃいけない」
色々、言われると思った。
レメさんは優しいけど、それは甘いのとは違う。彼は勝利に貪欲で、仲間を勝たせることに全力で、観客にはそうは見えなくとも、誰よりも勝つ為に思考を巡らせている。
この大会では、そのあたりも少しは知られたりしているのかな。そうだったら嬉しい。
とにかく、こと戦いにおいて彼に妥協はない。
ボクの考えが勝利に繋がらないと思えば、その理由を口にするだろう。
「
彼は微笑んで、それだけ言った。
それだけの言葉が、どうしようもなく嬉しかった。
彼は、出来ると判断したのだ。
「君が鎧を砕くと同時に、僕は防御力低下を掛ける。『金剛』を突破出来ても、その頃には威力のほとんどを殺されているだろう」
「うん」
「でも、勝つんだ」
「うん……!」
「ベリトの拳と」
「レメさんの黒魔法で」
◇
わざわざ確認はしない。
レメさんが今どんな状況か。もちろん気になるけど、そこに意識を向けることはしない。
彼は自分がやると言ったことは、絶対にやる。疑いはない。
だからボクも、自分がやると言ったことを、やる。
駆ける。
兄に向かってじゃない。フィールドに残る『腕』の付近を走り抜ける。その度に右腕が少しずつ大きくなっていく。
相手はそれを邪魔しない。防御力を高めることに集中しているのか、先程のダメージがあって追いかけられないのか。
「随分と大きくなりましたね」
これまで設置した『腕』は全て回収した。
残るは激突と撃破のみ。
「これで、キミを、殴る」
彼に向かって疾駆するボクを、迎え撃つつもりのようだ。
一歩ごとに地面が揺れる。
何の邪魔も入ることなく、ボクらの距離はゼロになり。
ボクの右腕が放たれ、彼がそれを両腕で受け止める。
刹那、地響きの如き轟音が会場に響く。
彼の体がジリジリと下がっているが、『金剛』は砕けていない。
「言ったでしょう。俺の身を砕くことは――」
「やるんだよ……ッ!」
自分でそう決めて、パートナーに任されたんだから。
轟音は、一回ではなかった。
「……っ。こ、れは――?」
驚いた様子のフィル。彼の体が更に下がった。
ボクは右腕の巨大化を、吸収だけで行ってきた。『腕』の操作や壁の生成などに魔力は消費したが、ボクは仮にも【勇者】だ。目覚めたてでもない。もう十六歳。
【
腕は、ボクが動かす限界のサイズまで仕上がっていた。
だから兄も、これが全力だと疑わなかった。事実全力には違いない。
ただ、後押しを得ただけ。
右腕の肘部分を、白銀の『腕』が殴りつけていた。
殴りつけた後、それは右腕に吸収される。
もう殴った後だから、ボクが動かせないサイズになろうと構わない。
それを、魔力の限り繰り返す。
殴る。殴る。殴る。殴る。殴り続ける。何度も何度も。一見効果が無くとも、とにかく連続で畳み掛ける。
そして、一歩ずつ、踏み込んでいく。
「いっ、けぇええ……ッ!」
「ぐっ、おぉおお……ッ!」
気付けば、相手の背中がフィールドの壁に接していた。
右腕と壁で彼を挟み込む形。
ピシピシと、何かが軋む音。
『金剛』にヒビが入っていた。けど、それだけじゃない。
ボクの右腕もだ。
――構うもんか。
押し込む。拳を叩き込み続ける。
衝撃の後押しで、彼を押し潰すように。
やがて、砕けた。
彼の鎧。
と、ボクの右腕が。
露わになった兄さんの顔は、信じられないという表情をしていた。
その一瞬で、ボクは距離を詰める。
一番初めに纏わせた部分。薄い白銀の右腕。
これだけでは、彼に止めを刺すには心許ない。
だけど心配要らない。
「ぶちかませ」
そんな声が聞こえた気がした。きっと、最高の【黒魔導士】の声だ。
薄く
相手も同じ。
ボクらは互いの顔面を全力で殴りつけた。
鈍く、重い音。
頭部への打撃を二度食らうのはよくないと考えていた筈なのに、モロに受けてしまう。
それでも倒れずに済んだのは、彼の武装もまた弱くなっていたからか。
対して、彼は――。
「…………」
いなかった。違う。いなくなるところを、ボクが見逃しただけ。
彼がいた痕跡は残っていた。
星屑を散らしたような、魔力粒子が教えてくれる。
彼は、退場した。
レメさんの防御力低下は、これ以上なく最高のタイミングで掛かったのだ。
『マルク選手、レメ選手……そして、フィリップ選手が退場……。しょ、勝者――レメ・ベリトペア……ッ!』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます