第155話◇炎の勇者と森の狩人と黒魔導士と吸血鬼の女王

 



「お、お邪魔いたします。冒険者をやっております、【狩人】のリリーという者です」


「えぇ、ようこそおいでくださいました。ミラと申します。魔王城で【吸血鬼】などをしています」


 なんだか気まずそうなエルフの美女と、満面の笑みを浮かべる吸血鬼の美女。


「へぇ、これがレメの住まいなのだね」


 フェニクス、お前は呑気に訪問を楽しんでるんじゃないよ。

 ミラさんからの圧を感じないのか。


 ここは寮の僕の部屋。

 半ば同居人と化したミラさんが、リリーとフェニクスを迎え入れている状況。


 あぁ、どうしてこうなったんだっけ……。

 僕は二人と逢う件をミラさんに伝えた時の会話を思い出していた。


『フェニクスとリリーに逢う、ですか?』

『うん、ほら前に話したことがあったよね。魔物として力を借りる件』


『えぇ、それは……はい。あの、レメさん?』

『ん?』


『それは、勤務時間ではないレメさんの時間を、昔の仲間に割く、ということですよね?』

『……? そう、なるかな』


『ですがレメさん。私とレメさんのお出かけは、レイド戦が一段落してからという話になったかと思うのですが』

『そう、だったね』


『もちろん打ち合わせは大事です。その重要性は私とて理解しているつもりなのですよ? ですが、言ってしまえばレメさんのプライベートな時間を、かつての仲間の為に使うわけです。普段ならば一向に構いません。レメさんの時間はレメさんのものなのですから』

『う、うん』


『ここで私が気になってしまうのは、レメさんの時間の一部は私がご褒美として予約させていただいたもの、ということです』

『……だね』


『では、あの二人はレメさんに何を? 先約に割り込むだけの貢献があったということでしょうか……?』

『え……と。多分、ミラさんの言ってることは理解出来た、と思う。けど、逢わないわけにはいかないんだ』


『はい。それはもう、承知していますとも。レメさんがもし、私を煩わしく思われないのでしたら、提案があるのです』

『思うわけないよ』


『……! あ、ありがとうございます。そ、それでですね、その場に私も参加出来ればと思うのですが、どうでしょう』

『あぁ、そういう……。うん、二人も断らないと思う』


『場所をここにするのは問題があるでしょうか?』

『え……でも魔王軍の寮だよね? 冒険者が入っていいのかな』


『レメさんも、冒険者ではないですか』

『確かに……。まぁ、どこかで集合して、そこから僕が魔法使えばバレない……か』


『そのようにお願いしてもよろしいですか?』

『うん、言っておく。でも、どうしてまた?』


『それはもちろん見せつけ……かつてのお仲間に、今のレメさんの生活を見ていただきたいという思いがあるのです。パーティーを抜けた後、ちゃんと充実した生活を送れているのだぞ、と。私のわがままのようなものです』

『そ、っか。分かった』


 ――とまぁ、そんな感じ。

 ミラさんの言葉に嘘があるとは思わないけど、フェニクスとリリーを家に招くという目的があって、理屈はそれに合わせてこねたような印象を受けた。


 フェニクスとは第十層戦後に一度顔を合わせているが、それきり。

 他の仲間とはカーミラとして戦ったことがある程度。


「取り敢えず、二人とも上がったら」


 そんなわけで、今。


「そうですね、どうぞ上がってくださいな」


 ミラさん先導のもと、僕らはリビングへと進んでいく。


「それにしてもレメ、ここまで進んでいるなら言ってくれても良かったんじゃないか?」


 フェニクスが何故か小声で話しかけてくる。


「は? なんの話だよ」


「ミラさんと、同棲しているのだろう?」


「……してないし、仮にしてたとしてなんでそれをお前に言うんだよ」


 本当にしていない。半同棲くらいだ、現状。多分。おそらく。


「一般的に、仲の良い友人に自分の恋愛について話すのはそうおかしなことではないと思うのだけど」


「僕はお前から恋愛の話を聞いたことがないんだけど、僕らは仲良くなかったみたいだな」


 フェニクスが誰々と熱愛! とかはすぐニュースになるし、まぁ大体が嘘や誤解だ。けれどフェニクスは相当におモテになる。なんたってフェニクスだ。

 だが僕らは自分からそういった話題を振ることはなかったし、相手に訊くこともしなかった。


 最近までは。

 最近のフェニクスは明らかに浮かれている。

 非モテも非モテな親友に、親しい女性が現れたのがよほど嬉しいのだろうか。


「あくまで一般的にという話だから、うん。私達には当てはまらないかもしれない」


「そうかもな」


 取り敢えずこれで、しばらくは静かにしているだろう。

 まぁ、僕とフェニクスはいい。話題はともかく、気心の知れた仲だ。


「リリーさんは、魔物として戦われるのだとか」


「え、えぇ。どうしても戦いたい者がいまして、レメを頼ることに……」


「そうなのですねぇ。――ところで、どのような縁でレメさんを頼ることになったのでしょう」


「え……? そ、それは、その……同じパーティーだった者として、でしょうか。その、レメが魔王軍参謀というのは以前、知る機会があり……」


 知る機会というのは、フェニクスパーティーを撃退した後、新しい街へ向かう彼らを見送った時のことだ。

 ミラさん主導で進められたその計画によって、見送りの際に指輪で魔物仲間を召喚したのである。


「あら、しかし私の記憶が確かであれば――私はレメさんのファンなのでその動向は逐一チェックしていたのですけれど――レメさんはフェニクスパーティーを追い出されたのでは?」


「うっ……。は、はい……そのような認識で、間違いはないかと」


「戦士【アルバ】が主導したというのが確かだとしても、他のお三方から反対意見は出たのでしょうか? もちろん、出たのですよね?」


「……反対は、その、フェニクスだけで」


「では、他のお二人は追放に賛成だった、と。そういうことでしょうか?」


「……恥ずかしながら、あの時点ではレメの実力に気づくことが出来ておらず」


「共に戦う仲間であったのに、ですかぁ」


 ミラさんの声色は優しい。が、その言葉からはトゲトゲしたものを感じる。

 フェニクスが何かを言おうとするが、この場合は適任者とは言えまい。

 僕は親友を手で制し、口を開く。


「み、ミラさん。前にも話したけど、僕が隠そうとしたのがそもそもの原因なわけで」


 リリーが萎縮してしまっている。

 僕はやんわりとミラさんを宥めようとするが――。


「レメさん、それは理屈です。私は気持ちの話をしているのですよ」


 ファンであれば、応援している者がパーティー内で冷遇され、追い出された事実は、いかなる理由があろうと辛いもの。

 追い出した側が追い出された側を頼ったとあっては、心中穏やかではいられない、ものか。

 それはあまりに都合がいいのでは、と憤るのも当然かもしれない。


 しかし、折角友人になれたリリーが再び自己嫌悪に苛まれるのを放っておくわけにも……。

 ミラさんが気持ちの話をするというのであれば――。


「ミラさんの気持ちは嬉しいよ。けど、あんまり前のパーティーを抜けた時の話を『悪いこと』みたいに言わないでほしいんだ」


「……レメさん?」


「だってさ、あのタイミングで抜けたからミラさんに再会出来たんだから」


「――――」


 あと、カシュに出逢えたのもこの街、あのタイミングで追い出されたからだ。

 果物屋のブリッツさんと友人になれたのも。

 魔王軍のみんなと仲間になれたのも。

 『初級・始まりのダンジョン』の皆さんと知り合えたのも。

 【銀嶺の勇者】ニコラさんと一緒にタッグトーナメントに出れたのも。


「パーティーを抜けてからの出逢いと経験は、僕にとってすごく嬉しくて、温かいものばかりだったよ。そりゃあ当時は辛かったけど、今はあれで良かったとも思うんだ。もし、ミラさんもそう思ってくれてるなら――」


「思っていますとも……!」


 ミラさんの内側から漏れ出していた怒りは跡形もなく吹き飛び、あるのは喜びのみ。


「リリーさんとフェニクスさん、何をお飲みになられますか?」


 どうやら気持ちの問題は解決したようだ。

 リリーは戸惑っている様子。

 フェニクスはニヤついている。


 ちなみに、フェニクスもミラさんと初対面の際はさっきのようなお言葉を頂戴していたが、あまりにもまっすぐに謝罪するフェニクスにミラさんの毒気が抜かれる……なんて結果になった。

 そんなフェニクスだが、ミラさんがキッチンに向かったタイミングで口を開きかけたので、睨んでおく。


「何も言うな」


 全て本音とはいえ、仲間と親友の前であのようなセリフを口にするのは、顔から火が出るほどに恥ずかしい。


「あの……レメ」


 ちょこん、と腕を引かれる。リリーだ。

 彼女が僕の耳に顔を寄せた。身長差の所為で、リリーがつま先立ちになる。それでも足りないので、僕の方も膝を曲げて対応する。


「ありがとうございます」


 どうやら、ミラさんから庇ったのだと思ったようだ。

 鼓膜にかかる吐息は、なんとなくくすぐったい。


 その時、僕の耳とリリーの唇の隙間、その僅かな空間を裂くものがあった。

 ひゅんっ、と何かが通り抜ける。


「あら、ごめんなさい。虫が飛んでいるように見えたので」


 音の向かった方に視線を遣ると、壁に血のナイフが突き刺さっている。


「席に座って待っていてくださいね?」


「そ、そういたします」


 リリーの頭頂部にはくせ毛があるのだが、それがペタン、と力無げに倒れるのが見えた。


 ……すごい速さだったな。投げたというより、射出したという感じ。

 さすがは【操血師】。血の操作能力はズバ抜けている。

 それをリビングで行使してほしくはなかったけれど。


 リリーはこれ以上ミラさんを刺激しないようにか、僕の向かいに座った。

 フェニクスは少し考えてから、リリーの隣に。

 同性で隣同士とするか、所属で隣同士とするかで一瞬悩んだのだろう。


 トレイを持って戻ってきたミラさんは空いた席――僕の隣――を確認すると、満足げに微笑んだ。

 どうやら、全員で正解を引けたらしい。


「ありがとう、ミラさん」


「よいのですよ。好きでやっていることなので」


 全員分のお茶が用意される。

 ミラさんが僕の隣に座った。


「しかし、レメさん」


「うん?」


「お二人を防衛に使う件ですが、大丈夫なのでしょうか? 実力は問題ないでしょうが、連携の面で不安が残るのでは?」


 フェニクスパーティーは現在、レイド戦参加者達の訓練への協力に始まり、テレビでの解説の仕事や魔王様の父でもあるフェローさん企画のイベントなど引っ張りだこ。

 この機会にダンジョン攻略は一時休止し――といってもレイド戦の時期のみ――雑誌取材やCM出演などなど、普段は厳選して一部のみ引き受けていた仕事を、多めにこなすことに。


 僕との連携はともかく、僕の配下との連携となると難しい。魔王城で訓練するというわけにもいかないし。


「あぁ、それについても話さないとね。今回、二人は別々に動いてもらう。同時に召喚する、というやり方ではなくてね。リリーは本人の望み通り、スーリさんに当てるとして」


「はい。改めて、ありがとうございます。必ずや彼を打倒し、勝利に貢献してみせます」


 リリーは同郷のスーリさんが種族を隠して戦い続けていることに、思うところがあるようだ。

 そんな彼との戦いを望んだリリーを、今回は魔物として召喚することにした。


「フェニクスは――」


「あぁ、分かっているよ。私の相手はだね」


 フェニクスが笑顔で頷いた。

 ミラさんの眉がぴくり、と揺れる。


「さ、さすがは親友。視線一つで以心伝心というわけですか」


「私からすれば、貴女の方こそ羨ましく感じますよ。時の積み重ねに頼らず、レメと強い絆で結ばれているわけですから」


「まぁ、そんな」


 ミラさんは一瞬で上機嫌になる。


 ……こいつ、早くもミラさんへの接し方を心得たようだ。

 さすが人類最強。適応力が凄まじい。

 リリーも横で「なるほど」みたいな顔をしている。


「それにしても、レイド戦は随分と盛り上がっているね」


「お前のところを倒したダンジョンってことで世間の興味が残っている内に、レイド戦だからな。もちろん、内容も大きな理由だけど」


 中身が良ければそれで大人気になれる、という世界ではないのが難しい。

 同業者である僕の目から見ても非常に面白い攻略をするパーティーが、再生数二桁というのも珍しくないのだ。


 フェローさんはそこのところも巧みで、彼の企画でなければここまで世間を賑わせる大イベントにはならなかっただろう。

 ここが開催地ということもあるが、今や誰もが攻略の行く末を気にしている。


 人気パーティーを集めればそりゃあ数字がとれるだろうと言う人もいるだろうが、単に集めただけに留まらない盛り上がりを見せている。

 普段興味を持たない層を引き込むほど、と言えば伝わりやすいか。


 そういえば、カシュも姉と弟妹に『こっそり結果を教えてほしい』と言われたのだとか。

 僕もブリッツさんのところに顔を出した時は同じことを聞かれた。

 カシュは『しゅひぎむがあるので』としっかり秘密にしているようだ。


「本来、こういうことを言うべきではないのだろうが、彼らを全滅させねばね」


「【炎の勇者】が人類を裏切るのか」


「君を倒すのは、私だからね」


 ハッ、と僕は好戦的に笑う。


「次も、勝つのは僕だよ」


 フッ、とフェニクスは嬉しそうに笑う。


「それに、友に力を貸すことが裏切りだとは思わない」


 彼は堂々と言い放った。


「……恥ずかしいやつ」


「レメさん、顔が赤いですよ」


「いやいや、違うからね?」


「レメは昔からこうですよ」


「そのあたり、詳しくお願い出来ますか?」


 ミラさんの瞳がキランッと光った。

 ……そういえば僕のプライベートな情報はあまり世間に出回っていないので、ファンとしてはフェニクスは情報の宝庫だったりするのか。


 何も言うなよ、と視線で制する。以心伝心とかいうやつだ。


「そうですね、たとえば七歳の頃――」


 伝わってないじゃん……!

 さっきまでの察しの良さはどこにいったんだよ!


「あー、先に本題を片付けよう」


 若干無理やりだが、話を進める。

 ミラさんは少し不満げだったが、口を挟みはしない。


「第八層と第九層を彼らが突破するとして、僕らがどう動くか。まぁ今回はフェニクスとリリーをどのタイミングで召喚するか、だね。リリーについては担当の人に話を通してあるけど、やっぱり一度顔を合わせた方がいいと思う」


「は、はい。……その、彼女、、が了承したのですか?」


「うん。『面白い。森エルフが魔に堕ちるか』って言ってたよ」


「…………」


「それとフェニクス。お前の召喚だけど――出来るよ、、、、


 フェニクスは驚かなかった。


「君ならば、なんとかすると思っていたよ」


 【炎の勇者】を召喚するだけの魔力を短期間で確保したと言っているのに、彼は当然のことのように言う。

 まぁ、信頼されて悪い気はしないけどさ。


「当然、私も出ます」


 ミラさんが言った。


「う、うん。よろしくね」


「今度は完全勝利を献上しますね?」


「楽しみにしているよ」


 そう、ヘルさんは復活権でレイド戦に復帰していた。

 僕は話を続けながら、既に終了した第六層と第七層での戦いについて思い返す。



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